一回で20万リットル手に入るのは良いのだけど、あまりにも辛いし、『鍵&家』があっても大変過ぎたので、どうしたものか。
そう思っていた僕たちを他所に、その日、最近あまり顔を見ていないなと思っていた謎のお姉さんが、空の彼方より僕たちを見下ろしていた
『──なにやら暗い顔ばかりですね、私です』
そう、いつぞやのビッグ謎のお姉さんの襲来である。
相変わらずな挨拶もそこそこに、謎のお姉さんは……新たに『ダンジョン』を増やすという話をした。
『──その名も、『肉ダンジョン』と『穀物ダンジョン』と『野菜ダンジョン』です』
『最近、皆様方の顔色が悪いことに気付いた私は、いったい何が原因なのかを考え……そして、気付きました』
『皆様方……あまり、ご飯を食べていないことに』
『寝る子は育つと言いますが、食わない者は例外なく衰えます。人は肉も穀物も野菜もバランスよく食べた方が良いのです』
『なので、私は考えました……そういうダンジョンを作ろう、と』
『色々と調整が大変でしたけど、頑張りました』
『これはもう褒め称えられるべきかなと思いましたけど、泣きっ面に蜂みたいな状況の皆様にはそこまで求めはしません』
『さて、小粋なトークもそこそこに、本題に入りましょう』
『まずは、肉ダンジョン』
『その名のとおり、食用出来る大量の肉へと交換するモンスターが主に出現します』
『当然ながら、モンスターはクソ雑魚ヨワヨワふにゃふにゃなので、子供でも倒せます。より奥の方へ行けば行くほど、良質かつ大量の肉が手に入ります』
『穀物ダンジョンと野菜ダンジョンも、同様です』
『奥に行けば行くほど、より質が良く栄養価の高い穀物と野菜を大量に手にいれることができます』
『これらはあくまでも、暫定的な処置です。そのうち、消す予定です』
『本当はモンスターとかぶっ殺したりして欲しいのですけど、そうする前にお腹が空いて動けなくなったら、本末転倒ですからね』
『本来は、従来のダンジョンでも同じモノが手に入りますが、皆さまがあまりにも大変なご様子なので……お助け的なアレで設置を決定致しました』
『なので、お腹が空いた方々は是非とも突入してください』
『どちらも、毎日10万人が絶えず押し寄せても尽きないようにしてありますので……では、また』
ビッグ謎のお姉さんは、それだけを告げると……6本の腕をふりふりしながら空の彼方へと消えて行ったのであった。
……。
……。
…………で、どうなったのかと言えば。
当たり前といえば、当たり前かもしれないが。
『肉ダンジョン』と『穀物ダンジョン』と『野菜ダンジョン』。
三つともがとんでもねえ込み具合で、石油ダンジョンの時よりもはるかに酷かった。
理由はまあ、人々が飢えていたからなのだろうね……と、僕は睨んでいる。
石油ダンジョンの時も人々は必死ではあったが、まだ厚着をしたりして寒さに関しては耐えている人が多かった。
でも、石油の爆発的高騰によって、大半の人達が……おそらく、戦後初と言えるぐらいの『飢え』の中に叩き込まれた。
これはもう、実際に体感しないと分からないことなのだけど。
飢えるって、めちゃくちゃ怖いんだよね。
お腹が空いたの先にあるのだけど、身体が本当に飢えている時ってね、眠るのが少し怖くなるんだよね。
明日、ちゃんと目が覚められるのかなって、不安になる。
もちろん、考え過ぎだって言われたらそれまでだけど……飢えている時ってね、とにかく心が死んでいくわけよ。
今にして分かることだけど、なんとか『鍵&家』で状況が好転するまで、僕ってば相当に荒んでいたんだよね。
なんというか、自覚無かったなって思い知らされる。
こう、目の色がヤバいってやつ……飢えた野良犬みたいな目をしていて、傍から見たら警戒心を抱かれて当然かなって。
そりゃあ、ねえ……浮気もされるって。
だって、客観的に見ると、ただ近くにいるだけでも雰囲気がヤバいんだもの。
今になって思えるようになったけど、彩音には逆に同情してしまう。むしろ、こんな僕と接するだけ、彩音のやつは不幸だったんじゃないかなって。
……で、まあ、話を戻すけど、ダンジョンだ。
そんな時に、それを解決するダンジョンが三つも出来たらさ……そんなの、飛びついて当たり前だよねって話なんだよ。
仮に僕が……そう、中学生の頃にこの三つのダンジョンがあったら、マジで入り浸っていたと思う。
