切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第31話: 生水って、けっこう臭いんだよね

 

 

 最初はまあ、そこまで気にはならなかった。

 

 

 なんか時々ちょっと臭うなって人を見かけたり、なんならクラスメイトでも似たようなことを思ったりはしたけど、それを表に出すつもりはなかった。

 

 だって、今ってまともにお風呂に入れている人って、ほとんど皆無なんだよね。

 

 近くに温泉がある人(利用させてもらえる人)とか、よほどの金持ちならともかく、一般人だと石油消失以来、お風呂に入れていない人も珍しくはない。

 

 よくさ、昔の漫画とかだと川の水で体を拭くってのがあったけど……アレさ、実際にやってみたことあるから、よくわかることなんだけど。

 

 川の水ってさ、乾くと独特な臭いが出るんだよね。

 

 

 なんというか、微生物の臭いってやつ? 

 

 それとも、砂粒の臭いが混ざっているのかな? 

 

 

 この臭いって本当に独特で、どれだけ綺麗に見えても、乾くとそういう臭いがしちゃうわけ。

 

 水道水が乾くのとは、やっぱワケが違うんだよね。

 

 どれだけ綺麗にしていたとしても、それはあくまでも自然界の中でって話で、魚とかが住めるぐらい綺麗だよって話なの。

 

 どう頑張っても、水道水レベルに綺麗じゃないわけ。

 

 なんなら、試しに綺麗だと思える川の水で服を洗濯して、乾かしてみたらよくわかるよ。

 

 たぶん、日本人のほとんどは、なんとも言えない臭いが立ち上るのを感じて、苦笑いで洗濯機に洗剤入れて洗いなおすはずだから。

 

 それぐらい、自然界の水ってのは臭いがあるわけよ。

 

 もちろん、何もしないよりはマシだから、それで体を拭いたりしているっぽい様子ではある。

 

 今では飲料水も貴重になって、かなりの地域で配給制になっているからこそ、昔みたいにじゃぶじゃぶ使えないから余計に。

 

 でもさ、それは寒い時期だからこそ、そこまで汗を掻かないから目立っていなかっただけで……やっぱり、気温が上がってくると、そうではなくなる。

 

 もうね、けっこうすごい臭いしているんだよね。

 

 体臭(垢)と、生水(微生物)、が入り混じると、もうこれは……ちょっと独特過ぎて、思わずウッと息が詰まっちゃうぐらいには、キツイ。

 

 しかも、しかも、しかも、だよ。

 

 冷静に考えたら、電気がそもそも十分に供給されていないわけだから、下水処理施設とかも従来通りには動かせなくなっているわけで。

 

 川の水だって、やっぱり時を経るにつれてどんどん排水垂れ流しで汚くなっていくわけで……おそらく、そのうち体を拭くための水としても使えなくなるんじゃないかって……でも、うん。

 

 

 とりあえず、僕は不快感を表には出さないよう意識する。

 

 

 何だかんだ色々あったけど、僕が色々大変だった中学高校の時も、明らかに育児放棄されている僕に対して、そういうことを言ってくるやつがいなかったからだ。

 

 いや、おそらく陰でコソコソ言っている人は居ただろうけど、真正面からそんなことを言うやつは……まあ、居なかったかな? 

 

 僕なりに身だしなみは気を付けていたつもりだったけど、それを抜きにしても、僕に気付かせないぐらいには、何も言ってこなかったわけで。

 

 それなら、僕がそうされたように、みんなに対してそう思ったとしても、それをけして悟らせるようなことは極力しない……つもりであった。

 

 だって、誰もが好き好んでそんな状態になっているわけじゃないからだ。

 

 お風呂に入れなくなったからとはいえ、誰も気にしてない……なんて事はない。

 

 本当に気にしていなかったら、また別の臭いがすると分かっていながら、生水を使って体を綺麗にしようとは思わないだろうし。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 そんな状況にある人が30人以上も集まれば、まあまあすさまじい臭いが充満するわけだ。

 

 コレは当の人たちも自覚してしまえる感じらしく、何人かは気まずそうに肩をすくめていた。

 

 

 その中には……幼馴染の島田彩音の姿もあった。

 

 

 一時期学校に来なくなったが、いつの間にか、また登校するようになっている。

 

 ただ、以前はその周りに友人が居たけど、今は居ない。

 

 おそらくという言い方は意地が悪いと思うけど、僕への嘘を流そうとしたことが露見して、離れたんだと思う。

 

 誰だって、そんなことをするやつが身近にいたら、『次は自分かも……』って警戒するのは当たり前だしね。

 

 

 まあ、それとは別に、だ。

 

 

 島田さんはけっこう髪が長いから、余計に……その、生活状況が良くないってのがわかる。

 

