──僕の『戻ってお~の!』が火を吹いてから、あいつらのようなやつがは来なくなった。
さすがに、脅しではなくガチで殺しに来ると分かったからなのか、まるであの騒ぎが幻だったかのように、パタリと気配すら見せなくなった。
あと、警察の人たちも学校に来て5分ほど話を聞いてきただけで、それ以上は何もしなかった。
正直、逮捕されるかなって覚悟はしていたけど、本当に淡々と調書(?)ってやつを書いただけで、僕を拘束することも、連れていくこともしなかった。
ただ、『人の身体って細菌の塊で、死体は疫病の元になるから、極力殺さないように』といった感じで、なんか想像していた方向とは違う角度からの注意は受けたけど。
むしろ、『あいつは人殺しだぞ、逮捕しろ!!』って騒いでいるやつ……逃げ切ったあいつらで、なんか警察を連れてきたんだけど。
そいつらを逆に殴り飛ばして、反抗的な奴に対しては、それはもうぼこぼこに足蹴にして引きずっていったのにはちょっと驚いたぐらいだ。
そう、殴り飛ばしたし、足蹴にしたんだよね。
僕たちだけでなく、あいつらの方が逆に困惑したぐらいで……でも、それ以上に、警察官たちがめちゃくちゃぶちぎれていた。
どれぐらいぶちぎれていたかって、公衆の面前……僕たちだけでなく、野次馬みたいに集まった人たちの視線が集まる中で、校内に居ても『なんか男の人が怒鳴っているね~』って分かるぐらい。
それぐらいバカでかい声で、めちゃくちゃ罵倒しまくっていた。
溜めに溜め込んだうっ憤が一気に噴き出したってぐらい、めちゃくちゃ怒鳴りまくっていたし、めちゃくちゃ手も足も出ていた。
彼らの言い分というか、罵声の内容を要約すると、だ。
『ずっと社会の脛をかじって反抗期を続けている、てめぇらみてえなゴミクズの面倒を見ていられる時代じゃなくなったんだよ』ってな感じかな。
その剣幕の度合い、つい先ほど斧を投げまくっていた僕の方が思わず冷静になった……と言えば、想像できるだろうか。
たぶん、それは間違いなく彼らの本音だったとは思う。
でもね、それを出すにはあまりにも遅すぎたのかな……とも、思う。
だって、そんな彼ら……警察官を見つめるクラスメイトっていうか、家鳴さんからの視線がね……とんでもなく冷めているんだよね。
おそらく、家鳴さんからしたら、眼前の警察官たちの行動って、これ見よがしなアピールにしか見えてないんだと思う。
だって、結局彼らは出遅れちゃったわけだしさ。
たぶんね、警察の方々にも葛藤っていうか、色々あるんだとは思う。ドラマとかだとさ、なんかそういうシーンってあるじゃん?
でも、そういうのってドラマの中だから頷いて済ませられるからで、現実でやられたら……率直に思うわけよ。
──え、いまさら? って。
実際、そう思っているの僕だけじゃなくて……小さな声だけど、『点数稼ぎ?』って誰かが呟いている声が、ちらほらと。
まあ、状況だけ見たら、全部終わった後に意気揚々と駆けつけてきた……っていうか、そんなふうに見えなくもない……でも、あくまでも半分ぐらいの話。
よく見たら、先生たちは……なんかこう、気の毒そうというか、複雑そうな感じで警察官たちを見ていた。
いったい、どうして?
