TS球体関節人形になった元勇者、元仲間に洗脳された少女だと勘違いされる 作:ギゴン兄弟
世界には絶対的な魔王が存在し、それを打ち倒すためにあまたの勇者が生まれた。けれど彼らのすべてが魔王を打ち倒すには至らなかった。
勇者の出自は時代によってさまざまだった。
――村の少年であったり、奴隷の子であったり、時には王子であったり。
彼らに直接的な繋がりはない。勇者たらしめるのは血筋ではなかった。
なら勇者はいかに生まれるのか。
彼らに共通しているものはただ一つ。
他の人よりも強く正義を信じる心だった。
そんな歴代の勇者たちは魔王を倒すために信じられる仲間を集めた。
この時代の勇者である俺も例にもれず信じあえる仲間を冒険をしながら集めていった。
俺は仲間達と冒険を続け、最強の四天王と謳われた『血の魔将』を倒し、彼が率いていた数千を数える魔物の群れをこの五人で一夜のうちに掃討した時、人々は畏敬の念を込めて俺らをこう称した。
――歴代最高、伝説級の勇者パーティ。
実際その通りだと思ったし、俺らでなければ、きっと人類は魔王を倒せない。そんな確信にも似た予感を抱きながらの、長く過酷な旅だった。
そして、魔王城へ突入する前夜。
焚火の赤い光が、クロエが剣の手入れをする研ぎ澄まされた横顔を照らしていた。魔法使いレアナが瞑想に耽る傍らで聖女ラフィナが祈りを捧げる静かな時間も、今夜は、まるで重苦しい鉛の帳に覆われたかのようだった。
荒野で、俺たち五人は焚火を囲み、静かに互いの表情を見つめ合う。燃え盛る炎が、誰かの青ざめた頬を一瞬だけ照らし出す。
焚火のパチパチという音だけが響く中、俺はゆっくりと口を開いた。
「誰が死んでもおかしくない。だから、俺たちがこうして集まれるのは、今日が最後かもしれない。……――だが、俺たちは必ず勝つ。人類の未来は、俺たちの剣と魔法にかかっているんだ」
俺の言葉に、人形使いソルティアの長い指が、膝の上の精巧な人形をそっと撫でた。レアナは閉じていた瞼をゆっくりと開き、クロエは無言で柄を握りしめた。
★
魔王は、想像を絶する怪物だった。
その圧倒的な魔力は空間を歪め、黒い稲妻となって無数の攻撃を放つ。俺はクロエと共に魔王の懐に飛び込み、寸分の隙を狙って刃を叩き込むが、奴の皮膚は鋼鉄よりも硬く、容易に傷一つ付けられない。
レアナが放った、山をも砕く大魔法は、魔王の指先一つで霧散し、ラフィナの聖なる結界さえも、一撃で粉砕される。頼みの綱である、ソルティアが操る精巧な人形も、魔王の放つ衝撃波によって次々と砕け散り、ボロボロになっていく。
彼は唇を噛み締め、汗で濡れた手で必死に糸を操っていた。
戦いは何時間続いたか、もう分からない。
肩で息をしながら、俺とクロエが再び魔王に切りかかろうとした瞬間――クロエが、魔王の繰り出した足によって大きく吹き飛ばされた。疲労で、彼女の動きにも鈍りが見え始めていたのだ。
壁に激突する鈍い音だけが、耳に届く。
まずい、まずいな。クロエが戻ってこられるか、いや、そもそも俺一人でこの魔王の猛攻を凌ぎ切れるとは到底思えない。
思考が停止し、硬直した身体に、魔王の漆黒の魔弾が迫る。防ぐ術が思い浮かばず、敗北の二文字が脳裏を走った、その時――
――グシャァッ!!
