TS球体関節人形になった元勇者、元仲間に洗脳された少女だと勘違いされる   作:ギゴン兄弟

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元勇者くんは人形

 

「……そうか、これは夢だ」

 

俺の本当の姿の代わりに鏡に映る人形を見て、ふっと笑った。

鏡の中の人形の少女も、それに合わせるようにぎこちなく笑ったが、それは無視だ。

 

「そうだ、そうだったんだよ。悪夢に決まってる。そうに違いない。そうと分かれば、ここが夢なのか確かめなきゃな……そうだな……夢なら、きっと痛みを感じないはずだ!」

 

俺はそう言って、自分の頬を思いきりつねった。

最初は陶器の様だと思っていた顔の肌は、意外に樹脂のように柔らかかった。

そして思ったとおり、痛くはない。

 

やっぱりだ!

 

「ははっ……やっぱり夢だ! 夢なんだよ!俺の推測は当たっていた!」

 

これが夢だと証明できて、あまりにもうれしくて変な笑いが込み上げてくる。

 

「違う、セシル……夢じゃないさ」

 

「夢の中のソルティア!俺に何言っても無駄だ!これは夢だともう分かってしまったんだから!」

 

ソルティアが低く言った。

 

「君は夢を見ているんじゃない。今の君は人形だから、痛みを感じてないだけなんだ」

 

「……そんなの、信じるかよ!」

 

俺は叫んだ。

 

「この夢はどうやったら終わる?衝撃的なことがあると目覚めやすいかもな……そうだ、自分の首をへし折ろう。そしたら現実世界で飛び上がるかのようにベッドの上で目を覚ますはずだ」

 

「なっ……!? やめろ、セシル! 何を――」

 

ソルティアの慌てた声を無視して、俺は両手を首にかけた。

 

「これで終わる……これでようやく目が覚める!」

 

「おい、やめっ!!」

 

俺は力いっぱい首をひねった。

――ゴキリ、と嫌な音が響き、視界がぐらりと揺れる。

 

次の瞬間、俺の首は身体から外れて、床に転がった。

視界が急に低くなり、床の冷たさを間近に感じる。

 

「……え?」

 

俺は呆気に取られる。

意識が途切れることはなく、ただ床に転がったまま地面を眺める結果に終わったのだ。

 

「……ははっ……」

 

乾いた笑いが漏れる。

 

「やっぱり夢じゃないか……首が落ちても意識があるなんて、そんなの現実じゃありえない……!」

 

「セシル……」

 

ソルティアが蒼白な顔で駆け寄り、俺の首を両手で抱き上げた。

その手は震えていて、今にも落としそうなほどだった。

 

「頼む……それは球体関節が緩む原因になりかねない、出来るだけ控えてくれ……」

 

「なんだよ、俺の心配じゃないのかよ。人形の心配しやがってよ……ははっ…………」

 

微かな笑いが漏れ、俺の中に冷たいものが広がっていく。

 

「人形を心配するのはそれが……セシルだからだよ」

 

しばらくの沈黙が流れた。   

 

 

 

 

 

 

 

 

首を身体に付け直された俺は、ふてくされて体操座りのまま、膝に顎を乗せてうずくまっていた。

そんな俺の前に、ソルティアがそっとマグカップを差し出してくる。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……落ち着けるわけないだろ」

 

ぶっきらぼうに答える俺に、ソルティアが両手に持つマグカップのうちの一つを渡してきた。

 

俺は顰めっ面でそれを受け取る。

まぁ、顰めっ面をしてるつもりだけど、今のこの身体がそれをちゃんと反映した顔をしているかは分からない……。

 

受け取ったマグカップの中は湯気が立ち暖かそうだったが、真っ赤な液体だった。

 

「俺に血でも飲ませるのか?ソルティアのは普通のコーヒーっぽいのに」

 

「君のは……魔石を溶かした液体だ。人形の君に普通のコーヒーは飲ませられないからね。でもこれなら、人形の身体でも、魔法で成り立つ今の君なら摂取できる。君に漂う魔力の流れを良くしてくれる効果がある」

 

「……魔石ジュースってことか?そんなの聞いたことない」

 

しぶしぶその液体に口をつける。

 

「……味がしない」

 

