魔法少女空霜のファンとしては今日は特別な日だ。
待ちに待ったライブ当日であり、空霜の晴れ舞台だ。
とは言え、悲しいかな。
俺はライブの抽選に外れたため、現地で見ることはかなわなかった。
ところで、このアーティストがライブをやりますって言って、盛り上がってるとニュースで取り上げられることがある。
で、そんな取り上げられる人たちの中には抽選でライブに外れたのに会場付近まで来て雰囲気を楽しみつつ、オンラインで見る人とかがいる。
前世でそんなのを見た時、俺は家で見ろよと思っていた。
人のことに口を出すなと言うのは正論ではあるが、とは言え、そんなに好きならば家で雑音のない素晴らしい環境で見ればいいじゃないかと思ったわけだ。
で、空霜を見るようになっても感覚は変わらなかった。
誰が、会場に入れないのに現地まで行くのかって話だ。
え?いい訳はいい?
そうだね。来たよね。抽選外れたのに。
いや、別にここに来る目的で外出したわけではない。
この前、丹の道にカゲと言ったとき、そのことを話したら死神の子の三人が次は自分と出かけようとせがんできたのだ。
水族館、夏祭り、正直夏休み前だと言うのに俺はおなか一杯になっていたが、こういうことできるのは高校の内だろうと思って出かけることにした。
そして、やって来たのは東京にないが名前に東京の名を冠す某テーマパーク。
流石創作物の世界であるだけ、パチモン臭のある所ではあったが、十分に楽しめた。
それに正直、テーマパーク自体にそこまでの興味を示せるほどの感受性はもう残っていないので、死神の子と言っても今時JKの彼女らが一緒に行ってくれたのは良かったかもしれない。
おすすめスポットや純粋な楽しむ彼女らの存在はありがたかった。
で、二日間の予定だったのだが、手違いで一人分チケットがないことが判明した。
そんなわけで、俺が辞退して、時間が出来たのでそう言えばライブ会場が近いことを思い出して少し覗きに来たのだ。
まあ、何をするでもなくと言った感じで、試しに見たと言ったところだった。
しかし、この場でオンラインでライブを見ようなんて考えてはいなかったので、帰ろうとした矢先に設備がどうたらとかで電車が遅延したらしい。
まあ、帰ろうと思えば、別の手段で帰れるだろうが、どうせすぐ動くだろうと高をくくっていれば、大分長い時間足止めを喰らったわけだ。
で、そうなると帰るにしても時間が掛かる。
てなわけで、どうせならここで見れば雰囲気もあるしいいよねって思ったのである。
しかし、適当な場所で座っていると、マイクが向けられた。
知らぬ間にカメラがこちらに向いていることに身構えていると、質問を投げかけられた。
「今回は、魔法少女空霜のライブにチケットの抽選に外れても来たと言う事ですが──」
何で俺の事情を知ってんだろう。
そんあ疑問を抱く前に、カメラの向こうの方からこそこそと声が聞こえた。
「やばい。さっきインタビューの許可貰って待機してもらってた子。この子じゃないっすよ」
「はぁ!?今更、違いましたでやれねぇだろう。続行だ」
多分マイクにはのってないのだろう。
だが、俺の耳にはちゃんと届いた。
普通にダメでしょ。
え?何で、覚悟決めたようにマイクこっちに向けるの?
マジで、これ俺が言うん?
いや、確かに状況は同じだけど……。
◆
「比果比五子」
誰にも聞こえない程小さな声で、黒墨は声を発した。
テレビ局の中継に移る少女は、認識阻害すらも描けていない比果比五子本人として登場したコフィンだった。
何を考えている?
奴の意図が読み取れない。
狙いは何だ?
態々、自身の身分を晒すような真似をして……。
いや、違う。
そもそも、比果比五子と魔法少女コフィンを結び付ける手段を持つ人間は極めて少ない。
少なくとも、委員会側が認知しているところではないだろう。
黒墨も委員会側の魔法少女であるが、その正体を洩らすことはしてない。
で、あれば、この映像が持つ役割は黒墨のように、コフィンと比果比五子のつながりを知る人間。
そして、その条件に入るのは自分自身であることを黒墨は自覚する。
黒墨に何かを伝えようとしている?
