どうすれば彼女に好いてもらえるのだろう。
そう思って、色々考えた。
でも、なかなか思いつかなかったから、見た目から変えようと思った。
実家に電話して、浴衣を届けてもらった。
今になって思うのは普段から身体の動きがデカい自覚があるので、動きが制限された分少しは御淑やかにみられると言う効果もあるかもしれない。
だけど、形だけ取り繕っても、ついはしゃいでしまう。
始めは、食べ過ぎないようにはしゃぎ過ぎないようにと意識していたけれど、いつの間にかそんなことは忘れてしまっていた。
比五子と祭りを楽しめると言うのが嬉しくて、ただただ笑っていた気がした。
それでも、比五子のことを少しでもよく知って、好きになってもらいたい。
そう思って、簡単な話題を振った。
趣味とか好きなモノとか、意外と聞いていなかったことを思い出してそれを言った。
だけれど、帰って来た言葉は予想外だった。
最近皆推しの話はするけれど、比五子に推しがいるとは思わなくて、それに興味深く思っていると彼女は魔法少女空霜の名前を出した。
つまり、比五子は自分を推している。
それを理解して、反応しそうになるのを極力抑えるように意識していれば彼女は言葉を続けた。
「わかるかなぁ。この子なんだけど」
そう言って見せられたのは、検索して一番上に居たのだろう魔法少女空霜の宣材写真だった。
見慣れた写真、それでも比果比五子の手元の画面から映し出されるそれはとても不思議なモノのように思えた。
「……どうしたの?」
黙り込んでしまったせいだろか、比五子は首をかしげてこちらを見た。
それに一瞬考えを巡らせたあと、空音は言葉を発した。
「ううん。何でもない。私も知ってるよ。魔法少女空霜」
「ホント?」
空音の言葉に少し比五子は前のめりになった気がした。珍しい。
知らない振りをしようとしたけれど、美容室で雑談するのとは違う。知り合い相手にはぼろが出るかもと敢えて知っていると答えた。
ただ、少し保険を掛けるように言葉を続ける。
「うん。でも、知ってるだけでそんなに詳しくないかも」
「そうなんだ。まあ、私も、ここ数か月で知った程度だからそこまで多くは分からないんだけどね」
比五子の声を聴きながら、考える。
この話題を切り上げるか否か。
自身と魔法少女空霜とを繋げる危険性のある話題。
通常魔法少女として自分の素性を隠すのは鉄則、それに配信者的な側面も併せ持てば、取りえる選択肢は一択だった。
「比五子ちゃんは、空霜のどんなところが好きなの」
しかし、冷静な思考とは一転、彼女の口から漏れ出たのは更に深ぼる質問だった。
これ以上は、危険だと言うのは分かっていた。
わかっていたけれど、欲が出た。
比果比五子は、魔法少女空霜を推しとして見ている。
なら、自分を好いてくれている理由を知りたかった。
「うーん。難しいなぁ。何が、とは一概に言えないけど、元気なところ……いや、一生懸命努力するところかな」
「そう、なんだ」
見た目が好きとか。
こんな配信が面白くて好きとか。
そう言うことを言うだろうと思っていただけに、内面的なことを褒められつい面食らう。
比五子は空音と空霜が同一人物であると知らない。
だからこそ、ここに居ない人物を褒めるように自身のことを褒められる感覚は少し不思議だ。
「好きな配信は?」
「ユニットメンバーとのコラボと歌枠かな」
「空霜が歌う曲で好きなのは?」
「オリ曲の「SKY OCEAN」」
「お気に入りのグッズとかある?」
「身につけたりはしてないけど、ミニチュアシンボルストラップ」
話が盛り上がる。
比五子にとっては好きなモノの話題。空音にとっては自身の事。
欲が出て、多くを質問する。
だけど、ここで止まっていればよかった。
そんな後悔をするのは、もっと後だった。
「じゃ、じゃあさ」
欲が出た。
止まれと言う自分の理性を振り払って口は動く。
「もし、もし仮にだけど、自分の友達の正体が空霜だったら……そうだってわかったら比五子ちゃんはどうする?」
こんな質問はするべきではない。
質問をすること自体が、これまでの活動を揺るがすほどだと感じる。
だけど、飛び出た言葉はひっこめられない。
比五子は一瞬考えた後、口を開いた。