気になって、みんなの視線があいつらに集まっている間にコソッと近寄って尋ねてみたら、だ。
『……生徒たちの気持ちは分かる。でも、警察官が先んじて、疑いだけで、思想だけで、誰かを一方的に拘束したり、尋問したり、なんなら『あいつは犯罪を行いそうだから』という理由で逮捕できるようになったら、それは戦前の特高警察と同じになってしまう』
と、言われ……正直、目からうろこみたいな気持ちになった。
確かに、言われてみたらそうだ。
本当に犯罪を計画していたならばまだしも、『そんな事を考えそうだから』という理由で警察があれこれ監視し始めたら、それは確かに特高警察だろう。
いや、そもそも、本当にそうだったとしても、その疑いを掛ける理由が『おまえは計画していそう』とか、結果論以外の何物でもない。
警察が市民の内心を勝手に監視したつもりになって決めつけて逮捕するならば、その警察の内心はいったい誰が担保してくれるのか。
何もしていないのに、『おまえは犯罪しそうだから逮捕』なんて言われて逮捕されたら、僕ならガチギレして斧を振り回しているだろう。
(……警察官たちも、色々複雑な立場なんだなあ)
もちろん、すべての警察官たちがそうとは僕だって思わない。
色々とあるにせよ、結果的には、細かい積み重ねの果てに信頼を失う形になったわけだし、それは否定できない話である。
でも、傾けた水が下方へ流れ落ちていくような、そんな単純な話でもない……そう、僕は思ったわけである。
……まあ、そんな僕の内心は別として。
大半の人たちから冷たい視線を向けられているのを察しているのか、それとも気付いてのやけくそなのか。
あいつらを連れて行く時の態度も方法も、警察官とは思えないぐらい彼らの行動は荒々しく、刺々しかった。
それは、続々と応援に駆け付けた他の警察官たちも同様であった。
なにせ、なんか搬送用のリヤカーを持ってきたのだけれども、それを引くのは警察官ではなく、軽傷で済んだあいつらである。
客観的に見たら、死体になったり重症で動けなくなったりしている仲間を自分の手でリヤカーに積んでいくだけでなく、それを自ら引いて……なんとも惨たらしい光景である。
しかも、警官たちの態度と言葉からして、行き先は病院ではなく……合同火葬場だろう。
この合同火葬場は石油消失より作られた火葬場だが、その内容は、疫病防止のための集団火葬処理場、と言えば分かりやすいだろうか。
集団処理だから、一人ずつ個別に火葬するだなんて処置はされない。人力で深々と掘られた穴に遺体が投げ込まれて、そこに灯油とかを流し込められて火を……それだけ。
それを、丸一日以上掛けて行われる。
当然、疫病防止のためだから迅速な処理が優先されるから、身元確認される前に灰になって……遺灰すら手元に来ないなんて話もある。
でも、誰も文句を言えない。
言わないんじゃない、言えない。家族で処理するとか、そんな言い分も聞かない、そんな勝手な都合は今や通じない。
食料事情がようやく改善し、ガリガリにやせ細った人が減り始め、以前に比べて頬がふっくらし始めた人が増えてきたとはいえ、今は風邪薬一つが貴重品になっている。
そんな状況で、万が一にも疫病なんて発生したら……下手したら、死者は100人、1000人では治まらない可能性を否定できない。
だから、今は一律集団火葬。
僕だって、死んだら名前も知らない大多数の遺体と共に穴の中へ放り込まれ、オイルをぶっかけられ、着火されて終わりである。
いちおう、お坊さんが来てお経を唱えてはくれるけど、それ以上の事は何もしない……というか、できない、線香だって探さないと手に入らないし。
「血の跡とかどうする?」
「……そのうち雨でも降るだろ」
そんな会話が、何処かから聞こえてくる。
誰も彼も、怯えていない。女子ですら、もう素知らぬ顔で学校へ戻り始めている。
それが、今の現実だ。
僕がやったわけだけれども、今は以前に比べて本当に命が軽くなってきているんだなって……クラスメイトたちの反応を見て……なんとなく、そう思ったのであった。
……そんな感じで、なんとも表現し難い空気になったわけだけど、不思議と何かが変わった……みたいなことはなかった。
いちおう授業はするけど、午前中まで。
午後はいつものように僕が『温泉』を出して、クラスメイトを始めとして、学校関係者たちも、順番を決めてお風呂へ。
そして、翌日。
「……アドバイス?」
いつもとは違って、クラスメイトから、そんな事を尋ねられた。
クラスメイト達の顔ぶれは、クラスメイトだから見慣れている。その中には、家鳴さんの姿もある。
とても、真剣な表情だ。
なにか、強い覚悟を感じられる。
そう、例えば、レイダや愛がダンジョンに行く時に浮かべる……強い覚悟、うっすらと緊張感を漂わせている、そんな顔をしていた。
……なんで、急に僕へそんな話をしてきたのか……率直に尋ねてみると、だ。
曰く、『昨日の光景を見て、もう助けを待っていられる状況じゃない』と強く認識したらしい。
それ自体は、以前から分かってはいたらしい。
でも、キッカケが無かったというか、目先の事(食料とか、石油ダンジョンの事故とか)が立て続けに起こったことで、気が回らなかったのだとか。
今は、食料ダンジョンのおかげでひとまず目先の食料に困ることはなくなり、ちゃんと食事が取れたおかげで体力も回復し、お風呂にも入れて……それで、ようやく次に目を向けられるようになって。
昨日のアレで、『これはもう自分たちでなんとかしないとヤバい(危機感)』みたいな気持ちがムクムクムククっと膨れ上がったようで……それじゃあ、実際に現在進行形でダンジョンに潜っている僕へと聞いてみよう、となったわけである。
なるほど、言われてみたら、そうだよなあ……と、僕も今更ながらに納得する。
僕の場合は最初から後が無かった(何もしなかったら死んでいた可能性大)し、どうせ死ぬなら足掻いて死んでやるって気持ちだったけど。
もしも、僕がクラスメイトのみんなと同じく、今から始めようって段階だったら、管理センターや総合センターで尋ねるのもそうだけど、そりゃあ経験者に話を聞いてからって思うよね……うん。
インターネットが使えていた頃ならネット検索でいくらでも情報収集できたけど、今はネットはおろか、テレビも放送時間めちゃ短いし、そもそも通電時間が制限されているところしかないし。
なので、特に隠す理由もないわけだから、アドバイス自体は構わないのだけど……しかし、アドバイス、か。
(……え~っと、何を言えば良いんだろうか?)
