いつまでも落ち込んでてはいけない。
それは、皆に迷惑をかけてしまう。
ここまで活動をしてきて、たくさんのファンの人の暖かな言葉に支えられてきた。
今日だって、SNSには楽しみだと言う声と、声援が送られてきていた。
会場のスタッフだってそうだ。
たくさんの準備をしてくれて、演出案に少し我儘を言っても聞いてくれた。
今日も朝からたくさんの人がリハーサルに関わってくれていた。
一度は、自分の欲に負けて、皆を裏切るような真似をしてしまった。
それでも、気持ちを切り替えて応援に答えないといけない。
「大丈夫……」
そう一言言えば、大抵の事は吹っ切れる。
いつもそうだ。
だから今日も……。
息が切れる。
ダメだ。もっと心配させてしまう。
「少し休みましょう」
ついにそんな言葉を言わせてしまった。
本番のために少しだけ、そう言って慰めてくれるけれど、それではいけないことは分かっている。
だけど、これ以上の無理も出来なくて、一度空音は下がった。
マネージャーが、何かを言っていた。
そして、出ていった。
やることがたくさんあるのだろう。
申し訳ない。
だけれど、言葉も出なくて、そんなことをグルグルと考えていると扉が開かれて誰かが入って来た。
「そらちゃん。珍しく緊張してるって?」
「時々めっちゃ緊張するよね。そら」
その言葉によろりと視線を迷わせると、見慣れた二人の顔があった。
同じユニットの二人、魔法少女月酒と魔法少女天日だった。
彼女たちには、サプライズゲストとして出演してもらう手はずだった。
無理して予定を合わせてもらって、練習もして、彼女らのためにも早く戻らないと。
そう思って、立ち上がろうとして──
「そら。座ってて。まだ時間は大丈夫だってさっき聞いて来たから」
そう言って座らされた。
「ほら、食べもの沢山持ってきたけど……。その様子だと珍しく食欲はゼロか」
山のように積まれた差し入れに手を付けられていない所を見て、そんなことを言われる。
確かに、いつも大量に食べるから差し入れだけでは足りずに、ユニットメンバーが買って来た大量のご飯をかきこむことが多かった。
だけど、今日は全然手が付けられていない。
なかなか珍しい光景に、空音の頭をさすった。
「大丈夫だよ。そら。きっと、始まればいつもみたいに出来るよ」
そんな言葉は優しく寄り添った。
だけれど、そうじゃない。
そうじゃないのだ。
こんなことは話せない。
だけど……。
「そら。話してみて」
魔法少女月酒は、表でも年長者のような役割をおうことが多い。
しっかりしていて大人なのだ。
そして、それは裏でも同じ。本人の気質なのだろう。
それで、つい、そんな言葉に声が漏れた。
本当はこんなことは言うべきではないかもしれないけれど、だけど、ずっと一緒にやって来た仲間だからこそ、空音の声は止まらなかった。
他の人見せられない程弱弱しい声で、すべてを話した。
せっかくメイクをしたのに崩れてしまったかもしれない。
だけれど、鼻水まで流して、打ち明けた。
そして、二人は黙って聞いた後、口を開いた。
「おこちゃまだねぇ」
「なっ!?」
開口一番の予期せぬ言葉に、空音は声を上げた。
必死に話したのに、そんなことを言われるとは思わなかった。
「これだから、魔法少女ってのは不健全なんだよ。……まあ、でも、話したら大分楽になったでしょ」
「そらちゃんを慰めてあげるんじゃないの?」
「この子は、アドバイスとか慰められることじゃなくて、吐露したいタイプだから」
そんなことを言われて、ズビズビと鼻水を啜りながらも少しは楽になった気がした。
「まあ、慰めてほしいってんなら。ライブ前にハッキリして良かったじゃない。もやもやしたままライブじゃなくてさ。……それより、さっきテレビでも空霜のライブ取り上げてるって言ってたよ」
「あー!さっき言ってたね。そらちゃんリモコンある?」
「う、うん」
設置されたテレビのリモコンを催促されて言われるままに渡す。