 具体的には、枝毛とかほつれとか、目に見えてボサボサになっていくし、脂でだんだんベトベトになっていくんだよね。

 

 いっそのこと短くしちゃうと目立ちにくくなるけど、女の人ってそこまで髪を短くするのは嫌がる人も多いから、仕方ないのだけど……っと。

 

 

「──っ」

 

 

 何気なく振り返った島田さんの視線が僕へ──直後、スッとまた前を向いた。

 

 一瞬のことなうえに不意なタイミングだったからどんな表情をしていたのかまでは分からなかったが……気まずそうに見えたのは、僕の幻覚かもしれない。

 

 

(……痩せたな)

 

 

 なんとなく、僕はちょっと悲しくなった。

 

 別れる原因がアレだったけど、それはそれとして、悲しんでいたり苦しんでいたりになってほしいわけじゃない。

 

 いちおう、何から何まで嫌な思い出ってわけじゃないし、なんならうれしかった思い出もあるわけだし……しかし、だ。

 

 

(『鍵&家』は……ぜったいに、広まるのはマズイよな)

 

 

 それはそれとして、島田さんの事は信用できないので、手を貸すのは正直リスクが高い。

 

 だって、すでにやらかしているし。

 

 ぶっちゃけると、『ステータス』がなかったら、僕は『浮気者の最低クズ野郎』ってことで針のむしろみたいな学校生活を送っていただろう。

 

 たった一度の過ちだとしても、一度この手の濡れ衣を浴びせたらもう取り返しがつかない。

 

 実際、親戚のオジサンはキッチリ濡れ衣であると公的に疑惑を晴らしたのに、数年経っても未だに『本当は……』みたいな感じで嘘を広める人が後を絶たないのだ。

 

 余力があって、僕たちにリスクが生じないのであればともかく、今回のような場合は……さすがに、そこまでするつもりはなかった。

 

 で、話を戻すけど、教室内に充満する臭いの件。

 

 

(今後さらに気温が上がってくると……ちょっと、我慢できないかも……)

 

 

 顔に出すつもりはないけど、正直なところ、いつまで我慢できるか分からなくなってきた。

 

 だって、まだ4月だよ? 

 

 まだ昼間もけっこう肌寒いよねって段階なのに、それでもちょっと臭いが立ち上り始めているんだよ? 

 

 これで5月、6月……梅雨入りしたらどうなるか、僕は今から戦々恐々、学校に行かなくなる自信があった。

 

 なんというか、アレだ。

 

 クラスメイト達を始めとして、他の人たちは家でも同じ環境だから鼻が麻痺しているのかもしれないが、僕たちはそうじゃない。

 

 『鍵&家』で毎日お風呂に入っているし、『不潔なのはよくないですよ』といった感じで謎のお姉さんから衛生用品の類を特別に購入させてもらっている。

 

 おかげで、僕たちはなんとか石油消失前と同じ(というか、むしろ今の方が良い)水準で身綺麗にできているせいか……余計に、臭いが気になってしまう。

 

 

「……なあ、小山内って、風呂入っているのか?」

 

 

 そしてそれは、クラスメイト達からしても、同じことである。

 

 そりゃあ、一人だけ明らかにけっこうな頻度で風呂に入っていそうな……いや、二人か。

 

 チラリと視線を向けたら、なんか愛が周囲の女子たちからめちゃくちゃ話しかけられているのが……まあ、うん。

 

 

「入っているよ、ダンジョンで」

 

 

 嘘は、言っていない。

 

 ダンジョン内にて『鍵』を使用し、その先にある『家』で入浴する時もあるからだ、嘘は言っていない。

 

 

「え? ダンジョンに風呂なんてあるの?」

「あるよ、ランダムで現れては消えるっぽいから、遭遇できるかは運だけど」

 

 

 いちおう、嘘は言っていない。

 

 ダンジョン内で『鍵&家』を使うかどうかはその時の都合(ランダム)によるし、その時の僕たちに遭遇できるかは運だし。

 

 

「マジか……それ、俺も行けそう?」

「命がけになるし、見つからないときは1週間探しても見つからないよ」

 

 

 これもまあ、嘘は言っていない。

 

 言うまでもなくダンジョン内は命がけだし、一週間僕たちを探しても遭遇出来ないときは出来ないだろうし……うん、嘘は、言っていない。

 

 

「そっかぁ……ダンジョンかぁ……」

「風呂に入りてえけど、命を賭けてまでは……なあ?」

「だよな……割に合わなさすぎるわ」

 

 

 でもまあ、そんな感じで諦めたようにため息を吐くクラスメイトを見て。

 

 

(……う~ん、ちょっと謎のお姉さんに聞いてみるか)

 

 

 とりあえず、聞いてみるだけ、聞いてみようと思った。

 

 

 

 

 

 

 そんな流れで、放課後のダンジョン……その奥で使った『鍵&家』にて。

 

