晩年F級魔法少女。
そんな陰口をたたかれたのが昨日の事だ。
相手はC級魔法少女でかつては同じF級魔法少女の先輩としてアドバイスをした関係でもあった。
しかし、それは遠い昔、彼女がF級であった期間などランキング変動のない最初の一か月だけ。
相手は、魔法少女零にアドバイスを受けたことすら覚えていないだろう。
今ではきっと目障りな先輩気取りの相手くらいにしか思っていない。
そして、そんな少女に今日も絡まれた。
C級の彼女に限らず、そんなことは日常茶飯事。
長い期間F級に居座っていることと本人の性格が災いしてトラブルは絶えない。
だから、いつものように無視を決めこもうとしていれば囲まれて物理的に行く手を阻まれた。
そこで浴びせられたのは、F級のくせにA級と仲良くするのはおかしいと言う嫉妬交じりの文言だった。
零の心当たりを探れば、恐らく秘密混成部隊の面々と街でばったり会ったときのことを誰かに見られて噂にでもなったのだろうと推測した。
秘密混成部隊の彼女は、ランクのバラバラな部隊である「蛇」の隊長を請け負っているが、それは公にはできない。
加えて、表向き全くの関係性を保たずに接触と言う手段を取ることも出来なかった。
本来であれば、完全に交流を断って任務時だけに組むことも出来ただろう。
だが、魔法少女と言う特性上、力を振るうには変身が不可欠だ。
魔法少女零のコスチュームは派手派手しさのあるものではないとはないとは言え、誰かに目撃されてしまえば容易に身元は割れてしまう。
だからこそ、敢えて普段の行動に制限を設けることなく他のメンバーとの接触を行っていた。
変身を解いて接触すれば、端からバレる心配はないが、偶然を装って偶々現場に居合わせることのある知り合い程度の認識を持たせておけば、実際の任務時に目撃されても過度な注目を浴びることはないだろう。
それに、C級の彼女も適当な理由続けに今回の事柄を利用しているだけで、本来此処まで注目を集める者でもないのだ。
だが、それでも零の本質は短気であり、一度我慢しても囲まれてしまえば強い言葉が出た。
これでも、かつて”先生”に言われた言葉を思い出して自制している方ではあった。
そして、そんな不運あって、やっと切り抜けて変身を解く。
変身を解いても少女の髪色は変わらず白い。
生まれつきのもので、幼いころにはこれも他の人とは違うと言う意味でトラブルの種になって来た。
だが、変身を解除し認識阻害を解けば、他社から見れば別人である。
魔法少女零とは認識するものは誰一人いなくなり、少女は只の浅見雫になった。
そうなれば、インベーダーや魔法少女的なしがらみとは一線を引いて、平和が訪れる。
このシステムがあるおかげで、多くの魔法少女たちは心の安寧を得ている。
だけど、そんな魔法少女たちの中で、浅見雫は例外と言えただろう。
本人の、気質は敵を作りやすく、それは生身でも変わらない。
常に気を張って歩き、小さな体を舐められないように無意識に勤めていた。
秘密混成部隊の隊長である意識も少しは影響していたが、これらの彼女の持つ警戒心は元来の物だった。
そして、そんな警戒のおかげだろうか。
自分が付けられていることに気付いた。
本来であれば、これを付けられていると言う表現はしないだろう。
人が肉眼で監視を続けてついていくのであれば、少々遠すぎる距離だからだ。
だが、それを何故尾行と判断しかたは、単純明快相手が魔法少女であるからだ。
魔法少女の変身は身体能力の向上をもらたす。
そして、それはF級にくすぶる雫ですら、十分な恩恵を与えるほどだ。
身体能力の向上の内には視力も含まれている。
それは、つまりその距離からでも尾行は可能と言うことを示していた。
設置されていたミラーや、様々なモノの反射を使って観察した相手に少女はそこまで推測した。
そして、確信を得たからこそ雫はその場に止まった。
「いつまでついて来るつもりだ」