眼前を、真紅の衣装を纏った人形が横切り、魔弾をその身に受けた。ソルティアが数ある中でも5本指に入るくらい気に入っていたという人形だ。その可憐な首が、無残にも弾け飛んだ。
「諦めるな!君らしくない!!」
絶叫にも似たソルティアの叱責が飛んできた。その声は震えていた。自分の大切な人形を代償に俺を守ってくれたソルティアは、人形が壊され辛いだろうに、それを隠して俺を鼓舞してくれている。
だが、怒りに燃えていた。大切な人形を砕かれ、絶望の淵に立たされたはずの彼が、俺を鼓舞している。
俺は剣を握りしめ直し、切っ先を魔王へと向ける。
「うおおおおおお!!」
鋼と鋼がぶつかり合い、火花を散らしながら、鼠色の鈍音が周囲へと響き渡る。幾度となく斬り合い、互いに弾き合い、距離が開く。
息を一瞬整え、俺は上方から斬りかかった。渾身の力を込めた一撃は、魔王の剣と鍔迫り合い、徐々に徐々に俺の剣が魔王を押していく。
その脳天をぶち割ろうとした時、魔王の額から、もう一つの、おぞましい目がゆっくりと開いた。
――これは。
魔王の奥の手。第三の目、《石化の魔眼》。
古の戦いの記録にあったその魔眼がついに開眼した。
足元から感覚がなくなっていく。全身が石に変わっていくのが分かる。
しかし、俺は笑った。
なぜなら、その情報には続きがあった。魔眼を使った後、魔王は数秒間、完全に動けなくなる、と。
「ソルティア!!!!あの人形を使え!」
俺は叫んだ。
仲間たちの呆気に取られる顔が見えた。
俺は実行するつもりだったが、皆んなを心配させるから言わなかった最後の作戦があった。
俺が魔王の隙を作り、温存していた最後の切り札と言ってもいいソルティアの最高傑作である最強の人形で魔王を殺す――
――というもの。
ソルティアもきっと今の俺の叫びで、意図に気づいてその人形を使ってくれるだろう。最強な人形に違いはないが、使い所が難しい代物で今の今まで使われなかった。しかし、使うなら今ここしかない。
石化していく視界の中で、ソルティアのその人形が魔王の首を取った瞬間が、わずかに見えた。
――ああ、勝った。
肩から力が抜け、ほっとする気持ち。
勝利への喜び。
そして、こいつらと一緒に平和になった世界を歩きたかったという、些細な願望。
★
視界がぼんやりと明るくなっていく。
見渡すと、そこには見覚えのある作業部屋だった。
一度入った仲間の部屋を思い出す。
記憶と比べてすこし経年劣化してはいる。
だけど紛れもなく俺の知っている部屋だ。
机の上には作りかけの造形物。
壁際には完成品。大小さまざまな人形たちが、棚に整然と並んでいた。
床には工具や部品が散らばっていて、窓からの光がそこだけを照らしている。
他は、薄暗い。
静かで、冷たい空気。
空気の流れすら感じない。
そのときだった。
カチン、と。
陶器が床に当たる、軽い音が響いた。
俺は、そちらへ顔を向ける。
顔を向ける時、関節に違和感を覚えた。
そこにいたのは――銀髪の人形遣いのエルフ。ソルティアだった。
彼は、俺を見ていた。
目を見開いて、動けずにいた。
床には、落ちたマグカップが転がっていた。
どうやら何故か俺を見て驚いてマグカップを落としたらしい。
「……っ」
彼の唇が震えた。
そして、ぽろりと涙がこぼれた。
「……ついに……成功したのか……」
その声は、かすれていた。
安堵と、驚きと、達成感のような感情が混ざっていた。
俺は、何か言おうとした。
口を開く。
次は喉に違和感を感じた。
「……あ、ぁ」
出た声は、ひどく不安定だった。
俺こんな声だっけ?
明らかに違う。俺の声は男らしい低い声だった。
それにしても声の高さとは別に――。
「う、まく……しゃべれ、な……」
「発声機構の部品が……少し緩んでるのかもしれない」
エルフは涙を拭いもせず、震えた声でそう言った。
発声機構? なんだそれ。
俺は首を傾けようとして、関節がぎこちなく軋むのを感じた。
「少し調節するから……待ってくれ」
彼は工具箱を引き寄せ、慣れた手つきで中を漁り始める。
その手が俺の喉元に伸びてきた。
「……っ」
工具箱を持ったまま、真剣な顔で何かを調整しようとしている。
彼の手が喉のあたりを覆っていて、顎を少しでも動かすと邪魔になるらしく、すぐに「動かないで」と言われる。
そう言われて、俺は首を動かすのをやめた。
下を向いて、何をされてるのか確かめたい。
でも――できない。
だから、俺はただ真上を向いたまま、喉元で何かがカチカチと鳴る音を聞いているしかなかった。
「何してるんだ」
明らかに異常だ。
人間が出していい音じゃない音が俺からしている。
不安がじわじわと広がっていく。
何かが触れられているのはわかる。
でも、それ以上はわからない。
工具箱からペンチが視界の端にちらりと見えたときは、さすがに焦った。
「おい、それはちょっと……」
エルフは何も言わず、黙々と作業を続けていた。
俺の喉元を、まるで精密機械でも扱うように、慎重に、丁寧に。
数分……いや、もっと長く感じた。
俺はただ、彼の手の中に喉を預けていた。
そのため、俺にとっては何かしたくても何もできない状況で俺は喉元あたりをいじるソルティアの手をなんとなくぼやっと見続けることしかできなかった。
指先が器用に動いて、工具を扱う様子は昔と変わらない。その工具が俺の体に向けているのを除いてだが。
……それと。
こいつ、こんなに腕、太かったっけ……?
