切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第6話: どうして、それを入口にて配布しないのですか?

 

 

 

 人にもよるだろうが、羞恥心を生み出す原因は、常識が大きく関与していると言われている。

 

 分かりやすく例えるなら、『銭湯』である。

 

 人によっては人前で裸になることが嫌で銭湯を避ける者もいるだろうが、大半はそうではないし、そこまで恥ずかしさを覚える者は少ない。

 

 理由は、お風呂というのは裸で入るモノという常識があって、銭湯という場だから、裸になるのはなんら不思議なことではない……という常識が根付いているからだ。

 

 同様に、自宅の脱衣所にて裸になって、羞恥心を爆発させて蹲ってしまう者はかなり少ないだろうし。

 

 絶対に誰にも見られない場所だと分かっていても、外で裸になることに強い抵抗感と羞恥心を覚える者は多いだろう。

 

 そう、羞恥心を生み出す原因は、ただ裸になるだけではない。

 

 たとえ、その場が外であろうとも、『そこでは脱いでも良い場所』だという認識さえあれば、その羞恥心はいくらか軽減されるわけで。

 

 それまで培った常識から如何に逸脱するか、『ここでそうしてはいけない場所』で行う……それが、特大の羞恥心を生み出すわけで。

 

 

「こ、この格好、本当に恥ずかしいのですが……」

「同感、なんか変な感じがする」 

 

 

 それがまあ、ダンジョンの中という日常とは異なる場所だからか、レイダと愛の羞恥心をとても刺激する結果となった。

 

 別に、モンスターに見られて恥ずかしいとかではない。

 

 万が一にも誰かに……いや、誇張じゃなく万が一以下なのだけど、見られる可能性がある場所なのに加えて。

 

 ダンジョンだから、羞恥心のままに手や足で局所を隠すわけにはいかず、いつでも素早く動けるようにしておく必要があるわけで。

 

 つまり、身動きするたび、ぶるんぶるんとパイが揺れて弾むわけだ。

 

 せめて、慣性や重力に引っ張られて痛みで羞恥心が気にならなくなるとかなら……それを、『原始のペイント』が緩和してくれるから、彼女たちはダイレクトに羞恥心を刺激されたのであった。

 

 

「……我慢して。命には代えられないのだから」

 

 

 しかし、そんな羞恥心を犠牲にしてでも、『原始のペイント』を装備するメリットがあり過ぎて、装備しないという選択肢がハチたちにはなかった。

 

 誇張するわけじゃなく、実際、『原始のペイント』の性能は、明らかに人類の科学力を超越した魔法の装備であった。

 

 

 まず、体温調節機能が付いているということ。

 

 

 つまり、外気に合わせて保温したり放熱したりを自動的に調節してくれて、これだけで厚着したり薄着になったりする必要がなくなるわけだ。

 

 また、この調節機能には保湿や除湿機能も搭載されているようで、変に蒸れたり逆に乾燥したりも無縁で、激しく動き回って体温が上がっても、それに合わせてくれるわけだ。

 

 ぶっちゃけ、本来の用途を考えたらこの時点で100%の性能なのだが、それだけではない。

 

 このペイントボディ、特殊な力場を形成するようで、薄いバリアが身体を覆うように張り巡らされるおかげで、下手な防具を身にまとうより効果がある。

 

 しかも、このペイント……攻撃を受けて破損(正確には、ペイントが剥げる)しても、時間経過で自動修復していくのが、本当に強い。

 

 防具の破損って、本当に命に直結する。

 

 それに加えて、防具は重量の問題もあって、ガチガチに装備を固めている者はそういない。

 

 なんだろう、ゲームやアニメみたいに、全身に甲冑を身にまとって動けるやつなんて、そう居ないんだよね。

 

 だから余計に『原始のペイント』の性能の良さに何も言えなくなるわけで……それが分かっているからこそ、恥ずかしいとは口にしつつも、脱ごうとする者はいなかった。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 身軽になっただけでなく、性能の良い武器と防具を手に入れた僕たちは、さらに地下へと進む。

 

 地下13階も、地下12階とそこまで景色もモンスターも変わらない。

 

 ちょっとばかり見た目が違うのもいるけど、特殊な動きをするわけでもなく、見切るのも反撃も容易く、快進撃と言っても過言ではない調子を維持していた。

 

 

 ……ただし、一つだけ、無視できない問題が生じていた。

 

 

 それは、地下12階に比べて、地下13階の気温が高いということで……気付いたのは、入ってすぐに感じた些細な違和感がいつまで経っても取れなかったからだ。

 

