地下14階でも、中にいるロボットたちは変わっていなかった。
『オ元気=デス! 今日モ一日安全ニ!!』
まさか、ロボットに癒される日が来ようとは思っていなかった。
まあ、ロボット以前に、ここは本当に気が休まる。
危険だらけなダンジョン内でのせめてもの救いは、『出張・簡易総合センター』内ではモンスターに襲われないということ。
定期的に場所を移してしまうという、探索者からしたら聞くだけで憤死してしまいそうな話だけれども、それでも明確な安全地帯があるというのは精神的にとても楽である。
実際、あの木の化け物との遭遇で削れていた精神力も、安全な場所でゆっくり休めたおかげで、いくらか持ち直せた。
正直なところ、昨日はちょっと食欲が出なかったぐらいだけど、それでもある程度は回復できた。
それは、僕たちはまだ『鍵&家』という安全スポットを持ち歩ける(実質、同じ事)という安心感があったのもあるだろう。
ソレのおかげで肉体的にも精神的にもコンディションを維持できるけど、ソレが無い人は本当にヤバいと思う。
ぶっちゃけ、『鍵&家』無し&『出張・簡易総合センター』も見つけていない状況であの木の化け物と遭遇し、一夜を過ごさなければならないなんて事態になったら……悲観に暮れていただろうから。
で、話を戻そう。
とにかく、気持ちを持ち直した僕たちは、受付にて素材の交換を行った後で……なんか、『非常に気になるモノ』が手に入ったけど、それは後にして。
改めて……この階での活動方針を話し合った
まず、地下13階と同じく、この階でも基本的には『レベルアップの薬』を最優先で手に入れ、レベルアップしていくのが第一だ。
実際にトラを倒せたし、ここに来るまでにもレベルアップの恩恵とやらを十二分に体感していたから、もう僕たちはソレの重要性をけして軽く考えたりはしないだろう。
次に、この階で手に入る素材などから……可能ならば、武器や防具を作ること。
今の『原始のペイント』は、けして悪くはない。むしろ、逆だ。
この身軽さでこの防御力はあまりにも優れているのだが……しかし、この階のモンスターを相手に耐えられるのかというと、ちょっと疑念が湧いてくる。
環境という一点においては十分すぎるぐらい役立っているけど、トラの攻撃に耐えられるのかというと……正直、試したいという気持ちはまったくない。
ましてや、あの木の化け物……アレもモンスターなのだろうけど、アレと戦う事になった場合は不安しか残らない。
不安と言えば、武器もそうだ。
トラぐらいでギリギリ、あそこまで大きさに差があると、正直急所に上手く当てないと倒せないと思う。
ていうか、そもそも急所ってどこだよ。
トラとかならなんとなく想像できるけど、樹木モンスターってどこが弱点なんだ……根っこは足として普通に使われているし。
見た目からの想像通りなら火が弱点なんだろうけど、僕は知っているんだ。
よほどの高熱(大火事が起こった際の熱風)とか、燃料を使った(可燃性のオイルを撒くとか)ならともかく。
一般的に、そこらに生えている樹木って、ライターとかそんな程度じゃ火は付かないってことを。
その樹木が枯れ切ってから相当な日数が経って、乾燥しているとかならともかく……まだ生きている木って、そう簡単には燃えないらしいんだよね。
なんでも、見た目には分からないけど相当量の水分が樹木全体に含まれているらしく。
自然乾燥の場合だと短くても半年、長ければ1,2年ぐらいは時間が掛かり、機械を使って乾燥させる場合でも30日ぐらい掛かるのだとか。
見た感じ、あの樹木モンスターは青々とした枝葉がしっかり生えていた。そして、たっぷりと樹液を出せるだけの余裕がある。
そのうえ、囚われている人間からも水分を根こそぎ吸収してしまう……仮に、そんなやつにオイルをぶっかけて火を放てば、どうなるか。
(……止めよう。想像するだけで恐ろしい)
僕の脳裏に浮かんでいたのは、火だるまになった樹木モンスターが暴れまわって四方八方に火種をまき散らす……そんな光景。
どうなるかは実際になってみないと分からないけれど、最悪僕たちどころかこの階全体が火の海になりそう……うん、止めよう。
「受付さん、あのデカい樹木モンスターって、モンスターなんですよね? なんか触れちゃダメなギミックとか、そんなんじゃないですよね?」
とりあえず、1にレベルアップ、2に武器防具制作、いつもとそう変わらない方針に定めた後で。
なにかヒントというか、あの樹木モンスターの情報が得られたらなと思って、僕は受付のロボットに尋ねてみた。
すると……意外な事に、けっこう色々と教えてくれた。
あの樹木モンスターの名は、『這い回る樹木』。変な名前だなと思ったけど、名前に反して性能は凶悪の一言。
まず、『這い回る樹木』はその名のとおり、特定の階に留まって活動しているモンスターではない。
