「坂本が手引きしたことを吐きましたが、ヒエロクックの居場所までは知らないと……」
作戦失敗に姿を消したヒエロクック・アルカフルールの居場所を未だ特定できていなかった。
少なくとも正面玄関から突破可能と言う情報は更なる被害を連想させた。
「周囲の検知器の反応は?」
男は叫ぶようにそう言った。
しかし、当然リアルタイムで監視が行われる中で、自己申告がない理由は一つしかない。
「いえ、滿汐の範囲となっている半径1.3㎞圏内の検知器に反応はありません」
そもそも作戦前から検知器の監視はしている。
そうでなくとも、インベーダーが検知されれば要請を行うために自動でシステムに反映されるはずだ。
「検知器は、カメラのように死角を作らず設置できるわけではない。だが、奴が逃げれば必ず見つからはずだ」
検知器設置にかかる膨大な費用とより広範囲をカバーするために設置個所は決められている。
故に完全な設置とまでは行っていないが、ヒエロクックほどの力を内包した個体が逃亡すればすぐに見つかるはずだ。
すでに、秘密混成部隊も動いて探している。
そんな状況にあって、長時間隠れると言うのは不可能と言える。
「奴が、魔力を抑えて検知器を潜り抜けられる可能性を考慮したとしても、脱出時の魔力の発露に乗じた策を考えれば、必ずどこかで捕まえられるはずだ……」
インベーダーの反応を完全に消せるのならば、これまでの被害は途方もないほどになる。
だが、そうなっていないのは、検知器を掻い潜るのは容易ではないからだ。
例え、一時的に引っ掛からなくなる術をヒエロクックが有している可能性を考慮したとして、それを継続して検知器の網から逃れることは決してできない。
「必ず、滿汐の発生範囲内に潜んでいるはずだ!探し出せ!」
そして、男たちの声が飛び交う中、S級魔法少女たる方波見黒墨は思考を回す。
奴が潜んでいるとして視覚的にも隠れられる場所であるはずだ。
「くそ。搬入業者の方はどうだ?」
「……っ。丁度今、聴取を行った職員より連絡が来ました。脅されて、車両に乗せた後、駅北周辺の裏路地に降ろしたと」
「確かなんだな!」
「はい。家族を人質にする旨をほのめかされていたらしく、安全を伝えたので、確実かと」
更に指示が飛ぶ中、黒墨は思案する。
そもそも、ヒエロクックが脱走した理由は何だ?
命が惜しいと考えるのが順当ではあるが、あれと一度対面した際の印象では自らの命を惜しむ様な正確には見えなかった。
「いや、まさか……」
ヒエロクックの目的。
まさかとは思うが、一つの可能性が思い浮かぶ。
その様子に一人の男が気付く。
「夜空。何かわかったのか」
「いや、だが……。ヒエロクックが視聴すると言っていたオンラインライブは現地でも行われていたはずだな」
その言葉に、すぐに情報がモニターを使い表示される。
魔法少女空霜によるライブで、オンラインライブも存在しているが、現地の会場がメインとなっている。
「ここから、現地会場までの距離は?」
「……直線距離にして約15.7㎞です」
それに黒墨は目を細めた。
しかし一方で、男たちは黒墨の考えを読み取って、反論を返す。
「待て、夜空。それは、無理だ。今回の滿汐の範囲は半径1.3㎞、この建物がほぼ中心。ライブ会場までは行けない」
「いや、すでにヒエロクックは最大値の77%を自身から切り離している。無理な話ではないだろう」
世界強度が許容する要領を超えた場合にのみ世界は壊れる。
今現在のヒエロクックは危険視されていた時ほどの世界強度を保ってはいない。
「……確かに、現在のヒエロクックの内包魔力量であれば、滿汐発生範囲外であっても、許容内ギリギリで活動は可能です」
解析班からの情報が黒墨の言葉に信憑性を増させていく。
索敵範囲が滿汐発生範囲から大きく外れる。
それは、大きくこの場にいる者を焦らせた。
そこまでの逃亡を許してしまっている可能性と、そして世界が壊れる可能性が過ぎ去っていないことに。
滿汐範囲外でのギリギリの許容量を保っての活動を考えれば、魔力を自然回復された場合その許容量をわずかにでも超えてしまえば世界が壊れる可能性がある。
半径幾何かの検討はつかないが、その範囲内にいるすべてが世界の瓦解に巻き込まれることになる。
被害は途方もないことになるだろう。
だが、だ。
未だに、黒墨の考えには穴があった。
「しかし、移動手段はどうする?検知器に反応がない以上、移動しているとは限らない。……おい、他に考えられるルートはあるか?」
「検知器の有無だけで言えば、不可能なはずです。一応、検知器がない場所もありますが……」
「どこだ?」
「海上です。直線距離で約8㎞海が続いて検知器もありませんが、ヒエロクックがここを渡るのは現実的ではありません」
ビルからほど近い湾岸から、海上を移動すればありえなくもないが、泳ぐことは不可能だし、ヒエロクックが飛行能力を有しているわけではない。
仮に、飛行でもしていれば情報が伝わってくるはずだ。
「やはり、この場に潜伏していると見た方がいいか。8㎞の障壁は突破できまい」
「障壁」
結論を出した男の言葉が引っ掛かる。
つい最近この言葉を黒墨は確かに聞いていた。
高校の屋上で、魔法少女コフィンこと比果比五子と会話をしていた時だ。
奴は確かに8㎞は障害であり障壁であると言っていた。
確か、滿汐の発生範囲すらも把握していたはずだ。
『フッ。愚問だな。すべての状況を総合的に分析し、イニチアチブを握り、更に離し、また握る。8kmとは、障壁だ。障壁であり障害であり、結果を手繰り寄せるための一助だ。10、この数字が示すとき、すべての意味を知るだろう』
それが彼女の言葉だった。
「8kmは結果を手繰り寄せるための一助……」
この言葉に倣うのなら、その数字が全く意味のなさないものではない。
障害や障壁であることが、答えを導き出すためのヒントとなる。
「まさか……!」
黒墨は顎に手を充てて一つの考えにたどり着いた。
海が使えない場合、人は何を使うか。
いや、これはもっと言えば海を移動する際に人は船を使う。
その身そのままでは移動は出来ない。
このフレーズが意識させたいのは乗り物と言う事。
インベーダーが乗り物を使うわけがないと言う先入観を取り払うための言葉。
「ここから、現地会場までの電車を調べてくれ」
「電車ですか?……夏沖臨海公園駅を最寄り駅と設定した場合、会場すぐの海浜松葉駅まで鳥成線乗り換えなしで大体25分弱です」
「待て、夜空。まさか」
黒墨の言おうとしていることは男たちにもおのずとわかった。
だが、ありえない。
インベーダーが公共交通機関を使うなど……。
だが。
「検知器は通常、駅構内に設置されてはいるが、線路上には設置されていない。駅構内の検知器を騙して車両に乗ってしまえば、ありえない話ではない」
黒墨の言葉に男たちが息をのむ。
彼女の言う通りだった。
駅構内などの施設には、検知器が付けられていることが多い。
だが、検知器を通り過ぎてさえしまえば、車両内と線路上には検知器の設置はされていなかった。
もし、仮にヒエロクックが電車を使った場合、検知器に反応しない方法だった。
「ヒエロクックはインベーダーだが、知性体。加えて人間に姿かたちが極めて高い。坂本が協力者であると言うのなら、奴が現金か交通系ICを渡せば、容易に公共交通機関を使用することが可能となる」
インベーダーが公共交通機関を使うと言う非現実的な想像が酷く現実味を帯びて来た。