切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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※ 性的な描写が少しあります、苦手な方は注意要


第41話: そんな、言葉一つで終わらせられる関係じゃなかったんだ、初めから

 

 

 

 ──先に結果から言わせてもらう。

 

 

 あのテレビ放送の後、人々の顔から明らかに活気が消えた。

 

 それも、当然だ。

 

 テレビの向こうで……つまり、海を隔てた先では人と人が争う辛い光景が映し出されたかと思えば、次にはそれ以上におぞましい光景が映し出されたのだ。

 

 具体的には、巨大モンスターによって、人間が次々に食われていく光景である。

 

 誰もが、それがCGの類ではないのは察していた。

 

 というか、今更になってソレをCGだと思い込めるほどに平和ボケしているものはもう、この場には居なかった。

 

 けれども、その映像を見て直ちに気持ちを切り替えられる者も、ほとんど居なかった。

 

 焦燥感に駆られてダンジョンに突撃しようとしている者はいたけど、全体としては少数派で……僕も、いや、僕たちも、今すぐダンジョンへ……という気持ちにはなれなかった。

 

 

 さすがに、気力が出なかったのだ。

 

 

 ダンジョンに通っている者は、大なり小なり人の死や、流血などは見慣れているけど……それでも、人間が次々に食われていく様は、あまりに衝撃的過ぎた。

 

 そして、そういう時に無理をしたり、気分を誤魔化したりしてダンジョンに行っても、たいてい良くない結果になるのを僕は知っていた。

 

 意外と、そういうテンションの低下っていうか、気落ちしている時って、普段なら余裕で対処できるようなことでも見落としてしまうんだよね。

 

 だから、僕は……今日ばかりは、いや、せめて変に落ち着かない今の気分が落ち着くまではダンジョンには行けないと二人に宣言した。

 

 

 二人も、それは止めなかった。

 

 

 というか、二人とも、僕と同じ意見で、今の状態では、とてもではないがリスクある場所には行けないと口を揃えられた。

 

 そんな二人の顔色は、鈍い僕でも一目で分かるぐらい青ざめていて、血の気がすっかり無くなっていた。

 

 

 ……これは、本当に駄目かも。

 

 

 もしかしたら、僕も似たような顔色になっているかもしれないが……あえて気付かないフリをして、二人の手を引いてその場を後にする。

 

 その際、ふと、視界の端で……幼馴染の青ざめた顔色が目に留まったのを見て、僕は。

 

 

「しま……彩音」

 

 

 気付けば、僕はあの時以来、初めて幼馴染の名を呼んだ。なんでその名を呼んだのか、僕自身にも分からなかった。

 

 振り返った島田さんは、ハッと僕の方へと振り返り……それから、ギュッと唇を噛みしめると、僕から視線を逸らした。

 

 

「彩音」

 

 

 だから、僕はもう一度、幼馴染の名を呼んだ。

 

 未練があるとか、そういう話じゃない。

 

 僕たちの関係こそあんな終わり方をしたけど、それでも、悲しんで欲しいとも、苦しんで欲しいとも、思っていない。

 

 彩音が苦しんでいるのは、自業自得だ。

 

 自分の身を守るために人を陥れようとしたのは事実だし、失敗して自分に返ってきただけで、そこについて、僕は欠片の同情も憐憫もない。

 

 少し歯車がずれていたら、僕は周りから酷い浮気者として今も冷たい目を向けられていただろうから、当然の結果だとは思う。

 

 

 でも、それでも、だ。

 

 

 少なくとも、僕の人生において、島田彩音という存在は確かに救いであり、僕を見てくれていた人なのは事実だった。

 

 泣いている僕の手を握ってくれたのは、何時だって彩音だった。

 

 お腹を空かしていた僕に、こっそり自分のおやつを分けてくれたのも、彩音だった。

 

 擦り傷が痛む足に絆創膏を貼ってくれたのは彩音だったし、辛く苦しい思い出の中の光は、いつだって彩音だった。

 

 

「彩音」

 

 

 だから……だから、僕はどうしても……今だけは、彩音を一人にさせたくなくて、手を伸ばした。

 

 

 彩音の視線が、僕の手へと向けられる。

 

 傍の二人が、レイダと愛が、僕を見る。

 

 

 二人は嫌がるかもと思ったけど、どういうわけか、二人ともが……ちょっと複雑そうな顔をしつつも、僕の手を引いて行かせようとはしなかった。

 

 僕の判断に任せる、ということなのだろう。

 

 

 それならば……僕は、彩音へと手を伸ばす。

 

 

