「ヒエロクックの分析は順調か?」
「ええ。作戦実行には十分なだけの情報が集まっています」
S級魔法少女夜空こと方波見黒墨は学業の合間を縫って、ヒエロクックの分析の進捗を確認しに来ていた。
モニターを見る職員の言葉を聞きながら収容中にとられたヒエロクックの写真を見る。
人間の少女に黒い角と尻尾が生えたような見た目。
既存のインベーダーとは雰囲気が違うと何度見ても思った。
「それにしても、何度見てもとてもインベーダーには思えませんね」
職員も同じような感想を抱いていたのか、そんな言葉を洩らした。
「まるで仮装した子供です。インベーダーは得てして、この世界の文化や生物などを反映した見た目をしていますが、此処まで人間に寄った個体もそうそうお目にかかれませんしね」
確かに実際インベーダーはその身体にこの世界の何かの特徴を有することが多い。
そして、ヒエロクックの身体から見て取れるのは人間の少女をベースにドラゴンの角と尻尾を付けたような姿だった。
しかし、知性体の多くは二足歩行でシルエットが酷く人間のような形態をとる個体多いが、此処まで人間らしいものは中々いない。
職員が洩らす感想ももっともだった。
「しかし、長年研究していて疑問なんですが、この世界の動植物などの特徴を受け継いだ場合、その仕草はインベーダーにも見て取れる場合もありますが、人間の要素を多く取り入れた場合……いえ、これ以上はやめておきましょう。忘れてください」
「……」
続く言葉を想像した黒墨は押し黙る。
彼女自身、会話し、尚且つ人に即した趣味嗜好を反映した様子を見ていたからこそ、似たような考えはよぎっていた。
だがそれでも、相手はインベーダー。それを考える必要は人類にはなかった。
◆
もみじと解散して帰宅途中、俺に届いたのは一通のメッセージだった。
チャットアプリの通知に移る名前は児野空音の物。
彼女に誘われて連絡先を交換したものだった。
彼女は結構行動派のようで、会うたびにあそこに行ったとかこっちに言ったとか話してくる。
一人行動が苦でない人種でありながら、人もどんどん誘って行動する人生エンジョイ勢。
そんな素晴らしい精神と行動力の持ち主の彼女に一度誘われていた俺であったが、もみじとブッキングしていたためあえなく別日ならと断りを入れていた。
そして、それへの返信として来たのが今回のメッセージだった。
それで誘われたのが高校の近くで行われると言うお祭り。
規模としてはそこまで大きいものではないが、高校でもそこそこ話題になっているので学生も多くいくのだろう。
夏祭りと言うには少し早いこの時期だが、魔法少女メーカーのシナリオの都合だろうか。
まあ、現実にも夏祭りシーズン以外の祭りもあるか。
そんなことを思いつつ承諾の旨を送っておく。
少し予定が多すぎる気もするが、一度断ってしまっているし、彼女がこの学校にいるのは短期的なモノだって話だしな。
その章限りのキャラとかだろうし、これから会う機会もそうそうないだろうと考えると断ると言う選択肢を取ろうとは思わなかった。
しかし、一つ誤算があったのも確かだ。
「あ!比五子ちゃん!ごめんね。待たせちゃった?」
祭り当日待ち合わせの場所で待っていて視界に入ったのは、浴衣姿の空音だった。
似合っている。その一言に尽きる。
髪を結っている姿は、いつもの降ろした姿とポニーテールのどちらかの印象と比べるととても新鮮で、いつもよりも大人っぽく見えた。
いつもよりの目線が高いのは、履物のせいだろうか。
元から結構姿勢は良いイメージがあるが、特段すっと芯が一本あるように見えた。
まあ、そこまでよかった。
と言うか、そこでやっと気づいたのだ。
うん、そうだね。空音が気合いを入れてきているのに俺は私服って話だよね。
しかも、並みの気合いの入れようには思えない程しっかりとした着付けだろう。
俺に判断するほどの知識はないが、親族に着付けを出来る人間が居るのか、はたまた別の方法を取ったかは知らないが、異常なほど完成度が高かった。
これならば、ペラペラの外国人観光客向けのナンチャッテ浴衣でも羽織ってくるのが最低限しなければならない事だったように感じた。
まあ、こればっかりは悩んでも仕方のない話だ。気合いを入れて来た空音には申し訳ないと思いながら忘れることにした。
「空音ちゃん。柄可愛いね。似合ってるよ」
「ホント?嬉しい!これお母さんのお下がりなんだけど……あっ元はおばあちゃんので。とにかく、お祭りの話をしたら実家から送ってくれたんだ」
「そうなんだ」
