切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第17話: えっほ、えっほ、えっほ……

 

 

 ──さて、そんな感じで地下5階層へと到達したわけだが……ここで、僕たちは異変に遭遇した。

 

 

 それは、眼前に広がっていたのは想像していたダンジョンの光景ではなく、うっそうと木々が生い茂る森林の中だったからだ。

 

 これには、僕もレイダも思わず目を瞬かせた。

 

 だって、ダンジョン内は基本的に洞窟というか通路というか、時々広場みたいな空間とか、そういう感じな光景が続いているとされている。

 

 実際、これまでトップ層が調査した限りでも、だ。

 

 多少なり異なっているところはあっても、だいたい構造的には同じで、内部が劇的に変わるだなんて話は……僕が無知なだけかもしれないけど、聞いたことがなかった。

 

 上の階層でも、そう。

 

 あのアナウンスの後、上の階でも木の実や果実を付けた木々が生えたり湖が現れたりしてはいるものの、大部分は以前のままで変わっていなかった。

 

 

 それに対して、これはどうだ? 

 

 

 もはや、広がっている光景は洞窟ではない、森林だ。

 

 しかも、これまでの通路状の構造とは違って、とにかく広い。木々が邪魔をして彼方まで見通すことはできないが、かなり広大な広場……みたいな形状になっているような気配がする。

 

 

「……レイダ、ココがこんな有様になっているって話、誰か話していたりしてた?」

 

 

 静かに、レイダは首を横に振った。

 

 そりゃあそうだ、と僕は納得した。

 

 これは別に、5階層に限った話じゃない。

 

 ダンジョンにて不測の事態、具体的に言うならば、いつもとは違う事がダンジョンで起こったら、即座に撤退して報告するのが義務付けられている。

 

 事が、ダンジョンの異変だ。些細な事でも、把握しておかなければならない。

 

 これはまあ、想像の話なんだけどさ。

 

 万が一にも異変を放置して人が入れなくなった……なんて流れになったら、誰が困ると思う? 

 

 僕とレイダだけでは、ないんだよね。

 

 石と木の棒を持ってウホウホやっていた頃ならともかく、現代社会って、もう『ダンジョン』が無いと成り立たない部分があるんだよね。

 

 実際にさあ……ダンジョンに入れなくなったら、どれぐらいの失業者(というのが、正しいのか?)が出ると思う? 

 

 昭和とか平成とかの大不況とかには比べ物にならないぐらいの影響が出ると思うんだよね、しかも、一定以上回復できないような感じの。

 

 だって、そっちはどちらも経済的なアレが原因での不況だけど、こっちの場合は、『魔石』っていう資源がそのまま枯渇したような話だよ? 

 

 そんなの、世界中で暴動だよ。下手したら、そのまま戦争が始まってもおかしくないレベルの大事件だよ。

 

 

 ……なので、だ。

 

 

 僕たちも義務に従い、一旦取り止めて地上へ戻ろうかと……思ったわけなのだけれども。

 

 

「ハチくん、看板がある」

「え?」

「ていうか、走ってくる」

「は?」

 

 

 その前に、レイダが森林の向こうを指差した。

 

 何を言っているのかサッパリ分からなかったけど、とりあえず、促されるがままレイダが指差した先を見つめ……思わず、変な声が出た。

 

 だって、本当に看板が走って来たからだ。

 

 なんか、アレだ、落書きの棒人間。

 

 頭の○の部分が看板になっていて、どこに口が付いているのか分からないけど、『えっほ、えっほ』って声を出しているのが聞こえて……うわぁ、なんかキモい。

 

 呆気に取られている僕たちを尻目に、走る看板は僕たちの眼前にて足を止めると、ピョイッとジャンプをして……大きな看板になって地面に突き刺さり、その場で固定した。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………????? 

