仕方がない事とはいえ人を殺めるのは、けしてスッキリするような事ではない。
ただ、そのおかげで分かることもある。
少なくとも、海を隔てた向こうでは、息を吐くように誰かを襲うことが日常の一部になるぐらい、ありふれた話になっていると可能性があるということ。
いや、だって、何度か顔を合わせたとかじゃなく、あの瞬間だよ。下手したら、通りすがりにチラッと見た、その程度だよ。
その程度の一瞬で、『こいつら襲っちゃおう』と決めて、一切の罪悪感もなく近付いてきたのだから……これはもう、どうにもならんと僕たちが思うのも無理は無かった。
なんというか、アレだ、カルチャーショック(?)ってやつ?
態度からして、もう慣れきっているのだと思う。欠片も自分たちが悪い事をしているだなんて思っていない、そんな目をしていた。
本当に治安が悪いところって、あんな感じで誰かを襲い、誰かが襲われるのだなって……思い知ったような気がした。
……まあ、今回生きているのは僕たちだ、彼らではない。
地上へと戻って来た僕たちは、しばらく休憩した後で……改めて、扉より再びアタックをする。
今度は、『ワールドフロア』からは行かない。
おそらく、あの空間はその名のとおり、世界中全てのダンジョンへと通じる、中間地点みたいな場所だ。
防御性能が幅広く高いとはいえ、『原始のペイント』は些か他者への刺激が……いや、関係ないか。
他人のプライベートルームならともかく、ダンジョン内でTPOを弁えた格好にしろっていう考えが頭おかしいわけだし。
こちとら自分の命を守るための恰好なんだから、嫌ならてめえが我慢しろって話だ……まあ、とにかく、だ。
「おお、『ダンジョン前』って扉もある……本当に色々な場所に扉があるんだな……」
見覚えのある地名……そう、僕たちも利用していた都市部のあのダンジョン前へと通じる扉を見つけた。
さて、現在の街の様子を見ておくべきか、もう少し後にするべきか……どうにも判断に迷うところだが。
しばしの間話し合い、出した結論は……様子を見ておこう、であった。
なにせ、既に3度も襲われているのだ。
あの街とは違うけれども、巡り巡って……なんて事になったら、あの時様子を見ておけばと後悔するかもしれない。
なので、とりあえずどんな状況になっているのかと思って、僕たちは『ダンジョン前』の扉の向こうへと──。
「うわぁ……」
──行って、絶句した。
有り体にいえば、酷いリンチが行われていた。
痩せ細った人たちの集団が、けっこう体格の良い人たちを……それはもうボコボコにしている。
ある者は手足を縛られて地面を引きずられ、血の跡を残しながら悲鳴をあげているその身体に、石を投げつけられていたり。
ある者は電柱へと縛り付けられて、刃物でめった刺しにされている……しぶといようで、縛られている者が死ぬ気配はない。
他にも、いたる所で比較的屈強な者たちがリンチされ、何度も何度も『許してくれ』と叫ぶ声が……まあ、うん。
なんとも凄惨で不思議な光景だが、謎のお姉さんの話していたことが起こっているならば……ぶっちゃけた話、自業自得だと思う。
どれだけ泣き叫んだって、その泣き叫んでいた人たちにやっていたことが返ってきているだけだから……下手したら、何倍にも膨れ上がって返されているのかもしれない。
……とりあえずは、だ。
下手に近寄るとこっちに飛び火しかねないので、目を合わせないように……なんか、どっかで銃声っぽい音がした気がする。
反射的に音がした方を見たけど、それらしい姿は見られない。
たぶん、どっかで反響したのか、それとも勘違いか……あるいは、暴発したのか。
どちらにせよ、二発目の音がしないあたり、最後の一発かもしれないな、と僕は思った。
燃料は手に入るけど、弾丸の加工に関しては……だから、今も弾丸が貴重なのは変わらない。
そんな状況化で最後の一発を失った……そんな武器を所持できている人が、どのような目に遭うのかは……考えるまでもないだろう。
「おおう、管理センターの窓ガラス軒並み割られているじゃん……ていうか、なんか中で人が暴れている……」
それはそれとして、懐かしき『管理センター』の酷い姿に、僕はそれ以上の言葉が出なかった。
思い入れというか、以前はここでの寝泊まりがある種の生命線というか、お世話にはなっていたので。
そんな場所が、暴徒たちの仕業なのか占拠している人たちの仕業なのかは知らないけど、なんともまあボロボロな感じになっていた。
火事でも起こっていたのか、なんか燃えて黒ずんでいるところも……いや、良く消せたな、消防車だって今は……あ、消化器か。
アレは火を消す以外には使えないし、使われずに放置されっぱなしだったのだろう……で、だ。
思い出の再確認は置いといて、そのままダンジョンへ……なんか懐かしいなと思いながら3人で降りていると──なんか、見覚えのある人というか、集団を見かけた。
「家鳴さん?」
「……え、小山内くん?」
集団の正体はクラスメイトで、見覚えのある人は家鳴智子……なんか色々と僕に対して感謝の念があるとか話していた……おお、懐かしい顔ぶれだ。
久しぶりに再会するクラスメイト達もまた、中々に酷い恰好だった。
まず、やっぱり他の人たちと同じく痩せていた。ただ、怪我はしていない。
頑丈で破れにくく3年間の過酷な生活を送っても大丈夫な学生服がボロボロになっていた。
