『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました 作:おにぎり・S
「おにいさんがフリーなら──私、恋人に立候補してもいい?」
心臓が跳ねる。
あまりの突然のことで、うまく思考が回らない。
顔を真っ赤にした陽依を目が合う。
不安と期待が入り混じったような、返事を待つ表情。
何かを言葉を返そうとするのに、声にならない。
「え、あ……え、と」
頭が熱い。
まとまらない思考、形にならない言葉。
ほんの数秒の沈黙のはずなのに、永遠みたいに感じられた。
先に口を開いたのは、陽依の方だった。
「あ、あはは……急すぎたよね。べ、別に今すぐ返事しなくても大丈夫だから!ただ……私、おにいさんの事、そういう風に見てるし。もし、枠があるなら、私も……入れてほしいなって」
──情けない
ふと冷静な自分が顔を出す。
落ち着け俺。
彼女は勇気を振り絞って、気持ちを伝えてくれた。
それなのに俺は、慌てて、戸惑って、不甲斐ない。
彼女の言葉が冗談で言ってるわけじゃないのは、十分伝わった。
ならば俺も、きちん向き合って返すべきだ。
一度、深く息を吸う。
恋人に立候補。彼女になる。付き合うということ。
そんなの、願ってもいないことだった。
大学生になってから彼女が欲しくて、いろんなことをしてきた。
それが、こんな突然、目の前で叶いそうになっている。
それも、飛び切りの美少女から。
胸が熱くなる。
陽依に触れてみたい、抱き締めてみたい。
きっと柔らかくて、あったかくて、ドキドキして、きっと一線だって……。
今まで欲しかったものが、全部手に入るのかもしれない。
童貞だっていうコンプレックスに悩まなくてもよくなる。
だったら、付き合っちゃってもいいんじゃないか?
……でも。
その時、ふと、視界の端に、ショッパーが入った。
優愛たちに渡すために選んだプレゼント。
六重の奥に広がっていた熱が、すっと静まっていく。
俺は、今何に心を動かされているんだ?
胸の奥のざわつきが少しだけ、落ち着いていく。
「陽依、その……」
言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「ごめん。そう言ってくれて本当に嬉しい。でも、すぐに答えを出すのは……正直難しい。軽い気持ちで答えたくないんだ」
陽依のまつげが、小さく震える。
けれど、逃げずにこちらを見つめ返してくる。
「……ううん。ちゃんと考えてくれてるって思えるから。それだけで、嬉しい」
彼女はふっと笑って、カップを胸の前でぎゅっと抱えた。
笑っているのに、どこか不安を隠しているのがわかった。胸が痛む。
そして、さっきまでの明るさを少しだけ取り戻した声で言った。
「じゃああさ、おにいさん。連絡先交換しよ?それなら……いいでしょ?」
まあそれくらいなら。
「お、おう、もちろん」
スマホを取り出すと、陽依がぱっと花が咲くみたいに笑った。
その笑顔に、少し救われる。
よく考えれば、女の子と連絡先を交換するのなんて初めだ。
妙に手が汗ばんで、QRコードを表示させるのに少し手間取る。
「えーっと、これで」
陽依が俺のQRコードにスマホをかざす……が、
「あれ?読み込めないね?」
俺のQRコードを読み込もうとするが、いつまでたっても読み込まない。
「おかしいな?逆にしてみるか」
今度は俺が陽依のQRコードを読み込もうとするが、こちらも無反応。
「仕方ない、IDで検索するか」
陽依のIDを教えてもらって、検索をした、その時。
「あっ……」
画面に表示されたエラーを見て、思い出した。
【インターネット接続を確認してください】
……そうだった。
ここにワープしたとき、スマホが壊れたんだった。
QRコードの交換ができなかったのも、これが原因か。
「ごめん陽依。これ……」
俺は画面を見せて陽依にスマホが壊れていることを話した。
「え、大丈夫なの?早く何とかしないと死活問題じゃん」
「だよな。早めにショップにいかないと」
「あ……じゃあ暗くなる前に出ないとだね。そろそろ出よっか」
そうだな。と思って立ち上がろうとした瞬間、背筋に冷や汗が走った。
……マズイ
「ご、ごめん。ちょっとトイレ」
荷物を持って席を離れ、トイレに駆け込む。
個室で財布を開いた。
優愛とあっこにプレゼントを買ったから、手持ちの現金がほぼゼロ。電子決済でカフェ代を払うつもりだったのに、スマホが故障してるんじゃ払えない。
頼む……カフェ代くらいは残っていてくれ……ッ!!
そう願いながら財布を覗く。
──612円。
……ギリ一人分。
いや、ぎりぎりどころか、足りないかも。
頭が真っ白になる。
年下の女の子に奢らせるなんて、ダサすぎる。
絶対に避けたい。
でも、お金がない。どうする。
今からATMにお金を降ろすに行くか?
──いや会計をしないまま出ていくのはまずい。
陽依にお願いして、割り勘にするか?
──いやそれじゃかカッコがつかない。
落ち着け。そうだ、いったん割り勘にして、店を出た後にATMで金を降ろして返す。これだ。
覚悟を決めて、トイレから出ていく。
席の前で陽依が立って待っていた。
「おかえり。それじゃ出よっか」
「あ、まって、その前にお支払いでお願いが……」
俺の声が聞こえないかのように、陽依はすたすたとレジを超えて出口へ向かってしまう。
思わず顔が青くなる。
奢れということか!?いやまあ普通そうなんだけど!!でもごめん!お金ないんだ!奢れないんだ!ちょっと待って!!!
