魔法少女菊日こと中滝ヒナリは広義の上ではインベーダーだ。
本質は人間のソレだが、確実にインベーダーしての半生を歩んできた。
要素だけで見れば、半々と言ったところだが、確実にインベーダー側へと加担していた。
そんな彼女は夢を見る。
インベーダーへとなった時の過去の記憶。
小さなころ、インベーダーに襲われた。
よくある話。大抵は運よく魔法少女に救われて、残りは死ぬ。
だが、彼女の場合どちらにも該当しなかった。
彼女は、幼くしてインベーダーに身体をいじられた。
委員会側がどこまでそれを把握しているのかは知らないが、実際の事例としては珍しくはない。
知性体の一部には、捕まえた人間に自身の要素を取り込ませて変質させることが出来る個体がいる。
成熟した大人や、それどころが第二次性徴を迎えた人間には不可能だが、それ以前の年齢であれば成功する可能性はゼロではないのだ。
成功率は高いとは言えない。
大抵が負荷に耐えきれなく死ぬこととなるし、そもそも、例外なく魔法少女の素質となりえるだけの力を有していなければならない。
だが、何処までも非人道的な行為であっても、それは侵略者たるインベーダーが気にするものではない。
そして、ヒナリも九歳のある日、インベーダーへと堕ちた。
始めは実感がなかった。
いや、気付くまいと思っていた。
きっとインベーダーに襲われたのは夢だと思ったから。
下卑た笑い。有無を言わせない圧倒的な力で開かれる身体。
そして、何よりインベーダーにいじられたとは言えA級判定されるそれを怒りのままに殺した自分。
全部、現実とは思えなかった。
起きてしまった現実と、自分がどこまで非道であるのかを受け入れたくなかった。
だから見ないふりをした。
知らないふりをして、やっぱり頭の中で下される命令には逆らえなかった。
自分の中をかき乱される感覚に耐えられない。
無遠慮にむき出しの精神を触られる。
この呪縛は絶対に解けない。
◆
隠れ家的なカフェと言うのは、実際どれくらいの人間が来るのだろうか?
そう言ったところを前世でめぐるような習慣がなかった俺はそんな疑問を浮かべる。
見渡す店内にはマスターと様子のおかしい白衣の少女だけだ。うん。これはやばい店だから皆近づかないね。
「あ!ヒーコさん!最近連絡しても来てくれないので、心配してたんですよ!」
「ああ、寝てて気づかなかった」
「ヒーコさん丸一週間寝てることになりますよ。それ」
ここ毎日連絡を送って来た白衣の少女、琴浦のメッセージに既読を付ける。
自称魔法少女言語学者である彼女は、頻繁に俺をこのカフェへと誘ってくる。
だが、彼女に食傷気味な最近は連絡を無視していた。
だが、魔法少女菊日ことヒナリから話を引き出すことの出来る場所を考えた時、この場所しか浮かばなかったため仕方なくここに来た。
「影木さんもこんにちは!……おや、そちらの方は」
影木と言うのはカゲの事だ。
彼女に人化して紹介した時に説明した名前が、影木うるしと言う名前だった。
まあ、適当だが、本来使い魔は人化できないから、人間として琴浦には紹介していた。
そして、目ざとく琴浦はヒナリの存在に気付く。
「ああ、実は──」
俺は琴浦に先ほど起きたことを説明した。
委員会の規模で考えれば完全に部外者のこいつだが、もはや身内の側面が強くなっていた。
それに、この場所を使う以上こいつに話を聞かれるのは確実だしな。
「ほう、なるほどなるほど!つまり、ヒナリさんの処遇について、と言うわけですね!」
「まあ、そうなるな。委員会に引き渡してもいいんだが、カゲ的には近くに置いておいた方が使えるんじゃないかって」
「ああ。それと、少し試したいことがある。委員会に報告すれば、ヒナリとの接触が難しくなるだろうからな」
少し試したいと言うカゲの目は実験動物を見るような目だ。怖い。
しかし、まあ、カゲがそう言うならヒナリの正体を隠して一旦こちらに置いておくのも良いかもしれない。
まあ、命令とやらが来れば悪さをするだろうが、彼女が魔法少女であるために大々的に動けないと言った通り、表立ってのデカいことはしないだろう。
それにカゲにはどうやらそのあたりのことに関して考えがあると言うし。
「そういや、命令が来るって言ってたけど、誰から来るとか分かる?」
「……いえ、分からないです。私をインベーダーにした奴はその場で殺しましたし」
「へー」
命令とその彼女をインベーダーにした奴は別ってことなんだろうか。
絶対服従の命令のくせに、そいつを殺せたってのも謎だ。普通、セーフティくらいかけれそうなもんだが。
「恐らく、彼女に命令を出しているのは、彼女をインベーダーへと変質させた因子そのものにあるのではないか?」
「そうですね。私もそう思いました!本質的に人間である以上インベーダーが逐一命令を出すと言うのは、相当に面倒でしょうしね」
カゲが推測を立てて琴浦が肯定する。全く分からんが、そう言う事らしい。
──つまりだ。我がその根幹を書き換えればその命令とやらを打ち消せるやもしれん。
──ほう。……いやまて、なんでテレパシーに切り替えた?
