眼球のくりぬかれた死体。
涙のように流れる血。
その情景すべてが、白い布に包まれた少女と重なる。
「──っ、はぁはぁ……」
自分がいかに無力であったのか、その場に居合わせても何もできないことがわかってしまう。
荒れていた自分に寄り添って前を向かせてくれたあの人はインベーダーにもてあそばれた。
「先生……」
『なによ、これ……?答えなさいよ!』
「あ、いや……ちがっ」
機械ごしの声に反射で答える。
違う。違う。違う。違う。
自分がやったのではない。
あのインベーダーのように、彼女をこんなにしてしまったわけではない。
でも、本当にそうか?
内なる自分が疑問を吐いた。
魔力を散らせる効果を持つ布をかける判断をしたのは誰だ?
魔法少女コフィンの拘束の際に指示を出したのは誰だ?
なぜ、魔力を妨害することで、魔法と密接にある魔法少女に何の影響もないと考えた?
心当たりがなかったわけではないだろう?
窮地に立たされた少女が、魔法少女としての力を開花しその力を生命維持に使っていた例は過去にもあった。
なら、彼女が例外であると言い切れる理由はあるのか?
──雫さん。皆とぶつかってもいい。……でもね、相手の身体を傷つけるようなことはしてはダメ。先生と約束、出来る?
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
頭を抱えてうずくまる。
相手が魔法体であるから、相手がインベーダーであるから。
だから、魔法少女零は戦ってきたし、傷つけもした。
だが、彼女は魔法体か?
知らなかったと言えば済むのか?
「隊長……?隊長!落ち着いてください。ゆっくり、ゆっくり呼吸してください」
ただ事ではないと紫流は判断したのだろう。
普段は気丈にふるまう自らの隊長の背をさすった。
◆
「ぶちのめして、居場所を聞き出す」
ヒナリは物騒な言葉を吐いて、敵を見据えた。
キイナも言葉を口にするほどの理性は残っていないだろうが、やることは同じだろう。
だが、この空間で動いたキイナに対して対抗した少女は、ニヤリと笑った。
「ままっ。落ち着きなってっ!会話何てできないように潰してあげるからさっ」
「A級2位、魔法少女龍幻」
「ありゃ、知ってるの?……まあ、インベーダーのネットくらい使えるか」
意外そうにヒナリを見た後、得心が言ったように手を叩いた。
「そう睨む様なもんじゃないよ。それにっ。私の狙いは、そこの長身だぜってね!」
苦言を呈したあと、踏み込んだ足はヒナリでもキイナでもなく、一歩後ろに佇んでいたティナに向かった。
速い。ティナは防御態勢に移り、他二人も動き出す。
だが、そこで鈴の音が鳴る。
鈴神の能力の発動の合図だった。
大気を揺らす鈴の音はほんの一瞬魔力を乱した。
いや、それだけにとどまらない。空間に歪みを与えた。
そして空間は瓦解するように、崩れ──。
ヒナリは自分と、鈴神の二人きりになっていることに気付いた。
すぐに状況を理解することはできない。
だが、一つ分かることがある。
恐らく他の二人も一人ずつ分断された。
◆
「魔法少女龍幻の魔法の詳細は一般には未だ割れていない」
「そっ。詳しいね」
ティナは知りうる龍幻の詳細を喋ると少女は興味深そうに言った。
「まあ、特別に教えてあげるぜ。私様の魔法は「儀龍」。魔法は、龍を作り、その中でのみ幻術を使用できる」
「教えてもいいのですか?」
「特別っって奴ね!君のこと結構気に入ったってことねっ」
ティナの疑問に龍幻はそんな風に答えた。
魔法の詳細は自身の生存の手段。ましてインベーダーとみなすティナに対して洩らす情報としては重要過ぎた。
「いやいやっ。魔法の仕組み知っても、どーせ誰も勝てないからっ!」
自信があるのかそう言った。
「最大全長約160メートル、最小10メートルの大きさの可変が可能な龍はその中で幻を作る。それを使ってこの地下駐車場の中で三人を分断したってわけっ!自身で足を進めたと思っていた君たちは、知らず知らずのうちにちょっとずつ私によって誘導されていた。隣を歩いているよう見えて、全く違う方へと足を進めていたってわけっ!」
魔法「儀龍」は幻を作り出す力だ。
大きさの可変可能な龍を作り出し、その内側においてのみ幻を構築できる。
龍には、直接的な攻撃力は存在せず、触れられるのは魔法の行使をしている龍幻のみ。
彼女はこの龍を使って死神の子を分断していた。
龍を壁のように配置し、周りの景色を偽造した。
これによりいつの間にか、三人は少しずつ離れて別々の場所へと誘導されることとなった。
「まあ、説明はこれで終わり、じゃあ、やろうぜっ」
魔法に制限があるのだろう幻を発動していた時には不可視だった白い龍が龍幻に纏わりつくようにティナを見据えた。
◆
魔力をぶつけ、怯んだところを転移して殺す。
魔眼を発動させ、意識を向けさせたところで魔力を滑り込ませ殺す。
一歩踏み込み、相手が前傾姿勢になった所で魔力を伸ばし腹にいれ怯ませたところを殺す。
