切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第3話: 死ぬまで生きるだけなのだ

 

 

 

 ──家の2階というのは、正直嫌な記憶しかない。いや、それはもう嫌な記憶なんて事じゃなく、トラウマである。

 

 

 そうなったきっかけは、僕がまだ小学生だった頃。

 

 なんでか知らないけど、クラスメイトの女子に悪さをしたという濡れ衣を着させられた僕は、冬の空の下、寝床が物置小屋へと移された。

 

 居るのか居ないのか知らない神様とやらにも誓って言うけど、マジで身に覚えが全くない。

 

 その女子の事なんて、顔と名前を一致させるのに少し時間を必要としたぐらいだった。

 

 ただ、誰も僕を信じてはくれなかった。

 

 とにかく、こんな恥ずかしい子が生まれたこと事態が恥だとか言われて、有無を言わさず物置小屋へと叩き込まれた。

 

 この、叩き込まれたっての、誇張じゃないからね。

 

 マジで背中から蹴飛ばされて、膝とか顔とか擦りむいて血が出たから。雑に古ぼけた毛布だけ投げ込まれて、お終いっすよ。

 

 それでまあ、しばらくは耐えられたんだよね。最初はまだ身体が慣れてなくて、とにかく辛かったんだけど。

 

 でね、その日、記録的な寒波が来たのよ。そりゃあもう寒くて、冗談抜きで凍死するって思ったわけ。

 

 だから、その日の夜だけでも入れてもらおうとお願いしたんだけど……その時、僕はどうなったと思う? 

 

 

 ──2階の、廊下の突き当たりにある、小さな収納スペースに押し込まれた。

 

 

 そこはね、なんか余ったデッドスペースを無理やり収納スペースにしたって感じで、2,3年は封を開けていないのではって感じの古ぼけたダンボール箱が収納されていたんだよ。

 

 そこにね、立ったまま入れられた。座ったりしたら中の荷物が汚れるから、座った時点で家から叩き出すって。

 

 他にも、トイレとかの使用も一切禁止。

 

 万が一漏らしたら二度と家には入れないし、タダじゃあ済まないとか、顔面スレスレに殴るフリをされた。

 

 もうね、怖かった。涙が出た僕に、『メソメソ泣くな! うっとうしい!!』って怒鳴られたのも悲しかった。

 

 うん、本当に悲しかった。でも、ここまで僕ってば嫌われているし、邪魔だと思われているんだなって、諦めがついたキッカケではあるのだけど。

 

 で、まあ、そうして中に入ったわけだけど……これがもう、窮屈で、息苦しくて、蒸し暑いのに、手足の先だけは冷たくて。

 

 途中……夜中だったかな、どうしてもトイレが我慢出来なくて声を掛けたら……本当に、家から追い出されてね。

 

 後ろから、ガチャンって鍵を閉める音が聞こえて、振り返ったら照明も消えて……冬の寒空の下、尿意を我慢しながら公衆トイレに向かったんだ。

 

 だから、家の2階って聞くと、とにかく嫌になる。

 

 あの時の、惨めで、辛くて、寒くて、ひもじくて、とにかく悲しくて悲しくて悲しくて……その時の事を思い出しちゃうから、僕はとにかく家の2階が嫌いなのである。

 

 まあ、それはそれとして、仕方がないことなのだろう。

 

 嫉妬を抜きにしても、兄と妹はめちゃ美形だし。頭だって良いし、人当たりも良いから、そりゃあもう鼻高々になるのは致し方ない。

 

 実際、周り近所では評判だったし、あんな美人の兄や妹が居て羨ましいとか、1人だけチビな子とか言われたぐらいだし。

 

 そんな両親からしたら、だ。

 

 美形でもないし、頭だって良くないし、お世辞にも人当りが良いわけじゃないチビなガキんちょなんて、人間のフリをした子ザルにしか見えなかったのでしょう。

 

 

 ……さて、家の2階の話はひとまず置いといて。

 

 

 ダンジョン管理センターに併設された施設の中には、実は宿泊施設もある。

 

 しかも、10部屋とか20部屋か、そんな数じゃない。

 

 正確な数は知らないけど、数百部屋とか、数千部屋とか、合計数とそれだけあるらしい。

 

 どうしてかって、それは主に地下2階以降で活動している者たちに必要だからで、なんで必要なのかは……単純に、その者のコンディションの問題である。

 

 経験した者なら分かるかもしれないが、人間、実際に九死に一生という体験をしてしまうと、当人が思っている以上に疲弊してしまう。

 

 いわゆる、安心したら腰が抜けた……というやつが典型だ。

 

 実際に死にかける、あるいは、その可能性に直面するという恐怖は、実際に体感しなければ分からない。

 

 自分のコントロールから離れた、『死』という驚異。

 

 一瞬の不運でそうなるという、『己が死ぬかもしれない』という現実を正確に認識できた者は、平静ではいられない。

 

 しばらくテンションがハイになって、制御出来ないぐらいはマシだ。

 

 動悸を抑えられず過呼吸に陥ったり、または過度に落ち込んだり。

 

 気が抜けた瞬間に失禁したり、場合によっては脱糞してしまう……というのだって、そこまで珍しいわけではないのだ。

 

 そう、『殺されるかもしれない』という恐怖は、それほどに精神を削り、物理的な損傷とは別に、心身へ大きなダメージを与えるのである。

 

 そんな状態で、はたして自宅まで無事に帰宅出来るのかと言うと……まあ、できない者もいるわけだ。

 

 もちろん、慣れはある。

 

 だが、それとは別に、管理センター内では医療施設が併設されており、カウセリングも受けることができる。

 

 それゆえに、短時間ならともかく、長時間ダンジョンに潜っていた者は1~2日ぐらい、医師の目が届きやすい場所で様子見する……というのが、ある種の手順になっていた。

 

 

 ……では、それ以外の者は利用しないのかって? 

