切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

10 / 57
別視点: レイダから見た、ハチの姿

 

 

 

 ──大して恩に思っちゃいない。

 

 

 

 その言葉が、グサッと胸に突き刺さった。

 

 お父さんから言われた言葉が何度か刺さったことあるけど、今回のコレは、今までで一番強く深くアタシの中に根元まで刺さった。

 

 だって、否定出来なかった。

 

 本当に誰でも良かったなら、それこそ通行人の女性にいくらでも助けを求められた。

 

 警察を呼ばないでとお願いして、菓子パン一個だけでも……そう頭を下げることだって出来たのに、私はしなかった。

 

 どうして……そんなの、断られると分かっていたから。

 

 警察呼ばないでとお願いしても、こっそり警察を呼ばれるのが分かっていたから。

 

 アタシも、女だ。女の事は、それなりに分かっている。

 

 同じ女だけに優しくしてくれる女は居る。

 

 それは、分かっている。

 

 でも、実際に動いてくれる人は少ない。

 

 性欲だとかうるさいやつが色々言うけど、それでも見返りで色々としてくれるのは男の方がずっと多い。

 

 でも、男の方が優しいとは言わない。

 

 身体目当てだってのも、分かっている。

 

 それでも、キレイ事を言うだけで何もしてくれない人よりも、身体目当てでもその日のご飯や泊まるところを用意してくれる。

 

 キレイ事しか言わない人たちは、アタシたちのような境遇に憤りを感じて……それだけ。

 

 これ見よがしに涙を流して、こんな非道を許してはいけない。

 

 そう繰り返すだけで、じゃあ、アタシたちにナニカをしてくれるのかっていったら、何もしてくれない。

 

 アタシとしては、そんな涙を流されたって何も思わない。

 

 だって、アタシは確かに苦しいけれども、アタシ以上に苦しんでいる人たちだって居る。そこに、男も女もない。

 

 でも、アタシが女だから、善良な人たちは涙を流す。

 

 アタシは、それがとても嫌い。これ見よがしに涙を流して哀れむ善良な人たちの姿が、とても気持ち悪く思えて仕方がない。

 

 アタシがもし、男だったら……この善良な人たちは、涙を流して憐れんだのだろうか……って。

 

 たぶん、気にも留めないのだろうなと思う。

 

 だって、現に私だけじゃない。

 

 夜の街には、アタシのように身の危険を感じて家から逃げ出した人、既に何度も殴られたりして耐えかねて逃げてきた人……色々な人が居た。

 

 そういう時、いつも声を掛けられるのはアタシのような女の子だけ。男の子は、始めからいないように扱われる。

 

 アタシよりも、たぶんちょい年下の男の子。

 

 定員だからと、昨日訪ねたシェルターには入れなかったって路上で話しているのを昔、たまたま盗み聞いたことがある。

 

 でも、私は知っている。気になって、そこに行ってみたから。

 

 そしたら、すぐに入れますよって手続きを取ろうとした。だから、私は気になって尋ねた。

 

 

 ──ここはもういっぱいかもって友達の彼氏から話を聞いていたのだけど、どうして入れるの……って。

 

 

 そしたら、職員の人は、なんてことはないといった感じで、笑顔であっさり答えた。

 

 

 ──ここは、女性優先ですから。

 ──知り合いの男の子がとても苦しい環境にある、その子もいいか? 

 

 ──すみません、貴女は大丈夫ですけど、男の子は他をあたってください。

 ──他って、他にどこがあるんですか? 

 

 ──さあ、それは私どもではお答えできかねます。

 ──そもそも、あるんですか? 