すると、確かにライブ会場の外でインタビューする様子が映し出された。
ただ、二人が興味深そうにそれを見る中、空音の目は吸い込まれるように画面に向けられていた。
『──そうですね。今からとても楽しみです』
インタビューは途中からだった。
だけれど、テレビの中でしゃべる少女をよく知っていた。
比果比五子。
空音が思いを寄せていた一人の少女だった。
やはり比五子は一人のファンとしてインタビューを受けていた。
当たり前のことだ。
だけど、その当たり前は空音の思いを砕くほどのものだ。
いつの間にか、目をそらしていた。
何でか見ていられなかった。
だけれど、声だけが耳に届く。
『──辛いことがあっても、空霜が頑張っているのを見ると私も頑張ろうって思えるんです』
顔を上げた。
よく聞く言葉だ。
よく聞く、そう思うほどにたくさんの人たちがそう言ってくれる。
たくさんの人がそう言ってくれるから、逆に元気をもらって何度でも立ち上がることが出来た。
ここまで頑張ってこれたのはくじけそうになるたびに、ファンの言葉が届いていたから。
そして、今も応援してくれている。
たくさんの人が態々ライブ会場に足を運んでくれている。
そうだ。
みんなが応援してくれているんだ。
段々と呼吸が落ち着いて来る。
今も、空霜のライブを楽しみしてくれている人が、たくさん来てくれている。
その人たちに、応援のお返しをしたい。
今日このライブこそが、比五子を含む皆へ日々の応援のお返しが出来るのが今日なんだ。
じゃあ、こんなとこで俯いているわけにはいかない。
「よしっ!」
「おお」
「そらちゃんが立った!」
そして、一歩踏み出す。
手に取った弁当を片っ端からかき込んだ。
「……食うんかい」
「元気になったようでよかった」
◆
「駅構内の監視カメラにヒエロクックの影を確認。駅を出た後、人気のないルートを通って会場へと向かっているようです」
「まだ、見つかっていないつもりか」
報告を受けて、ヒエロクックが未だ自身の居場所を特定されていない前提で動いていることを確認する。
カメラは委員会側が確認しなければ、ヒエロクックの特定にはつながらないため、検知器だけを気にして行動しているのだろう。
「だが、どうする。魔法少女が急行しているがわずかに間に合わんぞ」
男たちは、現状に焦りを抱いていた。
どれだけ急ごうと、会場内に入られてしまえば下手に動けない。
出来れば、外で尚且つ人目がない場所で対処をしたい。
ただ、そこに黒墨の声が挟まれた。
「恐らく、大丈夫だろう」
「なに?」
「魔法少女コフィンが現場にいる」
その言葉に、会議室の皆は驚きを隠せない。
そして、そんな面々に報告が入る。
「ヒエロクックは秘匿個体ですので、魔法少女NETにはあげられていませんが、確かに、魔法少女コフィンが上級インベーダーに接触されたと判断され、自動配信が開始しました。映像、映します」
そうして、モニターに映るのは、ヒエロクックと彼女が相対した姿だった。
◆
会場への入場が始まったので、取りあえず邪魔にならなそうな場所へと移動する。
会場に入らないのに列に並ぶわけにもいかないしな。
そんなわけで適当に隅に寄ったのだが、知っている顔を見た。
本当に知っているだけだが。
ついでに言うと人間ではない。
きわめて人間の様な見た目だが、この前頼まれて少し戦った、ヒエロ何とかだった。
インベーダーだし、なんでこんなとこに居んだろう。
脱走?不味くね。
「オイ。コフィン、テメェなんでこんなとこにいる?」
それはこっちのセリフだ。
「せっかく、あと少しだったのに。オレの邪魔すんのか?」
「……インベーダーなら討伐する他ない」
これに尽きる。
何する気かは知らんが、どうせ大量虐殺とかそんなことだろう。
「なら、殺す!」
どうせ殺すんだろうが。
そう思いつつ、攻撃を受ける。
刀をあてがいつつ繰り出される蹴りに蹴りをぶつける。