学校とか行くの少し止めてさ……空腹って、それだけ辛いんだよね。
こればかりはね、もうね、本当に体感しないと分からない事だから……僕としては、仕方ないよねって話なわけよ。
「……先生、ほとんどワンツーマンっすね」
「いちおう、お前以外にも女子が3人いるだろ」
「居るには居るけど、元気なのは愛だけで、他の2人はお腹が空いてまともに頭が動いてないじゃん」
「……そうだな」
「というか、これで授業するの? さすがに学級閉鎖とかじゃない?」
「残念ながら、前例が無いから……」
だから、クラスメイトの9割近くが欠席して、もはや学級閉鎖した方が良いんじゃねえのってぐらいになってもまあ、仕方がないよねってのが僕の感想だった。
言っておくけど、インフルエンザとかそういう理由じゃない。
勉強する暇があるならダンジョンへって感じだ。勉強している余裕が無くなった人が多くなった分だけ欠席者が増えただけだ。
ちなみに、学級閉鎖にならないのは、欠席している理由が伝染病などの類ではないから、らしい。
結果が同じなら一緒じゃねって思ったけど、どうにもそういうわけにはいかないらしい。
なんでも、そもそも学級閉鎖を行う明確な基準は、せいぜい『伝染病などへの集団感染を防ぐため』という感じで定められてはいるらしいのだけど。
明確に何人休んだら閉鎖とか、何人感染者が出たとか、そういう基準は無いらしい。
あくまでも『学校側が各々判断をして対処しなさい』という話であり。
極論を言えば、半分以上休んでも閉鎖しないって選択は取れるし、1人でもインフルエンザとかで休んだら閉鎖って手段も、やろうと思えばやれる、というわけで。
学校としては学習指導要領とか授業計画(要は、カリキュラムのこと)とかの問題があるから、そう易々と学級閉鎖などはしない……とのことだ。
ただ、ここで困るのが、あくまでも欠席の理由は集団感染の類ではなく、いくらダンジョンが関係しているとはいえ、自主的な都合によるもの。
理屈としては、そういう理由でもないのだから、1人でも授業を受けたいと思って出席した以上は、その子のために授業をしなさい……というわけだ。
「あ~……ほら、2人とも遠慮しないで身体を温めなよ。授業が終わった頃に、出来上がるからさ」
とはいえ、僕を入れて生徒4人、教師1人、合わせて5人しかいないうえに、出席している生徒が全学年合わせて20人にも満たないとなれば、さすがに普段通りな空気にはならない。
あと、普通にめたくそに寒い。
暖房なんて使えないうえに、本来は30人強が席に座って行う部屋に5人しかいないわけで……そりゃあもう、ダウンジャケット着ていても身体が冷えてくる。
だから──というわけでもないけど、僕はね……持って来たわけよ……石油ストーブを、それもけっこう大型のやつをね。
僕にはインベントリーがあるから、持って来ること事態は楽。灯油も、前の糞デカダンゴ虫の分がほとんどそのまま余っているし。
ストーブ本体も、今はもう投げ売りみたいな値段でリサイクルショップとかに売られていてさ……燃料が買えないのだから、少しでも金に変えられるうちにって感じで安くなっていた。
たぶん、一般家庭用というよりは、業務用というか、そういうやつなのだと思う。
だって、本当にデカいし。
取扱い説明書には、なんか最大で60畳ぐらい温められるとか……さすがにフルパワーなんてしたら火傷しちゃうから弱で使うけど、60畳って半端ねえっすよ。
ちなみに、電源はポータブル電源。これも、リサイクルショップで売られていた。
これはハッキリと大型大容量ってアピールされていたやつ。
フルバッテリーなら、半日ぐらいは電気点けたりテレビ点けっぱなし出来たりお湯を沸かせたりが可能なんだとか。
どうも、ほとんど使用されていないのだとか、それでも安かったけど。
店員曰く、『電気代が高くなるから充電して節約♪』みたいな感じで考えていた人が、怒り心頭って感じで売りに来たやつらしい。
……冷静に考えたら、結局充電するわけだから節約も何も無いだろって話だけど、どうもそう考えなかった人が居たんだとか。
店側も『ほとんど新品だから売れるだろう』って思っていたのだけど、昨今の情勢ではただの重しにしかならず……定価の7割引きで買えたのは……ん?
