切れば良いのだ、何事も!   作:葛城

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第7話: あまりの食いっぷりに感心する小山内ハチくん

 

 

 

 眼前にて、倒れたまま動かなくなっている女の人。

 

 

 まさか、死んだのかと思ってちょっとビクビクしていると、う~ん、と呻いているのが聞こえた。

 

 よかった、死んでない。

 

 このまま放置して、今日は違う所に行こうか……そんな考えが脳裏を過るのだけど。

 

 

「おなか……」

「はい?」

「おなか、空いた……」

「えぇ……」

 

 

 そう言われてしまうと、どうにも気持ちがブレる。お腹が空いた時の辛さはよく知っているから、かわいそうに思えてくる。

 

 でも、それでも、だよ。

 

 本当にぶっちゃけるけど、それでも警察を呼んで後は放置しようかなという考えが脳裏を過ったのは、否定しない。

 

 警察を呼ばないでって呟いているけど、それはそれ、これはこれ。

 

 

 だって、見るからに厄介事じゃん? 

 

 

 知り合いでもなんでもない、それも、相手は女だし。

 

 あらぬ疑いを掛けられて一方的に悪者扱い確定を経験済みだから、こういう事に対しておそらく人一倍警戒心があると自負している。

 

 

 でもなあ……気になるのは、『家には……』のところ。

 

 

 どうしても、そこが気になる。

 

 知らぬ存ぜぬだったら無視できるけど、目の前で倒れられたら……その、そのまま放置して行くのは、ちょっと思うところがあるじゃん? 

 

 同情するわけじゃないけど、なんかこう、他人事じゃないというか……どうも、胸がザワザワして、気になってしまう。

 

 

 ──まあ、それとは別に、気になる事がある。

 

 

 それは、どうしてこんな場所に居て、どうして僕に助けを求めたのかってこと。

 

 これがね、たまたま誰かに襲われてか逃げているかで、その先にたまたま僕が居て、助けてくださ~いってんなら話は分かるのよ。

 

 でもさ、この子って、そうじゃない。

 

 だって、この場所って傍目から見ても非常に目立ちにくい場所だし、誰かに助けを求めるにしても、まず見つからない場所だ。

 

 そのうえ、雨風が防げるような場所でもない。

 

 なにせ物置小屋だから、屋根なんて小屋ピッタリのサイズしか無い。なんなら立地の関係から、住宅街からの隙間風で寒いぐらいである。

 

 僕なら、そこでずっと身を隠そうなんて思わない。

 

 伊達に、物置小屋で冬を何度か過ごしたわけじゃないからね。

 

 雨風にさらされる場所で夜を超すとか、夏場以外は寒すぎて凍えちゃうよ。ここで一夜を過ごすぐらいなら、まだ歩道橋の下の方がマシだよ、雨は防げるから。

 

 もしかしたら、たまたま逃げ込んで休んでいたところを僕に見つかった……てな話かもしれないけど、どうだろうか。

 

 だって、自分で言うのもなんだけど、僕ってば……そんな助けを求められる風貌じゃないんだよね。

 

 だって、見たままを語るなら僕の見た目って子供だよ。弱そうな、御世辞にも、助けを求めても大丈夫そうな見た目じゃない。

 

 なんなら、こんな時間に覗き込みに来る人なんて普通に怪しいじゃん、僕なら息を殺して見つからないようにするよ。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………でも、なあ。

 

 

「あんた、名前は?」

「……レイダ」

「え? 日本人じゃないの?」

「……日本人」

 

 

 ビックリして尋ねれば、レイダと名乗った女はそう答えた。

 

 追加された厄介事の気配に思わず一歩距離を取った僕に、直後、ぐぅぅ……っと、大きな腹の音が鳴った。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 しばしの間、僕は何も言えず。レイダと名乗った女も、何も言えなかった。

 

 でも、ぐぅぅ、ぐぅぅ、ぐぅぅ、と。

 

 何度も何度も聞こえてくる腹の音に、僕は……馬鹿だなぁ、と思いつつ、どうにも根負けしてしまい。

 

 

「……あんた、誰にも僕の事を話さないって約束できる? できるなら、お風呂に入ってから、コレあげるから」

 

 

 そう、手を差し出すしかなかった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………で、まあ、それから、色々とバタバタした。

 

 レイダを連れて『部屋』に入った僕がまず何をしたかって、それは、レイダを風呂に叩き込むことである。

 

 なんでかって、とにかくレイダが臭かったからだ。言っておくけど、女とか関係ないよ、マジで臭かった。

 

 近寄ると、思わず咽てしまうぐらいに臭い。

 

 照明がある室内で見たレイダの汚さは想像以上で、髪は汚れと脂でベトッとしているのが分かり、ジャージも首元とかがうっすら黒くなっていた。

 

