この世に神などいない。
自分より頭一つ大きい少女はそう言っていた。
神、とは何なのか。
言葉すらもなかなかうまく使えないルタにはわからぬことだった。
だけど、それは、神というのは本当にいるのならば苦しいときに助けてくれる存在らしい。
「おい。仕事だ」
「しごと?」
ルタがここでの生活の中で覚えた単語は少ない。
だけど、「仕事」という言葉だけは無理矢理にでも覚えさせられた。
そして、その仕事はルタがうまいらしい。
そんなルタは大人の言われる通りに訓練をしていた。
ここには同じくらいの子供たちがいて、皆で同じことをする。
そのときに、ルタに対して大人は仕事がうまいと言っていた。
本当に言われた言葉はもっと長くてたくさんあったけれど、ルタの聞き取れたのはその程度だった。
「あれが?」
「そうです。名前はルタ。どっかの国と日本人のハーフで言葉の方に少々問題がありますけど、魔法少女としての才能は一番ありそうですね」
ルタを含む少女たちが訓練をするのを責任者の男と視察に来た男が遠目に見た。
ルタは有望株として認識されているようだった。
「言語に問題があるって学校にはいなかったのか?教育が面倒だからある程度はそっちから引っ張ってこいって言ったろ」
「もちろん学校には行ってましたよ。日本のね。だけど結構いるんすよ。ハーフだと母国語も日本語も話せないってのが。結局、日本語でもそれ以外にしても言語が使えないと人間、思考できないのでなかなか辛いところですね」
「大丈夫なのか?」
「ええ。名前もちゃんと与えて、ここ一年で周りのこともそれなりにコミュニケーションとってこっちが何を言ってるかくらいはわかるようになってきました」
「ならいい。委員会が現れて表向き魔法少女が手に入れられなくなった今、受け継いできた使い魔の契約を途切れさせるわけにはいかない」
◆
神様がいるのなら助けて欲しかった。
神様がいるなら教えて欲しかった。
この暗がりから出る方法を知りたかった。
どうすればいいかを教えてくれればそれをやるから。
やり方を知ることができたら辛くても頑張るから。
どうか教えて欲しい。
大人たち以外から食事をもらう方法を。
大人たちのいない寝床を用意する方法を。
仕事じゃなくて、「生きる」方法を。
それでも仕事をして食べて寝る日々の中に現れるのは神様なんてものじゃなかった。
いつもと違う場所に行って待機していた。
違う建物だけどどこかわからない。ただ、丸まって邪魔にならないように壁のそばにいた。
そこをいきなり掴まれて引きずられた。
そうして、仕事だと告げられたとき、目の前にいたのは一人の少女だった。
多分自分達と同じ「魔法少女」だと一目見て察した。
それと同時に少女の首元のネクタイに疑問が湧いた。
ルタの中では、それは大人の印だった。
年長者の印ではなく、自分達「少女」をコントロールして仕事をさせる大人の証だ。
だけど、ルタの知る少女たちは、皆仕事をさせられる側だ。
皆が現実に喘ぎ、そしていなくなっていく。
決して
だけれど、そんなことを言語化するのもルタには得意じゃなくて……。
ただ、モヤモヤとした感情だけが心の中で滞留する。
だけど、どれだけ感情が増幅してヂクヂクと痛んでも、ルタの体は機械のように獣のように、機械的に野生的に「仕事」をした。
どこまでも仕事用にチューニングされていて、ルタの人間的部分は自身の体を操ることもできなかった。
しかし、それでもなぜか仕事は終わらない。
普段ならばいくらか攻撃を入れれば
だけど、どんな攻撃も躱されて、少女は少し先に立っている。
「なんで、立っている?」
仕事に最適化した体ゆえに、必要なこと以外は喋らない。
少なくともルタはそう思っていたし、ルタよりルタを知っている大人もそうだと思っていたはずだ。
だけど、口は勝手に動いていた。
「何で、邪魔をする?何で、仕事を増やした?」
思いが溢れるように言葉となった。
頭の中では勝手に理屈が動いて、口からは知っているだけの言葉が出る。
自分の体がまるで勝手に言葉を紡いでいるように感じた。
しかし、そんな疑問など知らぬというように目の前の少女は言葉を続けた。
「天の神に従った」
神様?
多分あの時の少女が言っていたのと同じ意味だ。
だけど、それは。
「天の、神?……うそ」
そう、嘘だ。
本当なはずはない。
だってきっと、神様というのは大人みたいな人なはずだ。
少なくとも、大人の言うことを聞く存在である「少女」ではないはず。
だけど、少女の首には
そして言う。
「いや、訂正する。俺が、選んだ。俺が決めた。だから、俺が──」
「神」
少女は言った。
選んだ。決めたと。それは、大人のやることだ。
ならばきっと、本当に神様なのかもしれない。
「お前が神」
神様を教えてくれた少女に聞いたことがあった。
神様はどんな姿をしているのかを。
少女は言った。「見たことがないから、わからない」と。
その時、落胆もしたけど、そんなルタにはさらに言葉が続けられた。
「でも多分きっと、私たちのようでも大人のようでもあるんじゃないかな。だからきっと、私たちの気持ちをわかってくれて、大人みたいにたくさんのことができて救ってくれる、そんな気がする」そう言って遠くを見るような横顔をルタは見ていた。
そして、その意味がやっとわかった。
見た目は少女だが、大人の証をつけている。
きっと、目の前のそれこそが神様なのだろう。
「なら、教えて。どうすれば生きられる?」
どうすれば、今以外の何かを手に入れられるかを。
「そうだな。とりあえず、道を開けてくれ」
目の前の神様はそう言った。
◆
俺に勝てないと悟ったのか、違法魔法少女ことルタは命乞いをしてきた。
まあ、多分言うこと聞くから助けてくれってことだろうが、俺が人殺しをするような輩に見えるのだろうか。
いや、まあ何人もここに襲撃してからボコしたけど。
ただ、俺が退いてくれと言うと素直に退いてくれてよかった。
ルタに指示を出した男たちはさっさと引っ込んでいたようなのであの場にはいなかったが通路を進むと何やら荷物を整理していたので捕まえた。
「魔法少女朝桜に襲撃者を送ったのは誰か知っているか?」
「し、知らない!」
「魔法少女の襲撃者だ。さっきのルタって子みたいに持ってるんじゃないか?」
「柳の会にいるのはあいつだけだ!」
「なら、他の神秘者の組織には?」
「いるとは思うが、わざわざ正規の魔法少女に襲撃なんてかけねえよ!」
「あそう」
何でこいつらって威圧してしゃべってくんの?
