こんなはずじゃなかった。
頑張ろうって思って、立ち上がったはずだった。
それなのに……。
「私は……」
ずっと比果比五子の幻想を追っていた。
一人で戦っている気になって、どこかで彼女をよりどころにしていた。
トラウマが自分の本来の力を縛っていたと思っていた。
それが、無くなれば自分は何でもできるのだと。
破竹の勢いでランキングを駆け上がって勘違いしていたのだ。
何かの主人公になった気でいたのだ。
放り出していたスマホが鳴る。
ひーこ:一日目お疲れ様。今日大丈夫だった?任せきりだから内容はちゃんと把握しているわけじゃないんだけど、もし今日実際にやってみて無理そうとか、合わなそうとかあったら言ってね。
比果比五子からのチャットの着信だった。
気遣うような文面を見て、スマホを持った指が震える。
震えた指は、「比果さん。ごめん。せっかく私のために用意してくれたのに──」と文字を打つ。
そして、送信ボタンを押した。
もみじ:大丈夫。絶対、期待に応えて見せるから!
心から漏れ出た弱音は震える手から出力されるも、結局もみじは文章を書きなおしてそう送った。
誰に見られているわけでもないのに、歪な作り笑いをしてスマホを置いた。
額に手をあてて床を睨みつけるように表情を歪めた。
「やめるなんて……言えないよ」
『リスクを承知で私に依頼をしたコフィンに嘘をついていないのなら覚悟を示せ。もう一度言うぞ。お前の中のコフィンを捨てろ』と、零の言葉を思い出す。
リスク、と彼女が言っていたのをもみじは覚えていた。
比果比五子はリスクを承知で訓練を頼んだのだと。
それが一体どんな内容なのかはもみじには分からない。
だけれど、他人のためにどこまでも自分を犠牲にしてしまう彼女は、もみじのためにどんなリスクも飲み込んでしまうとわかっていた。
彼女はずっと変わらない。
魔法少女として活動するより前から、涙を流しても他人のためにインベーダーを被害の少ない方へと引き連れて逃げていた。
力を得てからはもっと顕著だ。
絶対的な力ではないのに、A級に上り詰めるだけの無理を押し通した。
だから、零が態々口に出すほどのリスクと言う言葉はきっと、生半可なものではないと言うことが分かってしまう。
だけどやっぱり、脚はすくむ。
今だって、幻想の中の比五子に縋り付いて立とうとどこかでよぎる。
でも、それはダメだ。
それはどこまでもわかっていたから、もみじは否定してただ、立ち上がれないと言う結果だけが、彼女にもたらされた。
『……まあ、A級に媚び売っとけば他はどうでもいいのかしら。SNSで見たわよ。魔法少女コフィン、だっけ?さっきの様子を見ると今のランキングも媚び売って不正してあげてるのだろうし』
あの時の少女の声が聞こえる。
今度は、違う、と声が出なかった。
否定しなければならないのに。
自分だけじゃない、比五子までも侮辱されたその言葉を聞き入れることは出来ないのに。
幻想と言えど、もみじはそれを見過ごしてはならないのに。
「うぐぅ──」
言葉は喉をつっかえて、出たのは嗚咽だけだった。
◆
テスト勉強に勤しみつつ、俺はカフェから移動しファミレスの席に座っていた。
ノートを広げペンを走らせる。
そんなことをしていると、一人の少女が俺の前に座った。
「悪かったな。呼び出して」
「いいよ。別に」
少し悪びれた様子を見せて謝罪をするのは、魔法少女零だ。
彼女が言う通り、俺は今日彼女に呼び出されてここに来ていた。
時間もないので勉強しながらだが、それは勘弁してほしい。
「で、用件は?」
「いや、そう身構えなくてもいい。ただの世間話だ」
世間話をするために呼び出したのかよ。
テスト勉強で忙しいんだが。
だが、衝突が多く人付き合いが得意でなさそうな彼女なりの距離の詰め方な気もして来た。
まあ、手を動かしながら少しくらい話してもいいか。暫く休憩も取ってなかったしな。
しかし、俺が零に提供できる話題って何だろうか?思いつかん。
そう思っていると、彼女が提案してきただけあって彼方から話題を振って来た。
「進捗具合について話そう」
「進捗……ああ、そうだな」
何の話かと思ったが、俺のテスト勉強の話か。
まあ、確かにこれ見よがしにノート開いて勉強してるんだから、話題としては十分だろう。
勉強と言うのは学生皆に共通する部分だしな。
いや、でも主語がないし確かめるか。勘違いして変に話が進んでは気まずい。
「確認だが、考査の話だよな?」
「ん?ああ。そうだな。その表現でもいい」
やっぱテストの事だ。
俺は考査と口に出したが、試験、テスト呼び方なんて無数にある。
「それで、どう見る?」
「まあ、現状なんとも言えない」
「そうなるか。こっちとしても同意見だ」
学校は違うがやはり本番にならなければ、確実なことは言えない。
勉強が進んでいるかどうかで言えば、結構順調な気はするが。
とは言え、このままでは会話が途切れてしまう、適当に話をつなげよう。
「ただ、個人的な感覚の話をすれば、心配はいらないと考えている」
ここまでやって来て、ビビり過ぎることもないのではと考えていた。
実際当日に身構えすぎて名前を書き忘れる、なんてミスをしても良くない。
準備だけしっかりして、適度に力を抜くのが最善だろう。
