念のために、死体の状態を確認する。
死体の確認なんて知識がないけど、それでも、素人目にも分かる部分があれば良いなと思ったからだ。
……死体を見るのは辛くないのかって?
そんなの、今さらである。
慣れたくはないけど、慣れないとダンジョンではやっていけない。ダンジョンに入るということは、そういうことなのである。
それに、死体なんてのはもう、地上でも見慣れてしまった。
爆風によって、文字通り全身バラバラになった肉片が散らばっているだけでなく、顔の一部が転がっている光景。
瓦礫に押し潰されて、なんとか引きずり出せたかと思ったら、腰から下が完全に潰れていて、鮮血がズル~っと続いていて。
そんな光景を、これまで地上では何度も目にしていた。
それは、僕たち以外の……それこそ、同級生たちだって、同じことを思うだろう。
もう、死体は見慣れてしまったのだ、寂しいことに。
だから、今さら、この程度の死体なんてのはもう見慣れ過ぎていて。
それこそ、僕のクラスメイトたちですら、ちょっと驚くぐらいで、後はもう気にもしない……それが、今の現実なのだ。
まあ、でも。
さすがに腐って溶けかけているような状態になっていたら気持ち悪くて見られないが……今回は、虫が集っていて悪臭が出ているだけなので、そこまでではない。
で、具体的に死体のどこを確認するのかと言うと……それは、傷跡である。
傷跡は、色々な事を教えてくれる。
殴られた痕ならオークのような相手から殴打されて殺されたわけで、噛み傷ならそれ系のモンスターだと推測できる。
それ以外なら、人にやられたか、未知のモンスター……というわけだ。
僕たちはこれまでけっこう長くこの階に滞在しているが、そのおかげで、この階に出現するモンスターのことをかなり把握 出来ている。
中にはまだ遭遇出来ていないモンスターがいるかもしれないが、言い換えたら、そういうタイプのモンスター以外には遭遇しているわけで。
もしも未知のモンスターだったならば、僕としてはまだ有難いのだけど……そんな思いで、『インベントリー』より殺虫剤を取り出す。
この殺虫剤は、この地下13階にて手に入るモノで、飛び交う羽虫などには劇的に効果を発揮する。
誇張無しで瞬殺と表現するぐらいの威力で、それでいて、人間には無害という優れものだ。
ぶっちゃけ、これがあれば羽虫など恐れるに足らぬといった気持ちにはなるのだけど……おそらく、うっすら察していると思うけど、この殺虫剤。
見た目は市販されていた殺虫剤スプレーと同じなだけあって、入っている量も見た目相応なのである。
つまり、使ったら減る。底を突いたら、はいお終い。
それでいて、羽虫は実質的に無限に湧いてくる始末。
いや、大げさじゃなくて、マジでどれだけ殺虫剤を使っても一時的に減るだけで、小一時間もしたら元に戻っちゃうんだよね。
そのうえ、僕たちには『原始のペイント』があるわけで……まあ、その代わり、こういう場合にはピッタリなのだけど。
「……傷跡、まったくないね」
「う~ん……熱中症で倒れて、それっきり?」
「虫に刺されて病気になったとか?」
背中を見た後、傍を転がっていた木の棒でごろりと身体をひっくり返し……服の破損や、吐血などの跡も見られないあたり、二人は思い思いの仮説を口にする。
ややこしい事に、どちらもあながち間違いではないなって思えるところなのが、ねえ。
だって、この階の羽虫、毒を持っているし。
それでいて、この階はけっこう蒸し暑く、『原始のペイント』があってもほんのり暖かいぐらいだ。
つまり、梅雨のように、バタバタと熱中症を発症する者が現れやすい気候になっている。
こんな場所で水筒などの用意をしないまま突入してしまい、思わぬ形でモンスターと遭遇して、逃げた先で道に迷い……暑さのあまり気を失って、それっきり……というパターンかもしれない。
ただ、気になるのは……怪我を全く負っていないということ。
毒や暑さでやられたのであれば、まだいい。
ただ、そうなると、この男は無傷のまま地下13階まで来たわけである。
たとえエレベーターを使ったとしても、それでもここまで来られる時点で、一定の実力を持っているわけだ。
……運良く、あるいは、何かしらの『超特殊能力』のおかげで降りてこられた可能性も……まあ、そこまで考えだしたらキリがないけど。
とにかく、問題は人がこの階に下りて来られた、それに尽きる。
たった一人だけで終わることは、ないだろう。
おそらく、時間の問題だと思う。
単純に、人の数が違い過ぎる。
僕たち3人は探索者たちの間ではけっこうな実力で、運良くすごい装備を手に入れているにしても、たった3人。
対して、向こうは……この人単独ならまだしも、30人、50……もっと組織立っていたら、100人、200人規模なんてのも……うん。
マンパワーってのは、偉大だ。
今の僕だって、ぶっちゃけてしまえば、レイダと愛が居るからこの階にも降りて来られているだけで、僕だけだったらもっと上の階に居ただろう。
たった3人ですら、それだけ有利になる。
これが10倍、100倍にもなれば……その進行速度は、僕たちの比ではない。
「……もう少し、様子を見よう」
決断を迫られた僕は、二人にそう提案する。
それは、次の者たちが来るまで、ギリギリまで地下13階に留まって、ギリギリまでレベルアップを果たしておきたい、というもの。
少しでも先に下りて距離を稼いでおくべき……という考えも脳裏を過るが、後ろから追い付かれる前に、モンスターに殺される危険性がある。
この階ならば、まだ安定的に動ける。絶対に怪我をしないわけではないけれども。
もちろん、包み隠さず二人に話す。
二人も、僕と同じく考え……リスクはあるけれども、あのトラの事が不安なようで、もうしばらくこの階に留まる事にした。
……その結果、次の人間が来たのは……それより、8日後のことだった。
今度は、4人。
見つけたのは、地下12階へと続く階段の傍。
向こうにとっては初見の階層だから、その場から動く気配はなかったが……明らかに、その後ろにはまだ人員が居る雰囲気を醸し出していた。
おまけに、装備も……いや、どうだろうか?
