少女の名前は
うちの学校の生徒のようだが、着こなしのせいか少し違って見えた。
靴下やワイシャツ、それにウチの学校の鞄には指定のものがないのだが、どこかの高校の指定鞄の様なものを背負っている。
確かに、高校生らしい片掛けの鞄を持っている生徒も多いが、そう言ったものと言うより本当にどこかの学校の物のように見える。中学のバックをそのまま使っているのだろうか。
「どうかしました?」
「いや、なんでも。それと同い年なら敬語いいよ」
「ホントっ?じゃあそうするね。比五子ちゃん!」
「うん」
追加で物欲しそうに見ていた駄菓子類を買ってやれば、嬉しそうに両手で抱えて彼女は食べる。
俺にも差し出されるが、そこまで腹も空いていないので断った。アイスも食べたしな。
彼女なりの気遣いだったのだろうが、それでもすべてを食べれるとあってか、なんだかより一層嬉しそうだ。
と言うかよく食べるな。
「夜ごはん入らなくなっちゃんじゃない?」
「
「なんて?」
そう言えば、もみじや方波見黒墨との屋上での交流と死神の子たちと琴浦以外だと、こうして普通に同級生と話すのも新鮮な気がする。
普段行かないとこに行くのもたまにはいいものだ。
◆
綾谷もみじは魔法少女である。
そして、そんな彼女の通う学校には魔法少女が五人いる。
これは極めて多い数であり、更に現在四人しかいないS級が一人いると言うのは途方もない確率と言えた。
しかしながら、今日今この時そのメンバーが一人増えることになった。
「初めまして、児野空音です!B級魔法少女ですっ」
最近は専ら、もみじと緑子、寧々華の昼食は人が来ない中庭で行われていたのだが、そんな三人の前に降り立った四人目はぺこりと頭を下げた。
小学生ならばランドセルの中身がすべて出そうなほどのお辞儀をして見せた少女をぼうっともみじは見た。
「暫くの間委員会がこっちに寄越した魔法少女ってことでいいのよね」
「そうです!」
緑子の問いに空音は頷く。
「はーい!空音ちゃんしつもーん!」
「どうぞ。寧々華ちゃん!」
「暫くっていつまでいるの?」
「…………?」
「いや、私の事見ないでよ」
緑子の方を見ながら首を傾げるも、当の本人ではないのだから正確な情報は出てこなかった。
「あ、そうだ。さっき、お二人にはあったんだけど。もみじちゃんだよね。まだ、挨拶してないから」
「え、あっと。綾谷もみじです。空音ちゃんって呼んでもいいのかな?」
「うん。いいよ!空音ちゃんでも、そらちゃんでも、ねーちゃんでも!」
「うーん。空音ちゃんにしようかな……」
「私はなんて呼べばいい?」
「皆にはもみじって呼ばれてるから下の名前で呼んでくれると嬉しいな」
「えー。じゃあ、もーちゃんって呼ぶ!いい?」
「もー?……うん」
「やった~」と喜ぶ空音に寧々華は「私はぁ~?」と聞く。「ねねちゃん?」と返せば、寧々華は気に入ったようだ。
そんな様子を、見ながらもみじは人間関係の構築の速さに感心していた。
「それで、委員会はどうして貴方をこっちに? 来ることは聞いていたけど、詳細はよく知らないのよ」
「えっと、ジョブローリングみたいな?って大人が言ってました」
「ジョブローテーション? いやでも、今回とは違くない? 確か委員会がやるのって力が使えなくなった人を対象にしたプログラムとかそう言うのだって。転校までしたって大体管轄地区が変わるだけのようなものだし」
「? 私もよくわからないです」
そんな様子に緑子は委員会の行く末を不安に思いつつも、この学校にいるこの三人を除いた他二人のように協調性のない人間ではないことに安堵をした。
◆
「お待ちしていました。夜空様」
冷たいコンクリートの壁を横に黒い背広の男が頭を下げる。
「くれぐれも、完全変身はしないでください。魔法体は部位変身が限度です」
「わかっている」
釘を刺すように言われて、S級魔法少女夜空こと方波見黒墨は頷いた。
部位変身と言っても、それは大半の魔法少女には成し得ることはない高等技術であるが、それをいともたやすく了承した。
そうして、男が開いた扉から中へ入ると部屋の中心に一つの影があった。
少女だった。
だが、それが一般に言う人間ではないことはすぐにわかった。
目を引くのは彼女の後ろから生える尾のようなものだ。
恐竜の尾を鎧の様なうろこで纏ったような見た目のしっぽは動き、蜷局を巻いていた。
そして、その影ではなく扉付近の男に声をかけられる。
「お待ちしていました」
四隅を固めるように魔法少女が陣取っているのを視界に入れつつ男の声に耳を傾ける。
「あれが?」
「はい。つい昨夜この場に世界強度の高まりと同時に降り立ったインベーダーです。本人は名をヒエロクック・アルカフルールと名乗っています」
男は詳細を話した。
そして更なる情報を黒墨が引き出そうとした時、ヒエロクックは口を開いた。
「オレと話そうぜ。S級だろ?お前」
彼女の言葉に呼応するように軽く打ち付けられた尾は地面と衝突して火花を散らす。
「……」
「話ならそこの奴じゃなくてオレが直接教えてやるよ。……言っとくが断れねぇぜ。“要求”だからな」