 レイダも自分の臭さを自覚していたのか、お風呂に入れると聞けば自分からいそいそと向かったぐらいであった。

 

 

 だが、しかし……ここで、とんでもねえ問題が発生した。

 

 

 それは、どうやら明るい場所に来て気が抜けたのか、レイダの腰が抜けてその場から動けなくなっちゃったのだ。

 

 四つん這いで行けと思ったけど、どうも身体に力が入らないようで……仕方なく、息を止めて抱きかかえるようにして風呂場に連れ込んだんだけど……まあ、うん。

 

 なんか話を聞くとさ、ここしばらくまともに飯を食べてないみたいで……貧血やら脱水だろうって事が分かったんだけど。

 

 それじゃあ、どうするかって……僕が洗うしかないわけよ。

 

 だって、フラフラなんだもの。

 

 さすがに、風呂場ですっころんだら危ないじゃん? 

 

 買い置きしておいたスポーツドリンクを飲んでもらうけど、それでいきなり身体が良くなるわけではないし、そんな臭い状態で部屋の中に居てほしくない。

 

 レイダも自分の身体がまともに動かせないのが分かったのか、恥ずかしそうにしつつも着ているジャージを──くっさ!? 

 

 思わず、咳き込んだ僕。けして、悪気はないのだ。

 

 余計に恥ずかしがっているレイダ……僕が言うのもなんだけど、本当に大丈夫かと心配してしまうぐらい、痩せていた。

 

 いや、だってさ……レイダって、部屋に入ってすぐの時に改めて向かい合うように立った際に分かったのだけど、僕よりもちょい背が高い。

 

 なのに、その僕よりも、誰が見ても一目でレイダの方が軽いだろって思われるぐらい、その身体は痩せていた。

 

 さすがに骸骨ってほどじゃないけど、肋骨がばっちり浮いている。腰が細いとかじゃなく、筋肉が痩せ細っているから全身が細い。

 

 当然ながら、胸も無い。下手したら、僕よりも胸が無い。胸が無いのだから、脂肪が無い。さっきも言ったが、筋肉が無い。

 

 そんなわけだから、あんまりにもガリガリ過ぎて、ドキドキもしない。

 

 むしろ、こんだけ痩せて大丈夫かと心配する意味でドキドキしたぐらいで、実際、相手が女だとか考える余裕なんて欠片もなかった。

 

 あ、いや、ごめん。

 

 いちおう、ちょっとドキッとした。

 

 女の人の股を見るの、始めてで……そこだけは、まあ、ドキッとした。まあ、すぐにガリガリに目を取られたけど。

 

 

 そうして、だ。

 

 

 頭からシャワーが当たる位置にレイダを誘導し、僕が頭をガシャガシャ洗う。レイダも、おとなしくされるがままだった。

 

 その際に分かった事だけど、本当に汚れた身体ってシャワーなどで温まると、半端無く臭いってこと。

 

 たぶん、固まっていた汚れが、お湯でふやけて浮かんでくるせいなんだろうけど。

 

 気合で、顔には出さず……良かった、いきなり湯船にぶち込まなくて。下手したら、湯船を張り直さなければならない。

 

 この『部屋』にあるお風呂は、不思議なナニカによってお湯が供給されるけど、浴槽いっぱいまで湯を満たすのは、相応に時間が掛かるから。

 

 それで、一回のシャンプーではまるで泡が立たず、二回、三回で、ようやく泡立つようになったので……コンディショナー? 

 

 そういうのは、もっと身体を綺麗にしてからやるんだよ! 

 

 で、まあ、シャワー中に貧血になって気絶されたら大変だから、とにかくされるがままなレイダ……だから、その間にポツポツと僕は色々と聞いたわけ。

 

 

 何をって、レイダの事情を。

 

 

 まず、なんでそんなに臭いのかって聞いたら、なんでも家出をしてから二ヶ月強、まともに身体を綺麗にしていなかったらしい。

 

 最初の頃は、公園とか水道が使えるところでコソッと歯を磨いたり、濡れたタオルで軽く拭いたりはしたらしいのだけど。

 

 どうも、途中から本当にヤバい不審者に目を付けられていたようで、外ではまったく肌を見せないようにしていたらしい。

 

 何故なら、夜中になるとコソコソ探されていたらしく、先日はなんとか逃げ切れたけど、危うく最後まで……というところだったらしいのだ。

 

 それから、昼間でもとにかく表に出るのが怖くなって、とにかく一目が付かない場所に隠れて移動していた……とのことだった。

 

 そりゃあ、臭い。臭くなってあたりまえだ。

 

 季節は夏、よりにもよって一番汗臭くなりやすい梅雨の時期に家出してから、今に至るまでほとんど身綺麗にしていなかったのだ。

 

 三日間風呂に入っていないだけで相当に臭くなるというのに、二ヶ月強ともなれば……そりゃあ、シャンプーも泡立たんよなと納得する僕である。

 

