魔法少女につく使い魔の機能は本来、情報によるサポート程度の物しかない。
戦闘に直接手を出せるほどの力などなく、場合によっては顕現だけで魔力を消費するために必要のないときは使い魔収納によって姿を隠させる魔法少女も多い。
故に、死神の子のそれが目の前に現れても、使い魔であるとは到底察することはできない。
そしてキイナと時を同じくして、ヒナリも自身の使い魔である獣を顕現させていた。
「なにそれ!?仲間呼べるの!?」
目の前にいる鈴神は分かりやすく驚いて見せる。
彼女が想像したのは、亜門を使って新手のインベーダーを呼んだ、そんなところだろう。
本来インベーダーが襲来する際に発生する「界衝」による空間への罅とは見た目が違うが同質の物だと判断していた。
獣は四足で地下駐車場に降り立つ。
樋爪は軽快な音を立ててヒナリに身体を寄せた。
この世の生物ならざる見た目ではあるが、強いてその姿を現すのなら鹿だろうか。
しかし、所々の縮尺がおかしくなったように見え、体を覆う長い白い毛は神聖さを醸し出しているように思えた。
「アレ、いいよ」
ヒナリが鈴神を指さしてそう言った瞬間、風が駆け抜けた。
「っ!?」
「───!」
目では追えなかっただろう。
それでも、鈴神はその場から跳躍することで回避をした。
しかし、それは想定済み。既に背後にヒナリは転移していた。
黒い魔力は鈴神に叩き込まれる。
だが、それを鈴神は長杖でガードする。
身体が吹っ飛ばされるが、それでも直撃を防ぐ。
同時に着地地点にはヒナリの獣が居たが、それをステッキを使いすり抜けた。
そして後退することでヒナリと獣から距離を取った。
「なんで、前はその子出さなかったの?」
不意に疑問をぶつけられるヒナリ。
それに答えるつもりはなかったが、つい言葉が口をついた。
「目立つからに決まってるでしょ」
「あっ、そっか~。確かに!」
鈴神の態度に苛立ちながらも、ヒナリは相手を見据える。
予想していた通り鈴神は強い。
隊長と呼ばれていた魔法少女なんかとは比較にならない強さだ。
情報が必要な以上こちらも出力を抑えているが、技術面では完全に上回られている。
技だけで考えれば相手が上だろう。
それに、未だに魔法を使っていないことも気になる。
先ほど幻術を解く原因となった一撃以外使う様子がない。
「でも……」
死神の子の三人を分断させたのは、各個撃破が狙いだからだろう。
それを考えると、恐らく隠れている数人が不意を打って襲撃してくるその時に魔力を乱す魔法を使う可能性が高い。
警戒すべきはそこだが、新手の襲来を知らせる行為でもある。
後は、龍幻の幻術だ。
正直、その詳細は分からない。
幻術を使うだろうと言うことは分かってもどのような発動方法かも分からない。
知らず知らずのうちに分断されていることを考えれば、広範囲にわたる術の行使が可能であると考えるべきだ。
これが張り直しが可能だった場合に、アシストされて不利に陥る可能性がある。
だが、それを考えている暇はない。
再び踏み込んだ鈴神は杖を振るう。
横凪の攻撃。
棒術の要領で技を使ってくる彼女にしては少々大雑把に見える攻撃に目を細めるが、魔力を練ろうとして──
「っ!?」
彼女が杖を振った方へと魔力が流されるのが分かった。
手に纏った魔力が風になびく火のように揺れた。
乱されると言うほどではない。
同時に今のモーションで相手は隙を晒している。
だが、それに気を取られた。
彼女が地面に打ち付ける際に発動する能力は、恐らく大勢を巻き込む広範囲型。
対して、今使ったのは恐らく杖を振った方向へわずかに魔力をなびかせる技。それも懐に入った相手にやっと効果を及ぼせる程度の物だ。
だが、それに一度意識を割いてしまえば、踏みとどまって再開した攻撃は杖で防がれ翻した杖の反対側の端で横っ腹を殴打される。
体勢を崩さないように、獣に背を預けるが、それがあだになった。
床をこすってでも後方へ距離を取るべきだと気付いたのは、彼女が地面に杖を打ち付けた時だった。
鈴の音は魔力を乱した。
そして、またも空間が瓦解した。
それに理解が追い付く前に、複数の気配が自身に向かって飛び込んだ。
そして、目を見開いてみたのは、死神の子の扱う黒い魔力。
ティナが居た。
彼女は大きな動きを見せることなく、魔力が弾丸のようにいくつも飛ぶ。
それを、魔力をぶつけ相殺して防ぎ、手の回らない場所は亜門を開門してその中を通す。
門を通った魔力は攻撃力を著しく喪失する。
だが、ティナの魔力に紛れて他の魔法少女の魔力も打ち込まれていたのだろう。門を通った瞬間にぐらりとめまいがした。
門を通っても問題のないのはインベーダー因子による死神の子の魔力だけ、魔法少女の魔力はヒナリに負荷を与えた。
そして、クラリと足が崩れた隙を狙ってか、背後からに更に攻撃を受ける。
それを獣に無理やり摑まり、回避する。
「ありゃ、生きてるじゃんっ」
回避した先で、その声を聴く。魔法少女龍幻。
彼女は首を傾げながらティナの横に並ぶ。
「鈴神ちゃん、動けなくしてからって言ったよね?」
「えー。聞いてないですよ!」
「あれ、そうだっけ、協力者君?」
「言ってましたよ。鈴神さんは別のことに気を取られて注意散漫でしたけど」
「あれ?そうでしたっけ?」
「ちょっとぉ、鈴神ちゃんっしっかりしよーぜっ」