「味覚を感じる所がないからね……そこまで頭が回らなかったよ。今後必要なら君にその機能をつけよう。すぐつけれるものじゃないから、すまないけどいっときは我慢して欲しい」

 

ソルティアもコーヒーを一口飲んで、マグカップを机の上に置いた。

 

「……ようやく、まともに話せそうだ」

 

「……悪かったな、俺が暴れん坊で」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないさ。こんな状況じゃ君がああなるのは仕方ないことだから。……じゃあどうしてこうなったか最初から話そうか」

 

俺は黙って頷いた。

 

「まずは……十年前に遡る」

 

「……は?」

 

「君が石化された、あの最終決戦の夜からだ」

 

「いやいや……ちょっと待て。話をそのまま進めようとしないでくれよ。十年前?」

 

「僕は言ってなかったか?」

 

「言ってねぇよ!え、あれからもう十年経ってんのか!?」

 

「僕がこの方法を探り、こうやって君の意識を呼び覚ますまでに十年の月日が経ってしまった。すまない」

 

「10年の月日が経ってるなんてこと全然気づかなかった。だってお前、全然老けてねぇじゃねぇか!俺の記憶するまんまだぞ!」

 

ソルティアは苦笑した。

 

「僕はエルフだ。長寿の種族だからな。十年程度では見た目の変化はそこまでない」

 

「……マジかよ」

 

俺は呆然と呟いた。

 

 

ソルティアは、ふぅ……と一度深呼吸をする。

 

 

「十年前、君は魔王の囮になり、魔王に《石化の魔眼》を使わせて隙を作ってくれた」

 

 

 

「悲しみに暮れながらも、僕たちはパーティ全員で二年間、君の石化を解除する方法を探して旅を続けた。だが……見つからなかった」

 

俺は息を呑む。

 

「そこで、僕たちはそれぞれ別れて、別のアプローチで君を復活させる方法を模索することにした。僕はというと、一旦故郷に戻り、長老の話を聞きに行った。エルフ族の長老だ。1600年という年月を生きているから、何か役に立ちそうな情報を知っているかもしれないと思ったからな」

 

ソルティアはマグを両手で包みながら、静かに語り始めた。

 

「長老から石化の呪いについて、古代の精霊術、神殿に伝わる蘇生の儀式など、役に立ちそうな情報をいろいろ教えてもらったが、君の石化を解くための情報は手に入らなかった」

 

俺は静かに聞いていた。

 

「だけど、思わぬところで、僕は活路を見出したんだ。長老とひとしきり話し終わったあと、まるで本筋から外れた世間話のように、過去を振り返る過程でふと思い出したことを話してくれたんだ」

 

ソルティアの目が細められる。

 

「『そういえば、さっき言った蘇生の儀式を初めて見聞した歳だったか、その時代に魂コレクターと言われた大悪党が暴れていた年でもあったな。アレは酷かった』と」

 

俺は眉をひそめる。

 

「魂コレクター……?聞いたことないぞそんなの」

 

「900年前に魂を抽出する魔法を使って、人々の魂を抜き、お気に入りの魂をコレクションする悪趣味なヤバい奴がいたらしい。被害者数は1万人を超えて、魂が抜かれた者は身体が抜け殻のような状態になったという。その当時世間を騒がせた。だがその事件は禁忌とされる黒魔術を使っての犯行だったため、この事件とともにこの黒魔術が脈々と遠い未来まで受け継がれるのを防ぐため、その当時のお偉いさんが、この事件ごと闇に葬って歴史に残らないよう手配したらしい」

 

「だからそんな大事件だったのに今の俺たちは知らなかったんだな」

 

「……それでな。その黒魔術がこの状況を打破してくれる手段だと僕はその時に確信した」

 

「ってことはまさかソルティア、黒魔術を使ったのか!?」

 

話の流れ的にそうなるではないか。思わずのけぞる。

何故そういった類の魔術は禁忌とされるのか、それは世界全体に悪影響を及ぼし、世界の均衡を崩しかねない可能性があるからだ。

 

「そんな魔法ッ!お前ッ……」

 

俺は怒りを覚えた。俺を復活させるためにそんな禁忌を犯すだなんて。信頼していた仲間の一人だからこそ許せなかった。それに……。

 

