勘違いだった。
だけど、さっきからどこか自分がおかしくなってしまったのではないかと空音は自問自答する。
もみじが飲み物を持って帰って来て、合流したヒナリ、キイナ、ティナと出店回りを再開した。
皆で、笑う。
お化け屋敷に行った。
びっくりして笑う。
占いに行った。
意外な結果に笑う。
でも、どこか比五子の横顔を追ってしまう。
(もしかして、さっきので……)
ないないと首を振りながらも、顔が熱くなっているのを感じる。
「っ」
「比五子ちゃん、こっち見てっ!」
何かを言うでもなく、衝動的に伸ばそうとした手は、比五子の肩に腕を回したヒナリに止まる。
スマホのカメラを起動して自身を画角に入れつつ、シャッターを切る。ツーショットだ。
そして、一度くっついた身体を緩めると、こちらを見た。
「空音ちゃんもっ。一緒にとろ!」
「……うん!」
そうして比五子を中心としたこの場にいる全員の写真が撮れる。
連絡を交換して後で送ってくれると言う言葉に空音は頷く。
皆が各々談笑する中、その中心には比五子がいる。
そこで、やっとわかった。
(みんな、比五子ちゃんが好きなんだ)
友達としての、それではなく。もっと……。
全然、意識していなかったから気付かなかった。
ヒナリ、キイナ、ティナはお互いにけん制し合いポジションを静かに争っている。
もみじは一見大人しそうだが、適度に比五子の注意を引くような話題を出して注目を集めている。
それをわかってしまって、自分の気持ちに整理が付けられないともたついて居られるだろうか。
そんな自問自答を繰り返すよりも早く、比五子の近くに移動して笑みを浮かべて話題を振った。
悩んでいる暇などなかった。
それでも、色んな所を一日回ってすごく楽しい思い出が出来た。
そうして、そろそろ一日目も終了と言うところで、皆はベンチに腰を預けていた。
まあ、何人かは座れなく立っていたが。
「明日が、二日目。皆どうするの?」
「比五子ちゃんと一緒に回ります!」
比五子の言葉に三人衆が口を合わせてそう言って、もみじは以外にも余裕の様子だが、それは同じクラスでやっているメイド喫茶のシフトが同じだからだろう。
自然と約束せずとも一緒に居られる。
そして、空音はと言うと……。
「私、明日は来れないんだ」
「あ、そうなんだ。残念だね」
比五子の声に、複雑な気持ちになる。
本来なら、来れるはずではあったのだが、急遽入った仕事によって明日学校に来るのが難しくなってしまったのだ。
◆
「ヒエロ、自分は反対です。自分のためにだけに、空霜を呼ぶのは」
「あ?……オイ、名前の呼び方一つ許しただけで、坂本、お前がいるオレに指図できる身分になったんだ?」
ヒエロクック・アルカフルールに唯一身の回りの世話を許された人間、坂本。スキンヘッドで恰幅の良いその男は、ヒエロクックの強靭な尾を首に添えられていた。
いつでも、首を飛ばされてもおかしくない。
そんな状況にあって、管制室からは声が飛ぶ。
『坂本君。機嫌一つで我々の形成は傾く。無用な諍いはやめてくれ』その言葉が届いているはずであるのに、坂本は口を止めなかった。
「空霜はライブを控えた重要な時期なんですよ。それを、此処に呼び出して歌わせるなど……」
「だから、黙れよ。知らねえよ、んなこと。オレがそのライブを視れるわけじゃねぇんだから、そんなこと関係ねぇよ」
「ファンなら……!」
「お前の気持ちわりぃ持論を押し付けんじゃねぇよ。人の名前を盾にして、勝手に代弁した気にるなよ。それは、空霜の言葉じゃねぇだろうが」
無用な衝突。
この様子を外の者が知る手段は、音声によるものだけ。
初日にヒエロクックが、許したのは部屋に取り付けられたマイクのみ。
カメラは許していなかった。
だが、それでも、今の諍いが坂本の暴走であるのは容易に分かる事実であった。
ヒエロクックに、気に入られたから。ヒエロクックの趣味に理解があるから。そんな理由でこの場を任されることになった坂本であるが、上は判断ミスを嘆いていた。
「なら私は、この仕事──」
「坂本。お前は、ここに居ろ」
降りるとでも言おうと思ったのか、坂本はきびずを返そうとしてまたもヒエロクックの尾に阻まれる。
坂本には決定権など存在していなかった。
◆
『
動画配信サービス上で配信される一発撮りの歌唱企画である。
当企画では、様々なアーティストを招待して、やり直しのきかない一度きりの楽曲歌唱をレコーディングする。
「今回は、無理を言って運営に交渉し、こちらの企画を隠れ蓑にしてヒエロクックの要望を叶えます」
ヒエロクック対策会議。
外部から呼んだ人間の顔数が今までで一番多い。
それほどまでに、労力がかかっていることは想像に難くない。
「こちらの、事情は最低限しか伝えることが出来ませんので、二度目はどうにかして別の対策を考えなければなりませんが、今回は何とか元々レコーディングが決まっていたことが幸いしました。こちらが即席でのスタジオを作ることに難色を示しながらも了承いただきました」
担当者の顔を見れば無理をしたと言うのは明白だった。
魔法少女空霜が、すでに実績を多く残していて先日リリースした楽曲がヒットし出演が決定していたことが救いだった。
無理をしたが、別スタジオに移動と言う手筈だけで、何とか済んでいた。
「スタジオについては、マジックミラーを利用して魔法少女空霜には詳しい事情を知らせずにレコーディングをしてもらいます。ですが、問題は今のヒエロクックを収容している建物を改修してスタジオを仮設するのは現実的はありません。防音等の対策以前に狭すぎる。加えて、スタジオの移動の条件として運営側からは、演奏、歌唱等の音についての条件の他に、映像写真について、フォトグラファーの出した条件をクリアする必要があります。これが──」
「なら、全部聞いてやれ。金はいくらでも出す」
「……」
そう言う問題ではない。
ただでさえ、無理を聞かせているのだ。加えて、プロが納得するだけの環境を用意するのは簡単ではない。
金でどうにかなる問題ではないのだ。
一時的な公演場所を変えると言った話ではないのだ。
通常の企画内で、使用される楽曲の収録を本来のスタジオとそん色なく再現しなければならない。
彼方の関係者は強引なやり方に、決していい思いはしていない。
そもそも、魔法少女空霜の関係者にだって、企画運営との関係悪化の可能性を無理に飲んでもらって打診している。
ここに座っている人間は、あの画角に映っている物だけがすべてだと考えているのだろうか。
そう簡単に準備できるものではなかった。
◆
ずっと、比果比五子のことを考えてしまう。
あの横顔に目を引かれ、そして、思い出したように慌てて反らす。
そして、気付かれないようにもう一度盗み見る。
昨日からずっともやもやしている。
でも。
息を吐く。
魔法少女空霜になった時は違う。
たくさんの応援で出来たこの自分は決して乱さない。
比五子が好きなことは本当だ。
それでも、少なくない年月を費やして、築いてきた魔法少女空霜も本当の物だった。
切り替える。
今から、自分は児野空音ではない。
細く出した息は、途切れずことなく雑念と一緒に空気を外へと送る。
カメラは、空霜の目が変わったことを捉えていた。
「お願いします」
空音ではなく。空霜の声だ。
彼女が、一言。
短い合図は、この場の音が彼女のために奏でられる号令。
その音色に、丁寧に、丁寧に、決して間違えることのない彼女の声が重ねられた。