「貴方って魔法少女コフィンちゃんでしょ?」
そんなことを言われたのは、何の脈絡もなく代理マスターである
こんにちは、初めましての次に続けられたその言葉に俺は一瞬呆けることとなった。
何のことですか?ととぼける前に俺の思考は回る。
そして、現状を正確に把握した時、俺はすべてに気付く。
まあ、何のことはない。俺の正体を知っているのは、リヤと言う女性が単純に琴浦と知り合いであり、恐らく琴浦は考え無しに俺の正体を喋ったか、一番可能性として高いのは単純なポカで気取られたとかだろう。
本当はあまり言いふらしたくないが、まあ、このカフェにいると言うことはこれから親しくもなっていくだろうし、爺さんの方のマスターは俺たちの会話が筒抜けているから知ろうと思えば知っているはずだ。琴浦の友達と言う事で彼女のように中二病仲間で、魔法少女なりきりと思われている可能性はあるが。
とにかく、どうせ長い付き合いになれば知られることになるだろうし、現に今質問が飛んできた。
別にとぼける必要はないだろう。
「そうですよ」
「まさか、とぼけないとは思わなかった。お姉さん少しびっくり」
なんか面食らったようにリヤさんは言葉を吐く。
まあ、ちょっといじってやろうとか思ってたんだろ。初対面での距離の測り方がミスっているような気もするが、大学生ってこんなもんかも。
生き生きとし過ぎた集団にいる人間ってちょっと様子おかしいし。
「聞きたいことがあるなら答えますよ。これから長い付き合いになりそうですし」
毎日とは言わずとも爺さんと代わる代わるマスターをしていくと考えると、ほぼ毎日いる俺とは結構顔を合わせる頻度になるだろう。
正直、別の店なら顔を覚えられた瞬間に行かなくなるが、もはやこのカフェに馴染み過ぎてどうせならと言う気分になっていた。恐らくマスターの爺さんが適度な距離を保って接してくれていたことが俺の心情を変えたんだろう。
そんなことを考えつつ、正面を見ると先ほどよりも慎重に言葉を紡ぐようにリヤさんは口を開いた。
「そう。……そこまで。なら、一つ聞いて良いかな?」
「ぜひ」
「どこまで知ってる?」
どこまでとな?
まあ、多分俺の正体だろうが、どうだろ?
琴浦と死神の子ともみじと……。
多分そのくらい。で、彼女が琴浦から聞いていたとして、もみじの事は知らないだろうし言っても仕方ないか。
「あー。これで伝わりますかね?──死神」
「っ!?」
死神の子の正式名称は出すのをやめておいた。
普段の会話ではそこまで気を付けていないが、よく考えてみればあの三人をこの人がどう認識しているか分からない。
普通に琴浦の知り合いとみているのか、死神の子の内情まで知っているのか。
知らなければ、ワードとして言うのはまずいし、知っていればこれだけで伝わるだろう。
我ながら天才と言える。
◆
魔法少女死神。
ネットでは「死神ちゃん」なんて呼ばれていた時期もあったくらいに活躍をしていた少女だった。
そして、数年前に魔法少女をやめてからも、とある使命があって魔法少女やインベーダーと近い場所に居た。
魔法少女の力が使えなくなっても、彼女には力があった。
その力こそ、魔眼を始めとするかつて神秘と呼ばれた力だ。
そんな彼女が偶然にも、祖父の代理でマスターを務めることになったカフェに居たのが比果比五子と言う少女だった。
彼女のことはもとより知っていた。
魔法少女コフィンとして活躍し、多くの謎に包まれた存在。
しかし、リヤは映像で一目見た瞬間に、コフィンにかかる認識阻害を解除していた。
能動的に行ったものではない。
しかし、魔眼を持つ者であれば、視てしまうのだ。
そして、本来魔眼を使おうとも看破しえないはずの認識阻害は敢えて粗雑にかけられていた。
理由は簡単だろう。
