もみじはずっと考えていた。
どうしようも出来ずに頭だけをずっと動かしていた。
どこかで支えにしていた比五子の幻想は消え去って、名前も知らない少女の言葉だけが頭に響く。
『それに、今月の9位じゃん。インベーダーの目の前で呆けて……私、こんな奴に負けたの?』
「っ……」
『自分より下の奴には興味ないってこと?どこまでもバカにして』
名前も知らない少女が罵倒を浴びせる。
そして、それになすすべもなくもみじは蹲っていた。
だけど……。
「名前……結局、それも知らない」
ふと、そんなことに気付く。
少女の事についてもみじは何も知らなかった。
そして、ああも言われたのに、未だ調べてもいない。
そんなことを思い出してスマホに手を伸ばした。
「確か……」
『C級10位の顔も知らずに』と幻聴が情報を落とす。
そして、もみじはランキング検索に「C級10位」と打ち込んだ。
情報は簡単に出て来た。
「魔法少女──
それが、少女の名前だと知る。
そして、ランキングの上には朝桜の文字があった。
彼女の言う通り、もみじは自分のすぐ下の相手の名前を見てすらいなかった。
壱意の情報は魔法少女NET以外にも見つけることが出来た。
そして、彼女本人が言ったように今まで努力を重ねて、C級一桁を目標にしているようだった。
魔法少女はそのランクに関わらず、非公式ウィキに情報がまとめられる。
もみじは、検索結果に出てきたために何の気なしに、記事を開いた。
「これって……」
そこには笑顔でポーズをとる壱意の写真があった。
もみじが受けた彼女の印象とは違う。だが、もみじの正体に気付く前に彼女の向けて来た表情とは少し通づるものがあるように感じた。
そして、そこに書かれた文字を目で追った。
「去年の更新」
文章の上に添えられた日付は去年の物だ。
「天真爛漫で笑顔が絶えず、先輩魔法少女とも交流が深い。委員会主導企画におけるインタビューでは「不安なときは憧れの先輩を思い出して、自分がその先輩なんだって暗示をかけるみたいに先輩になったつもりで戦います笑」と可愛らしい表情を見せた」と書かれている。
もみじには引っ掛かる言葉があった。
「自分が憧れの人になったつもりで戦う」
何か、そこに自分の求める言葉があるような気がして復唱する。
◆
「ふぅ」
もみじは変身を解いて息を吐いた。
そんなもみじに声がかかる。
「なるほどな。予想以上だ」
トレーニングルームにいるのはもみじの他には零だけだ。
必然的にその声の主も零だった。
そして、彼女の言葉が示すのは、様変わりしたもみじの戦い方だった。
彼女の戦い方には、何処かコフィンとの連携を想定したような動きが挟まれていた。
相手の体勢を崩しても追撃せずまるでそこに居ない誰かに任せるように距離を取ったり、ある時は、回避も即時に行わずまるで誰かに引き上げてもらうのを待つような様子すら見せた。
戦闘において、それは只の隙としか言えない。
そんな一番の課題を零は彼女に宣告し、その具体的な対策を教わるまでもなく一人で克服をした姿を見せたのが訓練が始まってから二日目の話だった。
そして今日は。
「今日で四日たったが、随分と身のこなしが改善された」
二日目の課題の改善から、零の更なる指導によってもみじは見違えるほど力を蓄えていた。
零からしてもここ数日の彼女の成長には目をみはるばかりだ。
やる気があると言うのはもちろんだが、それ以上に呑み込みの良さと努力した分だけそれが結果に結びつくだけの伸びしろがあった。
才能と表現してしまいたくなるくらいだ。
そして一区切りついたところで、もみじが自身のスマホが震えていることに気付いて確認し、何を思ったのかこちらに画面を見せて来た。
ひーこ:ここ四日は訓練で忙しかっただろうけど、今日の準備は出来てる?