普通に怖いし前世なら土下座して金置いて逃げるくらいだからやめて欲しい。
俺が尋問してるんだから優しくしゃべってよ。
殴って意識を飛ばした男を放りだして俺はそんなことを思う。
やっぱりここまできても闇の魔法少女に関して知っている人間がいない。
「あとは、一番奥の部屋だけか」
「ああ、取引とか言っていたし、一番情報を持っていそうなのはそいつだろうな」
部屋から出て、階下へ降りる。
そして、顔を上げると男たちがお出迎えをしてくれていた。
ドスと銃を構えている。
なんかみんな小銃とか持っているのかと思ったけれど、彼らも世知辛いらしい。
だけど、銃口を向けられただけ俺の足はすくんだ。
だって、本物でしょ?怖いよ。
しかし、俺の身体は魔法体ではない。撃たれればただでは済まない。
擬似制服も頑丈とは言え、銃弾を防ぐのは現実的じゃない。
え?前に銃弾も防げるって言った?あれは映画の話だし。そういうのがあんだよ。
まあ、実際撃ってみて衝撃はどうか知らんが防げるかどうかというのはわからない。
だけど、くらって見るほどの意味もなかった。
すくみそうになる足を無理やし動かして、男たちに迫る。
発砲される前に倒せばいい。
というか、発砲されてもいいように盾を生成する。
俺の目の前に壁ができて何かを弾くような音がする。
跳弾なのか狙いが外れたのか、床で一瞬火花が走るが問題はない。
そのままつっこみ接近する。
男たちは盾を避けて通り過ぎたところを後ろに隠れた俺を狙うように銃を構えるも、俺は盾で体を隠して天井に張り付くように位置取っていた。
男たちは反応が遅れる。銃口を向けようとするが、その前に銃を腕から落とす。
同時に無力化して、他の残った男たちも銃を優先に倒していく。
最後のドスの男に蹴りを入れれば、通路には気絶した男たちが散らかっていた。
そういや関係ないが、インベーダーには俺もわざわざ吸収を付与して攻撃しているだけあって魔法的な力じゃないと倒せないのはわかっているが、魔法少女には銃弾は効くんだろうか?
その辺どんな設定なんだろう。
ふとそんな疑問が湧きながら、俺は扉の前に立った。
そして、扉を開くと一人のおっさんがいた。
「お前がA級32位か。こう見るとガキだな」
「挑発?」
どう考えても絶体絶命だろうが。
何を考えての発言か考えながら、部屋の中を見渡すもやはりこのおっさん一人だ。
取引というのならもう一人いると思ったが、見たところ部屋にあるドアの向こう、おそらく裏口から逃したのだろう。
何でこいつはここに残ったのかは知らん。
「挑発じゃない。単なる感想だ。うちにも柱がいるが、被害を聞いてなお貴様のような少女がここまできたという事実が不思議に思えてな」
「……そんな話はいい。魔法少女朝桜に襲撃をした魔法少女を探している。お前のとこのやつじゃないか?」
「いや、違うな。うちにはお前の相手をしたやつしかいない」
「他の神秘者組織がやったのか?」
「それは知らない。本来、委員会の魔法少女に襲撃をかけるメリットはない。あったとしても、そんなことをすればすぐに組織間で噂になる」
こいつの話はここまで聞いてきた話と同じだ。
組織全体で知らないのか、こいつがそういうように言いふくめているのか。
「なら、魔法少女朝桜に関して、何か情報が回ってないか?」
「何かあるのか?ああ、いや踏み込むつもりはない。俺は知らない」
探るような目をしてきたので睨めばおっさんは慌てたようにそう言った。
こいつの話を信じるのなら何も情報は得られないか。
「はぁ。それと忠告だ。お前らが魔法少女朝桜に手を出そうとすれば、潰す。まだ死にたくないなら、俺の言うことを聞け」
「あ、ああ。わかった。俺たちは魔法少女朝桜には手を出さない。これでいいか?」
俺の言葉に気圧されながらも、男は確認を求めるようにそう言った。
つーか、こいつがここに残っていたのはこのためか。
どうせ逃げても、面倒があると思って、俺の条件を飲んで安全を得るためにわざと残ったな。
内心気に食わないと思いつつも、少なくともこいつらからはもみじに何かすることはないだろうと安心して踵を返す。
ここに襲撃をかけた時点で結構暗くなっていたが、もう日付も跨ぎそうだ。
明日も期末考査二日目だし、さっさと帰ろう。
ただ、数歩歩いたところで、俺は立ち止まった。
「あー。忘れてた」
「なんだ?」
「ルタだったよな。ここの魔法少女。あいつの仕事環境の改善をしてくれ。手放せとは言わないから最低限の教育とか諸々、必要そうなことを」
「あ、ああ。わかった。お前の頼みは聞くさ」
おっさんが承諾したのを確認して、俺は今度こそ帰途についた。