「それで、どうにかできないのかね?」
ヒエロクック対策会議の面々は、スキンヘッドの男、坂本に注意を向けた。
正直、魔法少女統括管理委員会の物とは言え、配信だのグッズだの言われても分かることは少ない。
とにかく今は質問をして出来ることを確認して何とか一時間以内に目的の品を用意したかった。
「実際、恐らく運営側に在庫はないかと。これは、過去の配信で魔法少女空霜が言っています。そして、複製の方も、難しいでしょう。表情の方は何とかできなくもないと思います。発売当所、ファンの間では当選に当たらなかった多くの人が自身で少し手を加えて、再現する人もいましたし。ネットで手順も公開されていますし、私もやったことがあるので十分ほどで出来ます」
その言葉に、先ほどよりも希望を見出したのか面々は「おお」と声を洩らす。
しかし、「ですが」と坂本が続ければ静かになる。
「このグッズには他にない特別なものがあって、それが一見すると見えない位置に施された刺繍なんです。魔法少女空霜のモチーフ花のデンドロビウムなのですが……」
「でんどろ……?」
大きな兵装を思い浮かべて、手元のタブレットで出て来た花を見た。
ただ、この画像を見ても坂本が言葉を渋るほどの物には見えなかった。
しかし、その後に彼は続けた。
「問題は、この刺繍糸は魔法少女空霜自身が、魔力を込めて作成したもので、彼女の過去の発言から少なくとも一日では用意できるものではなく、さらに言えばすべてを使い切ってしまっているため、新たに作成して用意しなければなりません」
「そうなると……いや、そうか。相手はヒエロクック、恐らく奴も魔力が込められたものだと言うのは知っているはず、ならばごまかしはきかないか」
事態は更に悪化したように思えた。
ここで話し合っているだけで時間は過ぎていく。手を打つにしても早急に決めたいところだった。
「やはり、世界に三個と言うのがネックだな。大量生産していれば良い物を」
「ええ。チャンネル登録者数だけで四十万人。そして、その中から抽選対象になり、あとは運。私自身、当選した時は夢とかと……」
「ん?」
男たちの視線が再び、坂本へと戻る。
そこでやっと坂本はしまったと言う顔をした。
「まさか持っているのか?持っていて……。お、お前、どうかしているぞ。世界が壊れるかどうかと言うところなのだぞ……狂っている。どうかしているぞ……」
男たちは、自身が目的の品を所有しているのにも関わらず、それを伏せていた坂本と言う男に本気で困惑して、そんな言葉を吐いた。
だが、結果として坂本は渋々ながら譲渡を了承。事なきを得た。
◆
「強いんだね。空音ちゃん」
「そう?嬉しい!」
魔法少女の日常。
煌びやかな日々の中に突然現れるインベーダーの討伐。
それでも彼女らにとっては日常茶飯事。
もみじは突如として現れたインベーダーを空音の協力の元倒したのだった。
「でも、驚いた。空音ちゃんが魔法少女空霜だったなんて……」
「シー、だからね」
もみじの言葉に空音は指を一本立てる。
もちろん魔法少女が正体を明かすことはない。しかし、それ以前に空霜と言えば今を時めくプラネットと言うユニットに所属する人気者だ。
もみじも気が向いた時に配信を付けて見たりするが、所詮趣味の領域。それに対して空霜は多くのファンがいて同じクラスにだって鞄に彼女のキーホルダーをついている子を見たことがあった。
「もちろん、内緒。だけど、本当にびっくりだよ」
「へへ」
なんだか照れくさそうに空音は笑う。
しかし、その姿は配信で見る彼女よりも何倍も等身大の少女としてもみじには映った。
そして、そんな会話の中、不意にもみじはとあることを思い出す。
「あ、そう言えば、文化祭。もう結構準備し始めてるクラスも多いけど、空音ちゃんは何かするの?」
不意に思い浮かんだ素朴な疑問だった。
文化祭で何をやるかと言うのは結構前から話あっていて、そんな中での転校。
彼女ならクラスでうまくやれているだろうと言う予感はあるものの、途中からでは大変だろうと少し気になったのだ。
「うん。ウチのクラスは射的するんだって。だから皆で的を作ってるの」
「見て私が作ったキリン!」そう言ってスマホで撮っただろう満面の笑みを浮かべる彼女が抱えた作品と一緒に移った写真を見せてもらう。
手の内にはお菓子の空き箱に折り紙を張り付けて作られたような何か。
「ライオン?」
「だから、キリンだって!クラスの子もみんなそう言うんだよ」
空音はそんなことを言う。
結構独創的な作品を見るに、彼女はとても芸術性の高い人物なのかもしれない。
「やっぱりライオンに見えるのかなぁ。……あ、でもね。今日は放課後に買い出しを頼まれたんだよ!」
「そうなんだ。私も買い出しなんだけど、もしかして近くのデパート?」
「そう!」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
「うん!行く!」
「あっ。でも、もう一人いるんだけどいい?同じクラスの比果さんって言うんだけど」
了承を取ろうともみじがその名前を口にしたとき「比果、比果?どこかで……」と空音は首を傾げた。
そうして「あ」と声を出す。
「もしかして、比五子ちゃん?黒い制服で凄いかわいい子!」
「う、うん。知ってるの?」
「うん!お菓子とかくれるんだよ!」
「お菓子?」
偶然にも空音が比果比五子と知り合いだったことに驚きつつも、お菓子をくれると言う言葉に引っ掛かった。
少なくとも、もみじが知る彼女は何かモノを積極的に上げるタイプではない。
◆
「二人は知り合いだったんだ」
意外も意外。
綾谷もみじと児野空音は知り合い、と言うか友達だったらしい。
確かに、両方とも果敢に人に話しかけるタイプ。お互いの波長が合って仲良くなることは特段おかしな話ではない。
「うん。びっくりしちゃった!比五子ちゃんはもみじちゃんと仲良しなんだね!」
「まあね。一番、かな」
「っ!」
友達少ないし、一番仲の良い友達と言えなくもない気がする。
なんだか、もみじは勢いよく反応を示したが、嫌だっただろうか。
まあ、彼女にはいつも一緒に居る二人がいるしな。
そんなことを思っていると、不意に彼女が俺の耳に顔を近づける。
「ひ、比果さんっ。空音ちゃんとは、ど、どういう関係なのっ?ヒナリさんともそうだったし、下の名前でちゃん付けだし……」
どうと言われてもまだ知り合いになったくらいの間柄。
いや、彼女が友達と言ってくれているから友達だろうか。
もしかして、もみじも名前で呼びたいんだろうか?確かに、女の子同士だと苗字は珍しいのかも?
