ヒエロクック・アルカフルールの趣味嗜好は、実に現代的と言えた。
現代の若者のようにインターネット上のコンテンツを好み、特に少ない時間で得られる短期的な快楽を求める傾向にあった。
そして、度重なる彼女の要望により、無機質なコンクリートで囲われていた空間には可愛らしいインテリアが増えていた。
とは言え、実用的な家具等は限りなく少なく、魔法少女統括管理委員会が運営するオンラインストアにて販売されているものが大半であり、興味がない者からすれば少々割高であり、実用性を追求しているとは言えない代物だった。
ただ、見ようによっては年ごろの女子の部屋にも見えなくもない。
しかし、そんなパステル色がひしめく空間に、体格のいいスキンヘッドの男が立っていた。
「坂本、空霜ちゃんの歌枠は?いつ配信するの?」
「過去の傾向からすると今日明日だとは思いますけど、ライブも近いので暫くはやらないかと」
「えー。じゃあ、おすすめのアーカイブ教えて」
「それなら──」
坂本は今現在、ヒエロクック・アルカフルールが気を許す唯一の人間になっていた。
◆
文化祭。
ああ文化祭。
文化祭。
誰しもが生まれいでた瞬間より脳内に刻まれたこの俳句のように、文化祭は学園ものの定番イベントだ。
アホみたいにメイド喫茶をやり、アホみたいに普段出てこない新キャラが登場する。
シーズンワンのキャラクター、主要人物の親、誰々の昔仲の良かった友達、因縁の相手、次の章で出て来る敵キャラ。
じゃあ、魔法少女メーカーで起こることは何だろう。
そう、インベーダーがきっと現れる。
今日は文化祭当日、未だ異変はないが、どうせそうなのだろう。
本編と言う意味でももみじがいるわけだし、何もなかったはないだろう。
とは言え……。
「比果さん。次のお客さん案内してあげて」
「わかった」
思いのほかテキパキと動くもみじに指示を出されて俺は順番待ちをしていた二人組を開いたテーブルへと促した。
なんかワタワタしそうと言う勝手な偏見があったが、そうではないようだ。まあ、魔法少女活動では連携も問われるらしいしそう言うのが生きてくるのだろうか。
そんな姿を見せる一方で、いわゆる「萌え萌えきゅん!」と言う魔法の言葉には照れくさそうに声を出している。そんなギャップに接客された人間は分かりやすく盛り上がっていた。
一方俺は、あまり役に立てているとは言えない。
前世のバイト経験のおかげか、まあまあ仕事は出来るものの、もみじ以外の人間が俺に声をかけれないせいで俺の周りだけうまく回っていなかった。
マジで申し訳ない。
本来は支障のなさそうな場所を担当したいところだが、何故がメイド服を着て接客をしろと言われてしまったため仕方がない。
手が空いた時に、適当に補充をしたり、思った以上の繁盛に追いつかなさそうな仕込みをしてあとは盛るだけ焼くだけの状態にしておくくらいで許してほしい。
手伝おうにも怯えられるしな。
そんなこんなで、思いのほか盛況しているせいか、あっという間に時間が過ぎていく。
「あっ!可愛い!」
「空音ちゃん」
指をさして大きな声を上げる空音。
俺の身体に近づき、結構な至近距離で細部を観察する。
おい、今覗こうとしただろ。
「近い」
「ご、ごめん!」
「はぁ。オカエリナサイマセゴシュジンサマ……じゃあ、こっちのテーブルに」
「え、今なんて?」
彼女をテーブルに案内しようとした時、不意に嫌な視線を感じる。
嫌な、と言うか……。体を這うようなと言うか……。
「何でよりによって今日たどり着くんだよ」
俺の視線の先には、お嬢様学校みたいな制服に身を包む三人組。
ヒナリ、キイナ、ティナの三人だった。
彼女らには学校を教えていない。
ヒナリはギリ、推測できなくもないだろうが、俺の着ている疑似制服はこの学校の制服ではないから、そう簡単に知られる心配はないと高をくくっていたが、存在しないと言うのがネックでもあった。
俺が事実もみじと毎朝あっていると言うのをヒナリは知っているわけだし。
だが、ヒナリが他の二人を引き連れてここに来るとは考えていなかった。
どういう風の吹き回しだ?