改めて考えてみるわけだけど、改めて考えたら、何を言えば良いのか分からなくなってくる。
いや、だって、経験を語ってほしいって言われても……言えない部分はあるわけで。
なので、僕は……素直に、クラスメイトのみんなに僕なりのダンジョン探索の鉄則ってやつを教えることにした。
──ダンジョン探索の鉄則(僕基準)!
ひとつ:少しでも不安を覚えたら即引き返すこと。
コレはねえ、マジ大事。
複数人でチームを組んで潜るならまだしも、一人で入っている時はこれ、マジ大事。万が一足とか負傷して動けなくなったら、下手しなくてもそのまま死んじゃうからね。
ふたつ:絶対に下半身は負傷するな。
コレも大事。
ゲームじゃないのだから、足を怪我して動けなくなった時点で棺桶に下半身突っ込んだぐらいにヤバいってこと。
言い換えたら、両腕折れても足が無事だったら地上へ逃げ切れるチャンスがあるってわけで……だから、機動力を失うなよって話。
みっつ:躊躇するな。
これも、めちゃくちゃ大事。
僕も最初の頃はそうだったけど、やっぱモンスターだと分かっていても、目の前で息をして血を流すやつの頭をかち割るだなんて、いきなりは出来ないんだよね。
心のどこかでさ、なんかブレーキが掛かるわけだけど……これがまあ、対モンスター相手では非常に危険ってわけよ。
なにせ、あいつらって痛みなんて感じていないのかってぐらい、出血していても突撃してくる時があるから。
実際、それで仕留めきれず逆襲されて……ってのは、毎月報告されていたわけで。
だから、仕留めると決めたなら完全に頭を潰すつもりでヤレ、ちょっとでも抵抗感があるなら、まずは人型じゃないモンスターから慣れろ……てなわけで。
「とりあえず、よほどの理由が無い限りはグループ作って行った方が良いよ。最悪、一人はひたすら盾とかで堪えている間、他の人たちが後ろから滅多打ちできるから」
「なるほど、それは確かに……」
「女子とかも、いきなり刃物なんて扱えないし取り扱い誤ると普通に自分が怪我するから、最初はバットとか角材とか、とにかく丈夫な棒で十分だよ」
「それで、倒せるの?」
「刃物持ったって、慣れていないヘッピリ腰じゃあねえ……それならいっそのこと、バットの素振りとかして身体を普段から慣らした方が良いよ」
「……やっぱり、そういうのって大事なの?」
「大事も大事、ちょ~大事。冗談じゃなくて、練習で100出せても本番だと70出せたら御の字みたいなところあるから」
「そっか……」
さすがに授業中は別として、昼休みとか『温泉』タイムの時に、僕はクラスメイトの……なんか他のクラスの人たちも来ていたけど、授業もどきをしたのであった。
正直、ちょっと気恥ずかしかったけど、こういう形で頼られたのは初めてだったから……ちょっと嬉しかったのは、秘密である。
……。
……。
…………まあ、それはそれとして。
「小山内って、普段から筋トレとかしているの? 線が細いから、斧とか投げられるの意外なんだけど……」
「ん~、筋トレとかはしていないけど、ダンジョン入っている時は投げまくるから……ほら、背中とか見てみなよ」
「……(細いし、なんか綺麗な背中だな)」
「普段、力を抜いている時はこんなんだけど、投げる時はこんな感じで筋肉出るよ、ほら、お腹だって腹筋が割れて……家鳴さん、鼻血出ているけど、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……」
「みんなも、気ばかり急ぐと怪我の元だから、気を付けてね」
「お、おう……」
なんか、クラスメイトの雰囲気がちょっとおかしかったけど……そういう浮ついた感覚で行くと怪我の元だから、気を落ち着かせてからが良いよって忠告を、僕はちゃんと忘れないのであった。
※ 謎のお姉さん「――あっ」