「彼女について、頼みたいことがある」
対面の少女はそう言った。
だが、雫に対して放たれたその言葉は依頼の打診ではない。
表面上は依頼をするかのような言葉の出だしではあるが、そうではないとわかっている。
背後の死神の子は要求をのませるための凶器。
言ってみれば、頭に銃を突きつけられているのが現在の雫の状況と言えた。
いや、銃であったらいくらかマシであったかもしれない。
それほどまでの過剰戦力によって、重圧をかけられていた。
「詳細は?」
聞かなければならないだろう。
会話をしているようでそうではない。
目の前に座るコフィンの思うがままの行動をとらなければならない。
委員会の裏の顔とも言える秘密混成部隊の一人でありながらここまでの人物と相対したことはなかった。
「朝桜の特訓を依頼したい」
「特訓だと?」
そもそも、コフィンからの要求には確定できるほどの一切の予想はついていなかった。
だが、今彼女が特訓の二文字を明示しても新たな疑問符が浮かぶだけだ。
その言葉の裏に何があるのか頭を回してみても、答えが出ない中でコフィンは続けた。
「彼女に戦闘技術等を教えてほしい。目安は……そうだな。A級中位相当の実力をつけてほしい」
「A級だと……?」
コフィンから提示された条件は魔法少女朝桜の実力をA級中位に引き上げること。
それは、簡単に言い退けてしまうものではなかった。
そもそも今の朝桜のランクはC級。確かに類を見ないほどの快進撃を続けている彼女だが、それでもA級と言うのはS級を除く魔法少女のトップだ。
どれだけ才能があっても、雫が助言すればランクが上がるなんて簡単な話ではないのだ。
それは、実際にA級に自身の名を並べる彼女だからこそ分かっているはずだ。
だが、それでも、朝桜にコフィンは可能性を感じていると言う事だろうか。
「理由は……?」
だが、何よりも、その意図が気になった。
態々、秘密混成部隊の人間に接触してまでの依頼。
となれば、手段を択ばないだけの理由があるはずだ。
「大したことじゃない。ただ、急を要する理由ができただけだ」
急を要する理由。
つまり、朝桜をA級相当に押し上げるだけの理由があると言う事だ。
そして、それはコフィンが態々自身のツテを使い行動するほどの物。
だが、これ以上の深追いは彼女も許さないだろう。
会話の様な形式を取ってはいるが依然として状況は変わっていない。
雫はここで質問を切り上げた。
「依頼については了解した」
「そうか。なら、報酬の話だが──」
「それについては大丈夫だ」
コフィンが表向き取っているのは依頼の打診。
だが、背景にはこちらを脅して言うことを聞かせていると言う事情がある。
故に、今行われている取引は、彼女の打診に対して「安全」と言う報酬を雫が得ると言うもの。
この場から安全に離脱することを条件に、コフィンの要求を呑んでいると言う図式があるわけだ。
そして、それは向こうが仕掛けているのだから、コフィンは分かっている。
それでも、会話形式の上での確認だったのだろう。
だが、それも、雫が会話を遮るのを予想してのこと。
本来、存在しない報酬についての話をする機などサラサラないのだ。
しかし、要求を受けると言えど、一つ懸念があった。
「だが、やるのは良いが、保証は出来ねぇぞ。あくまでF級魔法少女の私に他人をA級にまで押し上げるほどの技術があるとは言えねぇしな」
「いや、大丈夫だ。諸々の事情込みで頼んでいる。意味もなく手を抜いたりしなければ十分だ」
「わかった」
実際、自身がF級から脱せずにいる現状で他人をA級にまで押し上げると確約できるほどの自信はなかった。
雫自身態々好き好んで今のランクに甘んじているわけではない。
無用なトラブルのもとになるランクを上げることができるのならばとっくに上げていると言うのが本音だった。
だが、コフィンはそんな雫を前にしても、淡々と言葉を重ねた。
◆
まあ、こんな所で良いだろ。
もみじもやる気十分だし、F級とは言え秘密混成部隊の魔法少女零が手伝ってくれるとなればきっとA級も直ぐだろう。
実際、A級に名を連ねておきながら交友が少ないから俺はあまり詳しく難易度を知らんが行けるだろ多分。
何たって主人公だしな。
持たざる者としてくすぶっていたもみじのことを考えると成り上がりもの。
どうせA級にもなるし、魔法少女王にもゆくゆくはなる。
てなわけで、ファミレスで魔法少女零と別れて俺はカフェに向かった。
「ヒツギちゃん。どうぞ。サービス!」
「いや、悪いっすよ」
珈琲片手に笑顔を向けて来るリヤにそう返す。
一度や二度ならともかく彼女が来てから毎度無料で提供されている。
無論一杯でカフェに居座ることはないために、お金自体は使っているが正直気になるところもあった。
まあ、マスター爺さんに逐一連絡して確認を取ったりしている姿を見ると勝手にサービスしているとかではないだろうが、どちらにせよと言う話であった。
「気にしないで。私が早く珈琲を上手く入れられるように練習で作ったものだから」
「まあ、そう言うのなら」
