「今夜だ」
「そうですね。夜空さん」
6月10日 PM13:24。
滿汐のピークが到来する日であり、ヒエロクック・アルカフルール討伐作戦の実行の日だった。
作戦実行は17時10分10秒きっかり。
未だ時間に余裕はあるが、最終確認のために赤鞘は現場に来ていた。
「そう言えば、コフィンがお前のところに訪れたらしいな」
「ええ。挑戦権の関係で……。コフィンさんとはお知り合い何ですか?」
「ああ、まあな」
黒墨は否定することなく頷いた。
コフィンを刺激しないために、普段口外をしていないが、赤鞘との仲を鑑みて隠すことはしなかった。
「あ、あの。お知り合いなら、コフィンさんの事について少し質問があるのですが……」
「ん?」
「コフィンさんって、結構女性関係にはだらしないんですか?」
「は?」
「い、いえ。深い意味はないんですけど。この前来たときの印象で……」
「……さあ。詳しくは知らんが」
そう言えば、赤鞘はこう言う話が好きだと思い出した。
いつもは同じS級魔法少女である春麗ことナノと一緒に彼女とは会うから、ナノに相手を任せていたからあまり印象はなかったが。
「それより、コフィンか」
「何か気になることがあるんですか?」
「ああ、すこしな」
「もしかして、夜空さんも!」
何を勘違いしたのか、楽しそうに表情を変えた少女を無視して、考える。
コフィンが、少し前に語っていた謎の数字。
その意味が何を指しているのか、気になっていた。
◆
「本日
ヒエロクックが収容されたビルの応接室として使われていた部屋。
そこで机を挟んで男は坂本にそう言った。
「くれぐれも頼むよ」
「わかりました」
男は念押しして部屋を出る。
そして、ビルの前に止めていた車に乗って向かった先はヒエロクック・アルカフルール対策会議が行われる部屋であった。
「坂本くんはどうだった?」
「きわめて献身的にヒエロクックの世話をしているよ。情にほだされてしまうほどにな」
男は開いた一つの席に座り、掛けられた質問にヒラヒラと手をひって答えた。
そして、背を伸ばしてまた口を開く。
「坂本は委員会を裏切っている」
そう断言する。
その言葉に驚く様子を見せる者はこの中にはいない。
きわめて黒に近い疑惑を決定的にしたまでの事だった。
「嘗められたもんだな」
「ああ。それに所詮はインベーダー。口で何と言おうと命は惜しいか」
男たちの眼光は鋭く、ここに居ない坂本を睨むようだった。
「先ほど、壊された音声機器の再設置は済んだか?」
「ええ。新たに数を増やして、うちいくつかは龍幻の協力の元設置しなおしました」
ヒエロクックの監視方法は主に四つ。
現地で世話をする坂本、交代で配置についた秘密混成組織の四名、マイクによる監視、そして検知器を利用したエネルギー観測。
ヒエロクックの要望によりカメラはつけられず、これらの方法で観測を行っていた。
そして、先ほどそのうちの一つの設置されたマイクをすべて壊された。
「坂本が報告する限り、いつもの癇癪による魔力の発露。だが、問題は機器の方ではないな」
「幻術ですでに配置されていた魔法少女たちが退避していることがバレている可能性がある」
問題は、魔力の発露により龍幻の幻覚がバレてしまった可能性。
「龍幻の話を聞けば、肉眼では分からないほどの偽装は出来ていると言うが、相手はインベーダー。魔力をソナー代わりに使えないとも言い切れない。実態がなければ龍幻ほどの使い手と言えど偽装はしきれない」
「解析では魔力操作に秀でている。魔法以上に応用が利くところを見ると十分にあり得る話だ」
男たちは作戦遂行に問題が出る可能性を危惧していた。
「極めつけは、機器破壊から坂本が報告するまでの2分37秒。ここでヒエロクックと密約……。そうでないにしても、坂本を脅して協力を取り付けるくらいはしているだろう。少なくとも、坂本がそれをほのめかす発言をしてないことから、完全な黒。裏切りだ」