 ダンジョンでは何が起こるか分からないということで『家』に置いている備品から、気温計を取り出す。

 

 その気温計は、地上にて安売り(というか、投げ売り)していた道具の一つ。世界がこうなってしまえば、使い道のない道具として放置されていたやつだ。

 

 

 それが、まさか今になって役立つとは……で、だ。

 

 

 体感的には『原始のペイント』のおかげで、ちょっと暖かいかなという感覚しかないが……確認してみて、僕たちは絶句した。

 

 ──30℃。

 

 それが、気温計にて示された地下13階の気温であった。

 

 

「これ、『原始のペイント』を纏っていなかったら、だいぶヤバかったんじゃないの?」

 

 

 思わずといった僕の言葉に、二人とも沈黙する。

 

 装備の性能が良すぎたあまり、変化に気付けないというのは、ある意味ではデメリットなのかもしれない……と、思った。

 

 

 ……ちょっと試しに、装備を解除してみる。

 

 

 途端、僕が感じたのは、むわっと体中に浴びせかけられた……夏場の熱気だ。

 

 例えるなら、雨上がりの梅雨の昼間、だろうか。

 

 けして、活動できない程ではない……が、不快感はしっかりあるし、ベタッと湿気が肌に張り付くのが分かった。

 

 なんかこう、風が生ぬるい。そうそう、梅雨の始まりってこんな感じ……って思うと同時に、ぷ~んと耳元に羽音が……って!? 

 

 

「うお、やっば!」

 

 

 反射的に両手で叩いた手のひらを広げれば、そこには大きい羽虫が……いかん、似ているのは気温だけでなく、血を吸うタイプの虫もいるのか! 

 

 急いで『原始のペイント』を装備し直せば、途端に体中にまとわりついていた不快感が薄まり、先ほどの快適な状態に……あ~、うん。

 

 

「これ、まさかマラリアとか、そういう病気を運ぶ虫……っていうか、そういうモンスターいたりするのかな?」

「……恐ろしいこと考えないでくださいよ」

 

 

 思わず、といった様子で愛が苦笑いを……でも、すぐに真顔になった。レイダも、その隣で真顔になっていた。

 

 おそらく、想像したのだ。そして、居ない保証が無い事にも。

 

 これは、非常に由々しき事態だ。

 

 目に見えて殺せば終わりなモンスターはまだしも、見えるけど接近されても気付きにくく、なんなら気付いた時には手遅れ……なんてモンスターの存在が示唆されたのだ。

 

 最悪、死因がモンスターによる怪我ではなく、感染からの病死なんてのも……う~ん、ヤバいな。

 

 

 ──とりあえず、この階は出来る限り急いで突破した方が良いかもしれない……と、僕は思った。

 

 

 幸いにも、僕たちが装備している『原始のペイント』は、虫刺されに対しては有効的な防具のようで、入ってから今に至るまで、まったく刺されていない。

 

 先ほど僕が刺されかけたのは、装備を外したからだ。

 

 言い換えれば、排除した瞬間から動いて刺しに来るぐらい、この階の虫は好戦的(?)なようで……仕方がない。

 

 

「急ごう、ここは早く抜けたい」

 

 

 そう、僕が提案すれば、愛もレイダも真剣な顔で頷いて、先へと急いだのであった。

 

 

 

 

 

 ……正直、最初はモンスターも地形も変わっていないから、まだ楽かなって思ったけど、とんでもない。

 

 

 気温なんて、5℃も変わればめちゃくちゃコンディションに影響を受ける。

 

 そのうえ、どうやらこの地下13階……梅雨を連想させるだけあって、雨が降る。

 

 それも、けっこう勢いが強いし、雨自体はまあまあ冷たい。

 

 これ、僕たちは平気だけど、普通にしていたらめちゃくちゃ堪えるやつだ。そのうえ、地下12階ではせいぜい体感的に20℃ぐらいだったのが、一気に10℃も上がる。

 

 雨が降れば身震いするぐらいに身体が冷やされ、雨が上がれば不快感を覚えるぐらいに気温が上昇し、梅雨の湿気の中を進むわけだ。

 

 間違いなく、なんの準備もせずにここを通ったら、どこかで撤退するしかない、そういう事態に陥っていただろう。

 

 僕たちの場合は『原始のペイント』のおかげで、気温や羽虫による影響を受けないで済むが……それが無かったら、途中で何度も休憩を挟まないと熱中症になっていたぐらいに過酷な環境だった。

 

 

