それから、二日後。
計5日間ほどゆっくり休んだおかげで、すっかり身体は全快してくれた。
少し鈍ってしまったような気はするけど、合間にてリハビリ代わりにジョギングしたり、斧をぶん投げまくったり……リハビリもどきに勤しんでいたおかげで、まあまあ調子を取り戻していた。
そして、ちょうどそのタイミングで……レイダ曰く『難民』と呼んだ人たちの集団が、設置した柵の前にやってきた。
(うわぁ……ガチガチに痩せて、今にも死にそう……)
そして、実際にその姿を見た僕たちは……思っていたよりも酷い有様に、しばし言葉が出なかった。
有り体にいえば、やせ細った浮浪者のような出で立ちであった。
頬はこけていて、血色は悪い。瞳に生気を感じられず、下手したら次の瞬間には倒れていそうなぐらい、弱り切っていた。
たぶん、お風呂にもまともに入れていないと思う。
回収した『温泉』の有様からして、おそらく以前よりもはるかに厳しく制限が掛けられているか、あるいは搾取される状況になっているのだと思う。
入りたければ、対価を寄越せ……ってな感じで。
こちらに向かっていた自衛隊たちの様子からして、おそらく安くはない。つまり、弱者はまともに風呂に入れていないわけだ。
それが、1,2,3,4……14人。
全体として若い傾向にあるし、子どもがいる。ただ、例外なく活力がない。こちらを、何やら驚いた様子で見ている。
最年長と思わしき60代の人は、居ない。
途中で力尽きたのか、それとも置いて行かれたのか……なんにせよ、人数がおおよそ3割ぐらい減っていた。
「何用ですか?」
フェンス越しに尋ねれば、彼ら彼女らは顔を見合わせ……代表して、40代ぐらいの男が前に出てきた。
彼もまた痩せてはいるけど、この中では比較的体力が残っているように見えた。
「僕たちは、そこの菊野花園江市から脱出してきた避難民です。ここの代表者と話がしたい、取り次いでもらえますか?」
「いちおう、僕たち全員が代表者──いえ、僕が代表者だけど、用件は?」
全員が──のあたりで、ジッと二人から視線を向けられた僕は、渋々訂正する。
僕としてはあくまでも僕たち3人の成果だと思っているのだけど、二人はそう思っていないようで……ここで言い合うのも変なので、とりあえず僕はそう名乗った。
「……君が?」
意外そうに眼を瞬かせた……が、すぐに切り替えたのか、こちらに向かって深々と頭を下げた。
「僕たちは行き場が無い。どうか、この場所に避難させてもらえないでしょうか?」
「……ああ、まあ、そうだろうなとは思ったよ」
それを見て、僕は……チラリと視線を二人に向けると、『全部、お任せします』といった感じの視線が返された。
……う~ん、本当にどうしたものか。
見たところ、柵越しに確認出来る14人は、お世辞にも調子が良いようには見えないし、なんなら僕たちの手助けが必要な状態だ。
僕たち3人は人数という弱点を抱えているけど、見方を変えたら、3人でうまく回っている状態でもある。
そこに、顔見知りどころか初対面の相手(14人)を入れて、はたして何も問題が起こらず済むか……間違いなく、面倒事が発生するだろう。
なので、損得を考えれば断る一択……なのだけど。
(子どもがなあ……居るんだよなあ)
それに、彼ら彼女らがどうしてそこまでやせ細っているのか……それも、気になるところではある。
まあ、おおよその検討は付く。
僕たちがダンジョンにこもる原因になったあの日、1度目と2度目にこちらに向かって来ていた人たち、そして、ダンジョン内にて僕たちの背後より続いていた人たち。
それらから考えれば、答えは出てくる。おそらく、ダンジョン内では二重の搾取が行われているのだと思う。
レベルアップの薬が手に入る割合は、けして高くはない。
いちおう、飲まなくてもモンスターを倒し続けるとレベルアップするらしいのだけど、効率はかなり悪い。
だから、手っ取り早くレベルを上げるとなれば、薬を手に入れるべきなのだが……たぶん、監視されていて取り上げられている。
みせしめに何人も殺されているだろうし、人質を取られている人も……かといって、地上に出ても国による奴隷扱いだろう。
あの日、見せしめで数人射殺した人たちだ。
もはやタガは外れているだろうし、僕たちの事を国民とは思わず、使い勝手の良し悪しがある道具という認識だろう。
僕たちは運良く……いや、運が悪いと……どうだろう、まあ、今になってはどうでもいいことだ。
なんにせよ、まともにダンジョンに入らず、入っても『石油』とか『食糧』とか、モンスターが出てこないダンジョンしか経験が無かったら……正直、いきなり適応しろってのは無理だと思う。
僕の時だって、最低限とはいえ国からの援助があったのに、あの日からスタートした人たちは、そういった援助無しな上に、アイテムを奪われる危険性までもを覚悟したうえで……う~ん。
なんか、そう考えるとあまりにも僕自身めちゃくちゃ恵まれた立場だから、上から目線が出来そうにない。
けれども、ここで下手に仏心を出すと、難民その2,その3と続きそうで……う~ん、マジでどうしたものか?