 

 

 そう質問を続けたら、職員は『詳しい担当者が席を外しているから……』と言葉を濁しただけで、答えなかった。

 

 本当に、なんてことはない話だった。

 

 なんてことはない、始めから女の子しか入れなかった、それだけ。

 

 それだけな話だけど、それで善人として振る舞っている人たちがあまりに気持ち悪かった。

 

 男の子は被害に遭わないんじゃない。

 

 始めから被害者として扱わないだけ。

 

 だから、何時だって被害者はアタシたち女の子だけで、キレイ事を繰り返す善良な人たちは誰もそこに目を向けない。

 

 

 それが、アタシにとっては堪らなく気持ち悪かった。

 

 

 そんな気持ち悪い人たちと一緒になったら、アタシまで気持ち悪い人間になってしまう……そう思ってしまうから、アタシはどこにも行けなかった。

 

 欲しいのは、涙でも同情でも憐れみでもない。

 

 住む場所と、温かいご飯と、安心して寝られる場所。

 

 だから、否定はしない。ソレに縋って生きている子が居る事を、アタシは知っているから。

 

 実際、私と似たような境遇で、家に泊めてくれたりご飯奢ってくれたり色々してくれてとか生活出来ている人……ほとんど例外なく、男に面倒見てもらっている。

 

 それを、アタシは悪い事とは言わない。

 

 よくないことだとは思っているけど、それでも、自分の力でなんとかご飯を食べられているわけだから。

 

 でも、アタシはどちらも選べなかった。

 

 身体を差し出して生活する事も、気持ち悪い人たちと一緒になって自分が気持ち悪くなる事も、どちらも選べなかった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………それだから、彼の……ハチくんの言葉は、グサッとアタシに刺さってしまった。

 

 

 たぶん、ハチくんは……見返りとか、そういうのは一切求めて無かったのだと思う。

 

 

 色々言っていたけど、目の前で死なれたくないからと、言葉通り善意で手を差し伸べてくれた。

 

 どこまでも、自分の気持ちのため。

 

 自分が嫌な気持ちになりたくないから、自分の考える嫌な人間になりたくないから、そのためだけに手を貸しただけ。

 

 もちろん、ハチくんだって人間だから、感謝されたいなって気持ちはあった。

 

 それは、当然。誰だって、誰かに手を貸したら、ありがとうの言葉ぐらいは欲しいって、そんなの当然のこと。

 

 でも、ハチくんはそれを言葉にはしなかった。

 

 そういう気持ちはあったけど、無いなら無いでいいやって、そんな程度の感覚だった。

 

 だから、ハチくんはアタシに感謝の言葉を促すようなことはしなかったし、暗に身体を求めるような言い回しも要求もしなかった。

 

 あそこでアタシが、ありがとうございました、って話を終わらせたら、ハチくんはちょっと心配しつつも、それっきりで終わらせたと思う。

 

 たった半日の付き合いだけど、なんとなく、ハチくんはそういう人だなって、理解できた。

 

 だからこそ、あの時の言葉は、そんなハチくんの……誇りっていうのかな、そういう部分を逆撫でしちゃったのだと思う。

 

 なんの覚悟も無いのに、ハチくんの善意に泥を付けちゃった。

 

 ハチくんが怒るのも、わかる。

 

 その気なんて無かったのに、あんな事言われたら、アタシだったら『ふざけるな、おまえにはアタシがそんな人間に見えたのか?』って怒る。

 

 ましてや、言った本人が実際はその気も無いとか後で分かったら、他人様をナメんじゃねえってアタシならキレてる。

 

 それは、損得が釣り合うとか釣り合わない、そんな話じゃない。

 

 アタシは、ハチくんの尊厳を軽く見た。

 

 言葉で、ハチくんの矜持にケチをつけた。

 

 それでも、ハチくんは怒ったけど、そこで出て行けと私を追い出さなかった。

 

 手を出したのだから、一区切り付くまで。独り立ちするまで、自由にしたらいい。

 

 そう、言ってくれたことに……アタシは、かつてないぐらいにこみ上げてくる自己嫌悪を止められないのに、それでも、安堵した。

 

 ああ、アタシも、気持ち悪いと思っていたやつらとそんなに変わらなかったな。

 

 そう、心の何処かで思いながら。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、ハチくんに連れられてダンジョン管理センターに行った。

 

 アタシも既に何度かダンジョンには入っているから、入るまでの手続きはスムーズだった。

 

 ただ、前回の時と違うのは、ハチくんが私の分の防具などをレンタルしてくれた……ということ。

 

 なんでも、安全が金で買えるなら安いものだ、ってことらしい。

 

 アタシの分までって聞いてみたら、怪我してほしくないんだから当たり前だろって、とても変な顔をされた。

 