◆
比五子の言葉によれば、あの日、7月2日から四日後、つまり7月6日に何かがある。
それは綾谷もみじの戦闘の示唆であった。
そして、それは四日間続き、終結は7月10日。
更に言えば、7月9日が問題だと彼女は呟いた。
「精霊魔眼を狙う勢力、そんなのホントにいるの?」
「私は比五子ちゃんの事信じてるから、いる」
「はぁ?私だって信じてるし」
言葉で聞いても、すぐにそれを飲み込むのは難しい、ヒナリとキイナは言い合いながら可能性を模索していた。
「私も存在をしっかりと把握しているわけではないですが、少なくとも魔法少女に対抗できる力の持ち主ではあるわけですよね」
ティナは二人を眺めてそう言った。
精霊魔眼を狙うということ以前にC級9位の魔法少女朝桜を狙うということを考えれば、それ相応の力が必要になる。
少なくとも何の力も持たない生身の人間では現実的とは言えない。
だが、死神の子の三人が持つ情報は委員会内部にスコープが向けられている物ばかりだ。
委員会の関与はないと予想される現状では第三者の存在に心当たりがなかった。
だが、そんな中で、一つの声が補足するようにその場に響く。
「神秘者。かつて、中央魔術結社、瑞穂の会があった時代に無数にあった魔術組織の末裔」
「リヤ……さん」
声の主は椚瀬李耶だと、ティナはすぐに当てる。
そして、物陰から出てきたのはやはりリヤだった。
高校生の彼女らと比べれば二十歳を越えた女性と言うだけで、何か不思議な雰囲気を纏っているようにも見えた。
そして、そんなリヤにティナは口を開く。
「まさか、貴方の方から裏の話をしてくるとは思いませんでした」
今まで顔合わせをしながらも、カフェのマスターと客と言う距離と保っていた彼女の様子からは一転した行動であったための言葉だった。
お互いに何かあるとは踏んでいた。
だが、踏み込まずにここ数日は過ごしていただけにこんなふうに絡んでくるのは予想外だった。
「ふふ。どうかしら。いつもの曖昧な発音でする会話、それをせずに通りかかった私に聞こえてしまう、いえ、聞かせる前提で話していたんじゃないの?」
「違いますよ」
これに関しては本当に違った。
今話しているのは、カフェではなく人気のない路地。
リヤからすれば縁もゆかりもない場所であるのだから、むしろどのように突き止めたのか問いただしたい気持ちすらあった。
「三人ともそんな怖い顔しないで。私は只協力しましょう、そう言いに来ただけなの」
「協力?」
「そう、協力。共にヒツギちゃんの意思のために、ね」
怪しげな光を瞳に称えてリヤはそう言い放った。
少し歳の離れた女性の笑みは酷く艶っぽく見えた。
「貴方たちだって、私がヒツギちゃんと協力体制を築いているのは察しているでしょ。なら、いっそ仲良く協力しましょうと言うのはおかしなことではないんじゃない?」
「はぁ。そうですね。協力しましょう。二人ともいいですか」
「まあ、比五子ちゃんのためならいいけど」
「うん。比五子ちゃんのためなら」
ティナが代表するように協力に応じ、他二人も異論を唱えなかった。
そして、それを満足げに見たリヤが話を戻す。
「なら、話を戻そうか」
「神秘者について、ですか」
「そう。それ。じゃあ、まず、神秘者とは」
「魔法、魔術、呪術を扱った古来の人たち、そんなの小学校の教科書にも書いてあるし。もっと踏み込んで話してくださいよ」
キイナは今更の知識の披露に苦言を呈す。
今更小学校の社会科の話をされても退屈なだけだ。
「別に長い話じゃないんだけど……。まあ、仕方ない。じゃあ、そんな神秘者たちは中央魔術結社と瑞穂の会の合併後、どうなったと思う?」
「どうなったって、他の小さいとこのいくつかも魔法少女を有してたけど、結局現代では委員会に一元化されて消滅、でしょ」
「ヒナリちゃん、その通り。ただ、魔法少女はいなくなったけど、残った人たちもいる」
「待ってよ。そう言ったって、魔法少女計画以来、他の力は使えなくなった筈。そんな人たちが集まった所で……」
「私は初めに言ったよ。「神秘者」だって」
何かその言葉は、それ以外とを明確に分けることを強調しているのだとリヤの言葉からは受け取れた。
「委員会合併以前であっても、魔法少女計画によって力を失った彼らを神秘者とは言わない。神秘を扱った者の末裔であるだけで本人は違うからね。つまり、神秘者と私が呼んだ人達は──」
「まさか」
「あるんだよ。いや、形を変えても残っているんだよ」
魔法少女計画は既存の儀式構造を書き換えて変質させたことにより魔法少女を作り上げた。
そしてその際に「術」の理さえも書き換えることで、「術」と言う法則が世界から消え去り、再現性が皆無となった。
そんな現状があって、神秘者がいると彼女が言った。
「私は、かつて魔法少女をやっていた。そして、インベーダーの死を救いと定義していた。だから、そう言ったものに惹かれるような人間と知り合う機会も多かった。そして、そんな中でそれを見つけたんだよ」
「確か、廃村。
「そこにはお社があって、何かが祀られていた」
「なにか?」
「インベーダー、いや、精霊に近い。だけど、本質的には全く別の物であると直感的に私は感じた。まあ、彼らの名称を借りれば「怪」、だそうだよ」
「怪、ですか?」
聞きなれない言葉だ。
「そう。神秘者がまだ活動していた随分と前の話、何百年も前から伝わる存在だとね。そんな存在が最後の神秘として祀られていた」
「最後の神秘?」
「「術」という
酷く突飛な話に三人には聞こえた。
ガーディアンかインベーダー、その二種を由来とする力の概念しか彼女たちにはなかったのだ。
「その怪は力を失い眠りについているような状態だったけど、人に力を与えるだけの機能は残していた。そして、それを彼らは祭り上げ称えることで力を得た。それが現代に生きる神秘者よ」
「では、その神秘者たちが今回の件について絡んでくると?」
「そう考えてる。彼らが狙うと考えられるのは精霊魔眼だけど、ガーディアン出現前は彼らの物だった。七つすべてね。だからこそ、ずっと精霊魔眼を取り返す機会を狙っている。どこかから、魔法少女朝桜が精霊魔眼を所持している情報が伝わることがあれば、動いても不思議ではない」
何か確信を持ってリヤはそう言った。