少女の放った言葉は男たちに衝撃を与えた。
インベーダーが公共交通機関を使うだなどと言う想像は一切できなかったためだ。
しかし、発言をした本人である黒墨も未だ自身を疑いたくなるほどであった。
だが、極めて人の要素を多く取り込んだヒエロクックであれば、ありえる事であり、これを見過ごしてしまえば尋常でない被害が出る可能性があった。
そして、極めつけるようにスマホを片手に持った男より連絡が入る。
「駅構内の監視カメラの映像には、ヒエロクックらしき影が映っていたと報告がありました」
ここから最寄り駅まではほど近くすぐに報告が上げられていた。
同時に送られてきた画像には、荒いがヒエロクックらしき影が映っていた。
そうして、決定的になった状態で一人の男が声を洩らした。
「しかし、鳥成線を使い移動していた場合、すでに会場にいるのではないか?」
移動にかかる時間と、その場から消え失せた時間を照らし合わせれば、すでに移動は済んでいると考えるのが妥当だろう。
「ライブ会場となると、人の混雑も考えられる。人ごみに紛れられれば討伐は困難。最悪人質でも取られれば手を出せなくなるぞ」
それは最悪の想定だった。
手を出せなくなれば世界が壊れることを待つしかない。
ヒエロクックの移動を考えれば、都内からは出ているが、だからと言って被害に目をつぶることは出来なかった。
だが、そこへ状況を調べていたのだろう職員が声を洩らした。
「鳥成線ですが、設備の点検のために長時間の運転を見合わせていたようで、恐らくヒエロクックが乗った車両はまだ会場最寄り駅には到着していないかと」
「ほう。なら」
「ですが、すでに運行は再開し、到着は時間の問題かと」
光明がさしたと思われるも、続けられる言葉に舌打ちをした。
そして、すぐに指示を出す。
「至急付近の魔法少女に要請を出せ!」
本来の大半の力を失っているとはいえ、並みの魔法少女では対応は出来ない。
実力者が近くに居ない可能性を考え、暗い表情を浮かべた。
「それと、魔法少女空霜には伝えるな。ライブは続行させろ。仮にヒエロクックの侵入を許した場合でも、下手に中止して自棄になられてはかなわん」
本来は、奴が駅から出てくる前に中止を避難をさせたい。
だが、最悪を考えれば、それは出来ない。
今の状況でも、A級上位が対応しなければならないだけの相手だ。
対処できない場合にはできるだけ大人しくしていてもらわなければならなかった。
◆
鳥成線、海浜松葉駅行きの車両は運転を再開していた。
動き出した車内では、皆がほっとしたような表情を見せていた。
ライブやイベントが多くそこに向かう人間が多くいた。
「大分早い電車乗ったのに結構経っちゃったね」
「ね。でも、結構すいてるね」
「SNSだと、此処より後の車両がやばいっぽい。この車両は結構進んでから止まって、最寄り駅の人とかは電車以外で移動したっぽいからそんなに乗ってこないみたいだけど」
「ただでさえ混むのにやばいね」
この時間の車両にしては随分とすいている理由を話しあう乗客。
そんな彼女たちは不意に、とある影に視線を向けた。
「あの子、超かわいくない?」
「あー。コスプレの子?思ってた。ドラゴン娘ちゃん、コスイベとか行くのかな?」
彼女たちが見るのは、パーカーのぽっけに手を突っ込んだ少女だった。
端正な顔立ちだが、目立つのは黒い角と尻尾だった。
だが、彼女らが万が一にもインベーダーであるということに気付かないのは、それ以外はおおよそ人間らしく違和感が伴っていなかったからだ。
同様に、他の乗客も特段意識を割いて居なく、ヒエロクックと言うインベーダーはかくも当然のようにして車両に乗り込んでいた。
「あ、でも空霜のぬい持ってる。じゃあ私たちと同じかも」
ヒエロクックは腕に坂本から譲られた限定グッズを抱えて、電車に揺られていた。
自身に向けられた視線には気付いているが、意識は別に向いていた。
足止めを喰らってしまったが、これから向かうのは念願の空霜のライブ。
ポケットの中に入れたチケットの感触を確かめた。
