切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第26話: なお、既に栄養失調による衰弱死は出ている模様

 

 

 

 あのロボットが『キログラムなのよ!』とか、『安心』だとか『安全』だとか言っていた意味は、すぐにわかった。

 

 

 有り体に言えば、この黒い球体……滅茶苦茶頑丈なのである。

 

 それは、硬いからではない。むしろ、全体がゴムのように柔らかく、どう転がしても傷つかないという意味で頑丈なのだ。

 

 とりあえず、材質がゴムではないのは確定している。なんというか、感触がゴムのそれじゃない。

 

 そして、見た目とは裏腹にかなり軽い。

 

 多分、十数キログラムぐらいの重さしかないのでは……そう思うぐらいに軽く、なんなら僕たち3人で軽く持ち上がりそう……というか、持ち上がったぐらいだった。

 

 

 ……が、しかし。

 

 

 そう簡単に事が運ばないのが、マイナス10℃の石油ダンジョン。

 

 ゴムみたいに柔らかく余裕で持てるのだが……当然ながら、黒い球体も普通に冷たい。

 

 いちおう対策はされているのか、指がくっつくみたいな事故は起きていないけど……まるで、氷を触っているみたいな感覚だ。

 

 ぶっちゃけると、持っている両手が滅茶苦茶冷たい。

 

 うっかりバランスを崩して身体で受け止めようとしたら、思わず息が止まるぐらい冷たい。

 

 いっそのことゴーレムで運んだ方が……なんて意見が僕たちの間で出たのだけど。

 

 

 ……土砂と土砂が擦り合うとき、実は静電気って発生しているらしいんだよね。

 

 

 という、愛からの呟きを聞いてしまった以上は、万が一引火でもしたら……という可能性が捨てきれないので、手作業での運搬になったのだ。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………で、だ。

 

 

 ひいひいブルブルぜえぜえプルルン、みたいな感じで。

 

 やっとこさ、ダンジョン外まで黒い球体を運び出して。もちろん、出る前には『鍵&家』で直前まで身体を温めてから、だ。

 

 盗んだらぶっ殺すという札を張ってから、外のテントに残してある服に着替えて……えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ、と総合センターへと持って行く。

 

 さすがに、4mぐらいある巨大な球体を運んでいる様は目立っていたようで、ジロジロと見られたが……無視して、センターの受付へ。

 

 

『ハイ、ヨロコンデー!!』

 

『ハイ、ガンバルゾー!!』

 

 

 こんな馬鹿でかいモノをどうするのかと思っていると、ロボットたちはそんな言葉と共に、ロボットアームを伸ばして……なにやら、受付の奥へと入って行った。

 

 この、受付の向こうで何が行われているのか、それを知る者はいない。

 

 出入り口はとにかくバカでかく、大型トラックが10台並んでも余裕があるぐらい広く、何重にも垂れ下がった暖簾のおかげで、中の様子を伺い知ることは出来ない。

 

 ダンジョンから持ち帰ったモノやモンスターの死骸を提出すると、奥の方へと持って行かれて……なにやらギュィィイインってな感じで作業の音がして。

 

 出てきた時には、対応したモノを手にしている……というわけだ。

 

 冷静に考えると滅茶苦茶怖い話だけど、誰もそこには触れない。

 

 触れたところで得することなんてないし、そんな事に目を向けて明日食う飯が無くなる方が、100万倍も嫌だからだ。

 

 

 ……ちなみに。

 

 

 総合センターが出来た当初、なにやら忍び込もうとした人が何名か居たらしいのだけど。

 

『──○○名、活用させてもらいました──』

 

 どのような手順で解体され、どのような反応を示したのかが事細かく記された看板が立てられたのを最後に、侵入する者は1人もいなくなった……とのことだ。

 

 とまあ、そんな感じで長々と続けた説明を他所に、ロボットたちがキュルキュルとキャタピラっぽいのを動かして受付へと出てきて……にゅ~っと、僕たちに一枚のカードを差し出してきた。

 

 それは、簡素なデザインで、『200000L』とだけ印字された磁気カードで……なにこれ、と僕たちは首を傾げた。

 

 

 率直に尋ねたら、だ。

 

 

 そのカードは、言うなれば石油専用プリペイドカードみたいなもので、所定の機械にて使用し、当人のみにしか使えないとのこと。

 

 で、その機械は総合センター内にあり、ロボットアープが指差した先には、なんかガソリンスタンドのアレみたいな設備が壁に張り付くようにしていつの間にか設置されていた。

 

 本当に、何時の間に設置されていたのだろうか。

 

 少なくとも、僕は今の今まで見た覚えは……止めよう、考えるだけ時間の無駄だし徒労にしかならないだろうし。

 

 とにかく、その機械にて『石油』を得ることができるようだ。

 

 量にして、合計20万リットル分、とのこと。

 

 つまり、灯油だろうとガソリンだろうと石油系ならオールOKらしいけど、液体にして合計20万リットル分、重さにして20トン分だけ、とのことだ。

 

 

 ……いや、そんな量をどないせいというのか? 