翻ることなく発した言葉は「気付いているぞ」と言う警告の意味で発したものだった。
態々つけて来る目的は分からない。
だが、先ほどのC級の少女に頼まれて間接的な報復が目的である可能性。
そして、どこかで反感を買った者たちの襲撃の一つと予想を付けていた。
「……話がある」
しかし、その言葉が以外だったのは、対話を望む意思を表したからだろう。
だが、それ以上につけられていた相手が、魔法少女コフィンであったからだろう。
「魔法少女コフィン……」
彼女とは以前対立する形で接触していた。
ガーディアンの端末であるプロフェットの筋からの命令により、彼女とは敵対していた。
死神の子が深くかかわっていたその任務で、自身の部隊である「蛇」と魔法少女逆鳴の部隊である「虎」と協力して奴の捕獲を企てた。
狙いは死神の子の弱体化と有利な土地、そして罠を張った場所への誘導。
本来であれば、S級魔法少女を相手にすると同義である相手を無理やり、彼女らを先導したと思われる魔法少女コフィンを人質にすることで本来の力を封じ込んだ。
そして、主導権をこちらが握ることで、A級魔法少女2位たる魔法少女龍幻と当時協力者であった一人の死神の子の奇襲を狙う作戦を実行した。
しかし、結果的にはすべては魔法少女コフィンの策略。
わざと摑まり、何らかの方法で死神の子に施設の所在を内通。
死神の子の二人が乗り込んだ時点で自力での脱出をしていた。
協力者であった死神の子の彼女自体は、実際本当にこちら側に寝返っていたのだろう。
だが、それも彼女が難なく囲い込んだ。
そして大胆にもそれを宣言するような動画を関係者に流布すると言う暴挙に出ていた。
それを、雫たち秘密混成部隊の指揮を務める加覧がどのようにして委員会が対応するか、そして、コフィン自体どのようにして収束させるつもりがあるのかと言う疑問を洩らしていたが、それもすでに解決されていた。
先の秘匿事案である局所的な範囲で起こった異例の滿汐。
これによる多大な貢献をコフィンは行い、決着まで自身の手で付けたことで委員会からの信頼の回復を行っていた。
本来の意味での信頼の回復ではないだろう。
だが、少なくとも表向きは、コフィンに対して委員会は再評価を行う以外に方法はなかった。
そして、そんな事情を雫は把握していた。
秘匿されていた事態ではあったが、実際、秘密混成組織は今作戦に絡んでいたこと、そして現場ではないがこれに関わる細かな工作を行っていた為事情を把握していた。
それを踏まえて、コフィンが接触してきた考え得る理由はいくつか考えられるが、有力なのは報復だろうか。
現在委員会はコフィンの評価を改めている。
そして、それはコフィンが自分を狙った秘密混成部隊のメンバーを排除可能になったことを意味している。
無論、その条件に全員が該当するわけではない。
だが、表向きF級の雫であれば、出来ないこともない。
そもそも、トラブルが多いために狙われることは多い。
秘密混成部隊の関係者は魔法少女零が襲撃されれば、恐らく容疑者にコフィンを上げるだろうが、委員会はそれをできない。
そもそも、魔法少女同士での諍いで容疑者にコフィンが出て来ると言うのは、普段トラブルを起こすような相手でまず魔法少女零に勝てる者はいないからだ。
加えて、表向きにコフィンを容疑者として挙げた場合、秘密混成部隊まで公になる可能性がある。
そして、一番の懸念は、奴が死神の子を使う可能性だ。
あれだけの戦力を三個体も使役できるとなると委員会の対応も難しくなる。
滿汐時でなければ、そもそも気にすることなく最大火力を出すことができない。
双方が戦闘すること自体は問題ない。だが、エネルギーの衝突は本来以上の影響を及ぼす可能性は十分にある。
それがなくとも、市街地での戦闘とあれば滿汐時は避難が済んでいるが、人の居る状態での戦闘になる。
