「捨てる……?」
零の言葉を復唱するようにもみじは呟いた。
コフィンを捨てる。
その言葉を飲み込もうとして上手くいかない。
「お前の動きはコフィンありきだ。相手に隙を作る動きをとっても、それをお前は生かせない」
零は無慈悲にも言葉を続けた。
心当たりはあった。
あの日彼女に助けられてから、目標は魔法少女コフィンだった。
肩を並べて戦いたいと思ったからイメージするのは常に彼女との阿吽の呼吸で連携を取る自分だった。
だから、一人で戦っているときでもコフィンの幻想を追っていた。
常に、想像の中のコフィンを追いかけていた。
「コフィンにお前の訓練を付けろと依頼されたときに、聞いたぞ。コフィンに追いつき、そして追い越す、だったか?」
それは、コフィンに──比五子に直接宣言した言葉だった。
もみじのためにランキングを停滞させる比五子にそんなことはしてほしくないと、だから絶対に追い越して見せると宣言したのだ。
「リスクを承知で私に依頼をしたコフィンに嘘をついていないのなら覚悟を示せ。もう一度言うぞ。お前の中のコフィンを捨てろ」
「──っ」
もみじの口からは肯定も否定も出なかった。
ただ、自身が甘えが答えを喉につっかえさせた。
コフィンを捨てる。
自分がゴールだと、理想だと認識していたものを、その一切を捨てる。
はいそうですかと、出来るようなことではなかった。
(……でも、やらないと)
頭ではわかっている。
比五子が態々おぜん立てをしてくれた。
彼女の優しさ以上に、もみじの気概を買って環境を整えてくれた。
だからこそ、彼女の思いに答えなければならない。
答えなければならないのに……。
「はぁ、仕方ない。今日はここまでだ。大体の実力と課題が見えただけで良しとしよう」
そして、もみじの様子に何を思ったのか、零はあっさりと終わりを告げた。
それをもみじは引き留めることも出来ずに、暫くその場に立っていた。
もみじも暫くして、帰途に着いた。
思考はずっと零の言葉について回っているが、そんなことは関係ないと要請が入る。
「C級」
ランキングが上がったことで、自身に割り振られるインベーダーの脅威度も上がっていた。
情報を確認して現場に急行する。
そもそも強くなるのは、人を助けるためだ。
少し躓いたのに気を取られて、討伐に支障が出れば本末転倒だろう。
もみじが要請を頼りに現場に突着したとき、まだインベーダーは民間人と接触していないようだった。
被害が出る前に到着できたことに胸を降ろす。
「今のうちに、やっちゃおう」
一人そう呟いて変身する。
朝桜はステッキを構えた。
そして、ふと零の言葉を思い出す。
『お前の戦闘から魔法少女コフィンを捨てろ』
「意識から、消す」
いつも戦うとき、無意識に魔法少女コフィンの姿を投影していた。
まるで肩を並べるように朝桜の横に立っていた。
それを、意識して消していく。
「──」
そして、目を開けば想像のコフィンは消え失せていた。
だけど……。
「あ、あれ?」
自分の脚が震えていることに気付く。
おかしい。そんなはずはない。
恐怖はとおの昔に忘れたはずだった。
比五子にアドバイスをもらって、克服したはずだった。
でも。
「っ」
途端に自分は一人で戦っていると言う意識を植え付けられたように、脚は動かなくなった。
インベーダーは、こちらを見ている。
今にもとびかかろうとしている中で、こんなことでは満足に戦えない。
(動け、動け、動かないと!)
心の中でどれだけ唱えても、脚はすくんで動かない。
インベーダ―はついに四足を急激に回して接近する。
一瞬だった。それでも、普段の朝桜ならば容易に避けることは容易い。
だけど、体は動かなくて……。
「手伝うわよ!」
後方から飛んできた、何かがインベーダーに直撃した。
それは槍のように鋭利に変形したステッキだと気付いた時には、それを投擲した本人が視界に収まる。
見慣れない少女。きっとA級などの魔法少女ではないのだろう。
しかし、インベーダーに刺さったステッキを抜き、そのまま攻撃を入れることでいともたやすく討伐を完了させた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
差し出された手を握る。
しかし、手を貸した少女は一瞬目を細めて「なんだ。C級じゃん」と呟いた。
「え?」
「はぁ。助けて損した」
そう言って離された手に朝桜は尻もちをついた。
「──っ」
「それに、今月の9位じゃん。インベーダーの目の前で呆けて……私、こんな奴に負けたの?」
「負けたって?」
ぼそりと呟かれた言葉に思わず朝桜の口は開いた。
その言葉に少女は苛立ちをあらわにする。
「自分より下の奴には興味ないってこと?どこまでもバカにして」
「そんなつもりじゃ」
「そう言う事でしょ。C級10位の顔も知らずに誰ですかって言ってるようなものでしょ。……まあ、A級に媚び売っとけば他はどうでもいいのかしら。SNSで見たわよ。魔法少女コフィン、だっけ?さっきの様子を見ると今のランキングも媚び売って不正してあげてるのだろうし。……こっちはずっと努力してやっと一桁になれるところだったのに」
「そんなことしてない……!」
「口では何とでも言えるわよ。……でも、私はアンタみたいに媚び売ってズルするような人間は絶対に許さない」
少女は朝桜を睨んでその場を去った。
