『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました 作:おにぎり・S
「ねえ、あっこ。私、バイトしようと思うの」
いつものカフェテリアで、優愛がそう宣言した。
私は、なんとなく察しはついているけど、あえて聞き返した。
「また急な話ね」
「うん、ちょっとピンチで。でも、志郎くんとふ、二人でデートとかしてみたいし。デート代は私が出したいし……イイ女って思ってほしいし、なんて」
また志郎くん、か。
ここ最近の優愛は、すっかり恋する女の子になってしまった。
まぁ、無理もない。ずっと憧れていた『恋』というものが、ようやく手の届くところに来たのだから。
でも──きっとこの恋は、叶わない。
最初、志郎くんを見たときは怪しい男の子だと思った。
でも一緒に過ごしているうちに、「あ、いい子だな」って思った。
急に「俺はパソコンから出てきた」なんて言い出して、信じられるはずなかった。
けれど、彼が画面に吸い込まれるのを見た瞬間、信じるしかなくなった。
本当に彼は大学生で、何故か優愛の部屋にワープしてきたのだ。
優愛は彼を好きになって、恋人になりたいだなんて浮かれている。
──ねえ、優愛。気づいてる?
もし彼が本当に大学生なら、たぶん恋人がいるよ。
婚約者がいたって不思議じゃないんだよ。
2番目、3番目の女を狙うにしても、彼の周りにはその席を狙うライバルが、きっと山ほどいる。
か細い繋がりしか持ってない優愛じゃ、太刀打ちできないよ。
なんて、
そんな現実を彼女に突きつけることなんてできなくて。
私はただ、幸せそうに笑う彼女を眺めるだけ……だったけど。
「そういえば、まだ志郎くんの連絡先も聞けてないんだよね。ね、ねえ、どうやって聞いたらいいのかな?私、テンパっちゃって、うまく聞けなさそうで……」
「ねえ、優愛」
私はどうしたらいいんだろう。
「何、あっこ?」
誰も傷つかない方法が、分からない。
正しい答えが、見つからない。
「志郎くんって……今、フリーなのかな?」
その瞬間、彼女から笑顔が抜け落ちた。
◇
「神崎……陽依?」
「あはっ、覚えててくれたんだぁ!」
目の前のブレザーを着た少女──陽依が、嬉しそうに笑いながら立ち上がった。
「なんで、こんなところに」
「ん-、散歩?学校つまんなくって、抜け出してきちゃった」
彼女の大きな茶色い瞳と目が合う。
以前、ぐいぐい来られた記憶が蘇って、少し苦手意識が浮かんだ。
……というか、本当に高校生だったんだな。
「おにいさんは帰り道?この辺に住んでるの?」
俺の両手には、優愛とあっこへのプレゼントが入ったショッパー。
これを持って路地を歩いていたら、帰り道と思われても不思議じゃない。
「あ、いや……実はちょっと道に迷っちゃって」
「……へえ、おにいさん、困ってるんだ」
気のせいだろうか。
一瞬、彼女の瞳が意地悪そうに歪んだように見えた。
「そっかそっか。ねえおにいさん、私、この辺の道、結構詳しいんだよ」
一歩距離を詰めてくる。
その無邪気な笑顔の奥に、言葉にできない圧を感じる。
「おにいさん、迷ったままだと困っちゃうでしょ?でも、私なら助けてあげられるかもしれないよ?」
耳に響く甘い声。
思わず縋りたくなる。
確かに、今はここがどこかも分からない状態。広い通りに出られるなら助かるのは事実。
──けど。この誘いに乗っていいのか?
