朝桜の攻撃に壱意は表情を曇らせる。
曲がる弾と屈折する弾。同時に使用するのは至難の業だが、実現すれば強制的に二択、いや通常弾も組み合わせれば三択を押し付けた。
そして、回避に体勢を崩す壱意の懐に潜り込む。
そこに朝桜はステッキを振り抜いた。魔法により形成された光の筋を振り抜くようにすれば、まるで剣のように作用した。
「──ッ!」
「ぐ」
魔法は回避し、打ち落とされ、壱意の刃は朝桜の攻撃を受け止める。
そして、一瞬、朝桜は足を踏まれよろけそうになる。
その隙をつかれて腹部を刃で突かれた。
「ごふっ」
いつかの滿汐の際の光景を幻視する。
強力なインベーダーが目の前に現れてなすすべもなく倒される。
そして、気づいた時に目の前に広がるのは、荒れ果てた公園。
だけど、変身は解けていない。
精霊魔眼は発動する心配はない……はずだった。
両の眼が熱く熱を帯びる。
この感覚は紛れもなく精霊魔眼の暴走の際の感覚。
一度きりだが、間違いないと確信できる。
だが、それでも条件は揃っていない。
後から聞いた話では、精霊魔眼所有者に対して過度な損傷を与えること。これにより、魔眼が暴走状態になるはずだ。
だが、今は魔法体が解けてない状態。
見た目上腹部を貫かれているが、実際の体には損傷は与えられていない。
(それなのに……)
ただ、朝桜を貫く刃、黒く流動するエネルギーの塊が何か作用しているようにも感じていた。
しかし、そこに気づいてもどうすることもできなくて、ついに意識を手放しそうになった時、壱意の刃を断つように黒い太刀が降り立った。
そして、視界に映るのは比果比五子──魔法少女コフィンだった。
◆
テスト一日目をなんとか終えて、さっさと二日目に備えた勉強をしようと俺は帰途についていた。
そして、さっさと帰ろうとしていたところで魔法少女朝桜──つまるところもみじを見かけた。
ここ最近は訓練に勤しんでいて、それでも期末考査に自信があるようなそぶりに素直に尊敬していたが、なんとインベーダー退治までを下校中にこなすとは。
なんて思っていたが、どうにも戦っている相手は魔法少女のように見えた。
──あれは?
──どうかしたか?
不意にカゲが思念を洩らして俺は首を傾げる。
だが、問答をしている暇はない。もみじが腹部を刺されたのを確認して、俺はそこに割って入った。
魔法体とはいえ、一般魔法少女を攻撃していいかは判断しかねたので、ウネウネしたおそらくステッキだろうそれをぶった斬った。
「魔法少女、コフィンっ!」
なんか闇落ち後魔法少女みたいな奴が、俺の名を呼ぶ。
見たことないから多分一方的に知られているんだろうなんて予想をつける。
だが、彼女をもみじから引き剥がすとか、そういったモーションを撮る前に俺の逆行は発動した。
───パチンッ
カゲが俺の前髪を切ることでなされる数歩後ろへの巻き戻り。
咄嗟のカゲの判断で行われてそれは俺の目にある光景を植え付ける。
エネルギーで模ったのだろう輪郭の安定しない刃が、俺を襲う。
闇落ち魔法少女が俺へと攻撃したのだと認識する。
攻撃していいか迷っていたが、とりあえず自衛はしなければならない。
俺は、闇落ち魔法少女に足を向ける。
だが。
「ちっ」
俺の生成した白武器の槍が三本やつを捉えるが、縫い付けるようにように衣服に刺さるも服の一部が溶けるようにして槍が地面に落ちて足止めに至らない。
それでも、隙を狙って刀を向けるがギリギリで逃げられてしまった。
「もみじさんは、大丈夫?」
しかし、そんなことよりももみじだ。
魔法体とはいえ腹部を刺されたことには変わらない。
それに全くの恐怖感を受けるなというのは酷な話だ。
そんなことを思っていたのだが……。
「ひ、がさん……!」
苦しそうにするもみじを見る。
何事かと思えば、ほのかに瞳が赤み掛かって見える。
頭の中に「精霊魔眼」の文字が浮かぶ。
確か琴浦の言によれば体が傷ついた時の防衛反応かなんかで体の主導権が入れ替わる、だったろうか。
しかし、だ。
それは生身の話。
少なくとも魔法体が傷ついた程度で暴走するようなものではなかったはずだ。
しかし、目の前のもみじは足を震わせて、息も荒い。
暴走しないようになんとかこらえているように見えた。
──どうなってる?
──おそらく。あのエネルギーが影響しているのだろう。
カゲがそういって見る先には、もみじの腹部に付着するエネルギーの残滓。
あれが、影響しているということだろうか。
おそらく闇落ち魔法少女のステッキから溢れて刃となっていたところを見ると出どころはそこだろう。
──あれを取り除けば、魔眼の暴走は止められるのか?
──おそらく可能だろう。だが、通常のエネルギーの吸収では通用しないだろう。
──どうにかならないか?
──一つだけ考えがある。
しかし、さっきの闇落ち魔法少女といい、変なエネルギーといいどうなってんだ?