 

『──なるほど、珍しく少年の方から私を呼んだかと思えば、そういうわけですか』

 

 

 もしかしたら来てくれるかなと思って謎のお姉さんを呼んだら、本当にあっさり姿を見せた。

 

 ちなみに、意識して僕以外に姿を見せようとしないと、レイダも愛も謎のお姉さんを知覚することはできない。

 

 だから、客観的に見た限りだと、僕は虚空に向かってブツブツ話しかけている、あまりにもヤバいやつって感じになるのだけど……そこはまあ、謎のお姉さん。

 

 最近気づいたのだけど、どうやら謎のお姉さんは僕の前に姿を見せるときは、時間とかそういうのを止めているっぽいのだ。

 

 時計の針が止まって、テレビの映像も止まり、極めつけは傍に居たレイダと愛もピタッとその場で静止していた。

 

 原理はよくわからないけど、なんかそういう事なんだろうって僕は諦めた。

 

 どう頑張って考えても分からないものは分からないのだから、あるがままを受け入れた方が良いんだと思う。

 

 で、まあ、うん。

 

 

『言われてみたら、すっかり忘れ──たというわけではなく、適当に身綺麗にするだろうなと思っていました、今回の日本人は綺麗好きな傾向にありましたので』

 

 

 ありていに言えば暖かくなってきたおかげで、お風呂に入れていない人たちの臭いが酷くなりつつあるから、なにか良い方法はないかな……ってな感じなことを聞いたらコレだったので。

 

 

「うん?」

 

 

 僕は首を傾げた……なんだろう、話が通じているようで、通じていないような気がした。

 

 

『しかし、思っていたよりも人々の活動が消極的になっているようで……少年よ、なにか心当たりはありますか?』

「え……まあ、ようやく一息付いたところだし、ダンジョンに行くのはこれからになるんじゃない?」

『おや? もしかして、足らないのですか?』

「まあ、贅沢って言われたらそれまでだけど、生のまま食える食材って少ないし、火に掛けるにしても、燃料が絶対的に足りないわけだし……」

『つまり、まだまだ余力が持てない……と?』

「やっぱ火が使える頻度が少ないのは大変かなって。テレビでやっていたけど、何百年前の日本ならともかく、今の日本ってその時の10倍以上の人口って話でしょ?」

『ふむ、実は私もそのように思っておりました』

「それなのに、使える自然は当時の半分にも満たないって……そりゃあ、その日暮らしで手一杯じゃないかなって」

『……なるほど、参考になりました』

 

 

 ぶっちゃけ、今の説明で何を参考にしたのか分からなかったけど、とりあえずは、衛生関係の問題に動いてくれるのかなって……その時は思っていた。

 

 

 

 

 

 そうして、翌日。

 

 

『──やあ、私です。またお会いしましたね、直接会ったわけではありませんけど』

 

 

 早くも、雲海よりにょきっと姿を見せて、地上を見下ろすいつぞやのビッグ謎のお姉さんの襲来であった。

 

 

『どうやら、あなた達にはまだ足りないものがある』

 

『いったい何が……そう、お風呂だ』

 

『まず、食は満たされた。住んでいるところはひとまず確保できているとして、次に必要なのは着るもの……いや、この場合は、衛生だ』

 

『いくら清潔な服を着たって、その下の身体が汚れていたら意味がないわけで……服はともかく、体を綺麗にすることができないというのは、問題かなって』

 

『さすがに、不潔なせいで半分以上死ぬなんてのは、ちょっとどうなのよって話しなわけで』

 

『とはいえ、さすがにちょっと思うところがあるのもまた、事実』

 

『なんでもかんでも与え続けると、人間という種に限らず、どんな生き物ですら必ず堕落してしまいます』

 

『それに、そろそろ抑えるのも無理な感じでして、モンスターが地上に……でも、この状況で出しちゃったら、ヤバいと思いませんか?』

 

『なので──一時的ではありますが、『温泉ダンジョン』を作りました』

 

『その名の通り、中に入ると温泉があります。もちろん、私は細かいところにこだわる技巧派ですので、脱衣所とかシャワーを始めとして、アメニティは完備だと太鼓判を押します』

 

『嫌なら入るなってだけの話なので、さっさと入りたい人は入りなさい。けして、個別に分けるのが面倒くさいなあと思ったわけではありません』

 

『では、頑張って仕留めてください、応援しています』

 

 

 そして、相変わらずこちらに理解させるつもりが有るのか無いのか、一方的に話を打ち切って、謎のビッグお姉さんは雲海の中へと姿を消したのであった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………それを見届けた僕は、だ。

 

 

(……仕留めてくださいって、どういうこと?)

 

 

 謎のお姉さんが最後に言い残したその言葉が、妙に気になってならなかった。

 

 

 

 

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