 

 

 なんだろう、かつてない感覚、あまりにも意味不明過ぎて、頭の中で言葉がこんがらがっているのが分かる。

 

 でも、何時までも呆然としているわけにはいかない、だって、ここってばダンジョンだもの。

 

 とりあえず、モンスターじゃないよな……って斧を構えつつも、ゆっくりと近付き……看板に記されている文章を読んだ。

 

 

 

 

 

『 やあ、私だよ

 

 これを読んでいるってことは、読んでいるってことだよね

 

 なんか、ずっと同じ景色が続くのって、退屈じゃない? 

 

 そう思った私は、ちょっと内装をイメチェンしたんだ

 

 ほら、現代社会って、自然が少ないって言うじゃない? 

 

 だから、自然をいっぱい増やしてみたわけ

 

 広さも、申し分ない、野球だって出来るよ

 

 あと、ちょっと『世界』がさ、太り気味ならしくてね

 

 このペースで余剰エネルギーを消化しても

 

 解消されるまで、9800万年ぐらい掛かるらしい

 

 もうちょっとペースを上げろってお達しなので

 

 これまでより、ちょっと難易度上げるね

 

 もちろん、報酬も増やすよ、ちゃんと分かっているのだ

 

 仕様も変えて、パワーアップ、これで問題無し

 

 あと、そのうちダンジョン増やす予定だから

 

 増やしたらまた告知出すから、待っててね

 

 この前の、どうやらビックリさせちゃったみたいなので

 

 今回は、こういう告知のやり方で行くから

 

 不評だったら、また違うやり方にするね

 

 

 

 あ、それと

 

 ちょっと操作間違えちゃってね

 

 石油、3割ぐらい無くなっちゃったから、ごめんね

 

 元に戻そうと思ったけど、そうするとね

 

 地上の5割が石油で埋め尽くされるみたいで

 

 これさ、加減難しい……難しくない? 

 

 その分だけ、色々と御手当しとくから

 

 それじゃあ、また……   』

 

 

 

 

 

 ……そうして読み終わった途端、まるでそれを察知したかのように、地面に突き刺さっていた看板がズボッと抜けた。

 

 合わせて、再び棒のような手足をニョキッと生やした看板は、『えっほ、えっほ』と謎の掛け声を発しながら……今しがた僕たちが降りてきた階段を駆け上がって行った。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………えぇ? 

 

 

 再び呆然とするしかない僕たちを尻目に、「あっ!」再びレイダが声をあげて、森の向こうを指差し……その先を見て、「ひっ!」僕は思わず仰け反った。

 

 

 いったい何が……それは、新たな看板が走って来たからだ。

 

 しかも、1体だけじゃない。

 

 

 まるでマラソンレースのように、何十体、何百体もの看板たちが『えっほ、えっほ』と声を揃えて向かってくる。

 

 これには、思わず僕もレイダも進行方向から飛び退いて、木々の陰に。

 

 そんな僕たちに気付いているのか、いないのか、看板たちはドドドドドッと地響きのような足音を立てながら……あっという間に、上の階へ──

 

 

 

『うわぁ! なんだあれ!?』

 

『逃げろ! 看板が走って来るぞ!!』

 

『看板が!? 待て、なんだアレは!?』

 

『いいから逃げるんだよ!!』

 

 

 

 ──向かっている最中、なにやら上の階で悲鳴にも似た叫び声が聞こえたが……残念ながら、僕たちに出来る事は何も無いのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そんなこんなで、僕たちは地下5階を進むことにした。

 

 

 戻った方が良いのではという話が出るには出たけど、これから上に戻ると、間違いなくあの看板たちが巻き起こす騒動に直面してしまう。

 

 報告しようにも、混乱のあまり後回しにされ(しかも、それでいて帰らせてもらえない)るのは明白である。

 

 ていうか、どうせ他の人達もそのうち報告するだろうし……たぶん、前後するだけの話だ、そうに違いない。

 

 そんなわけで、僕たちは地下5階を進み……そして、当たり前な話だが、モンスターと遭遇した。

 

 

 お目当てのオーク……ではない。

 

 

