切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第38話: おとし所はどこ……そこ? (第三者視点)

 

 

 

 警察庁の、とある一室。

 

 

 そこに集まったのは、警察組織の重鎮……つまるところ、上位のキャリア層なのだけど、彼らの顔は一様に暗く、強張っていた。

 

 その原因は、日を経るにつれて悪化し続ける治安、その対策が後手に回り続けていることへの市民からの圧力……いや、それはもはや、圧力なんて生易しいものではない。

 

 

 ──根本的に、警察という組織に対する信頼が揺らぎ掛けている。

 

 

 それは、これまで幾度となく起こった不祥事、その後でセットで付いてきた『警察への不信感が~』、なんてお決まりな話ではない。

 

 根本的に、という言葉は、そのままの意味だ。

 

 国民が、警察組織そのものを、まるで天下り組織の一つ、存在しているだけで害悪……そういう目で見始めている、ということだ。

 

 

 もちろん、全員ではない。

 

 そして、その考えはあまりにも短絡的なのは確かだ。

 

 

 しかし、確実に、日を経るごとにそう思う者が増え続けているのは事実であるし、肌に感じることが増えてきていた。

 

 そうなった理由は……言うまでもなく、『世界的な石油消失現象』が始まりである。

 

 そう、その日から、警察という組織はすべてにおいて後手に回らざるを得なくなって……いや、まあ、うん。

 

 厳密に言うなれば、そもそも警察は手遅れになってから動くのが基本なのだけど……それでも、警察という組織があるおかげで、一定の治安は保たれていた。

 

 それは、『威光』があるからだ。

 

 警察組織という、ただ存在するだけでも一定の役割を果たす、そういう目に見えない力がそこにあったからだ。

 

 しかし、石油消失を経て……その威光の衰えは、警察関係者がはっきり自覚してしまうぐらいになっていた。

 

 いったいどうして……それは、『威光』という目に見えない力を信じ込ませるためには、物理的なモノを含めて『力』が必要だからだ。

 

 そう、警察組織の威光を示す力は一つではない。

 

 たとえば、日本を始めとして、どうして世界中で警察組織があるだけで、大なり小なり治安が保持されるのか。

 

 それは、だいたいの警察組織は合法的に様々な形での武器や防具を治安維持の名目で認められているからで、実際に組織がそれらを用意しているからだ。

 

 そして、数の力だ。

 

 数の力は、単純に強い。

 

 単純に強いから、人々は恐れて『威光』に従う。その力に逆らっても勝ち目が無いし、デメリットが大きすぎるから従うのだ。

 

 一人に手を出せば、1000人も2000人も後ろから出てくる組織を、いったい誰が好き好んで相手にするだろうか。

 

 常識的に考えて、それでも突っ込むやつは相当なバカか、頭のねじが外れているか、そういうレベルの者である。

 

 ゆえに、言い換えれば、そういった『威光』の効力が発揮しないような場所では、警察もまた一人の人間になる。

 

 極端な話だが、いくら警察手帳をかざしたところで、アマゾンの中では何の役にも立たない身分と手帳でしかない、というわけだ。

 

 

 ──ぶっちゃけてしまえば、『力=信頼』なのだ。

 

 

 そして、信頼を強めるのは、実績である。力だけあっても実績が無ければ、信頼はけして固くならない。

 

 指示に従っておけば、自分たちを助けてくれるという実績。それらの要因の積み重ねの果てに、『威光』が生まれるわけである。

 

 言い換えてしまえば、それらの要因に陰りが見え始めると、途端に効力を無くしていくのが『威光』でもあり。

 

 要因の一つである実績を、悪い方向で積み重ね続けてきたことが、いよいよ表面化し始めていた。

 

 

「──報告します」

 

 

 張り詰めた空気の中で、一人の警官が……ホワイトボードにサラサラッと書いたのは……『自警団』の文字。

 

 その横には、『推定3000以上』の文字。

 

 いったい、その意味は……その文字のとおり、現在の日本における、各自治体にて存在が確認された、市民たちが自主的に作った自警団の数である。

 