 

 

 あまりにも想定を上回り過ぎる量に、僕たちは顔を見合わせ、喜ぶよりも前に途方に暮れる。

 

 いや、まあ、嬉しい事は嬉しい。

 

 しかし、20万リットルっていったいいくらに……なんかもう考えるのが面倒に思えた僕たちは、ひとまず、管理センターの方へと向かったのであった。

 

 

 なんでかって? 

 

 

 そんなの、20万リットルも……あ、いや、いくらかは愛の実家の方へ融通させるけど、とにかく、持って行く先なんてそこしかないからだ。

 

 だって、さすがに、路上で『灯油&ガソリン売ります』とか、暴動待った無しじゃん? 

 

 さすがの僕でも、それぐらいは想像出来るよ。

 

 余裕が無くなった人間って、いくらでも言い訳して他人を殺すからね、あまり他人の善性を信じるのも良くないってことかな。

 

 それで、まあ、いちおう有ったんだよね、石油関係の依頼票が。いや、いちおうっていうか、いっぱいあった。

 

 『1L○○○○円で!』とか、『5Lで2万円!』とか、『専属契約急募!』ってな感じで、白いボードにこれでもかって貼り付けてあった。

 

 前に来た時、こんな雑な貼り付け方していたっけ? 

 

 そんな事を思ったけど、これはアレだ。

 

 たぶん、あまりにも依頼が多過ぎて、掲示板とかそういう場所い収まりきらない感じだ。

 

 まあ、藁にもすがるような感じなんだろうけど……なんだか嫌な予感を覚えつつも、結局は管理センター以外に持ち込み先が無いので、受付へと向かった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………で、その結果、どうなったのかと言うと。

 

 

「……だ~か~ら~……石油ダンジョンから手に入れたって言ったじゃん。総合センターの機械で手に入るんだってば」

「うん、それはまあ、分かってはいるんだけど……でも、そんな最奥に20万リットルも……本当に、どうやって?」

「そんなの気合と根性だよ。ていうか、そういうのを問い質すの、御法度じゃなかったっけ?」

「う、む、まあ、それは、そうだったな、申しわけない、聞かなかったことにしてほしい……」

 

 

 僕の言葉に、所長さんは気まずそうに視線をさ迷わせた。

 

 そう、これまでダンジョン関連でやってはいけない事とされている諸々は、あくまでも経験則や傾向から推測したモノに過ぎない。

 

 言い換えれば、ダンジョン関連では、未だに明確な基準というものは何一つ見つかっていないのだ。

 

 ○○人以上がチームを組んで入るのが危ないって話も、結局はこれまで様々な形で現れた犠牲の果てに導き出した、『おそらく、ここまでは大丈夫だろう』という願望を込めたラインに過ぎない。

 

 実際は人類が知らない間に様々な条件を無意識にクリアしているから○○人以上OKなのかもしれない。

 

 もしくは、実はルールが変わっているけど、これまで偶然ラインに引っ掛かっていないだけなのかもしれない。

 

 あるいは、そもそもルールなんてものはなくて、『ダンジョン』そのものに意識があり、気まぐれで攻撃されているだけ……それぐらい、何も分かっていないのだ。

 

 だから、ダンジョン関連はとにかく『前例』に拘る。

 

 判断材料が痛みを伴ったモノばかり(実際、相当数の死者が出ている)だから、当然と言えば、当然で。

 

 この国はとにかく前例主義だとか言われたりするけど、そんなのダンジョンに比べたら全然マシだよな……という話なわけで、まあ、つまるところ。

 

 今の僕みたいに、アイテムやモンスターがどうだったか、どこで手に入れたか、どうやって倒したか、ぐらいを僕たちから説明するのはセーフなんだけど。

 

 他人様が隠していることを探ろうとしたり、あの手この手で脅しを掛けたりして聞き出そうとするのは、けっこうアウトっぽいんだよね。

 

 もちろん、全てが全て、そう言う感じになるわけじゃない。

 