脅されて口外を禁止されていた場合であっても、直接的な言及を避けメッセージを送ることくらいは出来る。
それがないと言うことは、自分の意思での裏切りと考えるのが自然だろう。
「故の、作戦情報の開示。我々が洩らした情報は坂本を通してヒエロクックに伝わるはずだ。そしてその情報は本来の作戦開始時刻よりも一時間遅い。一時間後へ身構えるヒエロクックに対しての不意の一撃。これで仕留める」
感づかれているのなら、それを逆手にとればいい。
時間を指定することで、意識はそちらに向く。
だからこそ、その時間までは気が抜ける。意識外からの攻撃は有効だ。
「ヒエロクックの調子はどうだ?」
「申請されていたオンラインライブ視聴用の機材の搬入完了から33分。エネルギーの最高値の77%前後を保った状態でエネルギーが観測され続けています」
今現在ヒエロクックを監視する目は、坂本と検知器だけ。
坂本が信用ならない以上、信じられるのは検知器の情報だけだった。
「この数日奴の要求をのみ続けて来た。必ず仕留めるぞ」
◆
PM16:57。
世界強度のピークまで十三分。
内線により坂本を呼び出す。
理由は、単純、ヒエロクックへの攻撃の巻き添えにしない為。
秘密混成部隊の面々が退去した理由も同様だ。
作戦失敗時の対応のためと言うのももちろんだが、根本、初手の攻撃で変身が解けることは確実だ。
その場合、生身の少女をその場に残すことになる。安全面は最悪だ。
これらの理由により、ヒエロクック以外のその場からの退去を遂行する。
坂本の呼び出しは常々行っており怪しまれることもないだろう。
何より、彼方注意は一時間後へ向いている。
坂本は応接室へと向かわせ待機させる。
同時に、作戦の鍵である赤鞘が所定の位置についた。
魔眼を発動し刀赤へと代わる。
抜刀の構えのまま魔法「刃朱」を発動する。
魔法「刃朱」は斬撃を飛ばす魔法だ。
自身の刀に変形させたステッキの先端が描く斬撃を飛ばす。
斬撃の維持には魔力をどれだけ込めるかが重要となり、極めて近い距離であればほぼ透明に近い斬撃を作ることができるが、遠距離、もしくは斬撃の空間への設置は魔力を多く練る必要がある。
そして、魔法の威力と距離を増す方法がある。
それが居合の構えを取ることで鞘の内部で高濃度の魔力を練ることで生み出される一撃だ。
威力を上げようとするほど、溜めが長くなり、加えて溜めを行っている最中には身動きが取れない。
そして、その性能は今回の作戦にマッチしていた。
一撃必殺の狙撃じみた方法を取ろうと言う今回の作戦はこの魔法にあっていた。
PM17時9分58秒。
インカムはノイズ交じりにカウントを開始する。
『カウント十秒前──』
刻々と迫るその時を、目を閉じ待つ。
『──3.2.1』
同時刻、関係者が作戦成功を祈る中、満を持して一刀が放たれる。
刀より放たれた斬撃は、一瞬が過ぎることも許さずにヒエロクック・アルカフルールの収容されたビルを外壁ごと両断する。
◆
ヒエロクック対策会議。
その名の役目は終了する。
誰もが、そう思いモニターに映された様子を見守る。
「どうなった?」
外部から撮影されている映像と言えど赤鞘の斬撃が建物を両断した様子までしか分からない。
即座に解析班と直接インカムをつなげた者を見た。
男は、耳に手をあてて口を開いた。
「魔力反応、急激に減少しています」
「おお」
作戦の成功を告げる声に皆が声を洩らす。
長い長い我慢の末の作戦の成功、誰もが喜んだ。
ここ数日この会議室に閉じ込められて頭を捻る日々が続いていた。そんな日々から解放。
これ以上に嬉しいことはない。
だから、奇跡とも言えただろう。
この中のすべての人間が気を抜いていたその時に、実行役であった少女と歴戦のS級魔法少女がその場に居たことは。
「いや」