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
彼の腕は、俺の記憶よりも少しだけ大きく見えた。
骨ばっていて、筋が浮いていて、妙に力強く感じる。
「……終わったぞ」
エルフが息をついて、顔を上げた。
目元は赤く腫れていて、涙の跡が頬に残っている。
「喋ってみてくれ」
俺は、ゆっくりと口を開いた。
喉の奥で、何かがカチリと鳴る。
「ぁ……ああ……」
声が出た。
さっきよりもずっと滑らかに。
音が震えず、言葉として形になっている。
「喋れた……!」
思わず、声が弾んだ。
ちゃんと出た。ちゃんと届いた。
それだけで、胸が少しだけ軽くなった気がした。
でも――。
「高い……」
やはりその声は、俺のものじゃなかった。
俺の声は男らしい低音のはずなのに、今の声はどこか高く、軽い。
まるで、誰かの声を借りて喋っているみたいだ。
違和感が、じわじわと胸の奥に広がっていく。
さっきまでの喜びが、静かに冷めていく。
「これ……俺の声、か?」
言葉は口から出たけれど、不安は増すばっかりだった。
エルフが、俺の顔を見ている。
その顔に苦悶の色が浮かんでいた。
まるで、何かを噛み潰したような顔。
言い訳も、慰めも、何も言わず――ただ、俺を見ていた。
そして。
「すまない……!」
彼は、勢いよく腰から上を折り曲げた。
俺はその急な行動に戸惑う。
「本当に……すまない……!」
頭を深く下げて、動かない。
それは、謝罪というよりも、懺悔のようだった。
「おいおい、やめろって。何がどうしたんだよ?そんな辛そうな顔してさ、好きな子にでも振られたか?」
俺はわざと無理矢理明るい声を出して、下げた顔を覗きながら、いつだったかのように、エルフを茶化した。
だが、エルフの顔はますます歪むばかりだった。
しばらくソルティアはそのままだった。
数分間そのままの姿勢だったソルティアは顔をあげたかと思うと、おもむろに手鏡を取り出す。
銀縁の、少し古びた鏡。
「君に……見せなきゃいけない」
声が震えていた。
それでも、彼は鏡を俺の手にそっと押し当てた。
「仲間であり、尊敬すべき君を、あんな目に合わせて……」
言葉が途切れ途切れになる。
「しかも、君を……完全に元通りにすることは、できなかった」
その言葉の意味を、俺はまだ理解していなかった。
鏡を受け取るまでは。
俺は、鏡をゆっくりと顔の前に持ち上げる。
そして――見た。
「……っ」
息が止まった。
そこに映っていたのは、俺じゃなかった。
逞しい顔立ちも、鋭い眼差しも、旅の傷跡も、男らしい体格も――何一つ、なかった。
鏡の中にいたのは、
まるで人形のような――いや、間違いなく人形だった。
肌は陶器のように滑らかで、光を受けて艶めいている。
頬は丸く、鼻筋は小さく整っていて、実際は固いかもしれないが唇は柔らかそうに見えるよう形づくられていた。
大きな瞳はガラスのように澄んでいて、虹彩の奥に光が反射している。
首元には、球体の何かがはめ込まれた継ぎ目。
この繋ぎ目は見覚えがありすぎる。
ソルティアが扱っている人形の球体関節そのものじゃないか。
髪は銀色で糸のように細く、ふわりとしている。
その色は、俺のものじゃない。
俺の髪はもっと粗く、風に晒されていたはずだ。
「……これ……俺……?」
否定したいのにそのどうしようもなく高い声が俺の現実逃避をしようとする思考を否定する。
鏡の中の“俺”は、まるで飾り棚に並ぶ完成品の一体のようだった。
俺は――魔王を討ち倒すに至った最後の切り札である可愛らしい少女の姿を模した人形になっていた。