それぞれの可能性とF級であり秘密混成部隊に入った以上契約上任務において被る被害に雫は同意ししている以上、明らかに委員会はコフィンとの軋轢を生まない選択肢を取ると言うのが考えられることだろう。
つまり、今のこの時点でコフィンが魔法少女零に対して攻撃を行おうとも容認される可能性が高い。
むしろ完全に殺してしまった方がすんなりと物事が進むだろう。
だが、それでも奴は「話がある」と言った。
これを会話ととるか、どこか人目のない場所へおびき出しての襲撃と考えるかは判断しえないことだ。
だが、この状況であれば、自身の身の安全を確保しつつ状況の打開を図る方法を問うべきだろう。
雫は続けて言葉を発した。
「……わかった。場所を移そう」
ここで条件となるのは、二人きりにならない場所だろう。
衆人環視の元で、自身の身の安全を確保する。
こちらからの攻撃は出来ない。
出来ても反撃。だが、後手に回るのが確定している時点で回避は出来ないだろう。
ならばやはり、人の多い場所に行くべきだ。
だが、今は平日の午後。
人の多い施設はそこまで多くない。
だが、この近くにあるファミリーレストランであれば違うだろう。
どの学校もテストが近いこの期間。
あの店の近くにある学校は、生徒の意欲も大きく勉強のために入店している者も多いだろう。
この時間帯で、最適であると考えればそこ以外ない。
そして、コフィンが難なく承諾したことで、近くのファミレスに入店した。
店内には予想通り学校帰りの学生の姿がちらほらとあった。
他の席へと意識のあるなしは関係ないそこに人がいると言う意識がコフィンの行動を抑制する。
そして、仮に攻撃等を受けたとして、周りの者が気付かないと言う可能性はない。
雫はコフィンと顔を合わせるように席に着き、口を開いた。
あくまで主導権はこちらが握る。
「用件を聞こう」
コフィンの一挙手一投足に目を配りつつ話を始めた。
「魔法少女朝桜について知っているか?」
だが、コフィン口から洩れた名前は予想だにしないものだった。
魔法少女朝桜。そして、コフィンとも交流の多くあるとささやかれている少女だ。
だが、何よりその名前を聞いて雫が思い浮かべるのは、精霊魔眼の単語だった。
赤の魔眼、そう呼ばれる魔眼の所有者だと知っていた。
そもそも、魔法少女コフィンと接触する以前から朝桜の事は知っていた。
今年の「滿汐1号」におけるプロフェットの作戦によって、観測されていた精霊魔眼の所有者の発見を行っていた。
そして、取られた方法は酷く強引で精霊魔眼の特性を利用した宿主を攻撃して傷を負わせることによるものだった。
その作戦時、プロフェットは二次被害を考えて秘密混成組織を内密に派遣していた。
精霊魔眼の特性は宿主が過度な損傷を受けた際、一定範囲内の魔力反応を頼りに攻撃が行われる。
故に、遠方からの観察にとどめられていたが、その任務の際に事情はある程度把握していた。
だが、態々そこまで話す必要はない。
端的に、「知っている」と返してストローを加える。
グラスは暑い夏と言う事もあって結露により、表面を水滴が伝う。
そして、グラスに触れた雫は魔法「空位」を発動する。
変身をせずに魔法を発動させる力業。
魔法能力の乏しい魔法少女零が独自に会得した非変身状態での魔法の発動。
通常消費量の何倍もの魔力を食う事、そして、本来の魔法能力が低いことにより成立できる荒業。
恐らくこれを出来るもの。そもそも可能だと知るものは魔法少女の中でも雫ひとりだろうと本人が考えているほどだ。
そして、彼女の魔法「空位」は指先から水滴状のそれを落とすことで様々な情報を得ることができる。
水面に波紋を作るようにじわじわと広げその中の物を感じ取る。
これを、グラスの結露に紛れ込ませて発動した。
例え対面の彼女が魔力を視認できる魔眼を持とうとも、これに気付くことはできないだろう。
グラスを伝った「空位」はテーブルに水滴を落とした。