魔眼を持つ者にだけ、正体を見せるため。
恐らく彼女は魔眼を探している。
もっと、言えるのは、精霊魔眼を探しているということだ。
そもそもの話、通常の魔眼にはONとOFFが存在する。
故に、魔眼を有していても使用しなければ、瞳の色が変わることはない。
もし、常時発動しているのであれば、日常生活で隠し通すことは難しいだろう。
だが、例外がある。
それが、精霊魔眼だ。
精霊魔眼にもいわゆるONとOFFを定義づけることはできる。
そして、それは実情はどうあれ傍から見れば、その本領を発揮したときだけ瞳の色が変わると言う点を見れば通常の魔眼と通じる。
しかし、表面上OFFの状態であっても精霊魔眼は、「視る」力を有している。
いや、そもそも「視る」と言うのは副次的な力ではあるのだ。
ただ、精霊魔眼は強力な力であるが故に開眼しなくとも、常時その力を有していた。
そして、恐らくそれは精霊魔眼を持つものにしか分からぬことだろう。
そもそも、微弱な「視る」力で看破しえるものなど意図的に作り上げなければ出会うことはない。
故に、精霊魔眼を有するリヤですら、コフィンの認識阻害を見てやっと気づいたほどだ。
恐らく通常の魔眼を持つ者であれば、精霊魔眼までの特定を出来る代物とは思えないだろう。
精々、二種の魔眼を両方を炙り出す手段だと考える。
だが、実際、精霊魔眼でなければ、そうは見破ることはないのだ。
戦闘時や怪しんだ時に、瞬時に魔眼を発動させる注意深さでも持っていれば例外だが。
そして、リヤは精霊魔眼を有していたことで、コフィンの網に引っ掛かった。
その結果、偶然にも邂逅することになった比果比五子をコフィンであると気付くことが出来たのだ。
同時にリヤは考えることになる。
比果比五子がこのような方法を取った理由を。
精霊魔眼を発覚させることができるこれ以上ない方法とも言える手段ではあるが、そもそも、精霊魔眼所有者本人が名乗り出なければ意味をなさない。
そもそも意図に気付いたとして、この方法は警戒させるだけだ。
精霊魔眼を探していると考えれば、この力を欲している理由があるはず。強力な力故に悪用の危険性を脳裏に浮かばせるのは当然の事だろう。
だが、敢えてこの手法を取った。
となれば、狙いはリヤのように精霊魔眼への造詣が深くないもので、尚且つ警戒心が薄い者。
詐欺と同じだ。
多くの人が引っ掛からないだろうと分かるほどのずさんな手口を敢えて使う。
警戒心の強く疑い深い者はまず引っ掛からない。だが、明らかに怪しい手法にすら騙される人間を狙えば、成功率は高まるだろう。
だが、同時に、警戒心の薄い精霊魔眼所有者を食い物にする以外の狙いも考えられる。
それは、保護と言う言葉が一番近いだろう。
本人に知らせる必要はないが、自身が把握しておけば守ること、また、魔眼が暴走して周囲に被害が出る可能性を抑えることができる。
個人でそれを行うのは、委員会まで巻き込むと大人に利用される可能性があるからだ。
そして、もう一つは、すべての可能性を考慮できる人間に対してのメッセージ。
保護の目的までを見抜くことができるだけの精霊魔眼の所有者に対して、協力を持ちかける。
それは、一番最初の段階で行った認識阻害を緩めることによる身分の開示で十分だろう。
自身の身元までを差し出した上で、同じく当事者でありながら精霊魔眼を持つ人間に保護対象への協力、あるいは精霊魔眼の所有者の捜索に協力させる。
これらの狙いがある可能性が考えられる。
しかし、同時に、精霊魔眼の悪用を企ててないと言う証明になるわけではない。
結局は自身が接触して見極めるほかない。
故にだ。
単刀直入に、リヤは鎌をかけた。
「貴方って魔法少女コフィンちゃんでしょ?」
シンプルな質問だった。