いや、違うだろう。
彼女が伝えているのは読み取れるそのままの情報だ。
魔法少女コフィンが現地にいると言うこと。
問題は、それを夜空である黒墨にだけ伝えること。
それによって、得られるメリットは、一つだけだ。
インターネットを利用できる可能性を持つヒエロクック自身に自らがその場にいると言う情報を与えないこと。
ライブ運営の配信ではなく、テレビ局の電波に姿を現したのは更に念を入れたためだろう。
恐らく中継自体はワンセグがなくとも、スマホ一台あればネット配信も同時に行われている場合目に触れてしまう可能性はゼロとは言えない。
だが、運営が公式でネット番組を組んでいるのを見ずにテレビ局の中継をヒエロクックが見る可能性は極めて少ないだろう。
ヒエロクックは自身の位置情報を追われないために、少なくとも支給した機器を有していないが、万が一を考えれば納得できる話だ。
そして、そこまで考えて、態々事前に奴の行動を予測していたのにも関わらずコフィンがこちらに情報を曖昧にしか提供しなかった意味を察した。
無論坂本の様な裏切り者の懸念もあるだろう。
だが、黒墨本人に伝える際に、ぼかした理由は一つしかない。
このヒエロクックの課題に対している本人が、魔法少女コフィンが解決を行う事。
すべてを出し抜き、自身でのヒエロクックの討伐。
理由は、単純だろう。
コフィンに起こった出来事が起因していると考えれば容易にわかった。
奴の行動原理は、先の死神の子の騒動で死神の子を引き込んだことにより、委員会側からの不信感が募ったことの払拭だろう。
自らが、委員会に敵対する意思がない事と委員会を窮地に立たせたインベーダーの討伐を行うことで信用を回復する。
その証拠に、今回のヒエロクックの騒動にも奴は直接ではないが一枚噛んでいた。
一度目の、ヒエロクックとの戦闘を持って解析の手助けをして、更にヒエロクックの行動予測を黒墨に伝えた。
どちらも重要なモノであり、作戦に大きく貢献していた。
そして、極めつけは、ヒエロクックの討伐。
そこまでくれば、死神の子を引き込んだコフィンへの信頼は上がるだろう。
『フッ。愚問だな。すべての状況を総合的に分析し、イニシアチブを握り、更に離し、また握る。8kmとは、障壁だ。障壁であり障害であり、結果を手繰り寄せるための一助だ。10、この数字が示すとき、すべての意味を知るだろう』
加えてこの言葉も、思い付きで放たれたものではないことがよくわかる。
コフィンが持ちうる情報を先回りして開示しながらも、こちらがその意味に気付くのは後手に回ると言う仕組みだ。
8kmの障壁。
それに気づくのは、奴が滿汐範囲よりもさらに外に出ると言う想定外を目にしてからだ。
そして、そこでやっと公共交通機関を使う可能性に気付いても、すでにこちらが追い付くことはできない。
それらの連鎖は作戦決行時間を過ぎなければやってこない。
10日17時10分10秒。
「10」の数字が示されたときに、やっと気づくことになるのだ。
そして、奴の言葉は同時に作戦通りにことが動いていることも伝えている。
『イニチアチブを握り、更に離し、また握る』
このアホみたいな文言も、敢えてだろう。
文体を崩すことで敢えてそこを強調している。
主導権の数度の転換。
これは、作戦決行からの流れを予言している。
始めは、こちらが主導権を握っているように見えていたが、次にヒエロクックに一杯食わされて後手に回る。
ここまでで、主導権はこちらにすでにないことを表している。
だが、肝心なのは最後に主導権が戻ってきていると言う事だ。
つまり、コフィンの中で逆転の一手があると言う事。
更にそれは、現場に奴がいることが表している。
つまるところ、現状窮地に我々が陥っているように見えているが、それは正確ではない。
すでに、ヒエロクックには彼女が手を打っていると言うことを指していた。