門を転移に使わず、魔力を流し込み背後から出すことで意識を向けさせる、門を通った魔力に殺傷能力はないため、それを囮にして接近し殺す。
頭の中に流れるのは、目の前の魔法少女逆鳴を殺す方法。
何通りも何通りも最適な殺し方を頭が導き出す。
だが、まだ、踏みとどまる。
キイナがしなければいけないのは殺すことではなく、比果比五子の居場所を特定すること。
脅してでも何でも居場所を吐かせる。
彼女を取り戻す。
彼女を失えば、生きていけない。
殺意を抑えて、い殺すほどに相手を見た。
「ああ、驚いても仕方がない。龍幻の術中にはまれば、僕たちだって手も足も出ないんだから」
得意げに語る逆鳴をもう一度頭の中で殺す。
とは言え、奴を殺せないというだけで攻撃できないと言う話ではない。
手足を折るくらいいいだろう。
地面を蹴った。
使うのは転移。
本来インベーダーが異界を繋げることに使われる門ではなく、死神の子特有の入り口と出口がセットになった異空間、「亜門」。
死神の子全員が使う事の出来るそれにより、ゲートを開き、出口を設定することによって転移を成す。
足が地面に沈み、そのまま彼女の背後へと出る。
黒々とした死神の子特有の魔力は燃えるように揺れる。
逆鳴も当然その身に受けるのを黙ってみていることはない。
対抗するようにステッキを振るった。
キイナはそのまま魔力をぶつける。単純な出力を考えると余裕で押し込める。
前回の「蛇」との戦闘の時は文字通り本気ではなかった。
だが、衝撃が顎を掠めて、一瞬視界が揺れる。
避けるどころかステッキに魔力をぶつけたはずだった。
それが、キイナの顎を掠めることはないはずだ。
恐らく魔法による効果。
更に、続けて繰り出される蹴りを想定より大きく回避することで、攻撃を避けた。
それでも服を掠るような感覚に目を細める。
魔法少女逆鳴の魔法は、実際の攻撃と見えるものを誤認させる効果を持つ。
水を入れたコップにストローを差すとわずかに屈折する程度の力だが動きをコンパクトに作っていればいるほど、回避が面倒になる。
「あ゛ー。めんどくさい!」
対処法はいくらでもある。
だが、この女の対処に思考を割くのが途方もなく面倒くさい。
いや、そもそも比果比五子にあんなことをした集団の一味を殺せないとは言え、攻略のためにこちらのが労力をかけなければいけないことが気に入らない。
「それに、くだらないんだよ」
「は?どういう──」
「勝てないから分断し、尚も数でねじ伏せようとする」
逆鳴は理解できないと言う顔を浮かべたが、それは演技だろう。
それは、キイナが言葉を発した瞬間に証明される。
背後に二つの影が迫っていた。
秘密混成部隊「虎」の一人と他一人、こちらは魔法少女龍幻の一味の物だろう。
しかし、キイナにしてみればそれがどこのだれであろうと些細な問題でしかなかった。
「気付いたところで……」
反応を見せるキイナに対してすでに魔法を発動していた少女はそう漏らす。
魔力で象られた枷がキイナを縛り地面に縫い付け、動きを止める。
だが、キイナは一言口を動かした。
「蹴散らせ」
その言葉は空間に穴を上げる。
転移の際に死神の子が使うゲートと同種の物だろう。
そこから這い出た一匹の獣は背後に居た二人の魔法少女と逆鳴を蹴散らすように旋回した。
一秒にも満たない間にそれは起こり、少女たちはそれを避けることはできない。
唯一防御に入った逆鳴もただでは済まないのかよろけるように後ろへ下がった。
「何だよそれ。おい!インベーダー!」
驚愕の表情を浮かべて、逆鳴は吠える。
それをキイナは醒めた目で見ながら、獣の頭を撫でた。
一般にインベーダーと呼ばれるそれと同質のものをこの場に呼び寄せた。それが事実だった。
死神の子が転移に使用する亜門。
このゲートにつながる空間は、本来インベーダーがこちらの世界に来るために使う物とは別の物だ。
どこにつながることもない空間は、キイナの作った入り口と出口からでしか出入りが出来ない。
この空間は個々人で所有している物とも言え、それぞれヒナリやティナも有している。
他人のそれに干渉することは出来ない。
そんな空間の中で死神の子は一つの獣を飼っている。
三人で死神の子の力を試行錯誤して使っていく中で、空間に一つの個体が生まれつつあることが分かった。
その原因は魔法少女になったことだろう。
魔法少女には使い魔がいる。本来ならば、だ。
しかし、死神の子の彼女らにはいない。
その理由は、インベーダー因子が関係している。
契約直後より、使い魔の自我が呪縛により抑制され、初期化されるようにしてまっさらになった。
自我を持つことによって独立し、ガーディアンの端末であると言う側面が減る傾向にある使い魔ではあるが、インベーダー因子の影響はそれに反すように働いていた。
そして自我を失った使い魔であったそれは魔力だまりとも言える死神の子の空間に隔離された。
そのすべてが偶然であったものの、結果として言語を介するほどの機能を有さない程度の知性とインベーダーに匹敵するほどの力を内包する獣が出来上がった。