「ヒエロ、これを使ってください」と言って坂本が渡してくれたものだった。
坂本が、ヒエロクックの世話係をすることの報酬として手に入れていた物理チケット。
本来電子チケットだけ発行されているライブチケットだが、委員会のツテを持って物理的なチケットとして坂本は手に入れていた。
手に入れた当時、坂本はライブ会場に行くことを諦めており、単なる観賞用としての価値しか見出していなかったようだが、協力を申し出た彼はヒエロクックにこれを渡した。
おもむろに取り出したチケットの入った封筒を眺めて裏返せば手書きで何かが書いてあった。
『このチケットは手に渡った時点で貴方の物です。気にせず使ってください。』
「……」
ヒエロクックの傲慢な面以外に潜むように存在する■■■のわずかな気質を見抜いていたのだろう。
坂本は態々こんな文字を書いていた。
それにヒエロクックは目を細めると、そろそろ目的地が近いことをアナウンスが伝えた。
◆
「周囲の対応可能な魔法少女に要請を飛ばしていますが、一番近い距離からでもヒエロクックが駅構内から出るまでには間に合いそうもありません!」
そんな声が叫ばれる。
ただ、魔法少女を向かわせるだけであれば、簡単だ。
だが、ヒエロクックに対応できるものとなると限られた。
「クソ。本来なら周辺住民の避難もさせたいが、それすら許されないか」
こちらの行動すべてが、ヒエロクックの機嫌に直結する。
さらに言えば、こちらがヒエロクックの居場所に気付いていると言うことをほのめかす悪手でもあった。
すぐに魔法少女が対応可能であれば、必要ないが、現状暴れられたり勘づかれて目的地を変えられてしまったときは更なる被害拡大が考えられる。
そんな時、不意にモニターの一角の映像が変わった。
『──では、こちらの方にインタビューを──』『──そんな今回のライブ、突然の公共交通機関の遅延もありながらファンの方々は続々と──』
「なんだこれは?」
「ライブ運営側が行っているインタビューと、こちらはテレビ局の中継です。駅構内の映像は協力を取り付け手に入れることは出来ますが、会場へ足を進めた場合に、目となるかと」
「……ないよりましか」
周辺のランクの足りない魔法少女たちのドローンを使った監視体制を整える手もあるが、こちらは現実的ではない。
先の懸念同様にヒエロクックにバレる可能性があるし、ドローンの飛行許可は委員会側のシステムがインベーダーの承認をしてからなされるものだ。
小細工は出来るが、他のメディアも入っている以上そう簡単には飛ばせなかった。
現状の打破にはつながらず、手の出せないこの状況で焦燥感がつのるなか黒墨は一人黙っていた。
「……」
「夜空、どうした?」
男の声に夜空は答えない。
ただ、一点モニターを見ていた。
『では、今回チケットを取れないながらも、ライブ会場に来たと言うファンの方にお話を聞いてみましょう』
インタビュアーがそんな声をマイクに向けてカメラを引き連れるように、移動した。
そうして、ベンチに座りリラックスしたような少女にマイクを向けた。
『今回は、魔法少女空霜のライブにチケットの抽選に外れても来たと言う事ですが──』
その少女には見覚えがあった。
自身と同じ高校に通っていて、そして同じく魔法少女。
そして、今回のヒエロクックについてどこまでも見通していた少女。
魔法少女コフィンこと比果比五子だった。
『空霜のファンで、抽選では外れてライブ会場には入れないんですけど──』
そして、少女はまるで空霜のファンと言いたげな発言だった。
これが、一つ目の違和感だった。
だが、何よりも黒墨が目を疑ったのは、その身に認識阻害が掛けられていないこと。
今の状況を理解しているのであれば、ありえない事だった。
だが、黒墨はそれを疑問で終わらせなかった。
まさか本当に魔法少女空霜のファンでライブのチケットを抽選で外して、それでも雰囲気を味わいたいからとライブ会場の近くに来たとは言わないだろう。
確実に彼女には考えがあるはずだ。
黒墨は、モニターに現れた彼女を見て、考えを巡らせていた。