なんで学生服かって思ったら、アレだ、布地が分厚いから薄っぺらいシャツより身を守ってくれるから……いや、それよりも、だ。
男子たちも汚れている方だけど、女子の方はもっと酷い。
というか悪臭としか言いようがなく、髪もボサボサで、なんか手足も泥だらけで、いったい何があったのかと思ってしまうレベルだった。
いったい、何が起こっていたのか。
軽くこれまでどうしていたのかを聞いてみたら、家鳴さんたちもまた、僕たちと同じくダンジョン内でひたすら耐え忍んでいた、とのことだ。
地上に出ても間違いなくロクな結果にはならないし、おそらく管理されて搾取され続けると思った家鳴さんたちは、ダンジョン内で耐え忍ぶことを選んだようだった。
それなら僕たちと接触してもおかしくないのになあ……と思ったけど、おそらく時間差だろうとのことだ。
僕たちは先に地下を占拠される前にまっすぐ地下へと直進したけど、家鳴さんたちは学校に居た時に、『国』の命令で連れて来られた。
その時間差のせいで、僕たちと顔を会わせないまま……そんな感じ。
加えて、家鳴さんたちは僕たちと違って地下へと進むのは自殺行為と最初から考えていて、地下2階までの間をず~っとのらりくらり逃げ回っていたとのことだ。
体中酷い有様なのは、危ない集団とか組織に捕まって乱暴されないよう、わざと身体に泥を塗りたくったりして汚い状態にしていたのだとか。
それだけしても、本当にヤバいやつは関係なくちん〇を立たせて迫って来るから、けして油断は出来ないらしいのだけど……とにかく、そうして今日まで耐え忍んできたとのことだ。
見やれば、家鳴さんだけではなく、他の女子たちも程度の差こそあれ、似たような状態になっていた。
(穴が開いていたらそれでいいってやつ、居るものなあ……)
その涙ぐましい努力と抵抗の姿に、僕は何とも言えない気持ちになった。
と、同時に、ふと……記憶にある人数よりもクラスメイトの数が少ない事に目を向け……家鳴さんに目を向けたら、察した家鳴さんは……静かに、首を横に振った。
……。
……。
…………そうか。
それでも、生き残っている人たちが居て、僕は嬉しかった。
そして、特別親しい間柄ではなかったにしても、同じ学校の同じクラスで顔見知りだった人がもう居ない……その事実に、僕はせめて穏やかに眠れと祈るのであった。
……。
……。
…………そうして、僕たちは……ダンジョンには向かわず、クラスメイトたちを地下15階エレベーターがある、地上の僕たちの陣地へと連れて行くことにした。
特別扱いって言われたらそれまでだけど、やっぱりね……顔見知りがやせ細っていたら、気にするよ。
なんというかさあ、本当に嬉しかった。
あまりにも次々に人が死んでいくし、他人を見たら疑えみたいな状況の中で、クラスメイトが生きていて、実際に再開できたら……そりゃあ僕でも思うところが出てくるよ。
レイダも愛からも、『今日は取りやめて、お風呂に……!』って提案してきたし……僕としても、今の家鳴さんたちを放置して平気な顔が出来るほどクールにはなれないから。
だから、連れて行くことにした。
家鳴さんたちにしても、もう家に戻ったところで……らしく、戻ろうと思っても今はどこも混乱していて危ないとのことで。
そんなわけで、僕たちはそのままUターンし、戻って来たのであった。
ちなみに、僕たちの恰好……すなわち『原始のペイント』について尋ねられたけど、ダンジョンでモンスター倒しまくって手に入ったと伝えたら、それで納得してくれた。
家鳴さんたちも数ヵ月程度とはいえダンジョン内でモンスターと戦っていたから、どれだけ不思議なモノでもダンジョン産の一言で納得してくれるのは説明が楽で助かる。
……で、到着したら、さっそく『温泉』に入ってもらう。
少し前に温泉ポイントを使って内部の構造を変えたから、いつぞやのようにどちらかが待機する必要は無くなった。
ていうか、さすがに寒い冬の時期にずっと待機ってのは……ちょっとぐらい裸を見られても我慢しろってことで、入ってもらった。
あと、柔らかく炊いた適当具沢山スープというか、具沢山の粥も用意する。痩せ細った具合からして、あんまり食べられる状況じゃなかったっぽいし。
レイダならそんな状態でもオーク肉の分厚いステーキをガツガツ平らげて『おかわり』と言えるけど、一般人の消化機能はそこまでではない。
ていうか、僕と愛でも無理。
さすがにそこまで痩せ痩せになってしまったら、もうちょっと食べやすいやつにする……ここらへんはまあ、レイダの胃腸パワーがおかし過ぎるだけだ。
まあ、それはそれとして、だ。
さすがに、今回ばかりは柵向こうの人たちにもおすそ分けしてあげる。さっきから、ジーっと子供たちが見ているから。
水を差すってわけじゃないけど、向こうもまだまだ軌道に乗ったわけじゃないし、物欲しそうな顔をされてご飯食べるの辛いし。
とにかく、だ。
レイダと愛とは別の、久しぶりの嬉しい出来事に、僕は……柄にもなく笑顔を浮かべて作業を進めるのであった。
「……ハチくん、嬉しそう」
「なんだかんだ、ハチは優しい人ですから」
「──ん? 今、何か言った?」
「なんでもない」
ただ、その際……なんかレイダと愛がニコニコ機嫌良さそうにしていたのが気になったけど……まあいいか、と僕はそれで流したのであった。