『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました   作:おにぎり・S

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3話ー③

「おにいさんがフリーなら──私、恋人に立候補してもいい?」

 

 心臓が跳ねる。

 あまりの突然のことで、うまく思考が回らない。

 

 顔を真っ赤にした陽依を目が合う。

 不安と期待が入り混じったような、返事を待つ表情。

 

 何かを言葉を返そうとするのに、声にならない。

 

「え、あ……え、と」

 

 頭が熱い。

 まとまらない思考、形にならない言葉。

 ほんの数秒の沈黙のはずなのに、永遠みたいに感じられた。

 

 先に口を開いたのは、陽依の方だった。

 

「あ、あはは……急すぎたよね。べ、別に今すぐ返事しなくても大丈夫だから!ただ……私、おにいさんの事、そういう風に見てるし。もし、枠があるなら、私も……入れてほしいなって」

 

 

 ──情けない

 ふと冷静な自分が顔を出す。

 

 落ち着け俺。

 彼女は勇気を振り絞って、気持ちを伝えてくれた。

 それなのに俺は、慌てて、戸惑って、不甲斐ない。

 

 彼女の言葉が冗談で言ってるわけじゃないのは、十分伝わった。

 

 ならば俺も、きちん向き合って返すべきだ。

 

 一度、深く息を吸う。

 

 恋人に立候補。彼女になる。付き合うということ。

 そんなの、願ってもいないことだった。

 大学生になってから彼女が欲しくて、いろんなことをしてきた。

 それが、こんな突然、目の前で叶いそうになっている。

 それも、飛び切りの美少女から。

 

 胸が熱くなる。

 陽依に触れてみたい、抱き締めてみたい。

 きっと柔らかくて、あったかくて、ドキドキして、きっと一線だって……。

 今まで欲しかったものが、全部手に入るのかもしれない。

 童貞だっていうコンプレックスに悩まなくてもよくなる。

 

 だったら、付き合っちゃってもいいんじゃないか?

 

 ……でも。

 

 その時、ふと、視界の端に、ショッパーが入った。

 優愛たちに渡すために選んだプレゼント。

 

 六重の奥に広がっていた熱が、すっと静まっていく。

 

 俺は、今何に心を動かされているんだ?

 胸の奥のざわつきが少しだけ、落ち着いていく。

 

「陽依、その……」

 

 言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ごめん。そう言ってくれて本当に嬉しい。でも、すぐに答えを出すのは……正直難しい。軽い気持ちで答えたくないんだ」

 

 陽依のまつげが、小さく震える。

 けれど、逃げずにこちらを見つめ返してくる。

 

「……ううん。ちゃんと考えてくれてるって思えるから。それだけで、嬉しい」

 

 彼女はふっと笑って、カップを胸の前でぎゅっと抱えた。

 笑っているのに、どこか不安を隠しているのがわかった。胸が痛む。

 

 そして、さっきまでの明るさを少しだけ取り戻した声で言った。

 

「じゃああさ、おにいさん。連絡先交換しよ?それなら……いいでしょ?」

 

 まあそれくらいなら。

 

「お、おう、もちろん」

 

 スマホを取り出すと、陽依がぱっと花が咲くみたいに笑った。

 その笑顔に、少し救われる。

 

 よく考えれば、女の子と連絡先を交換するのなんて初めだ。

 妙に手が汗ばんで、QRコードを表示させるのに少し手間取る。

 

「えーっと、これで」

 

 陽依が俺のQRコードにスマホをかざす……が、

 

「あれ?読み込めないね?」

 俺のQRコードを読み込もうとするが、いつまでたっても読み込まない。

 

「おかしいな?逆にしてみるか」

 

 今度は俺が陽依のQRコードを読み込もうとするが、こちらも無反応。

 

「仕方ない、IDで検索するか」

 陽依のIDを教えてもらって、検索をした、その時。

 

「あっ……」

 

 画面に表示されたエラーを見て、思い出した。

 