「……どうもしない。うん。多分どうもしないと思う。強いて言うなら、その事実を忘れる努力をすると思う。それが出来ないなら、空霜を見るのはやめるよ。きっとね」
「どう、して?」考えることもなく理由を問うた。
「私は、ずっと魔法少女空霜を見ていたいから」
「見ていたい?」
「そう。配信で笑ってライブで歌って、応援してくれるファンと笑いあっている彼女が私は好きだから」
そこで気付く。
いや、知っていたはずだ。
知っていたのに、もしかしたらと気が緩んだ。
比果比五子が好きなのは、児野空音でなく、一人の少女としての空霜でもなく、画面の向こうにいる魔法少女空霜なのだ。
自身の思う解釈に当てはまった触れられない存在。
彼女はあくまで「推し」として魔法少女空霜を見ているのだ。
──比五子ちゃんが好きなのは、
そんなことに目をそらして、自分は積み上げたモノをないがしろにして、空音は……。
いつの間にか俯いていた。
外からどう見えていたのかは分からない。
だけど、比五子は心配したような声を出して飲み物を買いに行くと言い出してその場を離れた。
声にならない声が出た。
視界がにじんで涙があふれた。
彼女にこんな姿を見られなくてよかった。
◆
児野空音と夏祭りに来ていた俺であったが、彼女が体調悪そうにしていたので飲み物を買うことにした。
食い物は沢山買い込んでいたが、飲み物は買っていなかったので、買いに行く必要があった。
体調が悪いのなら、飲めるモノは限られるだろう。
そう思うと祭りで売ってるものはあまり適さなそう。体調以前に高校生の彼女に緑茶ハイは論外だし。
しゃーなしで、自販機探すか、スーパー近いしそっち行くか。
体調悪い空音を一人にしているからさっさと戻りたいところだ。
足を早め、水を購入する。
しかし、そこで異変が起こる。
サイレンと祭り運営からの避難警告。
インベーダーの出現を知らせるそれに俺は地面を蹴った。
──空音が逃げてると良いが。
──通常であれば、気にする必要はないだろうが、先ほどの様子を鑑みると満足に避難できない可能性は十分にある。
ふらふらで人ごみに紛れて非難するのは相当に困難だ。
そもそも、方針に近い状態であったからサイレンに気付かない可能性もゼロとは言えない。
聞こえていても内容が頭に入らないとか、動けないとか、ないとは言い切れない範囲だ。
◆
サイレンが鳴っていた。
非難しろとも言っていた。
インベーダーが出た。
戦わないといけない。
比五子が好きな自分でいなければならない。
魔法少女空霜は、ここで座り込んでいることはない。
よろりと立ち上がる。
距離が近い。要請が来ている。
探さずとも場所は分かる。
見えた。
影絵のような黒い個体。
細くて長い。そんな印象を受ける。
ランクはB級。
Aに近い実力を持つ自分ならば苦も無く倒せるだろう。
「空音。無理しないで。非難も完了している。無理に戦う必要はないよ」
「ティエン。大丈夫、だから」
使い魔のティエンが現れて、空音を止める。
ティエンを抱えて頭を撫でる。
空音を理知的になだめるティエンもこうすれば、大人しくなる。
こういうやり方は好きじゃないけれど、黙らせて使い魔収納で姿を消させた。
改めてインベーダーを見据える。
流石にこちらに気付いたように見える。
もう躊躇している暇はない。
やらなければ。
「……なんだろ、動かないな。身体……」
変身して少し攻撃を与えて撃破。
簡単な話だ。
腕すら持ち上がらない。
どうしよう。
戦わないと。
ライブも直ぐだし。
怪我でもしたらみんなに迷惑をかけてしまう。
早く動かないと。
だけどそれでも動かなくて、インベーダーは地面を蹴った。
まずい。
そう思った。
だけどやっぱり動かなくて……。
それでも、視界には白い何かがいくつも落ちて、インベーダーを縫い付ける。
何事か思っていると、それを黒い大剣が両断した。
目の前に立つのは、黒い衣装を着こむ少女。
「間に合った」
僅かに震えた乾いた唇に生ぬるい夏の風が触れる。
目の前にいる少女と目があった。月の様な金の髪の隙間から覗く瞳は綺麗で吸い込まれてしまいそうな色をしていた。
少女は一瞬にしてインベーダーを倒してしまった。
そんな事実を表すようにインベーダーの身体は無慈悲に霧散していった。
今の空音には魔法少女空霜でいることも許されないらしい。