「た、たたた、ただいまですっ!比五子ちゃん!」
「……四名様ですね。こちらへどうぞ」
お帰りとでも言ってほしいのだろう。それを無視して、俺は四人をいっぺんに案内する。
しかし、流石綺麗どころ、人の目を良く引く。
「あれって、転校生の子だよね?」
「うわっ。制服可愛い!」
「あそこの学校の子ってウチの文化祭来るんだ!」
「所作が綺麗……」
面倒だな。
そう思いつつも、コップを運ぶ。
文化祭の出店なのだから、飲み物くらいサービスしなくてもいいだろうに。
他の子に押し付けようと思ったが、なんだか近寄りがたいようで仕方なく俺が対応する。
「わぁっ!可愛いね!比五子ちゃん!凄く似合ってるっ!」
「うんうん!ヒナリちゃんの言う通りだよっ!スタイルもいいし!」
「二人とも、あまり騒いでは周りの迷惑ですよ。ですが、比五子さんがとても似あっていると言うのは同感です」
「皆、比五子ちゃんが好きなんだね」
うぜぇ。
こいつら人がいるとき猫被ると同調しあうんだよな。
それを純粋な顔で空音が感心したように頷く。
と言うか、知り合いでもないだろう。面倒で一緒に案内してしまったが、空音は違和感なく会話に混ざっている。流石だ。
「こちら、萌え萌えオムライスになりまーす」
「ま、魔法は……!?……ごくり」
何がごくりだよ。
「おいしくなあれもえもえきゅん」
「お、おいしい」
まだ、食ってねぇだろ。
別に、正直恥ずかしいとかはないが、こいつらにはやりたくなかった。
空音だけなら、もっと語尾を上げて萌え萌えしても良かったが。
そんな彼女らの対応をしていれば、交代の時間になった。
俺ともみじが一緒のシフトだから、上がる時間も同じだ。
そんな一連の中で、メイド服を着てみたいと空音が言うので少し貸した。
流石、似合っている。
「凄い。これってもーちゃんが御仕立したってことだよね?」
「うん。元々売ってたのを少しだけね」
素直に空音はもみじに感嘆の声を洩らした。
まあ、実際凄い。俺の身体に合わせてあるのでわずかにだけ、空音に大きいが十分似合っている。
動きが大きいからあまり分からなかったが、身長はそこまで高くないのか。
とは言え、俺と比べたって数センチの差で、実際に横に並んでも今まで気付かなかったレベルだが。
そして、俺のメイド服をめぐって死神の子の三人が争奪戦を始めたので、俺ともみじ、空音は一緒に文化祭を回ることにした。
まずは、空音のクラスの射的。素人の工作の域を出ない的当てゲームだが、流石文化祭、十分に楽しめた。
空音を伴って入れば、すぐにクラスメイトが寄って来て流石の人望に感心する。
それから周辺を回って、何か食べ物を探すことになった。
「たこやきも良いね」
「美味しい!」
俺が一つ爪楊枝で刺して口に運ぶ間に、四つほど口に放り込んだ空音はそう言った。
「飲み物も買っておけばよかったな」
喉が渇きそんな声を洩らす。
自販機まで行くかと、腰を上げようとした時、もみじが提案をした。
「私、さっき飲み物冷やして売っているの見たから、そこまで行ってくるよ。自販機よりも安かったし」
そう言われて、思い出すのは渡り廊下で水と氷を溜めたデカい桶の中に入った飲料を売っていた大人たち。
学生ではないが、文化祭にはままいる人間たちだ。あの人たちは何者なんだろうか。
「比果さんと空音ちゃん、何かリクエストある?」
「うーん。お茶で良いかな」
「私も!」
珈琲と思ったが、それなりの気候の今日を考えるとアイスだろうし、とは言えアイスコーヒーってなんか喉乾くんだよな。
と言う事で、無難にお茶を頼めば空音も同じものを頼んだ。
一緒に行こうと思ったが、もみじが大丈夫と言うので仕方ない。
今もホクホク顔でたこ焼きを食べる空音を横目で見る。既に、二パック目に移っていた。
誰かの分も買ったのかと思ったが、自分の分だったようだ。ちなみに彼女の脇に置かれたたこ焼きのパックはあと三つある。
しかし、中庭のベンチに座ると生徒でごった返した校舎の中に居た時は一点、静かだ。
漏れ出る生徒たちの声はどこか風情があった。
「空音さん。文化祭楽しい?」
「んぇ?……楽しいよ!」
突然の問いかけだったからだろうか、少し間があってそう肯定する。
「そっか。私も、今日楽しかった。空音さんと回れてよかったよ」
あまりこういう話はしない。
前世でも、比果比五子になってからも。
ただ、一度手放した人生の中で僅か三年だけ享受できる時間をもう一度体験しているからだろうか、途方もなくこの時間が大切に感じた。
「だからさ。やっぱり好きだなって、思った。気恥ずかしくてもみじさんとかが居ないタイミングでくらいしか言えないけど」
「……………………ぬぇう!?」
もぐもぐとたこ焼きを食べていた空音が変な音を出した。
大丈夫か?
◆
(え?ど、どういうこと?これって……………………告白?)
雑談だと思った。
何気ない会話かと思った。
だが、それは明らかに告白だった。
(好きって言った?でも、何かの間違い……。もーちゃんがいないと言えないとも言っていたし……)
口に含んだたこ焼きを噴き出さないように口を押えて思考を回す。
告白何てされたことがない。どうすればいいかなんてわからない。
中学からは女子校だったし、魔法少女になってからは更に異性との関りがなくなって浮ついた話はない。
いや、魔法少女同士の……みたいな話は聞いたことがあるけど、それは自分には関係ない話だったし。
ユニット内の二人とは仲がいいけど、付き合うとかそう言う話ではないし。配信上でやるのは、そう言ういわば“ノリ”。視聴者も本気にしないポーズ。
いやそもそも、自分は女の子が好きなのかもわからない。
それに、きっとドキドキしているのはいきなりこんなことを言われたから。
だから……。
比果比五子という少女にそんな感情を持ったことはない。
いや、ないのか?
初めて会ったときに、抱きかかえて守ってくれたことは?
ショッピングモールで身を挺して守ってくれた時は?
少なからず、心に機微はなかったか?
少なからず……。
「っ」
「ん?どしたの?……ああ、主語がなかったね。文化祭の話」
反応がない空音に疑問を抱いたのか、横からのぞき込んでそう言った。
「え?」
「え?」