装備に関しては、けっこうバラバラ。
いわゆる、防弾チョッキのようなモノを身に付けている人や、少しばかり分厚そうな衣服を身にまとった人や……うん。
おそらくだけど、装備に関しては、まだ僕たちに分があると思う。でなければ、彼らが一様に顔をしかめてはいない。
どうやら、向こうには僕の『クリエイト』のような能力を保有している者はまだ、居ないようだ。
あるいは、数が少なくて全体に行き渡っていないのか、わざと数を絞って意図的に上下関係を生み出しているのか……まあ、どちらでもいい。
……とにかく、だ。
以前より話し合いをしていた僕たちは、彼らの姿を見てすぐにその場を後にして、地下14階へと向かった。
……。
……。
…………そうして、またやってきた地下14階。
見た目が完全にジャングルなそこは、以前と変わらず暑さがとんでもなく、『原始のペイント』無しでは小一時間も動けば熱中症になりかねない熱気であった。
ある程度、この暑さに身体を慣らしたら、もっと長く活動できるかもしれないが……とにかく、先へと急ぐ。
「……進みにくいね、これ」
けれども、地下13階とは明らかに勝手が違う環境に、僕だけでなく、二人も深々と頷いた。
と、いうのも、だ。
暑さに関しては『原始のペイント』で抑えることは可能だが、物理的に伸びている枝葉や雑草の量が、かなり酷い。
それらの量が多いということは、その分だけ視界が悪いということ。
それらを切るのは簡単ではある。切れ味抜群の『レーザーアックス』があるからだ
ただ、これはレーザーを出力している間、ずっとこう……僕の中にあるエネルギーが消費されてゆくので、多様し続けると途中で力尽きてしまう。
視界の悪さを無視して突進なんてのは、命がいくつあっても足りないし……ていうか、不意を突かれて襲われるのが嫌だ。
かといって、比較的そういった対応をしなくても通れそうな道を進むとなると、右に左に方向転換を繰り返す必要が出てくるから、そこで道に迷ってしまうわけで。
結局、僕たちは時に枝葉を切り捨て、時に察知したレイダがモンスターを迎撃したり、時にゴーレムを先行させたりして……危険を減らしながら、ちょっとずつジャングルの中を進んでいった。
……。
……。
…………そうして、日が暮れ始め、今日はもう『鍵&家』にて休息を取ろうと僕たちが考え始めた……そんな時であった。
──ぐるるるる。
そこは、それまでの行程とは違って、まるで整備されているかのように開けた場所であった。
広間の中心には、見慣れた建物……『出張・簡易総合センター』があって……その扉の前には、あの『トラ』が居た。
大きさや見た目は、前に見たやつと同じだ。どっしりと、寝そべっている。
自然にどこかへ行くのを待つべきか……いや、様子を見る限り、飛び掛かって来そうな気配こそないが、動く気配も……っと。
草陰より息を潜めていたのだが、急に閉じていた目を開いた。
むくりと身体を起こしたトラは、くんくんと鼻を鳴らしながら、キョロキョロと辺りを見回し……僕たちが潜んでいる方へと視線を向け、ピタッと静止した。
──バレた。
そう思うと同時に、トラの顔が強張る。
顔を低くし、姿勢を下げて……ゆらゆらと、トカゲを思わせる野太い尻尾を揺らしながら……その目が、はっきりと僕を捉えた。
その瞬間、僕は反射的に飛び出して──斧を投げた。
それを、トラは避けた。
外したのではなく、横に飛びのいて──をそれを、僕は冷静に認識し、もう片方の手に持っていた斧を、投げつけた。
レベルアップのおかげだ。
前回戦った時には、その動きを目で追うのが精いっぱいだったけど、今回は目だけでなく、身体が動きに追いついた。
これまで数値でしか確認出来なかったけど、実際に肉体の動きが良くなっているのを僕が認識すると同時に──『レーザーアックス』が、トラの首へと食い込んだ。
それで、致命傷だった。
射程距離(正確には、制限時間)があったけれども、それさえクリアすれば無類の切れ味を誇る。
トラの首からおびただしい量の鮮血が吹き出し……そのまま、何が起こったのか一瞬だけ困惑した顔をしたけれども、そのまま……ゆっくりと、その場に崩れ落ちたのであった。
……。
……。
…………少しばかりの、間を置いた後。
「お、おおおお……!!!!」
僕は、思わず喜びの声を上げたのであった。
それは、レイダと愛も同様で……二人とも、僕以上にこの結果を喜んで……そして、そのおかげで、僕たちは。
──これからは、いかにレベルアップを先に果たすか。
それこそが、今後のダンジョン攻略の鍵になるのだと……僕たちは、改めて理解したのであった。