 彩音の視線が、僕の手と、自分の手を行き来している。

 

 迷っているのか、それとも、嫌がっているのか……いっこうに動こうとしない彩音の手を、僕は──僕の方から、掴んだ。

 

 

「あっ……ハッくん……」

 

 

 彩音の唇から、しばらく聞いていなかったけど、聞き慣れていた、僕を呼ぶ声がこぼれた。

 

 傍から見たら、今の僕たちはどのように見られていただろうか。

 

 女子の手を掴んでいる男子と、その男子の傍には女子が二人。男子一人に女子三人、中々に注目が集まりそうな光景だろう。

 

 でも、誰も気にしていない。いや、気にしていられる余裕が無い。

 

 みんな、現在進行形で放送されている地獄絵図から目を離せず、中には涙を流して嗚咽をこぼしながらも、見続けている人も居る。

 

 そんなに辛ければ、見ないで良いんじゃないって思うけど……でもまあ、見続けてしまうその気持ちも察せられた。

 

 なんていうか、不安なんだと思う。

 

 見たところで意味はないだろうけど、少しでも不安を紛らわせるために、不安の原因を調べ続けようとするようなものだ。

 

 その気持ちは、良く分かる。

 

 僕だって、傍にレイダと愛が居なかったら、『鍵&家』を始めとして色々無かったら、不安を紛らわせるために放送を見続けたと思うから。

 

 

「ボケっと突っ立っていたけど、最近はどうしていたの? 学校でもあまり見かけないけど」

 

 

 でも、さっきの彩音は、そんな様子じゃなかった。

 

 不安を感じているし、恐怖も覚えていたと思う。

 

 でも、その視線はナニカを紛らわせるためのモノではなく……なんと言えば良いのか、諦観が近いのかもしれない。

 

 そう、あの時の彩音は、なんか諦めているように見えた。

 

 怖くて怖くて堪らないと思っていると同時に、ああ自分はここで終わりか……ってな感じで、全部諦めようとしていた……そんな目をしていた。

 

 僕は、どうしても、それを許せなかった。

 

 何度も言うけど、僕は彩音に不幸になってほしくはない。むしろ、幸せになってほしいって本気で思っているんだ。

 

 確かに、酷い事はされた。

 

 それでも、僕にとって、間違いなく彩音は大切な人だった。

 

 それは今でも変わらない、以前のような目で見ることは出来なくても、それでも、不幸にはなってほしくはないのだ。

 

 そんな思いを込めて、ジッと見つめれば、彩音はしばし視線をさ迷わせた後で……観念して教えてくれた。

 

 

「その、今はあんまり帰ってない。父さんと母さんからの視線が、その……」

「じゃあ、どこで寝泊まりしているの?」

「管理センター」

「それって、探索者になったの?」

「ハッくんのように深いところには行けないけど……それでも、なんとか雨風は凌げているよ」

 

 

 言われて、僕は……ようやく気付く。

 

 よくよく見たら、服から伸びる彩音の手足は、小さな傷跡がいっぱいだった。

 

 それだけでなく、掴んだ彩音の手が……記憶にあるそれよりもずっと固く、かさぶたみたいな感触も……うん。

 

 

「……いくらなんでも、こんな空気の中で置いてはいけないから。まずは、気を落ち着かせよう」

「……どうして?」

「ん?」

「どうして、ハッくんは……私、ハッくんに酷い事をしたんだよ? どうして、そんなふうに優しくしてくれるの?」

 

 

 そう、尋ねられた僕は……隠す事でも誤魔化す事でもないから、素直に答えた。

 

 

「酷い事をされたから、僕が彩音に優しくしてはならない……なんて、誰が決めたの?」

「え?」

「僕が彩音に優しくしたいから、優しくする。そこに、それ以上の理由なんて必要なの?」

「…………」

 

 

 すると、しばしの間……彩音は、僕をジーっと見つめた後で。

 

 

「……ごめんなさい、ハッくん」

 

 

 何故か謝罪の言葉と共に、ギュッと……握った手のひらを、握り返されたのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………当然と言えば当然だけど、僕たちのところに連れて行くってことは、『鍵&家』の向こうにある自宅である。

 

 

 これまた当然ながら、彩音は終始驚きっぱなしであった……そりゃあ、そうだろう。

 

 なにせ、『鍵&家』は明らかに常識の範囲ではない。

 

 僕はもう慣れきっているから即座に『ダンジョン』関連のモノだと分かるけど、慣れていない者からしたら、それすら分からなくても不思議じゃない。

 

 もちろん、彩音には、絶対にここのことは秘密にするようにとは厳命した。

 