「……そうか」
「なんだ?不安か?」
ちょっとグレてそうだし、勉強に自信がないと言われても納得できる。
しかし、意外にも弱気な表情もするものだ。
端正な顔だけに余計に深刻そうに見えて来た。なんて思っていると口を開く。
「少しな。お前はそこまで言い切れるのか?」
「まあ、積み重ねがあるからな。誰よりも自分が努力を近くで見ていたことには変わりないし。信じてるんだよ」
「そうか」
納得したのかは分からないが、零はそんな言葉を洩らして会話を切り上げた。
◆
魔法少女零は昔からトラブルが尽きなかった。
その一因には少し乱暴な言葉遣いもあったように思う。
何気ない一言が、他人にどう聞えるか失念してはなってしまう。
だけど、相次ぐ諍いから身を守るように荒くなった口調を簡単に直すことは出来なかった。
そして、誰かにアドバイスを求められた時、言葉以上に厳しい指摘をしてしまう癖もあった。
零はF級でありながら、秘密混成部隊の隊長を任されている。
そこまで至るのに、人一倍の努力や工夫、取捨選択をして来た。
一番大切なものを守るために、他の物を犠牲にしても手段を得た。
だからこそ、人に何かを教えるとき、自分の感覚を押し付けてしまった。
人一倍努力して、人一倍犠牲を払って来たからこそ他人へのつらい選択を迫った。
そして、今回の朝桜への訓練でもその一端が見え隠れした。
傍から見れば、理不尽な要求でもなかっただろう。
だが、秘密混成部隊の任務において朝桜の、綾谷もみじの境遇は知っていた。
そして、きっと彼女の作り出すコフィンの幻想が、彼女を支えているのだと言う事も、戦い方を見ればわかっていた。
それが、どれほどまでに大切なモノかを零は見抜いていた。
だが、それでも、その幻想は最大の枷である。
そう判断したのだ。
A級中位が目標。そんな言葉を聞いた以上、妥協の選択肢はなかった。
ただ、訓練を終えた後、少しは思うところがあった。
目標達成には絶対に必要なことであり、避けては通れない。それは確かだが、相手はロボットではないのだ。人に対するやり方を考えればもっとうまい方法があったのかもしれない。
そんなことを遅れて考えたのだ。
だから、コフィンを態々呼び出して話をした。
「進捗具合について話そう」
素直に追い詰めてしまったかもしれないと、言葉には出ず、曖昧にそう発した。
そして、彼女は言葉を返した。
「確認だが、考査の話だよな?」
彼女はそれを「考査」と表した。
実際に起こった出来事を具体的に話していなかったが、遅かれ早かれ綾谷もみじが問題に直面することを予感していたのだと感じさせる。
これをクリアしなければ次に進めない。
確かに、考査と表現できる。
「ん?ああ。そうだな。その表現でもいい」
雫は反応が遅れるも、そう返した。
会話を続ける上で何も間違ってはいなかった。
「それで、どう見る?」
「まあ、現状なんとも言えない」
「そうなるか。こっちとしても同意見だ」
淡白な質問、淡白な返し。雫も続く言葉は定型文的な雰囲気を見せた。
実際、もみじが不安定だろうと感じ取り、訓練は切り上げた。
その後の彼女と会っているわけではない為、予想のつけようもなかった。
しかし、続けられた言葉に目を見開いた。
「ただ、個人的な感覚の話をすれば、心配はいらないと考えている」
コフィンは何か確信めいたものを持ってそう言い放った。
「……そうか」
「なんだ?不安か?」
彼女が興味深そうにそう訊いて来るが、雫にしてみれば、コフィンの自信は何処から来るのか全く見当がつかなかった。
だから、思わず雫はきいた。
「少しな。お前はそこまで言い切れるのか?」
「まあ、積み重ねがあるからな。誰よりも自分が努力を近くで見ていたことには変わりないし。信じてるんだよ」
積み重ね。そんな言葉を使って近くで彼女を見て来たと言う。
確かに、誰よりも彼女を見て来た内の一人ではあるだろう。
だが、それでも信じていると言えるのは、驚嘆に値すると内心思った。
ただ、コフィンが何か確信めいたものを持っているのなら、これ以上言葉を重ねる必要はないだろうと考えて口を開いた。
「そうか」
◆
訓練二日目。
一日目はそうそうに切り上げられ、二日目の集合場所はトレーニングルームだった。
雫は一人部屋で待つ。
個人的な鍛錬を早めに来て済ませていたのだ。
そして、雫はトレーニングルームの時計に視線を向けた。
壁に取り付けられた大きな時計は集合時刻を過ぎようとしていた。
「……無理だったか」
昨日集合場所で合流したのは三分前、十分前にもみじが来ていたことは雫自身知りはしないが、集合時間を過ぎてもこないと考えると訓練を放棄したと考えるのが妥当だろう。
コフィンの信じていると言う言葉に、少しもしかしたらと言う思いがあったが、現実は今目の前のある光景がすべてだ。
「仕方ないか」
雫がそう呟いた時だった、トレーニングルームの扉が開く。
「ごめんなさい!遅れました!」
目を向ければ、そこには息を切らすもみじがいた。
髪も服も乱れている。
相当急いできたのだろう。
そんなもみじは息を整えながら言葉を続ける。
「インベーダーを、倒していました!」
その言葉は、もみじが再び立ち上がったことを証明するようだった。