 そう、それは、この国において、市民たちから警察組織への信頼が揺らいでいる証であり、信用を失いつつあるという明確な証でもあった。

 

 

 ……極論ではあるけど、自警団なんていう危険を伴う組織なんて、誰もやりたくはないのだ。

 

 

 それでもなお、ソレが出現する理由はただ一つ……警察という組織に対する不信や不満が頂点に達し、期待するだけ無駄だと見切りをつけ始めたからである。

 

 そして、見切りをつけ始める原因となったのは、他でもなく……警察の対応が、常に後手に回り、そのうえ、小事を後回しにし過ぎたからである。

 

 何故ならば……事件として取り扱えば最後、放置するとそれがそのまま警察の失態に繋がるからだ。

 

 だから、初めから聞いていなかったことにする。あくまでも、そういう話を受けただけで、それ以上の要望はなかったことにする。

 

 警察はこれまで、手間と労力ばかり掛かる小事は『相談』の範疇に留め、そうではない……殺人のような重犯罪を重点にマンパワーを注いでいた。

 

 

 もちろん、そうなるには理由がある。

 

 

 警察組織……警察官とて、一人の人間である。

 

 いくら身体を鍛えて訓練を経て暴力に対する心構えをしているとはいえ、スーパーマンではない。

 

 ましてや、石油消失によって、様々な物資が不足し、警察とて以前のような機動性を維持することは不可能で、道具関係も補給できるタイミングが無期延期状態にあった。

 

 警棒や手錠ですら、一度折れたり故障したりしてしまえば、もう替えが無い状態に陥って……手錠にいたっては、在庫が切れた時点でお終いである。

 

 そんな状態だから、真正面から一人、二人ならば返り討ちに出来ても、角材や鉄パイプで武装した10人、20人に囲まれたら、なす術もなくリンチされて終わりである。

 

 だからこそ、警察組織は自らを守るために、常に相手より多数で動くことを余儀なくされ、機動性を自ら失ってしまった。

 

 それがますます、市民からの要望に対する一方的な取捨選択を招き……気付けば、それは取り返しがつかないレベルでの不信に変わろうとしている。

 

 それが、現在の警察の現状であった。

 

 

「──続いて、〇〇市で起こった、『学生による一般市民への無差別殺害事件』に関してですが」

 

 

 そして、それは警察庁に務めている誰もがうっすらと自覚している話であり……ソレが議題に上がった瞬間、誰も彼もが難しい顔で唸ったのであった。

 

 いったい何故か……それは、この『学生による一般市民への無差別殺害事件』に、『ダンジョン』が関わっている可能性が示唆されているからだ。

 

 それも、限りなく黒に近い可能性……を、通り越して、既にダンジョンが関わっているというか、発端要因の一つであることはもう、現地の警察署より情報は得ていた。

 

 なので、出来るならば『目下、対応中です』の一言で見なかったことにしたい案件であった。

 

 何故ならば、現代において、いや、日本のみならず、人類の歴史において。

 

 ダンジョンに関する案件は、よほどの例外を除いて、アンタッチャブルが大原則である。

 

 だから、何も考えずに従来通りに流そうと思うならば、『ダンジョンが関係しているから、ノータッチ』で、押し通すことは可能である。

 

 

「……死者61名、重軽症者18名。現地の警察署より、どのように対応すべきか、指示を仰がれています」

「指示って……それは、現地の最寄り警察署の方で判断してもらっていいんじゃないかな?」

 

 

 ポツリと、誰かが零したその言葉に、ボードに書き記していた男が……気まずそうに視線を落とした。

 

 

「事件そのものはダンジョンとは関係のない場所で発生し、ダンジョン外での殺人事件ですので……」

「……やはり、そうなってしまうよな」

 

 

 その説明を受けて、誰かが……いや、誰もが、手痛い罰を前にした子供のように、心から嫌そうに顔をしかめた。

 

 そう……〇〇市で起こった『学生による一般市民への無差別殺害事件』は、ダンジョン内で起こった事件ではないのだ。

 