──この者らの前で我の力を使うのだ。勘繰られても嫌だろう。
──ああ、なるほど。
──それに、キサマの手もいる。
「まあ、いいか。試すだけだ」
「ちょっと、え?」
困惑するヒナリの頭に手を置く。
頭を触られるのは嫌だろうが、この状況で有無は言わせない。
そして、俺の背中に隠れたカゲが小さな手で俺に触れる。
目を閉じ、意識を潜らせていく。
彼女の奥へと触れる。
人でありながらインベーダーの力を内包する彼女は、同時に魔法少女としてのこれ以上ないほどの素質を秘めている。
相反した力が喰らいあい溶け合った中から、インベーダー因子へと意識を伸ばす。
カゲが方向を示し、俺がそれに沿う。
捉えた。
目標を定めて、意識を研ぎ澄ませる。
俺が引きはがし、カゲが隙間を埋める。
インベーダー因子をすべて取り除くことはできない。
故に、行うのは命令を出しているそれをとり除くことだけ。
掴む瞬間、頭に流れこむのは、憎悪の念。
命令。なんてものではない。
声だ。
頭の中に無遠慮に立ち入って、思考を強制してくる声。
「っ──!?」
覗きすぎた。
そう気づいた時には、俺の手は魔力によって弾かれていた。
「大丈夫ですか?ヒーコさん!?」
「……ああ」
弾かれた手は傷一つないのを確認する。
そんな俺に、琴浦は「失敗ですか?」と聞いた。
だが。
呆けたような彼女の頬に涙が伝うのを見れば、すぐに琴浦も察した。
◆
「これ珈琲ね」
「あ、どうも」
マスターが折を見て運んできた珈琲をもらう。
小柄で優しそうな顔をした爺さんだ。
「今日は、にぎやかでなんだか楽しいねぇ」
腰を曲げたマスターはそう言う。
爺ちゃん……。
「そうですね!今日は沢山お友達が来てくれて嬉しいです!」
「そうだ。レンズちゃんお手伝い頼むよ」
琴浦がそう言って、マスターは手伝いを頼む。
「なら、私も手伝いますよ」
「比五子ちゃんはいいよ。レンズちゃんはバイトなんだし」
「え?」
こいつバイトなのに俺らと駄弁ってたのか?
時々来る客にも全く働く様子を見せないから知らなかった。
前世で真面目にバイトしてた俺がバカみたいじゃないか。
いや、むしろこれが許される場所を見つけて入れるのは才能な気もする。
「まあ、いいや。話の続きをしよう」
ヒナリも落ち着いたころだろうと思って話を再開することにした。
「一応確認するけど、命令はもう聞こえないか?」
「はい!比五子様のおかげで、解放されました!」
「様やめて」
「ですが、カゲさんは様呼びしていますよね?」
「ご主人“様”ね。いや、待て呼ぶなよ。」
ご主人様と口走ろうとしたヒナリを制す。
息を吸い前のめりになって今にも言葉が口を飛び出しそうなまま彼女は固まる。
「わかりました。……では、比五子ちゃんで」
「さんじゃねぇのかよ」
「こちらの方が可愛いので」と言ってちゃん付けするヒナリを見れば、先ほどの涙は見る影もなくニコニコとしている。
しかし、一応話せるならいいか。
「知りたいのはインベーダーについての情報だ。と言うか、ヒナリの同類の魔法少女に紛れているタイプの奴って他にいる?」
委員会内にヒナリのような人間がいるとわかった以上、知らないままではいられない。
組織内にインベーダーがいることを知らずに足元をすくわれてはたまらない。
「私が知る限り、自分を含めて三人です」
彼女が言うには他にもいる可能性があると言う。
と言うか、組織の規模的にまだまだいるだろう。
だが、彼女の知るのは自身を含めた三人だと言う。
「つまり、あと二人ってことか」
「はい。一人は、B級24位、久篠キイカ。もう一人は、C級1位、水戸守ティナと言う少女です」
「B級とC級?」
「はい。ランクこそ高くないですが、実際の力は私に迫るくらいあります」
まあ、こいつからして実際はA級上位以上の実力だと言う話だしな。
「じゃあ、その子たちに連絡取れる?同じように、命令の元を断ちたいからさ」
「わ、分かりました。でも、多分私の連絡見ないんですよね。すぐの方が良いですもんね?……仕方ない、電話するか」
まあ、連絡見ない人間はある一定数いる。
今名前が挙がった少女もその一人なのだろう。
「あ、もしもし。は?いやキモイこと言うなし。……え?お前、ホントにブロックしてたのかよ。だ~か~ら~──」
一人目、久篠キイカへの電話は喧嘩をし始め、最終的に電話口にヒナリが怒鳴っていた。
「あ、そう。さっき、久篠にもかけて。はぁ?いや待て、アイツがガキなの!いや、黙れよ。背が高いってだけで、ガキなのはお前の身体──」
二人目、水戸守ティナとも喧嘩をしているようだった。
なんか、大変だな。
そして、やっと電話を切ったヒナリは息を切らしながら言った。
「他二人に、予定を取り付けました。情報共有をしたいからって」
「あ、ああ、ご苦労様」
乱れた髪を見ながら俺はそう返した。