……。
……。
…………とりあえずは、だ。
「いくつか質問をするけど、ぜったいに嘘はつかないでね。どんな事情があるにせよ、嘘を付いた時点で僕たちを騙して自分たちが利益を得ようとしたって話になるわけだから」
「わ、分かりました……」
とても寒そうにしているが、ここをナアナアにしてしまうと後で取り返しがつかないので、キッチリしておく。
「じゃあ、まずは一人ずつステータスを見せて。少しでも不穏な事が書かれていたら、その人は除外するから」
僕の言葉に頷いた彼は、さっそくステータスを開示してくれた。もちろん、他の人たちもそれに続く。
本当に久しぶりに他人のステータスを見ることになったけど、幸いなことに、眼前の彼ら彼女らのステータスに不穏なモノは何もなかった。
もしも怪しい部分があったら問い質すし、誤魔化そうとしたらこの話はお終いにしていたから……正直、ちょっと安心した。
ただ、想像してはいたけど、やはりレベルが低いままだ。そして、何かしらの特殊能力も持っていない。
子どもは全員レベル1だし、一番高い人でも僕たちの半分にもまるで届いていなかった。
「……あなた達って、ダンジョンには入っていたんだよね?」
「はい、あ、その、子どもたちは食料ダンジョンぐらいしか……」
「それは察していた。じゃあ、あなた達の中で一番深い階層まで潜った人は、地下何階?」
その質問に、彼は振り返り……一人の男が、地下4階まで降りたと話した。見たところ、彼も痩せているが、背丈はある。
地下4階と言えば、2m超えのオークとかが出てくる階層だ。とても上等な肉で、そういえばずっと食べていない気が……話が逸れた。
とにかく、常人ならなす術もなくワンパンで殺されるようなモンスターが出てくる階層だ。
以前ならともかく、ぶっつけ本番でいきなりオークと戦ったら……最初から逃げに徹していなかったら、間違いなく殺される。
そんな階層まで降りられた時点で、真面目かつ向上心を持って探索者をやっていた人だって──と、思ったら、ちょっと事情が違った。
どうやら地下4階へとアタックしたのは3回だけで、3回目でオークと初めて接触し、心が折れて……というパターンらしい。
いや、まあ、仕方がないかなって思うよ。
僕の場合は頼りになるレイダが居て、僕は『戻ってお~の!』とかいう反則技が使えたからなんとかなったけど……その二つが無かったら──また話が逸れたので戻そう。
とりあえず、あの日より前に通常のダンジョンにて活動していたのは、14人中1人だけ。
『食糧』と『石油』の二つを始めとして、ダンジョンの呪いが消えてからは全員……といった感じか。
石油は完全に管理下に置かれて一般人が入れなくなっているが、『食糧』に関しては……モンスターも出ないし、幼い子にはちょうどよかったのだろう。
まあ、いくらなんでも年齢一桁っぽい子なんて、地下1階でも場合によっては怪我をしそうだし……しかし、そうか。
(う~ん……人員として組み込もうにも、地下3階レベルだとステータスの差があり過ぎて……)
それはそれとして、どうにもならないレベル差に僕は困り果て……でも、断る理由が『次の乞食が来たら嫌だから』というのは、なんかこう……いや、待てよ。
──そもそも、全開放しなくても良いのでは?