協力者君と呼ばれたティナは当たり前のように少女らの会話に参加する。
理解が追い付かない、とは言わない。
その光景を見れば、一瞬でティナが彼方側に寝返ったことが見て取れた。
そして、横に目をやれば、キイナも同じように状況を把握しようとしながら視線を動かしていた。
彼女の周囲には負傷した魔法少女が三人。中には逆鳴もいる。
手加減したようにも見えるが、本気を出したのではないかとも疑った。
だが、それよりも。
「どー言うこと?水戸守」
目を細めながらヒナリはそう問うた。
「いいよもうそいつ。裏切ったんでしょ」
ティナが何かを答える前に、冷めきった目でキイナが口を開いた。
曲がりなりにも、死神の子として魔法少女となる前から交流を続けていたとは思えないほどに熱がない。
それは、比果比五子に対しての今回の騒動についてティナが関与していたことが決定的になったからだろうか。
「ひぇ。インベーダーは薄情だなぁっ」
そしてそれを見ていた龍幻は「こわいこわい」と言った。
本人には煽るようなつもりはないが、ヒナリとキイナの精神は逆なでされたような感覚を覚えた。
しかし、ヒナリもキイナもすでに思考を切り替えていた。
今考えるべきは、今の状況。
ティナが裏切った。それは良い。
だが、幻術で分断されたと思っていた自分たちは近い距離に居た。
それは恐らく、最初の鈴神の魔法による波動による瓦解したかに見えた空間は実際には、龍幻の魔法が解けたわけではなく、解けたように見せかけて魔法を発動したと言うことだろう。
確かに現実的に考えれば、いくら幻術で認識をずらされて移動させられていたとしても、お互いの姿が見えない別の空間に移動するということはできない。それは、吹き抜けのようになっている地下駐車場のようなスペースであればなおさらだ。
であれば、幻術を張っていたように見せかけて、分断されていたように認識させた方が現実的と言える。
しかし、不意に龍幻の近くに小さな龍の様なものを見る。
死神の子の獣とは違うだろう。であれば、魔法によるもの。
「っ!?」
「やっと気づいたみたいね。恐らくあれが出てる間が……」
「幻術を発動している合図」
最初に姿を現していた時はあの龍はいなかった。
そして、幻術が解かれ彼女とティナが姿を見せた時も同様だ。
とすると、強力な幻術を扱う事の出来る魔法を所持しているのに別の能力を持っているとは思えない。
なら、幻術に関係すること。幻を発生させている間に姿を現すと考えるのが自然。
「ありゃ、理解が早いねぇ」
二人の様子を見て察したのか、龍幻はそう言った。
ただ、「でも」と続けた。
「私の魔法ってわかってても意味ないんだぜ」
その瞬間、きらめく何かが眼前へ迫る。
刃物、そう判断して身体を背ける。
だが、それに龍幻は笑みを浮かべる。それだけで、幻術だったと理解した。
すでに潜り込むように、鈴神が杖をこちらに放っていた。
それを、転移して回避する。
ちらりと視線を向ければキイナも似たような状況にあることが分かった。
幻術により怯まされ、そこへ敵の襲撃を受ける。
幻術によって相手の魔法少女の姿を隠すような芸当もとれることを考えると不利が過ぎる。
威嚇程度に放った魔力が、途中で空間に波打つように揺らすことを考えれば、幻術は何か壁のようなものを作り投影しているようにも思えるが、それが分かっても対処は出来ない。
強いて言うのであれば至近距離には効果範囲が無いと言う事くらいだろうか。
しかし、刃物が飛来する幻と魔力が干渉して空間が波打つように揺れた位置が一致しないことに気付くのが遅れてしまった。
そのせいで、一つの襲撃を見落とした。
幻術を映し出す壁は移動できるのだろう。そう結論を出せたのは、真横の何もない空間から見えない幕を潜るようにして巨大な獣が頭を突き出した瞬間だった。
現実の動物に例えるならばクジャクだろう。
しかし、人よりも大きく何かの動物と混ざったような見た目でありながら神々しく見えるそれは、幻で姿を隠し接近していた。
そこに突き合せるようにゲートを開き、自身の獣をぶつける。
それでも耐えきれずに、後退する。
その隙をついて、魔法少女が襲来する。
「くそ。離脱するわよ!」
「はぁ!」
「アイツがあっちについた時点で、今の私たちだけじゃ、無理よ」
その言葉にキイナは納得いかなそうな顔をする。
そもそも、キイナの方が先に離脱の考えを持っていたのだろう。それは体の姿勢から分かる。
それでも、感情だけでその場に居座ろうとしつつも、唇を噛んでゲートを開く。
そうして、二人は泣く泣くその場を離脱した。
◆
「協力者がインベーダーだなんて聞いてないよ」
「いってないしっ!」
死神の子の二人が去り、拠点に戻った逆鳴は龍幻に詰め寄ってそう言った。
彼女に問いただしたのは、唯一事情を把握している素振りを見せていたからだった。
「とにかくすぐに、あのインベーダーを排除すべきだ。協力者などと言っても、どうせ隙を見て裏切るに決まっている!」
取り乱すように逆鳴は言う。
「こんな勝手が許されるわけがない。加覧部長はこれを知ってるのか?」
そんな言葉に龍幻が答える前に、別の声がそれに答えた。
「もちろん。僕はすべてを把握している。今回の協力者の詳細については「龍」の部隊長である龍幻だけに伝えていた」
秘密混成部隊を束ねる男はそう言い放った。