「お家での■■■ちゃんの様子どうですか」
白い壁。
下手糞なクレヨンの絵。
ぼやけた記憶。
机の木目を目で追いながら手元をいじった。
「最近は、ずっと動画を見てます。気に入った配信者のグッズを欲しがったり」
「あー。最近は多いですよね。ほら、推し活とか」
「言いますね。私はさっぱりですが」
センセーとおかーさんが話す。
暇になって手元のスマホで動画を見る。
魔法少女の動画だ。戦いはあまり好きじゃないけれど、ゲーム配信とかは好きだった。
「■■■。今はやめなさい。先生がお話してくれているんだから」
「ふふ。いいですよ。■■■ちゃん動画楽しい?」
「?……うん」
この時間は暇だ。
早く終わらないかといつも思う。
これは■■■の記憶。
「ヒエロ、大丈夫ですか?」
「何が?」
坂本の声にヒエロクック・アルカフルールは問い返す。
「いえ、何か様子が気になったので」
「お前に心配されるほど、オレは矮小な存在じゃねぇよ」
それでもヒエロクックは頭痛を抑えるように自身の頭に手を添えていた。
「それより、空霜のライブのオンラインチケットはちゃんと買えてるんだろうな」
「ええ。手配は完了しています。既に、こちらの端末で視聴可能だと、大型モニターとスピーカー等の申請をしていますので当日には設置も出来るかと。自分は、今回の任務の報酬で少し融通を聞かせてくれるらしいので、VIP席のチケットを頼みました」
「死ね」
ホクホク顔の坂本にヒエロクックはそう言葉を吐くも、遅れて当日本人がこの場を離れられないことに気付いた。
そして、それは当の本人も承知の上らしく、あくまで記念品としての価値をチケットに見出しているようだった。
通常、物理チケットのないライブであるため、確かにレアなものであるだろうとヒエロクックは納得した。
◆
水族館。
そう一言に行っても色々あるのだろうが、もみじが調べてくれて提案してくれた場所に行くことにした。
二人で待ち合わせをした俺たちは、ビルの屋上にあると言う水族館に向かった。
「態々誘ってくれてありがとう、比果さん」
「全然いいよ。と言うか、前回はせっかく誘ってくれたのに中途半端になっちゃったからね」
それに前回の商業施設の時は、俺のことを考えたプランを立ててくれたから、今度はお返しをしたい気持ちもあった。
まあ、安易に水族館なら楽しめるだろうと言う考えの押し付けだから、自己満と言えばそうだが。
「チケットあそこで売ってるみたいだよ」
もみじが目ざとく見つけたチケット売り場に俺たちは向かう。
文化祭のメイド喫茶の時も思ったが、結構しっかりしている。
仮にも前世基準で考えれば俺の方が年上のはずだが、もみじに手を引かれる側になってしまっていた。
恥ずかしい限りではあるけれど、もみじが乗り気であることに喜んでおこう。
屋外エリアに進んでいくと、空が見えた。
ビルの上にあると言うのはなんとも不思議な光景で、他のビルが近くに見えた。
「近くで見るとやっぱ泳ぐの速いね」
水槽に近づいてもみじはアシカを見た。
確かに、当たり前とは言えまじかで見ると、その速さに圧倒される。
「あ、カワウソだって!かわいい!」
カワウソに負けず劣らず小動物のようにぴょこぴょこともみじは跳ねた。
こちらに向けて来る笑顔に思わず頬が緩む。
屋内に入り、外に居たペンギンなんかと比べると魚らしい魚が増える。
普段スーパーで切り身になった状態が精々の物しか見ない身としては、群になって泳ぐ魚に目が惹かれた。
「比果さんも、楽しんでいるようでよかった!」
イワシに見惚れていると、そんな声が掛けられた。
その言葉に首をかしげていると「私だけじゃなくて、比果さんも楽しんでいるのが一番うれしいから」と言われた。
まあ、確かに、一緒に来ている人間も楽しそうにしているのは、嬉しいものだ。
それに、流し見ではなくじっくりと見ると結構新たな発見がある。
ほら、おいしそうとか。
「もみじさん、座って見よ」
「うん」
視界いっぱいに広がる水槽を座って見る。
個人的には、いくらでも歩いて居られるが、おしゃれをしている今日のもみじはそう長時間歩くのには適していないだろう。
足を痛めている様子はないが、適度に休んでいこう。
急いでいるわけでもないし、こうして座って魚を見るのも情緒がある。
「そう言えば、もうすぐテストでそれが終わると夏休みだけど、もみじさんは予定あるの?」
「今のところそんなにないかも。緑子ちゃんと寧々華ちゃんとは水着買いに行こうねって話してるから、海かプールか行くだろうけど」