しかし、顔合わせ直ぐと言うのは意表を突くには十分だ。
まず、ここまでのリヤの推理間違っていた場合に考えられる比果比五子の回答は「否定」。
これは、知り合いでもない限り、欲求なども踏まえたとして単純に自身の身分を明かすことの利点はないからだ。
次に推理があっていたとして、精霊魔眼を悪用する場合、そして保護等を目的とする場合、どちらにおいてもやはり「否定」だろう。
だからこそ、ここで見るのは回答ではなく、表情、声色なんかを含む仕草だ。
リヤの魔眼は些細な変化も見逃さない。
精度に限度はあれど、十分な情報を視覚から得られるはずだ。
だが。
「そうですよ」
かえってきたのは「肯定」の言葉だった。
有り得ない。
どのパターンであったとしてこれはありえない返答だった。
しかし、動揺を悟られてはいけない。軽口を言うように言葉を返す。
「まさか、とぼけないとは思わなかった。お姉さん少しびっくり」
冗談めかしているが、実際、思考が纏まらないでいた。
目の前の少女の狙いが分からない。
何を考えているのか、何を狙っているのか。
考えてないと言う可能性もない。
考えていなくとも、結局のところ答えは「否定」であるはずだからだ。
答えが出ぬままに、続けられたのは比果比五子の声だった。
「聞きたいことがあるなら答えますよ。これから長い付き合いになりそうですし」
少女の細い首にかけていたと思っていた死神の鎌はいつの間に、自身の首にあてられていて血をにぎませているような気がした。
比果比五子の発言でやっとわかったのだ。
すべてを見透かされていたことに。
それを長い付き合いになると言うリヤの考えを把握してなければ出ないはずの言葉が発せられてやっと気づいた。
気取られる前に鎌をかけたつもりだった。
初対面、単刀直入に言えば、盤外から責められたことと何ら変わらない。
だが、彼女は、盤上に居るふりをしながらも、盤外の動きを完全に把握していた。
今リヤは、少女が張った罠に引っ掛かっていたのだ。
偶然故に、意志の介入する隙のない邂逅。
にもかかわらず、少女はリヤの魔眼について気付いていたのだ。
だからこそ、最初の回答は「肯定」だった。
偶然、今顔を合わせるまでリヤすらも知らなかった比果比五子の存在、故に即興で立てた作戦は悟られる余地はなかった。
だが、それでなお比果比五子がこちらの状況を完全に把握していたとしたら、「否定」する理由はない。
駆け引きの必要もなく「肯定」の一択しかないのだ。
「そう。……そこまで。なら、一つ聞いて良いかな?」
「ぜひ」
つい観念したような声を出したリヤに比果比五子はやはり何でもないように言葉を返す。
この質問も予想通りと言う事だろう。
だから、もうすでに奴の手のひらの上と自覚して、大胆に質問をした。
「どこまで知ってる?」
言い換えれば、何処まで把握していると言う言葉だった。
神の気まぐれで起こった邂逅。
それすらも、彼女の手のひらと言うのならば、何処まで見通しているのだと。
「あー。これで伝わりますかね?──死神」
「っ!?」
そんな反応をしてしまったことを誰が責められるだろう。
リヤは、そう思った。
比果比五子は、すべて知っていたのだ。
自身が罠として張った精霊魔眼についての事だけではない。
それを所有しているのを見切った上で、それ以上の情報を看破していた。
死神。
それは、本来知りようがない情報だ。
魔法少女死神は、数年前に活動をやめている。
それでも、彼女はその名を出し、自身がそこまで見抜いていると表明した。
そこに座るのは見た目通りの少女ではない。
後先考えずに金髪に染めたわけでもないのだろう。
どこまで暗く、こちらが覗こうとすれば、すべてを見透かす深淵のような存在。
リヤにはそう思えてならなかった。