 なんかこう、大きなダンゴ虫と言えば、想像しやすいだろうか。

 

 大きさは、おおよそ50cmぐらいだろうか。それが、丸まった状態でゴロゴロと転がってきた──とんでもない速さで。

 

 これまでには居なかった初めてみるタイプに、最初は面食らった──でもまあ、対処は簡単だ。

 

 まずは、避ける。

 

 そいつらは野球ボールように飛んでくるけど、投げられたボールと同じく、方向転換はしない。

 

 そして、止まるためには木々にぶつかって止まるか、バラッと身体を広げて……地面を転がって無理やり止まるかしか、できないようで。

 

 その時が攻撃のチャンスである。

 

 そのデカダンゴ虫は、再び転がって加速するには助走が必要なようで、僕たちが近寄ろうとすると距離を取ろうとする……つまり、だ。

 

 初回の攻撃さえしのげば、後はこっちのもんだ。

 

 殻はかなり固いようだが、重さと遠心力を合わさった斧の前では、2回に1回はぐっさり刺さってくれる。

 

 仕留め切れなくても、深手の傷を負うと丸まれないようで、そうなったらもう、僕にとっては的である。

 

 

 ……レイダは、どうしているかって? 

 

 

 レイダは、取りこぼしたデカダンゴ虫が飛びかかって来た時に迎え撃つ、バッターマシンである。

 

 初回の十分に加速し終えたデカダンゴ虫相手だと、下手に迎撃するとこん棒が曲がってしまうリスクがあるし、レイダも負傷してしまうリスクがある。

 

 

 ……みんなは、知っているかな? 

 

 

 レイダのこん棒って鉄製(?)なんだけど、それでも曲がるときは普通に曲がるんだよね、そんな事あるかって思うだろうけど、マジなんだよ。

 

 で、まあ、そんな感じのデカダンゴ虫だが……弱点はすぐに見つかった。

 

 それは、一度止まってからのゴロゴロアタックは……当たれば大変だが、その速度は明らかに遅いということ。

 

 レイダにとっては、まさしく手頃な送球。

 

 漫画で覚えた見様見真似《みようみまね》な下手くそフォームで行われたスイングでも、デカダンゴ虫を仕留めるには十分だった。

 

 

「……ハチくん、シャワー浴びたい」

「え? あ、うん……」

 

 

 だが、ここで大問題が二つ生じた。

 

 それは、デカダンゴ虫を『家』に入れることを、レイダが頑なに拒否をしたということ。

 

 とにかく、家の外とはいえ、こんなデカい虫があの空間に居るのが嫌なんだとか。まあ、さすがに、このサイズは嫌だろうなあ、と納得。

 

 僕はまあ、物置小屋暮らし(あと、公園のベンチとか)で虫に見慣れているから平気だけど、見慣れていない人にとっては嫌悪感が湧いても不思議じゃない。

 

 ひっくり返った死体って、なんか小さい足が何十本も生えてワサワサしているし、時々だけど、ピクッとケイレンするんだよね。

 

 コレが、とにかくレイダにとってはダメらしい。いわゆる、生理的嫌悪ってやつ? 

 

 丸まっている姿はまだ我慢できたらしいけど、身体を開いてワサワサするのが本当に我慢ならないみたいで、鳥肌が立っているのが見えた。

 

 正直な所、僕としては、死体でしょって思ったけど。

 

 レイダの目が血走っていたし、死体にすらもビクビク腰が引けていたから、まあ無理して入れる必要はないかってことで、デカダンゴ虫は放置となった。

 

 

 で、二つ目の問題だが。

 

 

 デカダンゴ虫をバッターマシンが如く打ち返しまくっていたレイダだけど、その体液を浴びてしまって、目に見えてテンションが下がってしまったこと。

 

 これもまあ、とても納得する。

 

 虫の1匹や2匹ぐらいの体液ならティッシュで拭っておしまいにしちゃうけど、さすがに全長50cm近い巨体の体液って、相当な量になる。

 

 しかも、臭いが……こう、ちょっと独特なんだよね、土臭いって感じ。あと、色合いが、ちょっと緑色っぽい? 