地下10階より下に出現して各階を行き来するモンスターであり、必要に応じて地上にすら根を伸ばして人間を捕食するらしい。
そして、このモンスター……その説明から察せられるとおり、実力は地下10階なんてレベルじゃない。
大きさや形状によって多少違いはあるらしいが、平均して地下30階クラスであり、地下14階レベルの探索者ではどう足掻いても太刀打ちできる相手ではない……とのことだ。
そんなの、どうしろと言うのか……思わず尋ねたら、それも教えてくれた。
結論から言えば、『人間が樹木に取り込まれている間は大丈夫。ただし、その数が0になると捕食モードに移るので注意が必要。日光が降り注いでいる間は活動し、日が落ちれば休止モードに移る』という感じらしい。
捕食モードの時は『特徴的な声』を発しているので、それが聞こえて来た時は見つからないよう物陰に隠れたりした方が良いよ、とのことだった。
なお、素材に関してはお楽しみ……とのこと。
「なんか、けっこう色々と教えてくれたね」
『アレ、ユニークモンスター! ソウイウノハ、チャント教エルヨ!!』
とまあ、そんなわけで、だ。
とりあえず、『這い回る樹木』との遭遇は不運が全てであり、遭遇しない時はずっと遭遇しないモンスターなのが分かったので。
僕たちは、この出張センターが移動するまではここを拠点として、必要に応じて『鍵&家』を使い、レベルアップに励もう……ということになった。
……。
……。
…………それから、約6時間後。
僕たちは、『鍵&家』にて待機を強制されていた。
なんでかって、つい2時間ぐらい前に、ヒューヒューっと鳴り響く『這い回る樹木』の声が聞こえてきたからだ。
いくらなんでもこんなに早く2回目の遭遇かよと嘆いたけど、嘆いたところでモンスターが遠ざかってくれるわけでもない。
事前に聞いていたとおり、その特徴的な声は遠くまで響いてくれたから、接近には気付けて『鍵&家』に避難することは出来た。
出来たのだけれども、やっかいなことに……中々、声が遠ざかってくれないのだ。
音の強さの強弱で、対象が移動しているのは察せられるが……しっかり確認しようと外に出て見つかったらヤバいから、それはできない。
せいぜい、扉をちょっとだけ開けて、音が聞こえるかってぐらいなんだけど……それで声が聞こえてくる時点でヤバいってことだから、出るに出られず。
危険を覚悟して出張センターに戻る理由もなかったので、ひとまず、もうしばらく様子を見よう……ということになったわけで。
……そこから、『もう今日は止めましょう』という結論に至るまで、そう長くは掛からなかった。
なんというか、集中力が途切れてしまった……ってやつかな。
最初のうちは何時でも出られるよう気力を張っていたけど、さすがに2時間も待機してくると、ちょっと気持ちが……そのうえ、声も全然離れていく気配が無い。
この階はどうやら夜が来るようで、出発時に比べてちょっと空(?)の色が変わり始めている。
夜になってようやく遠ざかっても、その時にはもう僕たちが外には出られなくなるから……だからまあ、仕方がない話だろう。
いくらやきもきしたところで、出られないのは変わらないわけだし、都合よく動いてくれるわけじゃないし。
「……さて、どうしようか」
で、話は外から『鍵&家』の中に戻すのだけど……僕たちは今、選択肢の前に居た。
それは、今朝方受付にて素材と交換して得た、『運試しドリンク』なるアイテム。
このドリンク、どうやら当たりを引けばレベルアップを果たしてくれるらしいが……名前のとおり、必ずそうなるわけではないらしい。
確率としては、当たりは5%程度。
残りの95%はハズレで、さすがに毒系のダメージは無いらしいのだけど、けして良くはない効果なんだとか。
具体例としては、3日ほど甘味をいっさい感じなくなるとか、しばらくお湯をとても熱く感じるようになるとか。
つまり、大体の場合はしばらくおとなしく寝ていれば解決する程度の内容らしい。
それならば飲む1択ではないかと思われそうだけど、ハズレの中には『小一時間、ひたすら足の裏が痒くなる』といった地味に嫌なモノが混じっているらしいので覚悟はしておけって話だ。
「……僕は飲んでみようと思うけど、二人はどう?」
尋ねたら、二人とも小さく頷いた。
幸いにも、僕たちには『鍵&家』という安全地帯がある。
性質の悪いハズレを引いたとしても、治まるまで引きこもることだって可能……リスクを取らない理由も薄いわけだ。
なので……早速覚悟してから、ナムサンの前置きと共に、グイっと一口ずつ。
味は、意外な事にけっこう良かった。
アップル系ってやつなのか、ほのかに甘くて、スポーツドリンク系として出されたら買ってしまうぐらいには……ふむ?