 

 

 もちろん、利用可能である。

 

 むしろ、下手に変な意地を張らず、ひとまず1日ぐらいは様子見してくれや……というのが、管理センター側の意見である。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 そんな中で、明らかにこいつ家出をしてきたなあ……という感じの雰囲気まんまんな僕でも、利用可能である。

 

 さすがに、これまで一度としてダンジョンに入らず、いきなり宿泊させてくれとかだったら色々言われる。

 

 けれども、僕はこれまで何度もダンジョンに入っているので、色々と察してくれた受け付けは何も言わなかった。

 

 そうして、だ。

 

 案内された部屋の中で、ようやく肩の力を抜いた僕は……ぐてっと部屋に備え付けられている椅子に腰を下ろした。

 

 本当に、疲れた。

 

 身体にベッタリ張り付いたシャツやズボン、下着がとにかく気持ち悪い。しかし、脱ぐ気力が無い。

 

 季節が夏なのとは別に、全身から汗が噴き出している。身体中から、熱気が立ち昇っていて、のぼせそうだ。

 

 心臓が爆発しそうな感覚が止まらず、息を吸っても吐いても苦しさが止まらない。これ、下手しなくても、筋肉痛確定だ。

 

 よく、不審者として通報せず受付してくれたな。

 

 そんな事をぼんやり考えつつも、そのまましばらく静かに……それから、だ。

 

 なんとか息が整ってきた僕は、半ば投げ捨てるように置かれダンボール箱の中より、ちょっとヨレヨレになっている下着を手に取って……室内に併設されているシャワールームに向かった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、翌日。

 

 

 寝る前に何度も何度も入念にストレッチを行ったおかげで、なんとか顔をしかめる程度の筋肉痛で済んだのは、幸運であった。

 

 

 ──やあ、御機嫌よう、今はけっこうお疲れ気味な16歳、小山内ハチでございます。

 

 

 一般的なホテルとは……いや、そもそも一般的なホテルとやらに泊まった事がないので分からないけど、やはりベッドで寝るのは居心地が良いものだ。

 

 物置小屋(myハウス)にある僕の寝床に比べたら、まさしく雲泥の差だ。

 

 やはり、スプリングが違うのだろうか。

 

 まあ、すっかり綿が潰れて最近では重ねたダンボールの上だった寝床に比べたら、ベッドという時点で快適度は勝つと思うけど。

 

 とにかく、実に心地良い目覚めであった。

 

 泥のように眠ったおかげで、時刻は11時、普通にお寝坊である。基本的に、夜は早寝な僕はだいたい7時までには起床するのだ。

 

 念のためにとビタミンたっぷりなフルーツジュースとホットミルクを飲んでおいたが……胃袋が、これでもかと食物を求めて訴えている。

 

 いったい誰に似たのか、なんともワガママなやつだ。

 

 僕は登録カードを片手に、管理センター内に併設されている食堂へと向かった。

 

 ここの食堂はビッフェ形式で、基本的に食べ放題。しかも、宿泊料金に含まれている。

 

 育ちざかりの僕としては、なんともあり難いサービスである。とにかく身体が栄養を求めている、目指すはたんぱく質だ。

 

 

「──あ、忘れていた」

 

 

 その時、ふと、そういえばスマホを確認していなかったことを思い出した僕は、スマホを手に取る。

 

 中を見やれば……おお、なんか滅茶苦茶着信が来ている。

 

 主に、父と母……あ、いや、もう血縁上&書類上の関係から、書類上は絶縁するわけだから……とにかく、やけに父と母から来ている。

 

 その合間に……誰だっけ、ああ、そうだ、兄と妹からだ。なんかチラホラ来ている。

 

 あとは……うげっ、島田さんからも来ている、なんだろう、もう終わった事だから蒸し返されても嫌なんだけど。

 

 とりあえず、SNSアプリを開いて……う~ん、なんか支離滅裂というか、話を聞いてとか、誤解だとか……あ、そうだ。

 

 

(お別れの言葉、伝えておかないと)

 

 

 とりあえず『証拠動画撮ってあるので、変な事したら公表します。はい、サヨナラ』とだけ伝え……ヨシ! 

 

 

「……そのうち、解約手続きするか。ていうか、勝手に解約されるだろうな、うん」

 

 

 それで、色々と面倒に思った僕は……邪魔なので、ゴミ箱へと入れたのであった。

 

 

 

 

 

 ──さて、食事が終わってしばらく休憩すれば、待っているのは楽しい楽しい労働の時間である。

 

 

 どうしてかって、泊まるにも金が掛かるからである。

 

 登録カードは銀行とも紐付けられているので、しばらく泊まれるけど……ぶっちゃけ、そこまで余裕はない。

 

 改めて言うのもなんだけど、僕の予定としては高校卒業後を想定していた。

 

 だから、預金も装備も全然足りてない。そして、そんな何もかもが足りていない僕に協力してくれる者もいない。

 

 なにせ、僕ってばチビだし、見た目からして、弱っちぃし……ナメられるだけならまだしも、騙される事だってあるし。

 

 つまり……僕がこれから何をするかと言えば。

 

 

「死ぬ時は死ぬ……最後まで生き抜いてやるぜぇ……!!!」

 

 

 あの、謎のお姉さんから貰った斧を片手に……地下2階へと殴り込みである。

 

 

 

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