 

 頭からドバっと被ったとかじゃないけど、何十匹と仕留めていたらさ……飛沫が、けっこう身体に付いちゃうわけで。

 

 ただでさえ虫嫌いな様子なこともあって、いよいよ我慢できなくなったレイダから、一旦身綺麗にしたいという話が出るのも仕方がないことなのだろう。

 

 

「オークとか殺した時は血飛沫とか付いてもそこまで気にしていないけど、なんか違うの?」

「赤い血は定期的に股から出しているから慣れてる。虫の血は……アレかな、宇宙人の体液ぶっ掛けられたみたい?」

 

 

 その際、ふと気になったことを尋ねたら、そんな返答をされた。

 

 

 

 

 

 ……さて、そうして『家』に避難したわけだけど、いざシャワーを浴びれるという状況になったら、浴びたくなるのが人というもの。

 

 我慢できるとは言ったけど、良い気持ちにならないのは僕も同じ。

 

 ていうか、虫の体液を浴びて良い気持ちになる人って、もう変態の領域じゃん? 

 

 僕は変態ではないから、浴びれるなら浴びて身綺麗にしたいと思うのは当然。

 

 

『ハチくん、一緒に入ったら時間節約だよー』

「親しき仲に礼儀あり、だよ!!!」

 

 

 浴室の方から聞こえてきたレイダの声に、玄関から大声で返事をする僕である。

 

 改めて確認すると、僕もけっこう体液の飛沫を浴びていたっぽくて、なんかコレでリビングとかに行くのが嫌になってね。

 

 玄関ならまあいいかってことで、玄関で待機しているってわけで、特にする事も無いからボケーッと座り込んでいた……ところなんだけど。

 

 

「──虫だって、立派な資源ですよ」

「うわ、出た」

 

 

 ガチャリ、と。

 

 玄関扉をちょっとだけ開けてチラ見してきた謎のお姉さんの登場に、僕は思わず本音が出た。

 

 毎回登場に脈絡が無さ過ぎて心臓に悪い。

 

 お姉さん、とにかく気配が無いから、こちらから見付けるか、向こうから声を掛けられない限りは気付けないから、毎回ちょっとびっくりして──いや、それよりも、だ。

 

 

「えぇ……あの虫、食べられるの?」

 

 

 いくら食べられるとはいえ、虫肉というのは、さすがの僕でも抵抗感がある。

 

 いや、だってさ、図書室とかで食べられる虫はあるかって調べたことあるけど、ほとんどの虫って毒があったり食用としては適さないとからしいから。

 

 あと、万が一自分が食べている肉が虫肉であることにレイダが気付いたりしたら……たぶん、顔の形が変わるまでビンタされるだろうし。

 

 

「いいえ、食べられませんよ」

「え、じゃあ、なんで?」

「アレは、総合センターに預けますと、様々なオイルになります。少し扱い方が異なりますが」

「へえ、そうなんだ」

「なので、次からは持ち帰ることを推奨します」

「でも、それをするにはレイダがとにかく嫌がっていて……」

 

 

 そう言えば、「ふむ、分かりました」お姉さんは一つ頷くと、扉の隙間から差し込んできた腕をニュ~ッと伸ばし……ポン、と僕の頭を叩いた。

 

 ──その瞬間、ナニカが頭の中でグルグルと渦巻いた感覚がしたけど、すぐに治まった。

 

 

「では、また……料金はツケておきますので、ちゃんと返済を続けるように」

 

 

 それだけを告げると、扉はパタンと仕舞った。

 

 後に残されたのは、呆然としたまま何が起こったのか分かっていない僕と。

 

「ハチくん、お風呂あがったよ~」

 

 わしゃわしゃと、バスタオルで身体を拭きながら出てきた……何も知らないレイダだけであった。

 

 

 

 

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