 こういうところ、本当にハチくんはすごい。

 

 同時に、変わり者だなって思うけど、それ以上に、こういう人だからさっきは怒ったんだなって再確認しちゃう。

 

 で、着替え終わって。

 

 最初の講習以来のプロテクターの違和感(だって、お金掛かるし)にしっくりこないでいるまま、地下2階へ。

 

 正直、ものすごく怖かった。

 

 地下1階でも、モンスターの姿を見かけるたび逃げてはいたけど、それでも、地下2階に降りた時、アタシはまだ余裕があったってことに気付いた。

 

 だって、全然違った。景色はほとんど一緒だけど、アタシの気の持ちようがガラッと変わった。

 

 本当に死ぬ危険性がある場所に居るんだって理解した瞬間、冗談抜きで腰から下の間隔が無くなった。

 

 なんていうか、腰が抜ける前って感じが近いのかな。

 

 立って歩いている間は大丈夫だけど、この状態で腰を下ろしちゃったら二度と立ち上がれない……そんな感覚だった。

 

 

 ……そんな場所で、だよ。

 

 

 ハチくん、全然平気な顔で居るのには、本当に驚いた。

 

 でも、それ以上に驚いたというか、頭がおかしいというか、ハチくんのことをすごいって思ったのは、その後。

 

 それだけ慣れているのかなって、最初は思っていたけど。

 

 出てくるモンスターたちに、どこからともなく取り出した斧を投げまくっているのを見て……アタシは、気付いた。

 

 ハチくんは、慣れているんじゃない。

 

 ただ、受け入れているだけ。

 

 今死のうが、10年後に死のうが、100年後に死のうが、ハチくんにとっては同じことなんだ。

 

 死ぬまで生きる──ただ、それだけ。

 

 そこに意味なんて求めていないから、ハチくんは死を怖がらない。でもそれは、自暴自棄とか、そういうのじゃない。

 

 どうせ何時かは死ぬのだから、今から怖がるのは損だと本気で思っている。心から本気で、精一杯生きているだけ。

 

 だから、ハチくんは死ぬことを怖がらない。

 

 痛いのも苦しいのも嫌だと思っていても、その果てにあるモノは、あるモノだからと受け入れている。

 

 

 ──頭がおかしい人なんだって、正直思った。

 

 でも、そう思いながらも。

 

 

 ──そこまで貫き通せることが、すごいと思った。

 

 中途半端なアタシに比べて、ハチくんはよほどまっすぐで……だから、アタシは恥を承知でハチくんに聞いてみた。

 

 

「ねえ、ハチくん」

「ん?」

「アタシも、ハチくんみたいに、なれるかな?」

「そんなの、分からんよ」

「なにか、心得とかある?」

「心得……う~ん」

 

 

 ハチくんは、ちょっと考えた後で……笑顔で、こう言った。

 

 

「ナメられたら、殴れ」

「え?」

「地上なら捕まるけど、ダンジョン内なら事故だ。僕はいつでもおまえを殴り倒せるぞっていう気持ちが、心にゆとりをもたらすと思う」

「えぇ……」

「いや、これってけっこう大事だよ。警察だろうと弁護士だろうと政治家だろうと、ダンジョンに関する事は及び腰だからね」

「そりゃあ、そうだけど……」

「バックにダンジョンがあるんだと思えばいい」

「ダンジョンを盾にする人、始めて見たよ?」

「いざという時は、こいつダンジョンに引きずってこの斧でぶった切ってやるぞという気持ちが、大事なのだ」

「そ、そう……」

「そうだよ、ぶった切れ、なぎ倒せ、殴り飛ばせ、何事も、だよ」

 

 

 ──頭がおかしい人なんだなって、思った。

 

 でも、そう思いながらも。

 

 

 ──そこまで自分を貫き通せることが、すごいと思った。

 

 本当に、心の底から……その生き方が、アタシには眩しくて……堪らなかった。

 

 

 

 

 

 






※ レイダは、潔癖なんでしょうね
肉体的にとかではなく、生き方がどこか潔癖で、損をしても得をしても、気になってしまうやつ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。