──Q.電源はどうしているのか?
──A.『鍵&家』には、何故か電源が通っているわけで。
おかげで、ちゃんとフルバッテリーまで充電できる。
それこそ、石油ストーブ一つ動かしても余裕なぐらいは……まあ、電気で温めるのは滅茶苦茶効率が悪いらしいけど……で、だ。
それを教室内で取り出した時、そりゃあもう先生も女子も目をまん丸にして驚いていたけど……灯油をペコペコ注入して火を点けたら、後はもうみんな温かさに夢中だった。
なんか聞かれても、『ダンジョンです』って言えば、それだけで深入りはしてこないから楽だよね。
先生もさ……やっぱり、寒くてお腹空いているのは同じなんだよね。
冷静に考えたら、教室で鍋なんて作っていたら、これまでなら一発で職員室に呼ばれるところなんだけど……それ言い出したら、ストーブも駄目になるわけで。
授業とは言いつつも、先生も辛かったようで……ちょうど、ストーブの上に置いた鍋が出来上がったあたりで、午前の授業は終わったのであった。
「先生も遠慮なく食べてよ、まず食べてからだよ、何事も」
「うぅ……生徒の優しさが胸に痛い……」
「女子たち二人も遠慮しないで食べなよ、別に恩に着せるつもりはないから」
「……ありがとう」
ストーブの上に置いてある鍋の蓋を開ければ、中は煮立った味噌雑炊。このために、大型石油ストーブを買ったと言っても過言ではない。
普通にコンロで炊くよりはるかに時間は掛かるけど、さすがに約4時間もあれば、デカい鍋でも煮立ってくれる。
ただ具材を入れて放置しておけば完成なのは有り難い。
ちなみに、ストーブで鍋を作れるかって店員に聞いたら、『自己責任ですよ、おススメはしていませんから』って言われたのは内緒である。
「──美味しそうな匂い」
「お~、そっちもうまくいってた?」
「うん、思っていたよりうまくできた」
「後ろの人達も、寒いからはよ入りな」
机を動かしたりして用意している途中、レイダがホーロー鍋を持って来た。その後ろには、上級生含めた他の生徒たちが、同様にホーロー鍋を持っている。
そう、石油ストーブを置いたのは、ここだけじゃない。レイダのクラスを始めとして、他の教室にも置いたのだ。
学年が違うならともかく、同じ学年なのになんで分けるのかって言われそうだけど、授業の進み具合が少しばかり違うからってことらしい。
それぐらい気にしなければ良いのではって思ったけど、『勉強の躓きは、そういう小さなキッカケから』ってことで、出来る限り近しい進み具合の生徒で固めたってことだ。
……そんなわけで、他の先生たちも集まって、皆で昼食である。
「……涙出そう」
「温かいご飯なんて、何ヶ月ぶりだろう……」
「ぐす……ぐす……」
中には、涙ぐんで食べている人も居たが、特に騒動が起きるわけでもなく、何事もなく昼食は終わった。
……ん? なんで、わざわざ他の人達の分まで用意しているのかって?
そんなの、他の人達がぐうぐうお腹鳴らしている傍で飯を食ってもマズイからだよ。
前にも言ったけど、僕は別に他人が不幸になって喜ぶ性質じゃないし、勝手に幸せになっておけって考えなんだよね。
ただ、身を切ってまで見知らぬ他人を助けたいとは思わないし、自分と、僕が大切に思った人たちを優先的にするだけで。
今日のコレは、たまたまこの場に居たから……運に恵まれていたってだけの話。
ソレを僕に強制するつもりなら、僕は最悪の手段を用いる覚悟があるわけだし、ソレを言うならおまえは何をしてんだって話で。
(……まあ、当たり前のようにタカリ始めたら、その時考えるか)
とりあえずは、だ。
「……ここに集まっている女子たち、男子たちで、ダンジョン行ってみたらけっこううまく行くんじゃないの?」
ポツリと零したレイダの呟きに……男子と女子が互いに顔を見合わせているのを見て。
(まず、飯をちゃんと食える生活しないと、勉強しても頭に入らんしなあ)
なんとなく、僕の視線は……鍋敷き代わりに使われている教科書に吸い寄せられたのであった。
※ なお、肉・穀物・野菜、各ダンジョンでも死者は出ております