ヒエロクックは「人間」の特徴を色濃く受け継ぐインベーダーだ。
顕現時に、僧橋区夏沖臨海公園内の工事現場にて発見され検知器及び通報により発覚。
これに対して委員会は接触後、車にて近くの建物へと移送した。
この判断は、委員会の提案であると同時に、ヒエロクック自身が「部屋が欲しい」と要望したためである。
世界強度の問題で、魔法少女を運用できない状態にある委員会は、ヒエロクックとの波風を立てないように動いた。
秘密混成部隊への協力を取り付け、四人の魔法少女を見張りとして配置することをヒエロクックは了承。
代わりにPC、タブレット端末を要求。委員会は手配し提供した。
「今は、委員会関連のアプリの制限を掛けた端末を渡して通常プラットフォームでの動画視聴を続けていますが、先ほど、魔法少女の配信を見たいと要望を出しました。ヒエロクックには、それには少し時間がかかると伝えましたが、彼女が許したのは十分間、すでに今七分経過しています」
「それを上は話し合ってるわけか。魔法少女の配信は魔法少女NET経由での視聴が基本だが、それを許すと言うことは、彼女に魔法少女たちの戦闘情報を流すことに他ならない」
これによって、今後魔法少女たちが傾向と対策を練られて後手に回り、もし死んでしまうことなどあっては洒落にならない。
「端末にかけていた動画配信サイト内の視聴制限についても気付かれ六時間五十分前に解除の要求があり、こちらは彼女が猶予を与えなかったため、即刻解除されている状態です。魔法少女関連の動画を戦闘以外とは言え与えないための処置でしたが……」
「すでに、視聴を始めているわけか」
魔法少女夜空として、此処に黒墨が現れた時にはとっくに起こっていたことだ。
魔法少女の動画に関しては、子供向けの動画だけを表示できるようなシステムと同様の仕組みにて元々委員会が制限をかければ除外される仕組みを利用していた。
だが、これについてヒエロクックが魔法少女と言う存在を認識していたのならコンテンツとして存在していないことに疑問を抱かれ、解除させられていた。
そして、そもそも棲み分けされていた魔法少女の戦闘の様子の動画や配信アーカイブなども今、彼女の目に触れようとしている。
後僅か三分の猶予。どうせ答えが決まり切っている議題を今「ヒエロクック対策会議」などと称して上の大人たちが議論している。
そうしてその決定は、黒墨の話相手であるスーツの男の電話に来るであろう。
そして。
「会議の結果ですが、要望は却下だそうです」
「は?」
その言葉は全くの予想外だった。
「待て、それは」
「審議の結果、魔法少女NETに類するアプリすべての使用は許可できないと」
「奴の機嫌を損ねるつもりか?」
「いえ、そうではなく。ヒエロクックの要望に合わせて、単体で動画データの提供をするそうです」
「わずかだが、時間稼ぎと、奴の動き一つ一つを把握できるわけか」
本当に付け焼刃としか言えない、ヒエロクックへの遅延行為。
そして、奴の視聴傾向と裏に企みを持っていた場合のわずかな予測に役立てる。
そもそも、奴に与えたというアカウントと端末での履歴の把握は出来るだろうが、敢えて奴が動きをかく乱するために関係のない動画や配信などを挟むと言う方法を極端になくせるだろう。
ゼロとは言えないが、彼女の要望からの十分の間に出せる精いっぱいの結論だっただろう。
「だが、これで、奴が納得するかどうか……」
「いいよ、だそうです」
「?」
「いいよ、と」
電話を片手に現場からの返答を聞いたのだろう本人も困惑するような表情をしてスーツの男はそう言った。
◆
「比五子ちゃん!」
「あ、空音さん。此処で会うとは思わな……何それ?」
今日も堤防を爆走していると思ったが、下校中に寄った自販機の前で袋を両手に持った少女と出会った。
そして、パンパンに膨らんだ両の手に持つレジ袋に視線が行く。
「食べ物です!」
「へー」
返答になってない気がするがまあいいか。
むしゃむしゃと目の前で袋の中身を取り出して食べる姿を見ながら、ふと思い出して話題を振る。
「そう言えば、空音さん転校生だったんだね。噂になってたよ」
噂、正確には盗み聞きと言った方が正しいが、児野空音は転校生であると言う話をしているのを耳にした。
よく考えてみれば、彼女の様相が他の生徒とは違ったのは転校生であったためであろう。
靴下もバッグもブラウスも元の学校の物を使っているのだろう。
まあ、いくら転校生とは言っても制服だけ皆と同じで他が違うとかそんなわけ、と思いもするが、魔法少女メーカーであることを考えるとまあ個性を出そうぜって話だろう。
つーか、本編で出て来るキャラだろうか?