 今の所長さんみたいに、あまりに目の前の出来事が信じられなくて思わず聞いてしまった……とかなら、まあまあ大丈夫。

 

 さっきも話したけど、ヤバいのはあえてすっとぼけて聞き出そうとしたり、『力』を使って探ろうとしたり、とにかく、秘密を暴こうとしたとき。

 

 たとえば、僕を尾行して調べようってのも駄目。

 

 偶発的に見てしまった場合はセーフだけど、それを誰かに伝えたり、それで脅しを掛けるのも駄目。

 

 冗談抜きで、『呪い』が発動する。

 

 嘘か本当かは知らないけど、昔そういう事を行った探索者の人と、それに乗っかった人たちの下に雷が落ちて即死したって話があるぐらい、けっこう有名なこと。

 

 なんでも、雷がご丁寧に1階出入り口から階段を登って3階のオフィスへと向かったのが一瞬見えたとか……なわけで、よほどのバカじゃない限りは、これでこの話はお終いである。

 

 

 ……実際、無駄に聞き出したところで、僕たちの反感を買うだけだしね。

 

 

 むしろ、変に他所へ売ったり闇市(そういうのがあるらしい)とかに流さず、正規の手順で管理センターに流す僕たちの良識に感謝してもらいたいものである。

 

 まあ、個人で20万リットルとかどないせっちゅうんじゃって言われたら、それまでだけど。

 

 

「……ところで、20万リットルって全体としてみると微々たる量、せいぜい18リットルのポリタンクで1万1000個よりちょい大目ぐらいですよね?」

 

 

 そして、そんな時だった。

 

 さて、用も済んだし帰るかあ……ってなった時に、愛がジーッと所長さんを見つめながら尋ねたのは。

 

 

「どのように振り分けるのかは分かりませんけど、主にどこへ分配される予定なんですか?」

「愛? そんな事を聞いてどうするの?」

 

 

 僕と同じく、首を傾げたレイダの問い掛けに、「う~ん、所長さんに言うことじゃないんだけど……」愛は白けた眼差しを所長さんへと向けた。

 

 

「もしかして、高齢者が多い施設や避難所とか、女性優先とか、政府関係者とか、そんな感じで回されるとかじゃないですよね?」

「それは……申し訳ない、どうするかは上の判断になるとしか」

 

 

 突然の質問に所長さんは困惑した様子で答え……対して、愛はきっぱりと告げた。

 

 

「小娘の戯言だと思ってもらって構いません。おそらく、それをやるとドブに捨てるのと同じ結果になりますよ」

 

 

 なんかいきなりすごい事を言い出したぞ。

 

 そう思ったのは、おそらく僕だけじゃない。

 

 

「……どうして、そう思うのかな?」

 

 

 所長さんもそんな感じだけど、まず話を聞こうと思ったのか、特に怒りだすような事はしなかった。

 

 

「どうしてって、今がもうジリ貧だからです」

 

 

 そして、愛もまた小馬鹿にするとかそんな感じではなく、淡々と既に起こっていることを語るかのような口調で答えた。

 

 

 愛曰く、だ。

 

 

 現時点で、日本のみならず世界全体が、今の人口を維持出来ることが出来ない段階に来ている。

 

 不安視あるいはネガティブとか、そんな話ではない。既に確定している現実として、遠からず起こる出来事。

 

 そう、全人口の数%~十数パーセントにも達するであろう、億単位の餓死である。

 

 それは、誇張でも脅しでもない。何度も言うが、事実である。

 

 現代の総人口は、膨大な量の石油を消費することで維持されていた。言い換えれば、石油が無ければ今の人口を維持出来ないのだ。

 

 何故ならば、人口を維持するための食糧生産や運搬には、ぜったいに石油が必要だからである。

 

 その石油が無い以上、維持出来ない。

 

 維持出来ないのであれば、待っているのは食料危機からくる餓死しかない。泣こうが喚こうが、食料は無からは生まれない。

 

 今はまだ、誰も目先のことにばかり目を向けているが……事は、暖房だとか病院だとか、そんな話ではない。

 

 もはや、そんな次元で考えている時点で、どうしようもない平和ボケか、現実逃避をしている自覚すらできていない……との、ことであった。

 

 

「上の人が決めるのであれば、提供した人の1人からの伝言とでもしてください」

「……なにかな?」

「このままですと、間違いなく増え続けます」

「増え続けるって?」

「何千人という子供が飢えて、比較的可愛い子供が路地裏でパンツを脱いで股を開く未来が、です」

「それは……少々、悲観的に考えすぎではないかい?」

 