 

「痛くないか?」

「ひひゃふふふぁいふぇふ(シャカシャカ……)」

 

 

 それから、タオルでゴシゴシと背中を擦る。

 

 その際、手持無沙汰&口を綺麗にしたいとのことで、歯磨きをしてもらう。

 

 吹っ切れたのか、諦めたのか、この頃になるとレイダはもう僕に身体を洗われることを受け入れたようで、僕の方から指示を出さなくても腕を上げたり足を動かしたりしてくれた。

 

 ……まあ、さすがに股の部分を洗う時だけは、顔を赤くしていたけど。

 

 でもまあ、仕方ない。

 

 だって、膝立ちできないし、中腰になれないし、手を貸さないと立てないし……当人も分かっているようで、「ゴメンネ……」なんか謝られた。

 

 で、いよいよ浴槽へドボンだ。

 

 もちろん、万が一ずり下がったら溺れてしまうから、傍に付いたままだけど……そうしていると、レイダはまた色々と話してくれた。

 

 

「……つまり、お母さんが浮気して出来た子がレイダなわけ?」

「そう。おとう……あの人、アタシだけ施設ってのはしなかったんだけど、やっぱ区別されていてね。勉強道具とかは用意してくれたけど、誕生日とか、物心付いた頃から私だけ祝われたことないんだ」

「それが嫌になって?」

「悲しかったけど、そういうのじゃないかな。悪いのはアイツだけだから。そのアイツが、よりにもよって、また浮気相手を作っただけじゃなく、お金持ち出しちゃってさ」

「……ど、どしたの、そっから?」

「アタシ自身に恨みはないけど、おまえにアイツの血が入っていると思うと憎らしいって言われちゃった。仕方ないよ、アタシがあの人の立場だったら、同じ事を言うもの」

「そ、そう……」

「おまけに、兄がさ……なんかね、アタシのことを変な目で見て来るようになったから、これはヤバいって思って……」

「おまえも、苦労しているんだな」

 

 

 なんだろう、家族のことで滅茶苦茶苦労しているという話を聞いて、僕はどうにも他人事には思えなかった。

 

 それから、浴槽から抱き起こして脱衣所へ。

 

 座ったままの身体を拭いて、吹いて、吹いて……ジャージはあまりに汚すぎたので洗剤に着けて、代わりに僕のシャツとかズボンを履いてもらって。

 

 

「ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ」

「……取ったりしないから、もうちょっと落ち着いて食えよ」

「むぐぐぐ、ありふぁふぉ、ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ」

「……喉だけは、詰まらせないように」

 

 

 それから、念願のご飯タイム……なのだが。

 

 これがまた、レイダは本当に良く食べた。

 

 余ったら明日の朝ごはんにと買っておいた分の丼(つまり、三つも)を、あっという間に平らげた。

 

 

 ──そんな身体で吐いても知らんぞ、というか吐いたらゲンコツするぞ。

 

 

 思わずそう言えば、大丈夫だと即答され……それどころか、まだ足りないと、小腹が空いた時用に置いてあった食パンと、アンパンとクリームパンと、ポテトチップスと、なんとカップラーメン(なんと、4つも!)に、ジュース(500ml)を3本も平らげたのだ。

 

 ここまでくると、遠慮しろととかいう気持ちよりも、いったいどこにそんなに収まるのかという不安が大きくなる。

 

 実際、それらを食べ終えた後のレイダのお腹は、外からでも十分に分かるぐらい、ポコッと内側から盛り上がっていた。

 

 ありきたりだけど、妊婦さんと見間違いそうなぐらいだ。

 

 パッと見た限り、苦しいのではないかと思ったが……当のレイダは実に満ち足りた顔をしていて、欠片も苦しい様子はなかった。

 

 

(いわゆる、痩せの大食いってやつなんだろうか……僕だったら、途中で吐いているかも……)

 

 

 まさか、僕の何倍もの量を食べるとは……そんな目で見ていると、レイダは気恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 

「ごめん、家ではお腹いっぱい食べられなかったから……」

「え、ご飯とか用意してもらえなかったの?」

「ううん、アタシって物心付いた頃から人一倍食べられる子で……普通の量だと物足りなくて、でも、気を使っておかわりなんてできなかったから……」

「そうなんだ」

 

 

 まあ、食べ過ぎて苦しいとかではないのなら、それで良い。お腹いっぱい食べて満足してもらえたなら、それで。

 

 それから、僕も急いでお風呂で汗を流し……諸々を済ませてから、布団を敷いた。

 

 

「アタシ、外でも──」

「寝る時は布団の中が一番だ。気にするなら、少しでも早く元気になれ」

 

 

 そうして、やっと眠りについたのは……もう、日付が変わった頃だった。

 

 本当に、なんか疲れたなあ……と思ったのが、その日最後の記憶でした。

 

 

 

 

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