原作在りきのゲームと考えれば、名もなきキャラにも個性がありそうだから断定できる物でもないか。
「へへ。少し恥ずかしいなぁ。でも、友達もたくさんできたから毎日楽しいよ」
「そうなんだ」
俺も結構個性的な制服なんだけどなぁ。友達出来ないなぁ。
まあ、正直今更必要としていないとこもあるのだが。
「もちろん。比五子ちゃんとも!」
「そう」
にっこりと笑顔を向けられる。眩しい。
「食べ……ます?」
「いやいいよ」
俺が笑みに目を細めていると物欲しそうにしていると思ったのか、彼女は苦々しい顔で駄菓子を差し出した。
そんなに自分で食べたいなら提案などしなければいいのに。
そんなことを思いつつ暫くその場で雑談をした。
空音と軽く話した後、さっさと家に帰ろうと歩き出したはずの俺は、何故か電車を乗り継いでとある建物の前まで来ていた。
いや、それは少し正確ではないか。
俺に一本の連絡が入り、それに従い仕方なく俺はとある場所へ向かっていた。
「なんか人使い荒くないか?」
「まあ、前回のティナの件でもあったし、文句は言えないだろう」
俺を呼び出したのは岡園。
恐らく彼が窓口となって指示を出したのはもっと別の人物だろうが、とにかくカゲの言う通り、前回岡園に借りを作ってしまったようなものだから真っ向から断ろうなんてことは出来なかった。
正直、副会長である森峰とは指図されないと言う条件はあったが、岡園個人と考えればそれもないわけだし。
あと、態々直接電話してきた声が緊張感のあるものだったから、しゃーなしと言った感じだ。
「せめて、説明してくれとは思うけど……」
そんなことをぼやいてみるも仕方のないことだ。
指定された場所の付近に止められた車に乗り込んだ。
晴れて制約のない変身機能を手に入れたので、取りあえず変身しておく。
「申し訳ありません。こんな所まで呼び出してしまって」
「いい。手短に用件だけ話して」
時間には余裕があるが、夜に魔法少女空霜の配信があるのだ。出来れば、間に合う時間に帰りたい。
「では、これから、とあるインベーダーに接触していただきたい」
◆
数刻前。
インベーダー、ヒエロクック・アルカフルールに対する対策会議では早急に事態の収束をすべく議論が重ねられていた。
「このまま奴の言いなりになることもいかんともしがたいが、それ以前にこちらには時間的なリミットも存在している。世界強度がピークに達して、緩やかに減少しつつあればいずれ、奴の存在に世界が耐えられなくなる」
「そんなことは分かってる!だからこそ、滿汐のピークに合わせて戦力をぶつける。世界強度が最大限に高まるその瞬間に最大火力で押しつぶす。それしかない!」
男たちの議論は白熱していた。
時々現場から伝えられる要求に対する対応。そして、最終的な事態の収束への策。
だが、どれだけ話あっても、チャンスは一度きり。
世界強度がピークに達するその短い時間内に奴を排除しなければならない。
ヒエロクック自身、この世界を壊す気はないと発言しているが、それを信じられる保証もない。
時が来たとき、奴が自己保身に走り存在し続けようとすれば、容易に世界は瓦解する。
「だが、その一瞬で、奴を倒しきることができるとも限らないだろう!推定されるピーク時の世界強度から考えて、S級の完全変身は出来ないのだぞ!」
「だからこそ、A級1位に働いてもらおうと言っているのだ。ヒエロクックの戦闘力は測りかねているが、彼女であれば問題はない」
「それは都合のいい想像だろう。それに、襲撃して逃げられでもしたらまた大人しくしてくれる保障などないのだぞ!」
「なら、他に案はあるのか?……我々にとれる選択肢はこれ以外にない」
議論を重ねても、結局方法は一つだけ。
言い合いをしたところで、一度きりのチャンスにかけるほかない状況にあった。
そして、ピークまで時間があることが裏目に出たか、先ほどから議論は進展していない。
だが、そこで口を挟む者がいた。
「私に、一つ案があります」
「何?」
スーツの男の言葉にいがみ合っていた男たちが視線をやった。
それに男は動じることもなく、口を開く。
「魔法少女コフィンの運用をするべきかと」
「コフィン?……確か君は天坂支部の岡園くんの口利きでここに居るのだったな。ならば、彼の顔に泥をぬるようなことは慎むべきだ。確かコフィンはA級32位。ヒエロクックの相手にならんよ」
「いえ、コフィンの力量はランキングに収まるものではないかと。実際、委員会ではF級魔法少女が活躍している、なんて噂も」
そんな言葉に、その場の物は秘密混成部隊を頭に浮かべる。
だが、それは公には存在しない物。ピクリと眉を動かすだけにとどめて反論を返した。
「……どちらにしても、その案は却下だ。例え、コフィンを送ったとして碌な戦闘は出来ん。A級の実力あるものであれば、どちらにしても世界強度が障壁となる。君は先ほどまでの会話を聞いてなかったのかね?」
「聞いた上での上申です。魔法少女コフィンは、世界強度に対する問題をクリアできます。彼女の魔法体は極めて少ないエネルギーで構成されています。まるで、生身で戦闘をしていると思われるほどの数値を観測しています。彼女であれば、僅かにでもチャンスを増やせるかと」
配られた資料に目を通しつつ、その驚異的な数値に目をむく。
彼女の変身時に観測されている魔力濃度は極めて低い。
彼女の扱う武器の方が、いや、比較しなくとも本当に男が言う通り生身で戦っていると言われた方が信じられる数値だ。
だが、確かに魔法少女コフィンの神出鬼没さを考えれば合点の行く話かもしれない。
本来、街中で変身をすれば、多くの場合検知器に足がつく。
態々、調べなければこちらが把握するところではないが、秘密混成部隊の人間が様々な情報を洗い出そうとして検知器の履歴を探り失敗している。
その情報はこちらにも届いているのだ。
本来なら、魔法少女コフィンも得体のしれない存在だ。
最近では、死神の子の騒動もある。
だが、こちらとて今は藁にもすがりたい状況だ。
最終的に、ヒエロクック・アルカフルール対策会議は魔法少女コフィンの運用を承認した。