ヒエロクック対策会議には、今回の戦力となれずともその経験を見込まれてS級魔法少女夜空が協力者として足を運んでいた。
そして、同時刻現場から肉眼でビルを目視していただろう赤鞘、いや刀赤からの通信が重なった。
「作戦は失敗だ」
それにいち早く気付いたのは、会議室に設置されていた俯瞰モニターを注意深く観察していたからだった。
無論職員も反応消失をしっかりと確認していた。
モニターの映像からも遅れて伝達される情報を正確に読み取っていた。
だが、ほんの少しだけ魔法少女と言う要素が、彼女たちに先に違和感を与えた。
そして、上がった声に面々は、黒墨の声に視線を向けた後、彼女が見るモニターを追った。
ヒエロクックが収容されていたビルは両断されていて、未だ赤鞘の放った魔力の斬撃の余波によって映像にはノイズが混ざる。
乱れた映像は段々と晴れて良き、瓦礫の奥に見えるのは人ひとり分程度の大きさの黒い塊。
正体が特定できずに、その場の多くが目を細める中、黒い塊はその身を両断された端から何かを霧散させていく。
そして、そこまで行けば、この場のすべての物に検討がついた。
「まさか、あれは魔力の塊か?」
自壊し、破損が大きくなったことによりさらに勢いよく内包魔力を噴き出す黒い塊を見た。
「観測されている魔力の減少値と位置情報すべてが、あの黒い魔力物体と一致しています」
嫌な予感は明確に確信へと変わっていく。
「我々はまんまと騙されていたわけだ。あの場で観測されていたのはヒエロクックではなく、奴の作ったデコイ」
自身の最大観測値の内の実に八割弱の魔力をその場に切り離し、本体はこの場を抜け出していた。
そして、恐らく坂本にこちらが偽の情報を流した時点でこの場からいなくなっていた可能性も十分に考えられる。
「だが、それなら奴はどこに消えた?」
そう、それこそが重要であり検討のつかない事項であった。
ここを抜け出したとして奴はどこに消え失せたのか。
「そもそも、常に検知器により魔力は観測されていたはずだ。奴が、デコイを作成したとしても本体の観測も可能だったはずだろう」
引っ掛かるのは、そこだった。
デコイは分かる。
だが、そもそもデコイを作成したとして反応は数値に差があっても二つあるはずだ。
加えて、部屋から脱走を企てれば検知器と合わせて、部屋にはないが部屋の外に存在する監視カメラに写っているはずだった。
だが、そんな意見に魔法少女夜空こと黒墨は推測を口に出した。
「いや、奴が魔力の発露を行っていたのであれば、魔力の大部分を切り離した状態のヒエロクックを検知器で追うのは難しいだろう。委員会側がそれでも観測可能だと判断していたのは、並みのインベーダーとは比較にならない魔力をヒエロクックが内包していたからではないか?」
「……確かにそうだ。魔力の発露による検知器の精度が落ちることは分かっていた。だが、ヒエロクックの魔力の膨大な大きさ故に室内の魔力濃度の上昇の有無は問題視していなかった。……だが、通路に設置していたカメラはどうなる?元から設置されていた数の倍以上を設置して死角は作っていないはずだ」
廊下に一歩出れば、すべてのエリアが監視カメラによって死角なく監視されている状態だった。
これでは、検知器をごまかせても意味がない。
部屋には窓がなく出入り口はそれ以外はない。
だが、そちらに関しても心当たりがあるのか、黒澄は言葉を続けた。
「確かいただろう。オンラインライブ視聴のための機材を搬入した業者が」
「くっ。……おい、業者の出入りの映像を出せ」
男が言うと、モニターに監視カメラの映像が流れる。
機材を段ボールに入れて台車で室内に入っていく姿と同様に出てくる姿。
少女一人であれば余裕で入ることができる箱に目を細めた。
「忍び込んだ、脅して運ばせた。理由は重要じゃない。だが、少なくともヒエロクックは正面玄関から外に出ることが出来たと言う事だ」