「もみじさんも、名前で呼ぶ?」
「ひぇあ?え?い、いや」
「嫌なら無理にとは言わないけど」
いきなり名前で呼ぶのも恥ずかしいかもだしな。
すぐにする必要はないしな。
そんなことを話しているとデパートに到着する。
もみじがここで知性体に襲われて助けたのもなんだか懐かしく感じる。
そんなことを思いながらそれぞれ必要なものを探して買っていく。
三人で、話し合いながら回るのはなんだか、楽しかった。
しかし、この時期に文化祭とはなんだか新鮮な気がする。
まあ、六月に文化祭をやるところなんて珍しくないだろうが、前世では確か二学期とかだった気がする。
あってない様なしょぼい文化祭だったので記憶にも薄いが。
ただ、この世界にはインベーダーと言う脅威がある。
そのせいで時々、それ以外を見落としてしまう。
俺と違いこの世界の常識に染まった少女たちならば尚更だろう。
時間も時間だ。平日とは言え、デパートには人通りも増えてきている。
そんな中で挙動不審な男が紙袋で何かを隠して、あたりを見渡していた。
そして、それは談笑する俺たち。いや、空音だろう。
空音に視線が固定された。
段々と早まる足音、いつの間にか男は息を荒くしてナイフをむき出しにしていた。
空音も反射神経は悪くないのだろう、接近されてそれに気づいた。
だが、遅い。
もみじも魔法少女であれば、その力は女子高校生の範疇をでない。対応は出来ない。
だから、そんなとき、魔法少女もどきであったことに感謝する。
俺の場合変身は単なるポーズに近い。
単純な運動能力は体に付随しているのだから。
ただ、一点に突き出されるナイフを掴む腕に空音の前に飛び出して手を沿える。
ナイフを打ち落として、目立たないように急所に拳を入れた。
「かはっ」
大分手加減した甲斐あって、男は蹲るだけで動かない。
すぐに俺たちはその場を離れた。
この後の対応は少し面倒だと思ったのだ。
それに気配を感じた時点で、監視カメラは出力したエネルギーの蝶で隠したしな。
証拠はないだろう。無論男が証言しても、他にもうちの学校の生徒の姿はちらほら見える。絞られることもない。
「比五子ちゃん。本当にありがとう」
深く頭を下げる空音に頭を上げさせる。
大したことはしていない。
「偶々だよ。びっくりして前に出ちゃったけど、勝手にあの人が転んだだけだし」
「それでもだよ。私あの時動けてなかったし、きっと比五子ちゃんが前に出たからびっくりして転んだんだよ」
適当な俺の言葉に、彼女はそれでもと礼を言う。
埒が明かないので、適当に目に付いた店を見てそちらに促すように会話を進めた。
◆
児野空音は魔法少女だ。
B級魔法少女であり、プラネットと言うユニットに所属している魔法少女空霜。
だから、あの時、比果比五子が男のナイフを落として無力化してくれたことは容易に察することが出来た。
無論。見えていたわけではない。
魔法体に変身していなければ所詮彼女は只の少女。だが、それでも長い間の活動の経験は起こった事実を察することくらいには役立っていた。
比五子は魔法少女でもないのに、空音の前へと身体を動かした。
いや、例え彼女が魔法少女だとしても、生身の身体でナイフの前に出れる人間などそうはいない。
そもそも凶器に対しては逃げることが最善であることは分かっているが、それでも自分を守るために命を懸けるほどの行動をしてくれた。
彼女は、人を助けるために自分を犠牲にしてしまう少女だ。
そう分かった時、空音は短い付き合いではありながら綾谷もみじがあれだけ楽しそうに比果比五子の話をする理由が分かった気がした。
そして、彼女が困っている時にはこちらが手を差し出さなければならないとどこかで思った。