死角から迫る拳を身体を逸らして避けつつ、奴の上から白武器で槍を落とす。
素早く移動し、それを躱して引き抜いた槍で応戦してくる。
だが、それは悪手だ。
こちらに抜けられた槍は俺を貫く前に霧散していき、隙をつき刀を滑り込ませる。
◆
どうしても、ライブ会場へ行かなければならなかった。
それが、■■■の強い願いであり、ヒエロクックにとっても尚も強まる思いだった。
坂本が、危険を追ってまで、協力をしてくれた。
自分のチケットを譲ってまで、此処まで来るための方法を考えてくれた。
自身のエネルギーの大半はデコイとして残してきてしまった。
力は大分落ちている。
それでも、並みの魔法少女であればどうとでもなった。
だからこそ、この場に居合わせた魔法少女コフィンが恨めしい。
「絶対に、オレは……」
ライブに行く。
だからこいつを倒す。
繰り出される攻撃は脅威だ。
だが、それを避けるのは十分できる。
奴の攻撃手段は主に刀。
大してこちらは素手ではあるが、真っ向から殴るくらいの力はある。
刀を拳で止めて、開いた手で殴る。
避けられるも、こちらには頑丈な尾がある。
奴にはない手足以外の攻撃方法。
それは確実に、体を貫く。
「あ?」
黒く鋼鉄の様な尾に包まれているのは、自分だった。
そう気づくのは、体を見下ろしてからだ。
理解が及ばなかった。自身が放ったはずの尾は、奴の左手に握られた刀に阻まれていた。
そして、自分を貫いた尾は、コフィンの腰のあたりから生えていた。
身体からエネルギーが抜けていく。
身体が分解されていく。
ダメだ。
止まれ。
あと少しだけ。
「オレは──」
行かなければならないのに──。
◆
ヒエロなんとかが以前、尻尾での攻撃をして来たので俺の尻尾作ればいいんじゃねと思って少し前から黒武器で再現をしてみていた。
燃費最悪、俺の技量では完全な初見殺しが精々。
今後は使うことはないだろう。
まあ、なんにしてもヒエロ何とかを倒して一件落着。
オンラインとは言えリアルタイムで見入るからこその良さがある。
なんて思っていたのだが。
「ん?」
不意に封筒が落ちているのを見て拾う。
誰かの落とし物か?
何か情報が書いていないか裏返すと、何か書いてある。
『このチケットは手に渡った時点で貴方の物です。気にせず使ってください。』
「チケット……?」
文言に疑問を抱いて封はされていなかったので、中をのぞくとチケットが入っていた。
空霜のライブの奴だ。
──どうするんだ?
──気にせず使ってって書いてあるけど、怪しいしスタッフに届けるとかしかないだろう。
滅茶苦茶行きたいからありがたく使わせてもらいたいが、少し怪しい。
社会実験の可能性もあるし、電子チケット以外もあった記憶がないので偽物の可能性もある。
はたまた、もっと前に拾った人がいて落とし物と言う可能性もある。
もし、俺がパクっていけない人が居ればそれは良くない。
と思って、スタッフに見せた瞬間、俺は会場に通された。
しかも、ここ凄い良い席じゃない?
事情を説明しても、「なら大丈夫」の一点張りだった。
一体どんなチケット何だろうか。
まあ、しかし楽しむとなれば、最大限楽しもう。
しばらくしてアナウンスがあり、開演する。
開幕歌唱スタートを切ったライブは、オリジナル曲の「幾星霜」が終わり、MCに入る。
彼女は、コーレスをして場を温めたあと、ポツリと語りだす。
「今日のライブをするにあたって、たくさんの人たちの協力と、何より、皆の応援があって開催することが出来ました。……だけど、私は悩むことも多くて、色んな人に迷惑をかけてしまいました。でも、やっぱり立ち直らせてくれたのは、ファンの皆の声で……。だから、今日は私からの、魔法少女空霜からの恩返し!皆が楽しい気持ちで帰れるように、精いっぱい頑張ります!」
「では」と言葉を切った。
「これまでと、そしてこれからと、ずーっと一番のファンでいてくれた皆にこの曲を届けます!」
ステージの上の少女は誰よりも輝いていた。
三章完。