【インターネット接続を確認してください】

 

 ……そうだった。

 ここにワープしたとき、スマホが壊れたんだった。

 QRコードの交換ができなかったのも、これが原因か。

 

「ごめん陽依。これ……」

 

 俺は画面を見せて陽依にスマホが壊れていることを話した。

 

「え、大丈夫なの?早く何とかしないと死活問題じゃん」

「だよな。早めにショップにいかないと」

「あ……じゃあ暗くなる前に出ないとだね。そろそろ出よっか」

 

 そうだな。と思って立ち上がろうとした瞬間、背筋に冷や汗が走った。

 ……マズイ

 

「ご、ごめん。ちょっとトイレ」

 

 荷物を持って席を離れ、トイレに駆け込む。

 個室で財布を開いた。

 

 優愛とあっこにプレゼントを買ったから、手持ちの現金がほぼゼロ。電子決済でカフェ代を払うつもりだったのに、スマホが故障してるんじゃ払えない。

 

 頼む……カフェ代くらいは残っていてくれ……ッ!!

 

 そう願いながら財布を覗く。

 

 ──612円。

 

 ……ギリ一人分。

 いや、ぎりぎりどころか、足りないかも。

 

 頭が真っ白になる。

 

 

 年下の女の子に奢らせるなんて、ダサすぎる。

 絶対に避けたい。

 でも、お金がない。どうする。

 

 今からATMにお金を降ろすに行くか?

 ──いや会計をしないまま出ていくのはまずい。

 

 陽依にお願いして、割り勘にするか?

 ──いやそれじゃかカッコがつかない。

 

 落ち着け。そうだ、いったん割り勘にして、店を出た後にATMで金を降ろして返す。これだ。

 

 覚悟を決めて、トイレから出ていく。

 席の前で陽依が立って待っていた。

 

「おかえり。それじゃ出よっか」

「あ、まって、その前にお支払いでお願いが……」

 

 俺の声が聞こえないかのように、陽依はすたすたとレジを超えて出口へ向かってしまう。

 

 思わず顔が青くなる。

 奢れということか!?いやまあ普通そうなんだけど!!でもごめん!お金ないんだ!奢れないんだ!ちょっと待って!!!

 

 立ち尽くしている俺に、陽依が手招きをする。

 

「どうしたの?いくよ~?」

 

 慌てて駆け寄る。そのまま一緒にお店を出てしまった。

 ……あれ?お会計、してないよな?

 

「え、あの、お会計……」

 

 陽依が、くすっと笑う。

 

「あー、なんかね?私達ちょうど『1000人目のお客さん』だったらみたいで、タダったよ」

「えっ」

 

 え、マジ?めっちゃラッキー!

 ……と言いかけたけど、ちょっとまて、

 そんな都合のいい偶然、起こるわけないだろ。

 つまりどう考えても、俺がトイレに行ってる間に、陽依が払ってくれたってことで。

 

「ご、ごめん!ちゃんと返すよ。いくらだった?」

 

 慌てて財布を取り出そうとすると、その手首を陽依がそっとつかんだ。

 細くて、温かい指先。

 それが自分の肌に触れているだけで、すごく意識してしまう。

 

「タダだったからいいの!」

 くい、と俺の手を押し戻しながら、

 陽依は小さく、でも誇らしげに笑った。

 

「……好きな人の前でくらい、カッコつけさせてよ」

 

 本当に、その一言が、ぶっささりすぎて。

 

 熱い。心臓が跳ねすぎて、息がうまく吸えない。

 

 陽依は照れながら、でも確かに本気の顔だった。

 

「……っ、あ、ありがとう」

 

 思わず、声が裏返る。

 自分でも動揺しているのがまる分かりだった。

 

「さて、なんのことかなー」

 陽依はとぼけたように返すけど、耳の先がほんのり赤い。

 

 ──ダメだ。

 今の俺、絶対変な顔してる。

 

 

 ◇

 