胸の奥で警鐘が鳴る。
「クスッ……そんな怖がらないで。何も取ったりしないから。」
妖しく笑い、彼女は一歩、さらに近づく。
「でもね、ひとつだけお願いがあるの。それだけ聞いてくれたら、おにいさんのこと助けてあげる。ね?いいでしょ?」
「な、なにを……?」
彼女の口元がゆっくりと弧を描いた。
まるで”待ってました”と言わんばかりに──
「私と、デートをしましょう?」
◇
「お待たせしました。カフェラテのお客様」
「あ、私でーす」
ウエイトレスが運んできたカフェラテが、神崎さんの前に置かれる。
俺の前にはホットコーヒー。立ち上る香りに包まれて少しだけほっとした。
結局、彼女の条件を飲んだ。
スマホも使えない状態で、見知らぬ土地で彷徨っているのは流石まずい。
デートと言っても、少し彼女に付き合う程度なら、まぁ許容範囲内だと思う。
広い道まで案内してもらい、そのまま近くのカフェで少し話をすることになった。
「えっと、神崎さ……」
「もー、違うよ。」
「えっ」
「
上目遣いでそう言われ、思わずドキリとする。
「え、えっと、陽依……さん」
「さんも、いらなーい」
嬉しそうに笑うその顔に、完全にからかわれている気がした。
年下の女の子に弄ばれるのは癪だ、名前くらい普通に読んでやる。
「……陽依、は何が目的なんだ?」
「目的?」
首をかしげる姿が妙に自然で……ああっ、くそ、かわいいな!
「フードコートの時も急に話しかけてきたし、今日も、わざわざカフェで話をしようだなんて……。俺はただの学生だぞ。いったい何のつもりで」
陽依は髪を指でくるくると回しながら、少し考えるようにして言った。
「んー……見た目が好みだったから?」
「は、はぁ!?」
「だって、おにいさん、清潔感あるし。男の人だし。ちょっと仲良くなりたいなーって思って」
あまりにあっけらかんとした口ぶりに、言葉が出てこなかった。
い、いや、そんな……マジで逆ナン?
そりゃ、ある程度は見た目に気を使っているけど、俺くらいのルックスのやつなんてその辺に普通にいる。
それに目の前にいる陽依はかなり美人だ。
赤茶色のセミロング、ぱっちりとした二重の瞳。
少し幼さも残した顔立ちなのに、どこか大人びた美しさを感じさせる。
芸能人と言われても納得するレベルの整った容姿だ。
そんな子が、俺を逆ナン?
いや絶対ありえない。間違いなく、別の目的がある。
それこそ勧誘とか……
「もしかして、おにいさん」
カフェラテのカップを指でなぞりながら、陽依が口元を緩める。
「私の事、怪しいとか思ってるでしょ?」
「えっ……」
図星を突かれて、言葉が詰まる。
その反応を見て、陽依はくすりと笑った。
「ふふ、やっぱり。勧誘とかしてくると思った?」
「そ、そんなことは……」
「ほんとかなー?顔に書いてあるよー」
悪戯っぽく笑うその仕草に、また心臓が変な音を立てた。
こんな風に軽くからかわれるたびに、ペースを乱される。
「私ね、別に変なことをする気はないよ。ただ──」
陽依はそこで言葉を切り、真っすぐに俺を見つめる。
彼女の茶色い瞳の奥に、真剣な光が見えた気がした。
「おにいさんと、仲良くなりたいだけ」
その一言は、不思議と嘘っぽく聞こえなかった。
「……そう、なのか」
「そうだよー、あ、じゃあ証拠に──はい、これ」
そう言って彼女は鞄からカードのようなものを取り出して、俺に差し出した。
そこには名前と学校名が記されている。
「これって……学生証?」
「そうだよー。私の出せる身分証明書って、これくらいしかないし」
驚いた。本当に、ここまでしてくるなんて。
自分の本名と学校名を明かしてまで、俺に信じてもらおうとするなんて。
これで俺とトラブルを起こせば、彼女の人生に大きな影響が出る。
……ここまでされれば、流石に信じざるを得ない。
本当に俺と話したいだけ、なのかもしれない。
「えっと、そろそろ返してもらってもいい?その写真、かわいくないから恥ずかしい」
「あっ、ご、ごめん」
慌てて手渡すと、陽依は照れ笑いを浮かべながらカードをしまった。
「これで信じてくれたかな?ホントにおにいさんと仲良くなりたいだけなの」
「あ、うん。そうだね」
そう答えながらも、胸のあたりがむず痒い。
改めて考えると、俺、今かわいい女の子に『仲良くなりたい』って言われてるんだよな……。
お、落ち着かない。というか、顔が熱い。
少し間をおいて、陽依がぽつりとつぶやいた。
「ねえ、この間いた二人って、どっちが彼女なの?」
この間の二人……優愛とあっこの事か。
付き合っているように見えたんだろうか。
それは少し……いや、かなり嬉しい。けど、
「え、いや。二人とは付き合ってないぞ」
優愛と付き合えたらな、なんて思うけど、悲しいかな、現実はそんな風にはなっていない。
「そうなんだ。付き合ってない子と遊びに行くなんて珍しいね」
「そうか?普通じゃないか?」
「普通じゃないでしょ。そんなことしてたら、怒られちゃうじゃん」
陽依は軽く笑いながらそう言った。その声には、冗談半分と、少しこちらを探るような色が混じっていた気がした。
……怒られる?誰に。
一瞬、意味が分からなかった。
女友達と遊びに行くくらい、普通のことじゃないのか?
