「どう言うことよ!?」
暗く影のかかった裏路地で壱意は叫ぶ。
その声の先には、自身に力を与えた謎の存在へと誘った顔を隠した人物がいた。
その人物は壱意の声を受けてなお、余裕を持ってゆっくりともう一度同じ言葉を吐いた。
「あなたに課した魔法少女朝桜への襲撃は取りやめてください。そう言いました」
「そんなこと言われてはいそうですかって言えるわけないでしょ。私はコフィンに邪魔されて……」
今度こそ、怒りをぶつけてやろうと思っていたところだ。
それをいきなりやめろだなどと言われても無理な話だった。
だが、その人物は断固として譲らない。
「いえ、やめてください。あなたが襲撃を行った日の夜、魔法少女コフィンと思われる人物がとある組織へと襲撃があり魔法少女朝桜へと手出しをするなと警告しました。そしてその翌日、昨夜、魔法少女コフィンの手勢と思われる少女三名が同時刻に別の組織へと襲撃を仕掛け、同じことを言含め警告を出しました。これを受け、我々の被害は未だありませんが、これ以上の行動には危険が伴うと判断しました。ですので、繰り返しますが、魔法少女朝桜への襲撃はやめてください」
そう言い残して去っていった。
「今まで散々擦り寄ってきたくせに」
あれほどまでの自身に絡んできて、こちらが手を取ったら上から目線で命令する。
我慢できるわけがなかった。
悶々としたまま街を歩く。
スマホが震えて要請がかかるも動く気にならなかった。
先月まであんなにも努力していたことが嘘のように壱意は、動くことができなかった。
そして、そのままの足でふらふらと歩いた。
特に目的もないままに、歩いていた。
そんな時、いつの間にか要請のあった近くまで来ていた。
もしかしたら言い訳をしながらも、遭遇したら戦うくらいのことを無意識に考えていたのかもしれない。
だけど、途中で要請は消える。
誰かが討伐したようだ。
モタモタと歩いていたのだ、別におかしな話ではない。
だが、たまたま目に映った光景に壱意は足を止めた。
「っ」
彼女が見る先にいたのは、二人の魔法少女。
魔法少女朝桜と魔法少女零の姿だった。
「なんで、何で……」
◆
壱意には憧れの人がいた。
自分が魔法少女になったばかりの頃、右も左も分からない時にたくさんのことを教えてくれた人だ。
本人の気質ゆえに周りとの衝突は多いが、長く付き合っていれば、面倒見の良さと人一倍優しいことがわかった。
しかし、そんな彼女は晩年F級。
本人が弱いとは思えない。だけど、インベーダーを倒すことに能力が向いていないと言うだけで評価されない。
「おかしいですよ。先輩はすごいのに!」
「おかしくなんかねぇよ。魔法少女はインベーダーを討伐するための存在。それ以上でもそれ以下でもない。他の分野に長けていようとそれは本質じゃないからな」
決まって彼女はそう言った。
誰よりも努力しているからこそ、みんながアドバイスを求めればすぐに答えることができて、それで上のランクに上がれた人間はたくさんいる。
それなのに、本人が報われないのはおかしいじゃないか。
壱意はそう思って、そして、実際彼女にそう何度も話した。
だけど、それでも努力を重ねるだけで理不尽に愚痴も漏らさない彼女を見て、いつしか壱意も何も言わなくなっていた。
ただ。
「先輩がすごいんだって、私はわかってますからね!」
自分一人だけでも理解しているのだと表し続けた。
そんな中で、壱意は順調にランクを上げていった。
アドバイスと本人の才能がうまく合致したのだろう。壱意をどんどん押し上げた。
だけど、それは自然と先輩である少女と話す機会を減らしていった。
魔法少女コミュニティは必然的に同じランクの人間ごとに別れているため、その中での交流が増えていった。
そうして、会うことも減っていった。
でも、それでも、壱意は恩を忘れていなかった。
破竹の勢いでランキングを駆け上がった壱意にインタビューが来れば、自分によくしてくれた彼女の名前を出した。
憧れの人であるとそう言った。
そして、相変わらず彼女に会うために壱意は時間が開けば、かつて一緒に談笑をした河川敷に赴いた。
ランキングは上がり続けているが、その頃には緩やかな上昇になっていて注目度に伴った仕事や人付き合いも落ち着いてきていた。
しかし、そのころ壱意が足をはこんでも目的の少女に会うことができないことが増えていた。
何度かに一度はいる。
だけど、毎日のようにいたはずのこそに彼女の姿を見つけることが難しくなっていた。
そして、そんな状態を疑問に思って、会えた日には聞いてみるもはぐらかされるばかり。
少しモヤモヤとした感情を溜め込むことが多くなった。
何かを隠している。
だけど、人には言いたくないことの一つや二つあるのもわかる。
彼女のことを思うのなら強引に聞き出すのは良くないだろう。
そう納得して、その場では飲み込んだ。
だけど、しばらくして偶然、彼女と見慣れない少女たちが喋っているのを見た。
おそらく最近河川敷にいないのは交友ができたからだろう。
そう納得した。
ずっと自分がそばにいて理解していたかった。だけど、それはエゴだ。