珈琲に口を付ける。
普通にうまい。
しかし、一度目の邂逅からのリヤの俺に対する甲斐甲斐しい接し方には気になるところがある。
まあ、悪い気はしないが、何を考えているのか分からない人物だ。
◆
リヤは、今日も比果比五子に笑みを浮かべた。
そして、絶対に機嫌を損ねてはならないと自分に言い聞かせた。
どこまでも、底の見えない相手。
そして、やはり精霊魔眼の映す情報は依然として変わらない。
普通の少女だ。
だからこそ不気味。
それに、彼女の佇まいを観察していると非変身状態でも、超人じみた所作を取ることがある。
恐らく何らかの状態で、彼女は魔法少女の弱点の一つである非変身状態の脆弱性を克服している。
と、そこまで考えれば現状すべての魔法少女の中で一番の脅威に思えてならなかった。
S級魔法少女と言う規格外。
そんな存在ですら、変身を解けばただの少女に変わりはない。
消すことのできない弱点が存在するのだ。
だが、それを比果比五子は持ち合わせていなかった。
魔法少女コフィンであるから脅威なのではない。
比果比五子そのものが、脅威なのだ。
彼女を崩すのは不可能と言えた。
敵対意思はなく、普段から貢献の意思があると無意識化に刷り込むように行動する。
その積み重ねこそが、危機に陥った時きっと自分の首の皮を一枚つなげると信じて。
そんな緊張感に身を浸しているとき、比果比五子は口を開く。
「しかし、もみじの件。これでうまくいくと良いけど」
「お友達の話?」
聞きなれない名前を呟くように洩らした比五子に対してリヤはそう問い返した。
無論、これは“独り言の体”だ。
恐らく、共有すべき情報を偶然の会話として出力して広げることによって、自然と自身の情報を開示する。
人に聞かれる心配はないが、これが癖であり、恐らくこういった手法が必要になる状況を想定して普段から使うのだろう。
「ん?ええ、まあ。知り合いの件でとある人に訓練を頼んだんですよ。魔法少女朝桜って子なんですけど」
「なるほどね」
訓練。
そして魔法少女朝桜と言う名前。
リヤも名前を知る魔法少女朝桜に訓練を付ける。字面通りだろう。
しかし、それを伝える意味があった。
そのはずだ。
「っ」
そしてすぐに思い到る。
そもそもこれは前提から考えなければならない。
今の状況だけを抜き出せば、比果比五子がリヤに対して会話を振るように情報を伝えた。
そもそも二人の関係は精霊魔眼により、繋がっている。
つまり、それを前提としたものだと言うことだ。
そして、特定までできていないが今年の4月「滿汐1号」において精霊魔眼の反応をリヤは感じ取っていた。
その時に、持ち主の特定を試みた。
あくまで暫定ではありながら、上位インベーダーと相対した時に行われる緊急配信のシステム障害。
そこから、導き出した幾人かの候補の中で最も可能性のあるものとして魔法少女朝桜を挙げていた。
つまりだ。
比五子の情報により、魔法少女朝桜が精霊魔眼を持つことは決定的になったと言うわけだ。
だが、もちろん話はここでは終わらない。
キーワードは無論「訓練」と言う二文字にあるだろう。
ここまでの情報を総合し、純粋に考えれば、精霊魔眼を持つ魔法少女朝桜に訓練を付ける、と言う話だろう。
では、なぜ訓練を付けるか。
考え得る理由は、いくつかあるが、まず、朝桜の力を高めたいと言うのが大前提だろう。
だが、朝桜との交流が比五子は以前からあると言うのは噂される話だ。
そして、実際の素振りからそれは相違ないと受け取れる。
では、なぜ力を付けさせたいか。
その問いの答えこそが、彼女の真意だろう。
精霊魔眼を持つ朝桜に力をつける理由は、そう多くない。
確実なのは、朝桜が更なる脅威に対応しなければならない事だろう。
自ら赴くか、自衛のためかは判然としないが、少なくとも彼女に今のままでは対処できない交戦の可能性がある。
そして、それは確実に精霊魔眼が関わってくると言う事だ。
であれば、考え得るのは精霊魔眼を手に入れようと画策する勢力の存在。
魔法少女統括管理委員会の会長と副会長。そしてプロフェット。
この三勢力は、確実に精霊魔眼を欲している。
だが、「滿汐1号」で大々的に朝桜の精霊魔眼所有の情報が三者に行き渡ったと仮定すれば、すでに彼女をめぐる表立った動きはなりを潜めているだろう。
旧中央魔術結社、旧瑞穂の会。この二つの組織出身の二人が頭を務める故に派閥争いは存在しているが、プロフェット含め表向きは手を取り合って委員会の運営を行っている。
秘密裏に精霊魔眼を手に入れることは出来ても、白日の下にさらされてしまった以上、明確な敵対の意思を表すような手段を取ることはできないだろう。
で、あれば、委員会内部以外の勢力がことを成そうとしていると考えるべきだろう。
かつて台頭した二つの組織は手を取り合い魔法少女統括管理委員会となった。
だが、その時代に存在した神秘者組織は無数にあった。
ガーディアンの介入により理が書き換えられて久しく、すでに彼らの「術」すらも成立しない現代ではあるが、リヤは少なからずその存在を知っていた。