立ち尽くしている俺に、陽依が手招きをする。
「どうしたの?いくよ~?」
慌てて駆け寄る。そのまま一緒にお店を出てしまった。
……あれ?お会計、してないよな?
「え、あの、お会計……」
陽依が、くすっと笑う。
「あー、なんかね?私達ちょうど『1000人目のお客さん』だったらみたいで、タダったよ」
「えっ」
え、マジ?めっちゃラッキー!
……と言いかけたけど、ちょっとまて、
そんな都合のいい偶然、起こるわけないだろ。
つまりどう考えても、俺がトイレに行ってる間に、陽依が払ってくれたってことで。
「ご、ごめん!ちゃんと返すよ。いくらだった?」
慌てて財布を取り出そうとすると、その手首を陽依がそっとつかんだ。
細くて、温かい指先。
それが自分の肌に触れているだけで、すごく意識してしまう。
「タダだったからいいの!」
くい、と俺の手を押し戻しながら、
陽依は小さく、でも誇らしげに笑った。
「……好きな人の前でくらい、カッコつけさせてよ」
本当に、その一言が、ぶっささりすぎて。
熱い。心臓が跳ねすぎて、息がうまく吸えない。
陽依は照れながら、でも確かに本気の顔だった。
「……っ、あ、ありがとう」
思わず、声が裏返る。
自分でも動揺しているのがまる分かりだった。
「さて、なんのことかなー」
陽依はとぼけたように返すけど、耳の先がほんのり赤い。
──ダメだ。
今の俺、絶対変な顔してる。
◇
カフェを出て、広い道に差し掛かったところで、ふと既視感を覚えた。
俺はこの道を知っている気がする。
景色をゆっくりと見渡すと、胸がざわつく。
見たことのある建物、知っている曲がり角、そして思い出す。
──この道は、優愛とあっこと一緒に買い物をした時に通った道だ。
ぼんやりとだけど優愛の家の方向が分かる気がした。
優愛の家に行って、あのパソコンに触れたら、帰れるかもしれない。
スマホは壊れて、手持ちのお金は数百円。
このまま自宅に帰るのはほぼ不可能だ。
ATMでお金を下ろすこともできるけど、自宅までの移動費は数万円はかかる。
だったらまず、優愛のパソコンを試したい。
「陽依。……俺、ここからは一人で大丈夫だと思う」
「え、あ……そうなんだ」
陽依は一瞬だけ目を見開いた。
けれどすぐ、バッグから小さな紙を破って取り出し、さらさらとペンを走らせる。
「これ、私のIDと電話番号。スマホ治ったら連絡して。待ってるから」
「……あ、うん!もちろん」
紙を受け取って、ポケットしまうと
陽依がふわっと嬉しそうに笑った。
「ねえ、おにいさん。一つだけお願いしてもいい?」
「?なんだ、俺にできることなら」
陽依に今日はたくさん助けてもらった。
できることなら、なんでもするつもりだった。
「じゃあ──そのまま絶対に動かないでね」
そう言って、陽依が一歩踏み出す。
次の瞬間、ぽすん、と俺の胸に身体が寄りかかってきた。
「え、あ、ちょっ……!」
あまりに突然のことで、倒れないように踏ん張るので精一杯。
抱き着いたまま、陽依が小さな声でいう。
「動かないで」
顔が上がる。
目が合う。
近い。
近い。
近い。
「え……?」
頬に、柔らかいものが触れた。
一瞬。ほんの一瞬。
だけど、火傷のように熱が残る。
──陽依が俺の頬にキスをしたのだと、数拍遅れて理解が追い付く。
「……っっ!?!?」
「ふふ、ごちそーさま。次は唇貰うからね?」
軽やかに手を振りながら、陽依は去っていく。
その背中が曲がり角の向こうに消えていくまで、俺は動けなかった。
顔も、耳も。首まで熱くて、
しばらく呆然と立ち尽くしていた。
◇
「……ここ、どこなんだよ」
すっかり暗くなった空の下。
俺は見知らぬ公園のベンチに座り込み、途方に暮れていた。
──帰れないかもしれない。
陽依と別れた後、なんとか気持ちを落ち着けて、優愛の家へ向かった。
道は知ってるはずだった。
確かに歩いたことのある景色のはずだった。
なのに、知っていると思った道は、どんどん見覚えのない景色に変わっていって。
記憶と現実がズレていく。
スマホは壊れて地図アプリは使えない。
通信もできないから、誰にも頼れない。
戻ろうとしても、来た道も曖昧になっていた。
気づけば、見覚えのない公園のベンチに腰を下ろしていた。
遊具の影は夕闇に溶けるように長く伸び、
空は橙から紫へゆっくり色を変えていく。
街灯が一つ、また一つ、と点きはじめる。
この世界で、頼れるものが何もない。
優愛の家の場所も分からなくなった。
スマホも使えない、お金もない。
胸の奥に、どうしようもない不安がじんわりと広がっていき、
思わず頭を抱えたそのとき──
「し、志郎……くん?」
柔らかく、驚いたような声。
顔を上げる。
街灯の光を背に、
スーパーの袋を持った優愛が立っていた。
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