鋭い歯を見せてニカっと笑みを見せた。
その様子に、仕方がないと息を吐いた黒墨は口を開いた。
「わかった。お前と話すことにする。ヒエロクック……」
「ヒエロクック・アルカフルール。ヒエロで良いぜ。適当に付けた名前だしな」
「適当に?」
「気にするな。ほら、聞きたいんだろう。オレが今こうしている理由を」
黒墨の疑問を遮って、そう促すように言った。
「……なら、聞かせてもらおうか」
「まず、今の状況から確認しとこうか。どうせわかってるだろうがな。丁度今は、侵略期──お前らで言うところの世界強度が高まっている。そう言う状態にある。そうなってくると、オレ達も本来、世界を壊さないだけの軍勢を連れて侵略するわけだが、今回はちょっと、いや、極端に範囲が狭い」
本来、彼らの侵攻、つまるところ滿汐と言うのは、世界強度に応じて行われるものだ。
彼らが、この世界に干渉する際に侵略予定のこの地を壊してしまわないように、世界の強度が強い時期にまとまった駒を投入する。
そして、今回もその兆候があった。
前回の類を見ないほどの観測魔眼の反応の高まりは観測されていないが、いわゆる通常、アベレージに極めて近い反応を示していた。
しかし、それも今までとは状況が違った。
本来、地区を丸ごと避難エリアとして指定するほどの大きな範囲での世界強度の高まりが観測されるはずが、今現在に至っては極めて狭いエリアで世界強度の高まりが観測されていた。
「だからこそ、オレが一個体ここに存在するだけで、世界強度はリソースを使い果たす。本来一か所にとどめられるよりも多くのエネルギーを有する個体をオレ達が送れる反面、台頭する第二者はこの場に存在できない。得てして、異なるエネルギーどうしでは共鳴し合う。オレを対処できるだけの力を使えば、容易に世界は崩れ去ってしまうわけだ」
本来、広い範囲の世界強度の上昇率があれば、強力なインベーダーに対して対抗手段を講じることも出来ただろうが、今回はそれをしてしまえば世界崩壊につながりかねない。
ガーディアンがインベーダーに直接手を下そうとすれば、世界が壊れてしまうと言うのと似たような理屈だ。
そして、ガーディアンは魔法少女を作り出して問題の対処に至ったが、今回は魔法少女自体が手を封じられている。完全に手がない状態だった。
「オレの対処はA級ではできない。A級ほどの魔法少女の力が行使されれば、世界は歪む。しかし、お前がここに呼ばれたのは、部位変身を成せるからだ。変身するだけで、世界強度に影響が出るが、A級の完全変身とS級の部位変身では、僅かにS級の部位変身の方が世界への影響は少ない。まあ、このエリア内に一人ならギリギリ影響は出ないだろうな」
意気揚々とそう語る姿に黒墨は表情をわずかに歪める。
「何故、お前がここまでの情報を得ている?」
「さっきから言ってるだろう。“要求”だ。オレは今簡単に世界を壊せる状況にある。此処はお前らの国の首都なんだろう?アンタらの雇い主は、オレが情報を要求したら断われるわけがないだろうが。ま、オレだって下手に世界壊すわけにもいかねぇからやる気はねぇが、だからと言ってお前らがオレの機嫌を損ねることを良しとするとは思えねぇ。だろ?」
道理ではある。
世界を壊すと言っても、全人類を人質にとっているわけではない。
だが、奴が下手を撃てば首都機能の喪失くらいはあり得る話だ。
「さて、そんなところでオレからの要求だ。少し戦ろうぜ」
「バカな」
「断れないだろ」
瞬間、衝撃が空気を揺らし、黒墨の蹴りがヒエロクックの腕に阻まれ止まっていた。
そして、力の押し合いが大気を揺らし、世界すらも──
「チッ」
舌打ちをして、黒墨は元の位置へと戻っていた。
四隅の魔法少女と背広の男たちは動揺した様子を見せる。だが、そこへヒエロクックは声をかける。
「別にビビる必要はねぇよ。これくらいは、世界強度関係なくS級のコイツくらいの奴らが戦えば起こることだ。下手してもお前らの頼みの綱は世界を壊す真似はしねえよ」
そう言って意外にも気遣いを見せた。
しかし、ヒエロクックの視線はそんな空間を恐る恐ると言った様子で開かれたドアへと向かっていた。
「あ、あの」
何事かとあたりを見渡すように入ってくるスキンヘッドの男。
スーツは着ているが入り口にいた男とは違うと黒墨は印象を抱きながら、彼の手元にノートPCが抱えられていることに気付く。
「ああ、やっとか。貸せ」
そう言って、ヒエロクックに近づいた男からPCを奪い取り、電源を付けた。
そんな様子に、黒墨が目を向けているとヒエロクックは何でもないように言った。
「あ?YouTubeだよ。YouTube。コメントしたいけどアカウントが無くて、作ってもらってたんだ」
そんな言葉に黒墨が固まっていると、言葉が返される。
「アンタらの上が普通のアカウントじゃダメだって言うから、用意している間に、暇つぶしにS級のお前を呼んだだけ、もう用ないから帰っていいぞ。つか、今から配信見るから帰れ」
ひらひらと手で促された。