そう考えた瞬間、僕は悩んでいたモヤモヤがバシッと晴れてゆくのを感じた。
そうだよ、別に全開放しなくていいんだよ。
柵の範囲は特に定められたモノではなく、整地を終えた範囲を表しているだけで、後はせいぜい獣避け。
ぶっちゃけてしまえば、円形でなくてもよいし、柵の範囲を変えて……この人たちのスペースを切り分けてしまえば、それで済む話なのだ。
そう、最低限の援助はしよう……ただ、無制限ではない。
善意でソレを強要してきたら、その時点で僕はこの人たちを切り捨てる。それを当たり前な事だと思ってもらっては困るのだ。
そして──これが一番大事だけど、今後ここに第2第3の避難民が来たとしても、僕たちは関与しない。
そいつらを追い返すか、受け入れて協力してやっていくかは、すべてそちらで勝手にやれ、と。
柵の範囲を広げたりはしないし、援助する食料を増やすつもりもない。けれども、こちらの許可なく柵を乗り越えて入ってきた者は例外なく殺す、と。
そこは、曖昧な言葉では誤魔化さない。はっきりと、殺すと明言する。相手が子どもであろうと、容赦はしない、と。
そこまでしないと人間ってやつはいくらでも勝手に話を都合よく捻じ曲げて、こちらを極悪人に仕立て上げるから。
──という話を、僕は彼だけでなく、その後ろで固唾を飲んで見ている13人にも伝えた。
そんな彼ら彼女らは、ひとまず追い出されないだけでも安心し、少しばかりだが食料を分けてもらえることに喜びの声をあげた。
ただ、その視線がいくらか……僕たちの背後にある地下15階行きの直通エレベーターを見ている事に気付いた僕は、先に忠告しておくことにした。
──行くも行かないも、そちらの自由。ただし、行き先は地下15階だ。
アレは僕たちにしか動かせないから、行きたいなら一緒に下ろしてやる。上がる時は、僕たちと一緒で、待ったりはしない。
同様に、僕たちはダンジョン内では君たちを助けたりはしない。また、僕たちの都合で切り上げたり延長したりもする。
それを覚悟し、受け入れたうえで降りるように……と。
そう話しておけば、彼ら彼女らは納得したのかしていないのか、なんとも言い表しがたい表情を浮かべたのであった。
……いや、いいんだよ、こっちは。
行きたいなら一緒に連れて行ってあげるし、禁止しているわけじゃないし……ただ、何があっても勝手に助かりなさいってだけで。
そう、言ってやりたい気持ちはあったけど、言ったところで彼ら彼女らが納得する事はないだろうし、いちいち納得させるのも面倒だったので、僕はそのまま見なかったことにしたのであった。
……。
……。
…………ちなみに。
最低限の援助の中には食料の他に、物置小屋と『温泉』も含めておいた。
援助する手前、いきなり翌日に凍死なんてのは嫌だし、『温泉』で身綺麗にしてもらわないと、やっぱその……臭いが、ね。
寒いから気付きにくいけど、やっぱり近付くとちょっと臭うわけで……せめて、ある程度は身ぎれいにしておいてよ、という僕の勝手であった。
もちろん、使用できる時間帯は区切りを付けて、有り余る『温泉ポイント』を使って、僕たちが使用する浴槽と、彼ら彼女らが使用する浴槽を分けることは忘れずに。
こういうのは最初からキッチリ区別を付けておかないと、後で絶対面倒事を引き起こすし。
そもそも、最初から最後まで、1から10まで、僕たちがこの人たちを助ける義理も道理も無いわけで。
──そもそも、ダンジョンの入口が少なすぎるのも悪いんじゃないかな?
もっと入口が多数あったら、この人たちもそういうのを見つけてやっていけるのになあ……と、僕は密かに思ったりしたわけであった。
???? 「数が少ない……なるほど、言われてみたらそうかもしれませんね(目から鱗ポロポロ)」