 ……さすがに、だ。

 

 

 『鍵&家』があるとはいえ、病気を治す力は無い。風邪を引いたら、おとなしく安静にしておくしかないわけで。

 

 これだけ気温や体温の変化を急激にもたらしてくるような階は、さっさと抜けて次に行くに限る。

 

 そんな僕の話に、それもそうだなと納得してくれた二人と共に(なお、愛はけっこう息が上がっていた)、とにかく前へ、前へ、前へ──っと。

 

 この階は、どうやら昼夜があるようで。

 

 日も暮れ始め、辺りはどんどん暗くなってゆく。

 

 さすがに夜間の移動はモンスターの存在以外にも危ないので、ヤバいからここらで『鍵&家』を……と、思っていたところに、僕たちはソレを見つけた。

 

 

 『出張・簡易総合センター』と書かれた看板と、デデーンと建っている建物と……イラサイマセー、と声を張り上げるロボたちの姿が。

 

 

 これには、僕たち全員……特に、そろそろ体力が限界に差し掛かっていた愛が息を吹き返し、えっちらおっちら歩いて……今日は、センター内に泊まることになったのであった。

 

 『鍵&家』は慣れ親しんだプライベートルームという点では良いのだが、やはり、設備の面ではセンターの方が上である。

 

 なにせ、元々は大勢の人たちが同時に利用するのを目的とした施設だ。

 

 簡易の休憩スペースとは言っても、そもそもの規模が違い過ぎるのだ。

 

 風呂は全員が両手両足を伸ばしてもなお余裕がありまくる浴室がデーンとあり、アメニティの数も、『鍵&家』の比ではない。

 

 大勢いたら混雑して手狭に感じていただろうが、僕たち3人しか居ない、実質貸し切り……そりゃあ、快適に感じて当然であった。

 

 そのうえ、さすがにセンターの中は空調が効いていて、『原始のペイント』を脱いでも蒸し暑くない……さすがに、こんな明るい建物の中でボディペイントは、恥ずかし過ぎたし。

 

 努めて顔に出さないようにしていたけど、レイダも愛もすごく恥ずかしかったようで、部屋に入るや否や、すぐに服を着たぐらいに……話を戻そう。

 

 

『アイヨ! コチラガ、今回ノ交換品ノ全部ヨ! コノカタログ渡スカラ、必要二応ジテ引着キ取リ可能ヨ!』

「え、いつの間にそんな機能追加されたの?」

『今カラ4時間前ヨ! 発音モ、改善サレタデショ!』

「あ~、道理で、なんか聞き取りやすいなって思ったら……」

 

 

 あれから見かけないなあと思っていたけど、どうやら、元気にやってはいるようだ……ちなみに。

 

 僕たちは今、別行動を取っていた。

 

 体力的に一番厳しかった愛は、お風呂と食事を済ませた後はもうそのまま部屋に戻って、熟睡。

 

 レイダもけっこう疲れているようだけど、とにかくお腹が空いていたとのことで、ゆっくり時間を掛けて食事を楽しんでいる。

 

 僕もまあ疲れていたけど、愛ほどじゃないし、レイダのように食べられるわけじゃなくて、時間も余ったので……で、だ。

 

 そこで、忘れずに行わなければならないのが、倒したモンスターの死骸交換である。

 

 以前は『インベントリー』に入れたまま死蔵する形になっていた様々なそれらだが、今は魔改造を通り越したクリエイト能力が活用できる。

 

 つまり、今は使い道が無くても、いずれどこかで使い道が見つかるかもしれないモノに変わったわけだ。

 

 だからこそ、以前よりもきっちりカタログを見るようになったし、気になる点はキッチリ尋ねておくように……が、そこで。

 

 

「あの、カタログのここ……解毒剤って、なんの解毒剤? 量もけっこう多いのだけど」

『ソレハ、コノ階層ニ出没スル、『ポイズン・モスキート』ノ解毒剤ヨ!』

「……は?」

『抵抗力ガ弱ッテイル時、危ナイヨ! 高熱出テ、下痢ニモナルヨ!』

 

 

 まさか、あり得るかもしれないと予測していた、地下13階の羽虫には毒があるかも……というやつが、大当たりしていた現実に。

 

 

『解毒剤ハ、沢山手ニ入ルヨ! ドンナモンスターカラモ、必ズ一人分以上ハ付イテ来ルカラネ!!』

「……そ、そうなんだ」

 

 

 僕は、改めて……ダンジョンのヤバさを認識したのであった。

 

 

 

 

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