『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました 作:おにぎり・S
三人はフードコートの端のテーブルに座った。
休日の昼時で、どこも人がいっぱいだ。ざわめきの中、食器がぶつかる音と子供の笑い声が絶えまなく響いている。
「ふぅー、歩いたねぇ」
トレーを置いて、優愛が背伸びをする。
テーブルの上には、いくつかのドーナツ。志郎がお金を持っていないので、みんなでシェアできるようにと、亜希子が提案した。
お金は優愛と亜希子が折半している。
「ほ、ほんとにありがとうございます」
申し訳なさそうに志郎が頭を下げる。
「全然大丈夫!遠慮しないで食べよー」
優愛が笑顔で言った。
正直、連日の出費でお財布が少し寂しい。けれど、夢にまで見た男の子とのデート。できればかっこいいところを見せておきたい。頼りになる、余裕のある女だと思ってもらえたら、志郎の好感度も上がるかもしれない。
それなら、デートの食事代を奢るなんて安いものだった。
「わたしこれ好きなんだよねー。し……総戸くんは、好きなのある?」
彼女はそう言って、ピンクのチョコがかかったイチゴ味のドーナツを手に取る。
彼女の可愛らしい雰囲気にピッタリだと思った。
じとっと優愛を見やって、亜希子が小さく息を吐く。
「お、俺ですか?あんま詳しくないけど、オールドファッションとか好きかも」
「あ、私も好き!シンプルでおいしいよね!」
「うん、シナモンの感じとか結構好きで。えっと、岸田さんは?好きなドーナツとかあります?」
亜希子は少し考えてから、一瞬だけ優愛の方を見て、答えた。
「そうね、特にこだわりはないけど、チュロス系が好きかな。それよりも総戸くん」
亜希子が少し笑って言う。
「私の友達はみんな私のことを”あっこ”と呼ぶの。よかったら、そう呼んでくれない?”岸田”って呼ばれるの、あまり慣れてなくて。敬語も無しでいいわ」
優愛の目が見開かれた。
「あ、わかりました。──じゃなくて、わかったよ。あっこも、俺の事下の名前で呼んでいいから」
「うん、よろしく。志郎くん」
口を開けてわなわなと震えていた優愛が身を乗り出す。
「わ、私も!優愛って呼んでいいから……その、総戸くんのこと、下の名前で呼んでいい?」
顔は真っ赤で、最後の方はほとんど聞こえないほど小さな声だった。
(ああああ!最後まできちんと言えなかった……格好悪い、処女感丸出し、最悪だ……)
「もちろんだよ、優愛」
「は、はい!こちらこそ、よろしく、し、志郎くん!!」
(志郎くんって呼べた!優愛って呼んでくれた!あ、心臓やばい……顔熱い、志郎くん好き!)
優愛は、胸がいっぱいに広がる喜びを噛み締めた。
幸せそうに笑って続ける。
「あ、そうだ志郎くん!よかったらこれ食べる?」
そういって、自分が食べていたドーナツを差し出す。
「えっ、あ、うん。ありがとう」
少し顔を赤くしながら受け取る志郎。しかし、なかなか食べようとしない。
「あははー志郎くん。別に遠慮しなくても大丈夫だよ。いっぱい食べちゃって!」
優愛は無邪気に笑っている。
志郎を下の名前で呼べるのが嬉しくて、頭が一杯になっている様だった。
それを亜希子が、じとっとした目で見ている。
志郎はそっとドーナツに目を落とした。そこにあるのは、優愛がかじった跡。
(こ、これ……間接キス!?お、落ち着け、たかが間接キスだ。優愛の様子をみろ、何も気にしてない。ここで動揺したら、女性経験がないとバレる……落ち着け、俺はいける……ッ!)
覚悟を決めた志郎はドーナツにかぶりついた。優愛のかじった所を避けて。……チキンである。
「あ、ありがとう。おいしいね」
「えへへ、よかったぁ」
緊張で味なんて分からなかったが、平静を装ってドーナツを優愛に戻す。
受け取った優愛がそれを食べようとして、固まった。志郎がかじった跡が、はっきりと残っている。
(こ、これ……これ!!か、間接キス!?志郎君と……!?)
ぼんっと優愛の頭が沸騰した。
心臓が暴れだす。顔が熱い、視界の端がじんわりと白く霞んでいく。
「優愛ー、どうしたー?顔が真っ赤だぞー」
「あっ、だ、だだっ大丈夫だよ!」
声が上ずる。亜希子がニヤニヤとこちらを見ている。
志郎の食べた場所を避けたとしても、このドーナツは優愛のもの。
つまり、最後まで食べきるなら、いずれ間接キスは避けられない。
……避けようなんて、これっぽっちも思っていないが。
(こ、これ食べていいの?食べちゃっていいの?え、いいの?犯罪じゃないよね!?)
胸の奥で、心臓がバクバクとうるさく鳴っている。
震える手でドーナツを持ち上げ、そっと口元に運ぶ。
距離が縮まる。少しずつ、ゆっくりと近づけ
──そして、一口。
甘さが舌に広がった瞬間、優愛の全身を電流のような幸福が駆け抜けた。
思考が吹き飛び、身体の力が抜ける。
(し、志郎くんと……キス、した……!!)