 この『鍵&家』は、謎のお姉さんから貰った(正確には、購入したのだけど)モノだ。

 

 万が一にも盗まれるモノでもないし、それ以前に、僕がOKを出さない限りは第三者が入る事は出来ない。

 

 でも、あの謎のお姉さんが用意したモノだ。

 

 万が一、そこらへんに重大な防犯対策を施されていたら、僕を含めてどれだけの被害が生まれるか……だからこそ、絶対に秘密を守るようにと厳命した。

 

 幸いにも、彼女は真剣に受け止め、時々空の向こうより姿を見せる謎のビッグお姉さんから……と付け足せば、はっきり分かる程度に顔色を悪くしていた。

 

 そうして……僕たちは、気を落ち着かせるために、コーヒーを飲む。

 

 

「こ、コーヒー!?」

「あ、やっぱり驚く?」

「だ、だって、コーヒーなんて最後に飲んだのは……」

「これも、ダンジョンから手に入る。『食糧ダンジョン』じゃなくて、普通のダンジョンの方なんだよね」

「え、でも、これってドリップ式……」

「何故か、フィルターもセットで付いてくるんですよね。まあ、気にするだけ無駄ですよ、そういうモノだって納得してください」

 

 

 めちゃくちゃ驚いている彩音に、レイダと愛がそう説明する。

 

 そう、気にするだけ無駄なんだよね。

 

 そんなの気にしたところで、何か意味があるわけでもないし。

 

 ちなみに、これはあくまでも僕たちの経験則……という言い方もなんだけど、気付いたことが一つある。

 

 それは、『食糧ダンジョン』で手に入る食べ物は、基本的には生命維持の主食だけ。

 

 米は手に入るけど、直接的な調味料は手に入らない。

 

 肉は手に入るけど、直接的な油などは手に入らない。

 

 塩は手に入るらしいけど、砂糖の類は手に入らない。

 

 『コーヒー豆(加工済み)』や、『甘みの強い果物』、『タバコの葉っぱ(加工済み)』といった嗜好品の類は、従来のダンジョンでしか手に入らない。

 

 ちなみに、魚の類も従来のダンジョンの方が……いや、魚に関しては『食糧ダンジョン』で手に入るらしいけど、種類が明らかに少ないんだとか。

 

 もしかしたら、『食糧ダンジョン』の奥深いところへ向かえば違うかもしれないけど……今のところ、そんな話は耳にしていないので、この推測は正しいだろうと僕は判断している。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 そうして、マグカップ1杯分。

 

 ともすれば、指先が震えてしまうような不安を押し殺すように、たっぷり砂糖とミルクを混ぜたコーヒーをキメた僕は。

 

 

「ハチくん……」

「ハチ……」

 

 

 どういうわけか、レイダと愛より二人掛かりで布団に押し倒された。

 

 これには、心ここにあらずといった様子だった彩音も目を瞬かせ、僕もまた何が起こったのか最初理解できなかった。

 

 

「──っ!?」

 

 

 あまりに突然すぎて目を白黒させる僕をしり目に、二人は……先を急ぐように、早い者勝ちだと言わんばかりに衣服を脱ぎ棄てていく。

 

 

「ちょ、あの!?」

 

 

 これに驚いた僕は立ち上がろうと──でもあっという間に裸になった二人の手で、僕の身体はまさぐられていく。

 

 体中にキスを落とされ、蛇のように這いまわる指先が、スルスルと僕の衣服を脱がしていき……露わになった性器が、すぐにレイダの唇を通って見えなくなった。

 

 生暖かく、それでいて触れる舌のざらつき、断続的に吸われる感触……それらを後押しするように、愛の大きな乳房が僕の顔に押し付けられた。

 

 二人の体温と臭いを、強く感じる。

 

 シャワーも浴びていないからこそ、より強く……はねのけるわけにもいかず、グイグイと柔らかく形を変える……あれ、なんか二人とも、自分で準備を始めてない? 

 

 

 ──え、もしかして、あのバナナとか食べた? 