「それに、魔法少女の活動もあるからきっちり入れると要請の対応も大変だしね」と続けられれば、確かになぁと思う。
そう言えば、彼女は女子高生でありながら日々市民を守る正義の味方。
東にインベーダーが居れば東に行き、西にインベーダーが居れば西に行くのだ。予定一杯では身動きがとりづらいか。
とは言え、可哀そうだ。
俺は要請の免除をされているから、こんなことを考えるのは無責任な話かもしれないが……。
せめてもの救いは、お互いに事情を知っている魔法少女の友達がもみじにもいるだろうから、その子たちとは予定を組みやすいってことくらいか。
「あ!だから、予定凄く空いてるよ。比果さんは」
「私も概ね同じかな。特別遊びに外に出る予定はないかも」
まあ、アパートに引きこもっていてもあれだから、琴浦の働くカフェに入り浸るだろうが、どこかに出かけようなんて予定は一つもなかった。
クラスメイトとの仲はお察しだしな。
「な、ならさ。また誘っていい?」
「もちろん。私でよければ」
気を使わせてしまっただろうか。
そうとは思うも、好意には甘えさせてもらおう。
二度目の高校生活を送っておいて碌な思い出なしじゃつまらんしな。
「結構暗いな」
休憩もほどほどに俺たちは次のエリアに向かうことにした。
他の場所よりも、光源が少なく光っているのは水槽だけ。
幻想的にも見えるその景色に感動するも、思わずそう声に出した。
「クラゲか」
綺麗だなと思う判明、頭によぎるのは某S級魔法少女。
見ているアニメややっているゲームに母親の名前のヒロインが出て来たような感覚だ。いや、違うけど。
とにかく、微妙な気持ちになった。
おのれ、魔法少女海月。
と、その時、不意に手に柔らかい感触と体重を感じた。
「ひ、比果さん」
その声で、触れているのがもみじの手だと気付く。
「暗いから……はぐれるとよくないと、思って」
振り向いた先にいる彼女は少し言いずらそうに言葉を紡いだ。
でも、確かにそうかもしれない。
結構人も多いしな。
「そうだね」
彼女の手を握り返した。
◆
「すごっ」
休日と言うこともあり、水族館には人が多い。
親子で来ている客も多く、水槽の前は人でごった返していた。
そんな中で、子供たちに負けず劣らず、最前線で水槽に張り付いて声を上げた。
目を輝かせて、誰よりも子供らしく身を乗り出した少女の名前は児野空音。
普通の女子高生であり、魔法少女空霜でもあった。
本来、比果比五子を水族館に誘おうと計画していたが、先客があるとのことで一人でこの場に来ていた。
数々の展示に目を輝かせ空音は足を進めた。
(次は比五子ちゃんと来よ!)
そんなことを内心思いながら、魚を見て時には写真を撮った。
そして、回っているとき、ある光景を見た。
暗がりの中で、彼女たちだけが存在するように光源の光を浴びているように見えた。
自身の知っている少女たちだった。
手を上げて近づこうとした瞬間、脚が止まった。
どこか惹かれるようになった比果比五子と最近知り合って仲良くなった同じ魔法少女、綾谷もみじ。
その二人が、手を繋いでいた。
友達なら、ありえないとは言わない。
それでも、これはそう言うものではないと思った。
いや、確信があった。
綾谷もみじは、比果比五子が好きなのだ。
児野空音は知っていた。
自分と同じだったから、文化祭の時にはそうだと認識していた。
そこで思い出す。
自分が遊びに誘って断られたことを。
天秤に両者を乗せてもみじを選んだわけではないだろう。
恐らく彼方が先客だった。
それでも……。
いつの間にか、水族館を出ていた。
考え事をしていて記憶がない。
いや、その考え事すら覚えていない。
ぐるぐると頭は回っていたはずなのに、もやもやとした気持ちを増幅させるだけで、何も生み出していない。
先ほどの光景がまだ焼き付いている。
何度も思い出す。
表情、仕草、服装、触れ合う手。
そこまで詳細に見たとは思えない。
どこか補完されてる記憶だろう。
だけれども、それはあの光景を否定する材料にはならない。
あの光景だけは本物だった。
拳を握る。
ずっともやもやは消えない。
だけど。
「よし!」
ぐっと気合いを入れた。
そして、手に取るスマホでメッセージを打ち込む。
後日ではどうかと聞かれて、予定が分からず保留と伝えていた返信。
そこに、次の予定の提案を送る。
悩んでいても始まらない。
今からならまだ遅くない。
即行動を体現するように、メッセージを書いた。
そして、暫く既読が付き、返信が返って来た。
承諾されたことを確認して、頷く。
「頑張ろう」