 カフェを出て、広い道に差し掛かったところで、ふと既視感を覚えた。

 俺はこの道を知っている気がする。

 

 景色をゆっくりと見渡すと、胸がざわつく。

 見たことのある建物、知っている曲がり角、そして思い出す。

 

 ──この道は、優愛とあっこと一緒に買い物をした時に通った道だ。

 

 ぼんやりとだけど優愛の家の方向が分かる気がした。

 優愛の家に行って、あのパソコンに触れたら、帰れるかもしれない。

 

 スマホは壊れて、手持ちのお金は数百円。

 このまま自宅に帰るのはほぼ不可能だ。

 ATMでお金を下ろすこともできるけど、自宅までの移動費は数万円はかかる。

 だったらまず、優愛のパソコンを試したい。

 

「陽依。……俺、ここからは一人で大丈夫だと思う」

「え、あ……そうなんだ」

 

 陽依は一瞬だけ目を見開いた。

 けれどすぐ、バッグから小さな紙を破って取り出し、さらさらとペンを走らせる。

 

「これ、私のIDと電話番号。スマホ治ったら連絡して。待ってるから」

「……あ、うん!もちろん」

 

 紙を受け取って、ポケットしまうと

 陽依がふわっと嬉しそうに笑った。

 

「ねえ、おにいさん。一つだけお願いしてもいい?」

「?なんだ、俺にできることなら」

 

 陽依に今日はたくさん助けてもらった。

 できることなら、なんでもするつもりだった。

 

「じゃあ──そのまま絶対に動かないでね」

 

 そう言って、陽依が一歩踏み出す。

 次の瞬間、ぽすん、と俺の胸に身体が寄りかかってきた。

 

「え、あ、ちょっ……!」

 

 あまりに突然のことで、倒れないように踏ん張るので精一杯。

 抱き着いたまま、陽依が小さな声でいう。

 

「動かないで」

 

 顔が上がる。

 目が合う。

 近い。

 近い。

 近い。

 

「え……?」

 

 頬に、柔らかいものが触れた。

 一瞬。ほんの一瞬。

 だけど、火傷のように熱が残る。

 

 ──陽依が俺の頬にキスをしたのだと、数拍遅れて理解が追い付く。

 

「……っっ!?!?」

 

「ふふ、ごちそーさま。次は唇貰うからね?」

 

 軽やかに手を振りながら、陽依は去っていく。

 その背中が曲がり角の向こうに消えていくまで、俺は動けなかった。

 

 顔も、耳も。首まで熱くて、

 しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 

 ◇

 

「……ここ、どこなんだよ」

 

 すっかり暗くなった空の下。

 俺は見知らぬ公園のベンチに座り込み、途方に暮れていた。

 

 ──帰れないかもしれない。

 

 陽依と別れた後、なんとか気持ちを落ち着けて、優愛の家へ向かった。

 

 道は知ってるはずだった。

 確かに歩いたことのある景色のはずだった。

 なのに、知っていると思った道は、どんどん見覚えのない景色に変わっていって。

 記憶と現実がズレていく。

 

 スマホは壊れて地図アプリは使えない。

 通信もできないから、誰にも頼れない。

 

 戻ろうとしても、来た道も曖昧になっていた。

 

 気づけば、見覚えのない公園のベンチに腰を下ろしていた。

 遊具の影は夕闇に溶けるように長く伸び、

 空は橙から紫へゆっくり色を変えていく。

 

 街灯が一つ、また一つ、と点きはじめる。

 

 この世界で、頼れるものが何もない。

 優愛の家の場所も分からなくなった。

 スマホも使えない、お金もない。

 

 胸の奥に、どうしようもない不安がじんわりと広がっていき、

 思わず頭を抱えたそのとき──

 

「し、志郎……くん?」

 

 柔らかく、驚いたような声。

 

 顔を上げる。

 街灯の光を背に、

 スーパーの袋を持った優愛が立っていた。




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