まさか、親に怒られるっていう話か?
『異性交遊は、清く正しくお付き合いしてからしましょう』ってことなんだろうか。
もしかしたらご両親がその辺に厳しいのかもしれない。
でも、よく考えれば、小悪魔みたいにからかってくるから忘れがちだけど、陽依は高校生だ。こういうところは潔癖に考えていてもおかしくは無い。
──意外と子供っぽいんだな
志郎は苦笑しながら、肩をすくめた。
「誰に怒られるんだよ、それ」
軽く返したつもりだった。
けれど、陽依は目をぱちくりさせて、少し驚いたような顔をした。
少し考えてから陽依が口を開く。
「ねえ、おにいさん」
陽依が髪をくるくるといじりながら、ちらりと見上げてくる。
その仕草が妙に可愛くて、思わず見とれそうになる──が、次の言葉がそんな感情を吹き飛ばした。
「お兄さんってさ、恋人とか──いないの?」
一瞬で頭が真っ白になった。
そして次の瞬間、思考が全力で回転を始める。
恋人いないの?──いない!!
俺は童貞だ、というか、付き合ったことすら無い!!
だがしかし、それをそのまま言うのは恥ずかしい。
男のプライドがそれを許さない。
かといって嘘はつくのもなんか違う。
どうする。どう答える。どう切り抜ける──
その思考の果てに、一つの答えにたどり着く。
何でもない風を、余裕のある大人っぽい感じを装って口を開いた。
「そうだね。恋人は……いないかな。”今は”」
そう”今は”いない。
別に過去にいたわけじゃないけど。でも嘘じゃない。
『昔はいましたよ』風を装ってるだけで、嘘は言っていない。
これでうまく誤魔化せれば、俺の臆病な自尊心と、尊大な羞恥心が守られ……
「えっ!?ウソっ!?ホントにいないの!?」
心底驚いたように、陽依が目をまん丸にして身を乗り出してくる。
え、そんな驚く?
「じゃ、じゃあ今フリーってこと!?なんで!?前は当然いたんだよね?」
や、やばい、その辺は突っ込まれるとボロが出る。なんとか誤魔化さないと……ッ!
「あ、あんまり昔の話は、し、したくないかな」
嘘は言っていない、嘘は!!
「あ、ご、ごめん。簡単に話せるような事じゃないよね……」
陽依がまずいことを聞いたみたいな表情で、シュンと縮こまってしまった。
え、いや……そんな、ガチで謝られる事でもないけど!?
フォローしようにも、これ以上口開いたら絶対ボロが出るし……
無言のまま、微妙な空気が流れる。
き……気まずい。
そうしていると、陽依が頬を染めながら、もじもじとカップを両手で包み込む。
一度こちらを見上げ、少しだけ笑った。
「……でもさ」
彼女の瞳は、何かを決意したように、まっすぐ俺を見ていた。
茶目っ気と本気が混じり合ったその表情に、思わず息を呑む。
「おにいさんがフリーなら──私、恋人に立候補してもいい?」
心臓が跳ねた。
これがWSSってやつですか?
恋愛ってしんどい思いもしますよね。
応援コメント、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
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