上品目の見た目だから派手派手しさがない分、高そうと言う印象はあまり抱かないが、それでも近くで生地を見るとしっかりしたものだとわかった。
「あっ!焼きそば!行こ!」
「あ、うん」
流れるように繋がれた手に引っ張られて、俺は足を進める。
だが、スニーカーを履いている俺なんかよりも空音の方が身動きがとりづらい。
故に、何かに躓き、体制を崩す。
「おっと」
すかさず、彼女が倒れないように手を伸ばせば、彼女の火照った顔が近くにあった。
夏は暑いし、テンションも上がっていた。空音の少し赤くなる顔に納得しながら彼女を断たせた。
「大丈夫?」
「う、うん。ごめんね」
「良いよ別に」
俺がそこまで盛り上がる性格でない分、彼女の様に盛り上がってくれるのはありがたい。
こっちも楽しい気分になるしな。
そして、空音が進むままに俺たちは屋台を回った。
「あ!焼きそばだ!綿あめも!」
「意外にあまりこういうとこ来ないの?」
「ううん。毎年来るし、今年も近所の小さい奴にも一回行ってる!でも、何度来ても美味しそうって思うから!」
初めて来たのかと疑いたくなるような反応だが、毎年どころか別の祭りも体験済みらしい。
それでも、新鮮に何でも体験できるのは彼女の強みかもしれない。
もしかしたら、食欲に振ってるだけかもしれんが。
「あ!」
「今度はどうしたの?」
「帯がきつくておなか一杯食べれないかも!」
俺があまり食べないことに合わせて、量を調整していたように見えた彼女が振り切ったように片っ端から買い始めた時、衝撃の事実かのようにそんなことを言った。
しかし、俺があまり食べていないことを加味してもすでに彼女は30比五子ちゃんくらい食べている。
多分本人的には100比五子ちゃんは余裕で超えるつもりなのだろう。すこしおかしくなって笑う。
「あ!比五子ちゃんが笑った!」
「笑うよ。人間だもの」
──え?
──え?ってなんだよ?おい。
突然カゲが洩らした思念に怪訝な表情が出ないように注意していると空音は言葉を続けた。
「比五子ちゃん。呆れ笑いみたいなのはするけど、あまりこうやって笑うイメージなかったから」
「そうかな」
俺はそんなやれやれ系みたいな感じだっただろうか。
もっと溌剌としている気がする。いや、それは嘘だが。
「……でも、もみじちゃんとかにはそう言う顔も見せるのかな?」
「え?」
「ううん。何でもない!次行こ!次!」
ぼそりと紡がれた言葉を聞き返せば誤魔化すように彼女は俺の手を引いた。
まあ、思わず聞かれたくないことを言ってしまうことくらいあるだろう。言及はすまい。
「金魚すくいやろ!」
そして、数歩先を行く彼女が金魚すくいを誘って来たのでやることになった。
腕をまくる彼女は何だがそれっぽい。
俺も金を渡してポイをもらう。
金魚が近くに来るのを待っているとおっさんの声が耳に入った。
「おお。嬢ちゃんやるねぇ!」
「それほどでも」
謙遜しつつも嬉しそうにする彼女の碗にはすでに金魚が泳いでいた。
ポイが破れていないところを見ると一発で取ったようだ。
俺も負けじと掬い上げるもポイが破れる。全部で三つ、残りは二つになった。
「うまいね。空音ちゃん」
「うん!昔から得意なんだよね!」
彼女を見ていると時々不器用と言うか、危なっかしい動きをすることがあるが、金魚すくいに関しては器用の一言だった。
少し不思議に思うも、指先を動かすのは得意だが体を動かすのはそこそこってことなのかもしれない。
まあ、変な動きってほどではないので相対的な話だが。
しかし、俺も少しは善戦したい。
二つ目のポイを取り出して再チャレンジだ。
まあ、よく言うのは救うと言うより横からポイを滑り込ませるようにしてみたいなことを聞く気がする。
なんとなく実践してみれば意外と取れた。
ポイは破れたが一度分くらいの耐えを見せた。
しかし、続くラストポイはあえなく敗れ、俺の戦果は一匹となった。
大して、隣では空音が大量にとっていて手に持った碗は窮屈そうだった。
結局、一人三匹までと言う決まりで捕まえた中から三匹を選んだ彼女は袋を自分の顔の前まで持ってきて、覗くように見た。
「キング、クイーン、ボーンよろしくね」
空音は一匹一匹に名前を付けた。
だが、命名された三匹は明確に上下関係が出来てしまったようだが良いのだろうか。
首をかしげていると、空音はこちらに声を向けた。
「でも、比五子ちゃんは、本当にゼロ匹でよかったの?」
「ん?まあね。育てるのも大変だし。死んじゃったら可哀そうだから」
幼少期、金魚すくいに挑戦させてもらった思い出。