優愛は小さく震えながら、天国を見た。
◇
しばらくしても、優愛はぼーっとしていた。
ストローをくるくる回しながら、空になったカップの氷を見つめている。
(志郎くんと、キス、した……)
頭の中では、さっきの瞬間が何度もリピートされていた。
気を抜くと口元がにやけてしまいそうで、慌てて唇を引き結ぶ。
頬はまだほんのり熱く、視線を合わせるなんて到底できそうもない。
そんな優愛の様子を見て、亜希子がため息をついた。
「志郎くん」
「はい?」
「悪いけど、ちょっとここで待っててくれる?優愛と買い物してくるから」
急に立ち上がる亜希子に、志郎は少し慌てる。
「えっ、俺も行くよ。荷物とか持つし……」
「あー、それね……”女の子のモノ”を買いに行くから、男の子は来ない方がいいかな」
「──あ、なるほど。……うん、じゃあここで待ってるよ」
そう言われれば、さすがに察する。志郎は素直に引き下がった。
亜希子は苦笑しながら軽く手を振る。
「ごめんね。すぐ戻ってくるから」
そう言うと、ぼんやりしている優愛の手を取って立たせた。
「ほら、行くよ」
「えっ?あ、うん……」
優愛は夢見心地のまま引っ張られていく。
二人の背中が人ごみに消えていくのを見送りながら、志郎は小さく息を吐いた。
慣れない女子二人とのデート。
ダサいところは見せまいと、ずっと気を張っていた。
その緊張が少し緩み、ふと現実に意識が戻る。
──ここから、どうやって帰ればいいんだろう。
優愛の家からモールに来るまで、電車で移動した。そのとき初めて今いる場所が、自分の住んでいる街からかなり離れていることを知った。
ざっと計算しても移動費だけで2万円程度はかかる。
身分証もスマホもなく、頼れる人もいない。
二人に頼むなんて無理だし、警察に行ってもかなりの額だ、状況を説明しないといけないだろう。けど、「気が付いたらワープしてました」なんて言えるわけがない。
どうしようもなくて、頭を抱えそうになる。
その時──
「ねえ、お兄さんひとり?」
突然、聞き覚えのない声がかかった。
顔を上げると、髪を赤みがかったブラウンに染めた、小柄な少女が立っていた。
少し派手な服装で、どこかギャルっぽい雰囲気をしている。
「……中学生?」
「ちょっと、私、高校生だよ!」
彼女はむくれながらも笑い、志郎の隣の席を指さした。
「ね、ここ空いてるよね?」
言うが早いか、ドリンクを片手に、勝手に腰を下ろした。
(え、なにこれ、どういう状況……?)
女の子と話せるのは正直嬉しい。しかもこの子、かなりかわいい。
でもそれ以上に不安の方が勝っていた。
こんな美人が、わざわざ俺みたいな男に声をかけてくる理由がわからない。
ここで逆ナンだと思えるほど志郎は頭がお花畑でなかった。
脳裏によぎるのは、美人局、怪しいビジネス、宗教勧誘。
前に孝弘が言っていた、逆ナンしてきた女に宗教の勧誘をされた話が蘇る。
途端に背筋が冷たくなった。
「ねえお兄さん、マジで暇でしょ?友達待ってるとか?」
そんな志郎の不安をよそに、少女はぐいぐいと詰めてくる。
距離がやたら近い。志郎は思わず身を引いた。
「い、いや、友達っていうか……その、さっきまで一緒にいたけど、今買い物行ってて」
「ふーん。じゃ、今一人じゃん。だったらちょっとしゃべろ?」
身体が触れそうな近距離で、茶色の瞳がいたずらっぽく輝いていた。
「お兄さん、名前なんて言うの?私は
「えっと、総戸 志郎……」
「志郎くんね。いいじゃん。かっこいい名前。男の子って感じするね」
思わず名前を教えてしまった。
やばい、早まったか?と脳裏によぎる。
陽依の軽やかなテンションに押され、言葉を返すたびに居心地が悪くなる。
完全にペースを握られていた。
というか怖い。なんでこんなに詰めてくるんだこの子。
「ね、今から二人で遊ばない?友達はどっか行っちゃったんでしょ?」
「えっ、それはちょっと……」
(か、カモられる……場所を変えて勧誘する気だ……っ!)