そんな疑問を抱きながら、俺はカゲに言われるままにもみじに触れた。
「失礼」
「え?」
熱でも出たかのように苦しそうな顔をしながらも、俺の行動に戸惑ったような顔をする。
確かに、今世では同性同士とはいっても許可なく触れるのは良くないか。
そんなことを思いつつ、極限状態だろうが確認をとる。
「触っていい?」
「ぇあ?……え」
俺の言葉にもみじはさらにパニックになったように声を洩らす。
もはや余裕なんてものはないのかもしれない。
確認をとることも難しいだろうと判断して、彼女の体を引き寄せた。
一瞬、身体に力が入るも手を後ろに回すと身をまかすように力を抜いた。
そして、体を預けるようにかかる体重を俺は受け止めて、彼女に回した手を少し強めた。
──カゲ。
──ああ。
俺が行うのは、もみじの魔法体を侵すエネルギーの除去。
カゲが言うには、魔法体を活性化させるような作用を持つようだ。
しかし、それは上手く利用した場合。
そもそもエネルギーは闇落ち魔法少女の魔力を増幅させていたものだろう。
そして、その結果生じたものが魔法体を切り裂いてもみじに影響を与えた。
通常、それだけではダメージはあっても生身の損傷ほどの影響はないだろう。
だが、それでも、精霊魔眼がどう判断するかは話がちがう。
それを脅威と認識すれば、実際のところがどうであろうと関係はないとも言える。
しかし、そんなことよりも厄介なのはそのエネルギーの除去の方法だろう。
例えるならば、一番近しいのはインベーダーの呪縛を解いた時に近いだろうか。
魔法体を分解してそこに混ざり合うように定着しようとしている。
それを取り除くには俺が使う「吸収」では足りない。
カゲの力を借りなければ完全な除去は難しいだろう。
しかしだ。そこで問題となるのは、カゲを顕現させて作業をすると言うこと。
別に見られても構わないといえば構わないが、本来使い魔は特別な力を持たないもの。
となれば、いくらもみじでも隠すのが先決だろう。
加えて、「吸収」を使う時のように手のひらで触れるだけでできるものでもないようなので、仕方なくもみじに手を回した。
そして、懐に彼女の頭を持ってきてカゲの存在を気取られないようにしておく。
まあ、そもそも体が辛そうだから支えると言う意味合いもあるが。
とにかく、そんなわけでエネルギーの除去をした。
数秒、いや、十数秒。
腰を据えなければ、できないことを考えると闇落ち魔法少女が引いてくれて結果的には良かったかもしれないと思いつつ、エネルギーを完全に取り除いた。
◆
身体が熱い。
精霊魔眼の暴走を意識的に抑えると言うのはここまできついのだろうか。
赤く染まりそうになる視界で地面を睨みながら耐えていた。
もう一度あの時のように誰かを傷つけることはしたくない。
前回はなんとか、誰かを殺してしまったりはしなかったが、次も同じように行くかはわからない。
そう思っていたのだが、比五子がもみじの体を引き寄せてからはさらに頭がこんがらがっていた。
彼女の行動の意味がわからない。
苦しむもみじを見かねて体を寄せてくれているのだろうか。
そう思ったが、それは危険すぎる。
それでも、結局彼女の懐に収まってしまった。
そんな中で「触っていい?」なんて聞いてきた。
もはや、すでに幻覚でも見ているのではないかと考えていた。
同時に、驚きすぎて上手く声が出ないでいると比五子はさらに腕に力を入れる。
それがどうしようもなく気恥ずかしくて、どうしようもなく安心して。
そして、気づけば、暴走する魔眼の気配はなくなっていた。
「大丈夫?」
比五子の声が上から降る。
それにすぐに答えられなくて、ゆっくりと顔を見上げた。
遅れて自分の顔がきっと熱っていると思って少し恥ずかすくなる。
そして、目の前にある比五子の顔は心配そうではあるものの表情は変わっていなくて、さらに羞恥がもみじを襲った。
なんだか、一人で盛り上がっているみたいだ。
そんなことを思いつつも、自分で立つことを促されるように離される身体に何か寂しさを感じて伸ばした手は力無く下される。
「もみじさん?」
そして比五子に首を傾げられてやっともみじは口を開いた。
「私……」
だけど、やっぱり状況が理解できなくて、途切れた言葉がポツリとでた。
その言葉の先に「どうなったのだろう」と言う意図の単語がつくと比五子は察したのか、再度言葉を紡ぐ。
「もみじさん。さっきの魔法少女の攻撃を受けて精霊魔眼が暴走しそうになってたから、原因を排除したんだよ」
「原因……」
復唱して黒い魔力のようなものを思い出す。
腹部を刺されて、魔眼の暴走の気配を感じていたのだから、予想はついた。
そして、比五子の言葉によれば、それを彼女が取り除いてくれたのだろう。
「そう、だったんだ。ありがとう。比果さん」
感謝を述べる自分の言葉に覇気がないと感じる。
それに元気付けるように比五子は続ける。
「落ち込まなくていいよ。今回のことは完全に事故。本来のトリガーとは別の要因で起きたイレギュラーなんだから」
「でも。また、誰かを傷つけるところだった。比果さんが止めてくれなければ、私」
比五子がイレギュラーと言っていることを考えると、彼女は襲撃を予想しながらも魔眼の暴走までは意図しない出来事だったのだろうか。
だが、そんなことは問題ではないのだ。
問題は、また、同じ過ちを繰り返してしまいそうになったこと。
「それはちがうよ。もみじさん。もみじさんはまた同じことが起こらないように努力していたし、実際に強くなっていた。だから、私は助けに間に合ったし。暴走しそうになっていても、もみじさんが頑張って抑え込んでいたから俺は傷つかずに処置をできた。もみじさんは確実に誰かを守れるようになってるよ」
そんな言葉を向けられた時、いつの間にか視界がぼやけていた。
涙は止まらなくて、それでもすごく嬉しくて。
ずっと彼女は励ましてくれていたけれど、それでも自分の努力を比五子に認めてもらえるのが途方もなく嬉しかった。
声は出なかったけど、比五子はもみじの頭をそっと撫でてくれていた。