 

 さすがに思うところがあったのか、所長さんの目に非難の色というか、ちょっとばかり不快感が滲み出ていた。

 

 

「悲観的? 既に、私ぐらいの子でも普通に路上で立ちんぼしていますよ? もしかして、すっとぼけています?」

 

 

 でも、愛は欠片も気にしてはいなかった。

 

 

「以前の、大半が遊ぶ金欲しさに立っているんじゃなくて、本当に食うに困って路上に立っている子がぞろぞろいますよ……まさか、知らなかったんですか?」

「…………」

「知らないわけ、ないでしょう? 知っているうえで子供を見殺しにしてこれまで通り行き先不明でうやむやなんてことに……まあ、それでも構いません」

 

 

 ですが──そこで、一旦言葉を止め。

 

 

「断言します。それをやったら最後、若者世代は二度とこの国を本当に信用しなくなります。今が、この国における分水嶺なんですよ」

 

 

 それでも、言わねば……そんな目を、愛はしていた。

 

 

「いざという時切り捨てられるという立場だと、奪うだけ奪って何も与えない国だと思い知らされた世代が、どうしてこの先国のためになんて考えようと思いますか?」

「…………」

「子供の戯言と思ってけっこう、小娘が上から目線でと思ってけっこう。それでも、自分が生きてきた国です……やるだけやって駄目ならまだしも、人気取りのために使われて駄目になったとか……そんなの、バカみたいじゃないですか」

「…………」

 

 

 所長さんは、答えなかった。

 

 僕もレイダも、黙ったまま何も言わなかった。

 

 正直、僕は愛のように国の事とか世界の事とか、ほとんど考えた事がない。だって、いざという時に助けてくれなかったから。

 

 『管理センター』だって、結局のところは『呪い』とかいう危険を抑えるためと、『魔石』とかいうメリットを得るため。

 

 見方を変えたら、セーフティネットの一つとして利用していたのは否定できないと思う。

 

 だって、『生活に困ったらダンジョンに行け』ってのは、昔からある言葉だし、僕よりも上の世代……いわゆる、氷河期世代とか呼ばれていた人たちが、そうだったらしいし。

 

 ダンジョンのおかげで今はこうなっているけど、これまでダンジョンがあるから誤魔化していた部分もあったわけで。

 

 けして、被害者というだけの立場ではないと、僕も思うわけで。

 

 

(まあ、愛の言う通り本当にこの先はジリ貧になるだろうし、うやむやのまま行方不明とかになってハイお終いってされたら……やるせないよなあ)

 

 

 口には出さなかったけど、愛の気持ちも分かるなあ……と、思ったわけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ハチたち3人が退室してから、少し後のこと。

 

 

「……世間知らずの若者が何をえらそうに……そう、頭ごなしに言える時代だったんだけどね」

「そうですね、少し前ならそう言えたわけですけど……」

「悲しいけど、これから先、どんどんあの子たちみたいなのが増えていくでしょうね」

「正直なところ、どうなると思うかな?」

「賭けます?」

「賭けにならんだろ。まあ、試しに言ってみてくれよ」

「俺は、インフラが持つ限り、だと思います。言い換えたら、今後またダンジョンで変化が起こって、現状のインフラの代わりになるモノが生まれたら……」

「なんだ、似たような事を考えているじゃないか」

「所長は、どうなんですか?」

「僕は、これまでの騒動が全部無かったことになって、石油とかもひょっこり元に戻る……ぐらい起こらない限り、君と同じだよ」

「それじゃあ、賭けにならないですね」

「だから、そう言っただろ……ところで、一つ聞いていいかな?」

「はい?」

「君のところ、たしか娘さんだったよね? 今年で大学生……だったっけ?」

「そうですよ。でも、休学しました」

「それは……」

「とてもじゃないけど、大学行かせられる余裕が無くなったんで。アルバイトが軒並み無くなって、奨学金も人数制限で……」

「……申しわけない、変な事を聞いて」

「いえ、構いませんよ。だから、あの子たちのこと……怒れませんでした。実は、去年の12月にはもう、娘もダンジョンに行くようになりまして」

「それは……」

「でも、まだマシですよ。だって、公務員ですから。役所で長蛇の列を作っている人たちに比べたら、今はまだ生活も安定しています」

「…………」

「でも、それも時間の問題かもしれませんね。あの子の言う通り、ジリ貧ですよね、これ」

「……分かっているよ、言われなくてもな」

 

 

 そんな会話が、あったとか。

 

 

 

 

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