どう断ろうか本気で困っていた、その時、
「──志郎くん?」
ぱちんと空気が張り詰める。
志郎が振り向くと、優愛と亜希子が、紙袋を持って立っていた。
優愛は引きつった笑顔を貼り付けている。
目が全く笑っていないのに、口元だけがぎこちなく笑っている。
「君……誰かな?なんで志郎くんと一緒にいるのかな?」
柔らかい優愛の声。
なのに、感情を感じさせない、心から凍り付くような声だった。
氷のような声音に、志郎は思わず息を飲む。
陽依は悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「あーあ、帰って来ちゃったか。しょうがないね~」
軽く笑いながら立ち上がり、ドリンクを飲みながら席を立った。
「じゃ、またね。お兄さん」
手を振りながら、陽依は人ごみの中に消えていった。
「志郎くん大丈夫!?変なことされてない?」
優愛が駆け寄り、心配そうにのぞき込む。
近い距離に志郎はどきっとしながらも、首を振る。
「あ。うん。平気。ありがとう。優愛が来てくれて助かったよ」
ほっと安堵の息を吐く。
張り詰めていた緊張が緩み、身体から力が抜けていく。
その様子を見た優愛は、眉を寄せて言った。
「ごめんね!怖かったよね!志郎君を一人にしちゃうなんて、ほんとごめん……!」
「だ、大丈夫。何もされなかったし、すぐ二人が来てくれたから」
「でも……」
優愛は言葉を飲み込み、志郎をじっと見つめた。
その目は、不安と後悔と、もう一つ
──暗い、独占欲の色をしていた。
◇
その後、三人でいくつかのショップを回った。
小物や雑貨を見たり。靴も見に行ったり。
志郎に似合う靴もあったけれど、値段が1万円近くする。
優愛は「買ってあげる」と言ってくれたが、さすがにそれは遠慮した。
そんなやり取りを交わしながら、一日が過ぎていき、三人で優愛の部屋へと戻った。
「ただいまー、疲れたー」
部屋に戻ると、亜希子がどさりと荷物を床に置いた。
「でもすっごい楽しかったよ。志郎くんも荷物持ってくれてありがと!またみんなで行こ!」
優愛が笑う。俺も思わず頷いた。
──本当に楽しかった。
女の子二人と一緒に一日歩き回るなんて、人生で初めてだった。
普段の買い物の時とは違う。景色がやけに鮮やかに見える。
世界が鮮やかに彩られたような、そんな感覚だった。
ただ、全部お金を出してもらったのが心残りだった。
もし、次があるならちゃんと俺のお金で。
少しでもかっこいいところを見せられたら──。
「ていうか志郎くん、時間大丈夫?家、近くなの?」
窓の外は日も落ちて、暗くなり始めていた。
亜希子の問いに、志郎は思わず言いよどむ。
「えと、それは……」
全然大丈夫じゃない。
帰る場所は分かってる。
けれど、帰る手段がない。
財布も、交通費も、泊る場所も無い。
まさかまた、優愛の家に泊めてもらうわけにもいかない。
困ったように眉を顰めると、優愛がそっと口を開いた。
「えと、志郎くん。よかったら、またうちに泊まる?」
「ちょ、ちょっと優愛!?」
あっこの声が一瞬、裏返る。
当然の反応だ。
優愛は俺の事情を分かって言ってくれているけど、女子の部屋に男が泊まるなんて、そんな軽くしていい事じゃない。
あっこが優愛のことを大切にしてるのは、今日一緒にいてよく分かった。彼女を止めようとするのも無理はない。
「その……あっこ、信じられないかもだけど、実は俺……」
結局、正直に打ち明けた。
気が付いたら自分の部屋からここにワープしたこと。
いきなりだったから、何も持っていないこと。
そして、自宅まで帰るお金がないことを。
「──は?」
あっこが眉をひそめる。
それはそうだろう。こんな荒唐無稽な話。俺だって逆の立場なら信じない。
「ほんとなんだよ、あっこ。私も最初見たときは意味わかんなくて……でも、ホントにこのパソコンから志郎くんが出てきたの」
「……」
無言のまま、あっこは難しい顔で考えこんだ。
とても信じられないような話。一笑に付すような話だけど、俺と優愛の言葉に嘘はない。本気で話していることが伝わっているのだろう。あっこも真剣に耳を傾けてくれていた。
「パソコンって……これ、普通のパソコンよね?」
そう言って、モニターに手を伸ばすあっこ。だが当然、画面に触れるだけで、俺の時のように手が沈み込むようなことはなかった。
「いや、さすがに無理……信じられない。まだ家出少年とかの方が説得力あるよ」
もっともな言葉だ。
でも信じてもらえなければ、俺は「妄想を本気で語るやばいやつ」になってしまう。せっかく仲良くなった友達にそんな風に思われるのは、本当に嫌だった。
何か本当だって証明できる方法はないか。
──もし、もう一度あの画面に俺の手が入ったら。
そうしたら、この話も信じてもらえるじゃないか?
そう考えるより先に、身体が動いていた。
パソコンの前へ歩み寄る。
「あの。志郎くん……?」
あっこと優愛が不安そうに見つめている。
画面に手を伸ばす。
すると、あっけなく、何の抵抗もなく、指先がモニターの画面に吸い込まれていった。
「噓でしょ……」
あっこの声が聞こえたと思った瞬間、
強烈な引力が全身を引きずり込む。
視界が白い光で染まる。
浮遊感。
そして──ドンッ、と鈍い衝撃。
「いってぇ……」
目を開けると、明かりのついた自分の部屋。
いつも通りの景色。
そこには俺ひとりだけがいて、
床には俺のスマホと財布が転がっていた。