 加えて、直接奪われそうになったから、奪われないために殺した……といったわけではない。

 

 あくまでも、直接的な攻撃ではなく、対話を持ちかけた結果、行き違いの果てに暴発して殺人事件に発展した……と、見れなくはない事件ではあるのだ。

 

 そして、そんな事件に対して警察組織がノータッチを決めてしまえば、それが前例になってしまう。

 

 一度でも前例を作ってしまえば、類似した事件すべてを同様にノータッチにせざるを得なくなってしまう。

 

 そう、実際はダンジョンなんてまったく関係していないのに、勝手にダンジョン関連だと判断してしまう可能性が出てくるということ。

 

 あるいは、意図的にダンジョン関連だと隠して相手から手を出させるとか……まあ、これはリスクがお互いに高すぎるから、するやつはいないと思うけど。

 

 とにかく、喧嘩で負傷者が出た程度ならば、まだ良かったのだ……けれども、残念ながら死者が出た。

 

 それも、死者が61名。

 

 大規模な暴動が勃発して合計の死者が61名ではなく、単独犯による死者が61名である。

 

 

「……逮捕、すべきなのでしょうか?」

「まあ、逮捕しようと思えば現行の法でも可能でしょう。むしろ、逮捕しないでいる理由がまったくない」

「しかし、ダンジョン案件なのだろう?」

「ダンジョンが発端ではあるけど、直接的に奪おうとしたわけではないのだから……逮捕に動くべきか……」

「いや、リスクが高すぎる。最悪、警察組織全体が壊滅しかねないのだ!」

「だが、法的には連続61人を殺害した大事件だぞ。何十人殺しても警察が動かない……それこそ、そんな前例を作ってしまえば、いよいよ治安悪化は取り返しがつかなくなる……」

「しかし、ダンジョンが……」

「それは分かっている。だが、事はそれだけではない……」

 

 

 その言葉に、ボードに書き記していた男が……一つうなずいてから、ポツリと告げた。

 

 

「この事件を起こした人物は、『石油ダンジョン』だけでなく、相当量の……実質的には寄付にも等しい金額で行ってくれた人物であります」

「それは……困ったね」

「はい、しかし、これを許してしまうのであれば、政府などに多大に寄付をすれば殺人すらもお咎め無しだという常識が生まれてしまいます」

「いや、それはさすがに……」

「綺麗事で考えるならば、ソレはソレ、コレはコレ、でしょう。しかし、法治国家の体裁を守って動けば……間違いなく、彼のような篤志家は減るでしょう」

「……政府に話を通して、税金の一つとして義務化を訴えるべきか?」

「それこそ、自殺行為です。そもそもが、ダンジョンから手に入れたものですから……それを税金と同じ扱いにしたら、その瞬間、この国は無政府状態に陥ります」

「う~ん……」

 

 

 誰も彼もが、妙案を出せず……唸るだけで、それ以上の言葉は誰の口からも出なかった。

 

 それも……致し方ない事であった。

 

 

 ──自分の身は、自分で守るしかない。

 

 

 それまでとは根本から異なる意識が芽生えた先に自警団が生まれているわけで、今回の事件は、その延長線上にあると言っても過言ではない。

 

 もはや信頼を取り戻すとか、そんな段階を超え始め、どうか俺たちの邪魔をするな……という意識が市民に芽生えているわけなのだ。

 

 そんな状況で、大量の寄付を行っている者を、警察の体裁を保つためだとしても、一時的にでも逮捕してしまえば……反発の規模は、想像すらできない。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………結局、考えに考え抜いた警察が出した結論は……見なかったフリ、手が空き次第順次着手するという、消極的な対応であった。

 

 

 客観的に考えたら、最初からそれ以外の結論はなかったのだけど。

 

 それでも、『結局、警察は動かないのか』という、ある種の諦観を市民たちの間に生み出してしまう結論であるのは事実であり。

 

 これまた結局の話だけど、ただ問題を先送りしているだけで、それ以上でも、それ以下でもないわけであった。

 

 

 

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