お世話をするのならと言う条件で取った数匹。
父親が態々水槽を買って来て、金魚を淹れてくれた。
しかし、俺が餌をやったのは一度きり。
まあ、よくある話で父親に世話を押し付ける形となった。
そんな俺が金魚を飼う資格はない。
と言うか、水槽を設置してとか色々と大変だしな。
そんなわけで責任は取れないと考えて返したのだった。
そして、結構あるあるなのだろうか、かつての俺と似たように金魚が取れず泣いていると子供がいた。
両親がなだめているも泣き止まない。
飼わせたくないと言うよりも、両親もうまく取れなかったのでどうしようもないと言った様子。
それを横目で見ていた時、いつの間にかそこに空音が近づいていた。
「そこの君。お姉さんがこれを上げよう」
「……え?いいの?」
「もちろん。ちなみに名前はキングとクイーンとボーン」
「え?」
「キングとクイーンとボーン!」
「さっき指してたのと違うよ」
「……よし。この金魚たちには君が名前を名付けるんだ!」
名前を付けていたが見極めがついていたわけではないようで少年に指摘された空音は、諦めてそう言い放っていた。
「お姉さん。ありがとう!」
「ううん。気にしないで」
「でも、動物には名前を付けちゃいけないんだよ。食べるとき、悲しくなっちゃうんだって」
「…………食べるの!?」
「食べないよ何言っているの?」
少年に首を傾げられた空音は、両親にお礼を言われて帰って来た。
「いいの?あげちゃって」
「うん。私よりあの子の方が大切にしてくれそうだったから。……ゼロ匹になっちゃったけど、比五子ちゃんとお揃いだね!」
ニコリとこちらに彼女は笑顔を向けた。
そして、今度はまた食べものの屋台に近づいた。
しばらく俺たちはあたりを回って、すこし座ろうかと人ごみから離れようと歩いていた。
しかし、夏祭りで食品だけで両手を埋める人間が居るとは……。
くじ引きとかでもらったくそデカい景品で手がふさがっている人間は見たことあるが、焼きそば、たこ焼き、綿あめ等々で両手がふさがるどころか半ば抱え込むようにしているのは初めて見た。
少し引き受けようと申し出たが彼女が大丈夫だと断ったので、俺の手元にあるのはくじの景品の光る剣だけで、はた目から見たな変な二人組に見える事だろう。
ちなみに光る剣も空音の物だ。
屋台が並ぶエリアから少し出て、ベンチを見つけたのでそこへ座る。
やっと荷物を降ろした空音は伸びをした。
「ふぅー。結構歩いたね」
「そうだね」
息を吐く彼女に同意する。
「そう言えば、比五子ちゃんて何か趣味とか、好きなモノとかある?」
「ん?いきなりだね」
「うん。もっとたくさん知りたいと思って。比五子ちゃんのこと」
こういうことを聞けるのが彼女の良いところだろう。
そんなことを思いつつ考える。
これまでの経験上、大抵こういう話題で困って来た。
休日何している?って質問と同種のものだ。
たいした趣味がない場合、大抵寝ていると答えるこの質問も、実際のところ話すことがないだけと言う場合も多い。
無論本当に寝ていることもあるが、現代のファスト的な娯楽の中心にあるだろう動画をボーとみるだけで一日を終えてしまうと言うことがありうるからな気がする。
内容もなく、能動的に見ているとは言いにくい状態を継続している。
ゲームをしているのならゲームと答えるが、動画となると「なにもしなかった」と言った感想になるような気がした。
ただ、俺は趣味とか好きなモノとか聞かれたときの答えを最近得ていた。
何かと言えば推しである。
多分最近の女子高生の話題は、推しと言っておけば何とかなる気がする。
てなわけで、俺は完璧な一手を持っているわけだ。
「本当に最近だから、あまり詳しいとは言えないんだけど。推しの配信見てるんだよね」
「推しかぁ。皆いるよね」
皆いるんだ。
「空音ちゃんはいるの?」
「うーん。私はそう言うのないかなぁ。好きなアーティストの人はいるけど、推しってのとはちょっと違う気がする」
まあ、確かに全く同意したい。
「それで、比五子ちゃんの推しって誰なの?」
「魔法少女なんだけど、空音ちゃんって詳しかったりする?」
「どうかなー。でも、結構知ってる方かも」
「そうなんだ。じゃあ、名前聞けば分かるかも」
全く相手が知らない場合が気になったが、魔法少女を知っているなら多分分かるだろう。
そう少し安心して言葉を続けた。
「魔法少女空霜って言うんだけど……空音ちゃんは知ってる?」
そう俺が問いかけた時、空音はわずかに目を見開いたような気がした。