◆
魔法少女零にもみじの訓練の依頼を取り付けてみたものの、実際本人が乗り気でなければ意味がない。
だが、俺が確認を取ってみればもみじはやる気のようですぐに承諾してくれた。
となればもう安心だ。
俺は、もみじが一回りも二回りも大きくなって帰ってくるのを待つだけだ。
「あっ!ヒーコさん!実はお話が!」
今日も今日とてカフェの店員のはずの琴浦レンズは俺の対面に座って念仏を唱え始める。
そして開いた席には死神の子の三人が座り、何かを言い合っている。
そんな様子をカウンターからリヤが眺めていた。
最近はこんな光景がすっかり板についてきていた。
とは言え、琴浦の相手をしている余裕はなかった。
ティナに琴浦を押し付けて俺はノートを開く。
テストが近い。それが終われば夏休みに突入するのだが、少し焦らなければいけない気がしていた。
中間テストは結構出来ていたとは思う。別に特段出来たわけでもないが、焦るほどではなかった。
だが、授業を受けていて思ったのだが、ギアが掛かって来たのを肌で感じていた。
つまり、結構頑張らないと不味い。
少なくとも前日の付け焼刃では赤点まっしぐらを予感していた。
まあ、幸運なのは成績優秀だと言うキイナがいる事だろう。
教えるのが特別美味いわけではないが、俺が知らないことを基本知っているので、彼女がノータイムでアドバイスをしてくれれば問題を解くためのとっかかりとなった。
対して、ヒナリは突出して成績が良いわけではないが、教えるのが上手いと感じていた。
ティナは琴浦係、滅茶苦茶助かっている。勉強に関しては、多分、キイナとヒナリのいいとこどりみたいなスペックだろう。
「ところで、比五子ちゃん。今回のことはどう見てるんですか?」
俺が少女たちのことを考えていると、不意にヒナリが口を開いた。
今回のこと……テストについてだろう。
「まあ、ボチボチかな。始めたばかりでまだ見通しはつけにくいしな。出来れば、四日後を目安にひとまずの区切りとしたいけど」
「四日後、ですか?」
疑問符を浮かべたヒナリにこちらも首を傾げそうになるが、そもそも俺のテストの日程など正確に把握しているわけがなかった。
「まあ、四日後に始まるからな。終わるのが……あー。三日、いや今回は四日か。となると終わるのは八日後かな」
「なるほど……」
「とは言え、問題は四日の内、三日目か」
面倒な教科が集まっているのを思い出して身震いをしそうになる。
どういう基準で日程を作っているのか知らんが、もうちょっと分散させてほしい。
無理なのは承知だが……。
そんなことより、俺の声を聴いた皆が押し黙った。
どゆこと?
俺の学力と残りの日数を考えると絶望的とでもいうのだろうか。
いや、でも、ここ数週間ちょっとずつだが勉強をちまちま続けているのでそれはないと思いたいが。
◆
綾谷もみじ。
魔法少女朝桜に比五子は訓練を付けると洩らしていた。
ファミレスでの盗み聞きだけではない。直接彼女が雑談でもするかのように話したのだ。
そして、朝桜の力を上げるための理由として考え得るのが、彼女の戦闘の可能性。
推論を重ねていくうちに、精霊魔眼とのつながりが浮かんできた。
つまり、精霊魔眼が関わる闘争が行われる可能性があると言う事。
そして、それについての詳細を聞こうと比五子にヒナリは問いかけた。
「ところで、比五子ちゃん。今回のことはどう見てるんですか?」
どこまで掴んでいるのか。そんな甘い認識から出た言葉だった。
だが。
「まあ、ボチボチかな。始めたばかりでまだ見通しはつけにくいしな。出来れば、四日後を目安にひとまずの区切りとしたいけど」
帰って来た言葉は酷く具体的なものだった。
朝桜の訓練についての進捗を「まだ見通しがつけにくい」と言い、まるで何かあるかのように四日後を目安として区切ると言い放った。
一瞬呆けそうになる。
比五子には何が見えているのか?
どこまで見通しているのか?
疑問は尽きない。
「四日後、ですか?」
そう思わず聞き返した。
朝桜の訓練は始まったばかりだ。
それなのに四日間、たったのそれだけの時間で成果を求めているように見えた。
だが、彼女が急ぎ手配した訓練でも十分な時間を確保できていないと言うのだろうか。
それとも、綾谷もみじにそれだけの力があると確信している?
考えを巡らせてみるも答えは出ない。比五子は続ける。
「まあ、四日後に始まるからな。終わるのが……あー。三日、いや今回は四日か。となると終わるのは八日後かな」
「始まる」そう言葉を口にした比五子にヒナリは目を見開く。
何を?いや、確実に精霊魔眼を取り囲む闘争だろう。
そして、その収束も四日の内にされると見通しを立てているようだった。
「なるほど……」
比五子の言葉を聞いても、そんな気の抜けた返ししかできなかった。
思考の次元が違う。
単純な思考力ではない。
比五子だって、天才と呼ばれるほどの頭脳があるわけではないのだ。
だが、情報をいち早く集め、仮説を立てて予測する。
それだけで、出力される情報は誰よりも先を行く。
「とは言え、問題は四日の内、三日目か」
思考が纏まらない面々を前にして、何か気がかりがあるように比五子は呟く。
ぼそりとそんな言葉が呟かれたとき、誰も聞き返すことが出来なかった。
それほどまでに比五子の見る世界の一端に触れて、驚愕し、言葉が出せずにいた。