全員が飲み終えてから、改めて僕たちは自分と相手を交互に見やる。
パッと見た限りでは、何かしらの異変が起こっているようには見えない。身体の痒みとかも……とりあえず、僕には起こっていない。
と、なれば……当たりを引いたのだろうか?
ステータスにてレベルを確認……しかし、変化無し。
まだ両方の意味で効いていないのか、それとも経験値みたいな感じでレベルアップには至っていないだけで効果が出ているのか
……う~ん、分からん。
「二人とも、何か身体に異常とか起こっている?」
「さっぱり、全然分からない」
「私も……正直、当たりを引いたのかなってぐらいです」
二人に聞いても、何も違和感が無いという。
そのまましばらく待っていたけど、それらしい変化は無く……仕方ないので、何か違和感に気付いたら隠さず話そうということで、この話はお終いであった。
それから、ちょうど晩御飯の時間が近付いていることもあって、食事を済ませ、交代でお風呂に入り……さて、後は就寝って時に。
「……あれ、なんか愛の顔、ちょっと赤くなってない?」
「え、そうですか?」
何気なく愛へと視線を向けた時に、その頬がいつもより赤みがある事に気付いた。
外と中とでは、けっこうな温度差がある。
言うなれば、蒸し暑い真夏の外と、エアコンで快適な温度にされた室内……温度差で体調を崩しかけているかもしれない。
よくよく見たら、首筋もそうだけど、ほんのり汗を掻いているように見えし、目元も涙で潤んでいるように見える。
「もしかしたら熱が出るかもしれないし、状態によっては明日も──」
そう思った僕は、明日の予定に関して提案を──しかし、その前に、だ。
「そういうハチくんだって、頬が赤いよ」
傍に居たレイダから指摘されて、僕は思わず目を瞬かせた。
言われて手を当てたら、ほんのり暖かい……っていうか、そのレイダも頬が……うん、なんか急に暑くなってきたぞ?
「な、なんか蒸し暑くない? 僕の気のせい?」
そう二人に聞いても、二人は首を傾げるだけ。
「さあ、アタシにはなんとも……」
「ハチの顔、赤いよ。もしかして、軽い脱水になっているんじゃないの?」
「それは危ない。ハチくん、急いで身体を冷やさないと」
「そうそう、ほら、服を脱いで。身体を冷やすのは冷たいモノを胸に当てるのが効率的なんだよ」
その言葉と共に二人掛かりでシャツを脱がされる。
言われてみたら、確かに身体が火照っているような……あれ、もしかして気付かぬうちに熱中症にでもなっていたんだろうか?
……スケベ過ぎる。
……これ、犯罪ですよ。
……足に力が入らない? 危ない、連れて行ってあげる。
……そうですね、倒れたら危ないですものね。
なんか、二人が呟いているのが見えたけど、妙に頭がグルグルするというか、ボーっとし始めていて。
これヤバいかもと思った時にはもう身体に力が入らなくて、僕は二人掛かりで寝室へと運ばれ──
今回の『運試しドリンク』結果
──『×』。
生物の本能がとても強く表に出る。
それこそ一日中ハッスルしっぱなし。
ただし、今回は安全な場所であるという認識が互いにあったのでソレが強く表に出ただけで、外で起こっていたらシャレにならないレベルで暴れっぱなし。
周りに敵がいる環境なら闘争本能が強烈に前に出て、空腹感が強い時に飲んでいたら……な感じ。
具体的には、バーサーカー状態になる。
なお、効果が切れると一気に反動が来て、男女共に二日間はなんのやる気も起きないうえに、気怠くて一歩も外に出られない状態になる。
今回は一見するとエッッッ!! イベント系のハズレに見えるけど、うっかり外でコレを引いて、効果が切れた後は疲労困憊状態確定なので、実はかなり凶悪なハズレだったりする。
具体的には、下から数えた方が早いぐらいのハズレ、運が悪いですね、怖いですね~。