自分以外にも彼女を認めてくれる存在ができたのだと納得しよう。
少し、くしゃりと崩れそうになる表情を取り繕って誰も見ていない場所で作り笑いを作った。
そう思っていた。そう飲み込んでいたのに。
実際は違った。
偶然、変身した彼女と数人の魔法少女を見た。
おそらくインベーダーを協力して倒したのだろう。
だけど、どうにも気になって彼女と一緒にいた魔法少女たちを調べた。
「A級」
その結果、その集団の中にA級魔法少女がいるとわかった。
そして、その他の少女たちもB級だったりと軒並みランクが高い。
そこまでわかって何かが引っかかった。
違和感だ。
インベーダーをあれだけの高ランクの人間が集まって倒すことなどあるのだろうか。
いや、居合わせたと言う話ならおかしくはない。
だが、F級の彼女は周りとの軋轢を生まぬため、いいと言っても戦闘時には退く癖があった。
では、あの光景はおかしい。
滿汐時ならいざ知らず、平時に現れるインベーダーは一体が原則だ。
加えて配信も行われていないことを加味すれば、上級インベーダーでもないはずだ。
「もしかして……」
嫌な想像が沸いた。
だけど、決定的なまでの証拠がある。
憧れのあの人は、高ランクの魔法少女に媚を売っているのだ。
わかってしまった。
彼女はずっと評価されないことをしかたがないと口では言っていた。
だけど、実際はやるせない気持ちがあったのだ。
だから、ランクの高い魔法少女に取り入ろうとしていたのだろう。
そして、それがどうしても壱意には許せなかった。
そう。許せないのだ。
自らの型にはめて、憧れ続けた像から離れていってしまう。
その事実に苛立ちが増す。
孤高に振る舞っていたあの人が、自分より高いランクの人間に尻尾を振っているのがどうしても嫌だった。
憧れ続けたあの人は、他人の評価など気にしない。
ランクが高いだけの人間に笑顔を向けたりしない。
理想像が崩れていく。
だから、溢れ出したその想いは、彼女にかける強い言葉へと変わった。
壱意は少女に突っかかるようになっていた。
A級魔法少女に媚びている事実を詳らかにして糾弾した。
どうにか元に戻って欲しかった。
苦しめないで欲しかった。
だけど、言いがかりのようなその言葉は少女との間に確執を作っていった。
顔を合わせれば、絡みにいって。
無視されても、しつこく言葉を浴びせた。
そして、いつの間にか、憧れは苛立ちをぶつける対象へと変わっていった。
癇癪を起こすように、自分勝手な理想を押し付けて、結局彼女を怒らせてしまった。
そんなモヤモヤがあって、そして、魔法少女朝桜との接触があって……。
殺意は朝桜に向いていた。
そして、そんな折にこんな光景を見てしまったのは偶然なのだろうか。
呆然とその光景を見る。
魔法少女朝桜と、憧れの人──魔法少女零。
もうこれ以上上がらないと思っていた気持ちが沸々と煮えたぎる。
身体の中にはすでに収まらない。
それを可視化するように、黒いドロドロとしたエネルギーが壱意から溢れ出た。
怒りが魔力に変わる。
それでもあまりある気持ちは、壱意を動かした。
「どうして」
わけがわからない。
魔法少女零のそばにいつのは自分のはずだ。
A級ならまだ、わからなくもない。
だけど、今楽しそうに話す魔法少女朝桜は違う。
間違っている。
自分ではなにがいけないのか。
同じC級ではないか。
順位だって一つ違う程度。
「なんでお前がそこにいる!」
黒く、黒く、黒く。
どこまでも落ちていく気がしていた。
湧き出る力に反して体は何かに絡みつかれたように重い。
黒いエネルギーに染色されるように衣装は黒く変色した。
色の進行がさらに進んだようだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
壱意の望みは、零の隣に居座る邪魔者を排除することだけ。
零をたぶらかし、甘い蜜を吸おうと近づいた魔法少女朝桜を殺すことだけが、壱意の望みだ。
かつて、零が言っていた魔法の最小単位の干渉。
今ならそれすらもできる気がしていた。
ドロドロとしたエネルギーは、手足のように壱意の意のままに動き出す。
尾のように触手のように黒いそれが何本も生えた。
そして、そのまま二人の間に突っ込んだ。
二人を割くように割り込むように壱意は降り立った。
降り立つと同時、両者は避ける。
だが、朝桜は一歩遅い。
そのまま、エネルギーの触手を少女にぶつけた。
「──んぐっ」
朝桜は空気を吐き出して、体をくの字に曲げた。
体を地面に擦って地にふした。
邪魔者を零から遠ざけることに成功した。
そうだ。きっと、零も目が覚めただろう。
そう思って、零の方を振り返る。
そして、壱意の目に映るのは魔法少女零。
だけど……。
その表情は、驚愕と零から向けられたことのない感情が混ざっていた。
なんで、そんな目で見るんだ?
わからない。
それでも、零の口がゆっくりと動く。
きっと、礼が出てくるのだと思った。
昔から言葉遣いは荒いが、彼女は「ありがとう」を欠かさなかった。
だから、きっとそういうのだと思って──
「何してんだ?壱意……」
理解し難いものを見るように言葉を吐いた。