TS球体関節人形になった元勇者、元仲間に洗脳された少女だと勘違いされる 作:ギゴン兄弟
「――よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
澄んだ弦の音が、夕暮れの広場に響いた。
吟遊詩人の指がリュートを爪弾くたび、ざわめきは波のように静まり、人々の耳は自然とその旋律に引き寄せられていく。
「十年前の奇跡を歌として皆に届けよう!
魔王が世界を脅かしていた時代、魔王を討つために立ち上がった歴代最高と謳われる五人の英雄譚を――」
軽やかなアルペジオが、まるで旅路を描くかのように流れる。
「人々の恐怖を煽る存在として君臨し続けた魔王、その脅威に対抗するために、それぞれの分野の一流達が集まって組まれた魔王討伐パーティーがあった!」
子どもたちは目を輝かせ、大人たちも楽しげに耳を傾けている。
吟遊詩人は一歩前に出て、声を張り上げた。
「そこには剣聖が居た!
鋭い刃を振るい、敵陣を真っ二つに切り裂いた!」
観衆がどよめく。弦が鋭くかき鳴らされる。
「そこには大魔法使いが居た!
蒼き水を操り、荒れ狂う奔流で軍勢を呑み込んだ!」
リュートの旋律は波のようにうねり、広場を包む。
「そこには聖女が居た!
祈りで仲間を癒し、絶望の淵から立ち上がらせた!」
柔らかな和音が響き、観衆の胸に温もりを宿す。
「そこには人形使いがいた!
糸を操り、奇妙なる戦舞で敵を翻弄した!」
軽快なリズムが弾け、子どもたちが思わず身を乗り出す。
そして吟遊詩人は、最後に一際強く弦をかき鳴らした。
「――そんな彼らをまとめ上げ導いたのは!
勇者と呼ばれた若き男!」
広場が歓声に包まれる。
リュートの余韻が空に溶け、物語はさらに熱を帯びていった。
弦が強くかき鳴らされ、旋律は一気に高鳴る。
「彼は誰よりも強く、誰よりも逞しく、誰よりも仲間を信じた!
そんな――魔王との最終決戦の折、勇者は自分を犠牲にして仲間に魔王を倒す隙を作ったという」
観衆の息が止まる。
吟遊詩人は一拍置き、今度は静かな調べを奏でる。
「仲間たちは涙を呑み、その意思を受けつぎ、念願の魔王を討ち果たしたのだ! ……だが勇者は戻らなかった……」
観衆のテンションが一気に下がっていくのがわかった。
――そう、つい昨日までは!」
再び弦が高らかに鳴り響く。
歓声が上がり、人々は口々に「奇跡だ」「勇者様が!」と叫んだ。
吟遊詩人は懐から一枚の紙を取り出し、掲げる。
「そして、これこそが! 十年の時を経て帰ってきた勇者様のお姿!」
そこに描かれていたのは、凛々しい勇者の肖像。
黒の髪は大人びた艶を帯び、まっすぐな瞳には力が籠ってる。剣を携えたその姿は、誰が見ても「英雄」と呼ぶにふさわしい。
「おお……!」
「やはり勇者様はこうでなくては!」
群衆がどよめき、憧憬の眼差しを紙に注ぐ。
吟遊詩人は誇らしげに言い添えた。
「これはただの想像画ではない。写実魔法に優れた友が実際に帰ってきた勇者の実物を見ながら描かせたものだ。
十年の眠りを経た勇者様が、今まさにこのように立っておられるのだ!」
その言葉に、群衆の熱狂はさらに高まった。
「ずっと信じていたぞ!」「やはり伝説は生きていた!」
と声が聞こえる。
――だが。
その後方で、華奢な影が、ぎゅっと服の布の端を握りしめた。ぼそっと小さな言葉がもれる。
「……違う。あんたらが盲信しているのは偽物だ」
(何故あの紙に書かれている男が偽物だと分かるかって?
だって――。)
「勇者である俺は……ここにいる」
消え入りそうな声で、しかし噛み締めるように、紡がれたその言葉は民衆の歓声にかき消された。
十年を経て、彼が目を覚ました時――そこにあったのは、背丈も低く、くりくりとした瞳を持つ小さな身体だった。
肌は陶磁器のように滑らかで、光を受けると冷たい艶を放つ。
膝や肘の曲がり目には丸い継ぎ目が覗き、瞳は磨かれたガラス玉のように光を映していた。
今の彼女は可愛らしい言葉通りの『人形』だった。
英雄の面影など、どこにもない。
紙に描かれた“本来俺があるべき姿の勇者像”は、まるで彼女自身を否定するかのように輝いて見えた。
その光が憎い。羨ましい。
そして何より彼女は――耐えがたいほどに、悲しかった。
人々の喝采を背に、少女は群衆をかき分けるように走り出す。
ぶつかり、押され、転びそうになりながらも、ただ必死にこの場から離れようと走る。
――そう、彼、いや彼女こそが本物の勇者だった。
十年前、石化の呪いを受けた彼の魂は、施された禁忌の術によって“別の器”へと移されていた。
銀髪、赤い瞳、球体の関節を持つ小柄な少女の姿に。
かつての英雄の面影はそこにはなく、ただ「作り物めいた存在」として扱われる。
それとは裏腹に今、世に讃えられているのは――本来あるべき勇者の姿をした“偽物”だった。
リュートの余韻が広場に響く中、彼女はただ一人、己の存在を心で叫ぶ。
(俺はここにいる……!)
吟遊詩人の語らない英雄譚はここから始まるのだ。