 

 

 そんな疑念が脳裏を過ったけど、そうではなかった。

 

 二人の身体が、少しばかり震えていた。片手で自分の股間をまさぐっているけど、その表情はどこか余裕がなく──それで、僕はすべてを察した。

 

 二人とも、怖いのだ。

 

 あの映像に映し出された巨大なモンスターが地上に現れる可能性が……もしも近くで現れたら、逃れる術が無い事実を。

 

 パワーに自信があるレイダとて、あんなのと真正面から戦っても勝ち目はない。

 

 ゴーレムを使える愛も、自分のゴーレムより巨体で、自分のゴーレムより強いやつを前にしたら……そうだ。

 

 最悪、食われてしまう可能性を、二人は想像してしまった。

 

 コーヒーを飲んで気持ちが落ち着かせようとしたせいで、余計に……それを考えてしまい、一気に噴き出したのかもしれない。

 

 ぶっちゃけてしまえば、現実逃避だ。

 

 とにかく、安心したいのかもしれない。

 

 二人とも、不安に押しつぶされそうでまともにモノを考えられなくなっているのだろう。

 

 だから……僕は、何時もとはまったく違う、性急な動きでまたがってきたレイダに何も言わなかった。

 

 

「……島田さん、貴方も早く服を脱いで」

「え、ちょ、愛?」

 

 

 でも、さすがに彩音へとそんな言葉を掛けたことに、僕もそうだけど、彩音もビックリした様子で──。

 

 

「二人とも、グダグダ考えすぎなんですよ。どっちが悪いとかそれ以前に、ちゃんとお二人は話し合ったんですか? してないでしょう?」

「そ、それは……」

「それに……詳しくは知らないですけど、お二人の付き合いは何年になるんですか?」

「え、えっと……」

 

 

 僕と彩音は互いに顔を見合わせる……なお、この時、レイダは僕の腰の上で、かなりマイペースに腰を上下させている。

 

 ……なんだこれ、どういう状況なんだ??? 

 

 

「しょ、小学生の時だから、10年ぐらい……?」

「10年、そう、10年ですか。10年もあれば、小学生も成人して子供だって作っていたりしますよ」

「そ、それは……」

「10年の月日って──あっ、ハチは私のおっぱいでも吸っていてください──とにかく、10年の重みって、言葉一つで推し量れるようなモノではないでしょ?」

 

 

 有無を言わさない愛の物言いに、彩音が何も言えないでいる……僕の視界が、愛のおっぱいで塞がれる。

 

 唇に押し付けられた乳首を吸えば、頭に回された腕に力が入る……それ以上に、僕は愛の言葉に対して何も言えなかった。

 

 

「どちらが悪いかとか、そんなのは後で決めればいいんですよ。中途半端に宙ぶらりんなままでいるから、何時までもスッキリしないんですよ」

「で、でも、それは──」

「当然、私には関係ない話です。でも、何時までも島田さんを見るたび、ハチがモヤモヤした顔をするのを見るのは、私が嫌なんです」

「…………」

「言葉にしないと、声に出してぶつけないと、伝わりませんよ。私たちは超能力者じゃないんです、ちゃんと伝えないと、ちゃんと伝わらないんですよ、何事も」

 

 

 なんとか言い返そうと頑張ったけど、僕の言い訳は一蹴されてしまった。

 

 

「それに、ハチはもう島田さんに対してそこまで怒っていない……でも、振り上げた拳の下ろしどころを見つけられていない、でしょ?」

「…………」

「遠慮せず、ぶつけたらいいんですよ。そういうトラウマを乗り越えるためには、それをぶつけるしかない」

「…………」

「そうしないと、死ぬまでずっと抱え続けますよ」

 

 

 それ以上に、愛の言い分は辛辣であった。

 

 でも、僕はそれを否定出来なかった。

 

 言われてみたら……僕は、ちゃんと彩音と言葉を交わしていない。

 

 浮気されたから、それで全てに蓋をして終わらせた。

 

 客観的に事実だけを抜き出したら、僕が被害者で、彩音が加害者だ。

 

 でも、僕たちの付き合いの長さは、それで終わらせられるような長さではない、そんな軽い事じゃないんだ。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だから、うん、だから。

 

 

「……彩音」

「…………」

「嫌じゃなかったら、服を脱いで」

「……っ、うん」

「追い出すなんてしないから、嫌じゃなかったら……」

「うん、うん、うん……違うの、嬉しいの……!!」

 

 

 ジッと彩音の目を見て求めれば、彩音は……ジワッと涙を滲ませながら……おもむろに、衣服を脱ぎ始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 







※ 賛否両論あるとは思います。でもまあ、10年の付き合いですからね。それも、一般的にはとんでもねえ不細工に見えていた頃から、それこそ、親から色々言われても、ずっと傍に居てくれた幼馴染ですからね。発覚直後はお互いに頭ビーストでしたけど、それから約1年……お互いに、頭も冷えますわね。愛の言う通り、簡単に終わらせられる関係じゃないんすよね、この二人に関しては。


 ……ハチの家族? 


 ハハッ(乾いた冷笑)

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