俺が何か言いたげな雰囲気を察したのか、ソルティアは口を開く。

 

「あぁ、黒魔術を使った者は死後必ず地獄行きらしいじゃないか。残念ながら僕は天国の門をくぐれないだろうな」

 

自嘲気味に言うソルティアを見てられなかった。

 

こいつは天国と地獄が待っていると信じてきた人間で、天国に行きたいと願い、善行を重ねていた男だ。

そんな男が俺のために地獄行きの切符を買ったのだ。

 

俺はその表情を見て、怒りの本当の正体がわかった。

 

もちろん、そんな魔法を使ったソルティアにもとてつもない怒りを覚えたが、それを使わせた俺自身に数百倍の怒りを覚えた。

 

 

「本当は石化を解除するのが一番良かったんだが、それが出来ず、時だけが過ぎていく現実にそうも言ってられなくなった。だからこの黒魔術に解除以外の手段をそこに見出したんだ。

魂を抽出して、別の器に移す。もしそれが本当にできるなら、君をあの状態から救い出せるかもしれないとね」

 

俺はソルティアをじっと見つめる。

 

「でも、それは誰にも言えなかった。僕がやろうとしてる事は禁忌の魔術を使用することだ。仲間に話せば止められるのがオチだろうし、王に願い出るなんてもってのほかだった。だから僕は一人でこれを実行することを決意した」

 

ソルティアの声は静かだったが、芯の通った声だった。

 

「そこで、決意してすぐ、いろいろ試行錯誤するために、君の石化した身体が必要になった。だが、君の身体は王城に厳重に保管されていた。魔王との戦いの象徴として、王家が管理していたんだ。……まさか『黒魔術を試したいから貸してくれ』なんて言えるわけがない」

 

「……じゃあ、お前……」

 

「恐らくお察しの通りだろう。僕は王城にこっそり忍び込むようになった」

 

「なんというか……ぐぅ……」

 

俺が今も人間だったら頭が痛くなっていた話だ。

 

「どこに、王城に侵入する馬鹿がいるんだよ……まじで」

 

「それから侵入を続け、君の石化した身体に触れ、魔力の残滓を調べ、魂の痕跡を探った」

 

話は続く。

 

「それを続け数年が経ち、数週間前、ようやく準備が整った。魔力の抽出、魂の転写、器の改造……全部、僕一人でやった。魔王を討った時に使った人形を流用して君の魂を受け入れられるように改造した。魔力の流れ、関節の構造、記憶の定着……全部、君のために調整した」

 

「……それで、俺は今こうなっているわけか」

 

「そう。だから君は今人形の体をしている。魂を移したから」

 

 

 

 

 

 

 

「大体の事情は分かった。今のところ納得はできないが、理解はできる……だけど、俺の魂を抽出した後、人形じゃなくて人間の体だってできたんじゃないか?あんまいい気はしないけど、例えば誰かのご遺体だったりとか。人形よりかは器としてマシだと思うが……」

 

ソルティアは少しだけ目を伏せてから、静かに語り始めた。

 

「……考えなかったわけじゃない。人間の肉体を器にする方法も、理論上は存在する。だが、それはほとんど不可能に近いんだ」

 

俺は続きを待った。

 

「魂というのは、ただの光や魔力の塊じゃない。記憶や感情、存在の核そのものだ。だから、もし別の肉体に移そうとすれば――その肉体と魂の“適合率”がほぼ完全に一致していなければならない。前の身体と99%以上同じ構造でなければ、安全に定着することはできない」

 

ソルティアは苦い笑みを浮かべた。

 

「……実験もした。ネズミでな。死んだ個体に、別のネズミの魂を移してみたんだ。最初はうまくいったように見えた。動き出し、餌も食べた。だが数日後、拒絶反応が起きて、肉体は痙攣し、魂は不安定になり……最後には崩壊してしまった」

 

息を呑んだ。

 

「死んだ身体だからといって、完全に空っぽとは限らない。魂の残りかす――残滓が肉体に留まっている場合が多いんだ。それが新しい魂と衝突し、混ざり合い、やがて両方を壊す。……だから、人間の肉体を器にするのは、ほぼ不可能だった」

 

ソルティアは俺を見据え、はっきりと言った。

 

「だからこそ、僕は人形を選んだ。完全に空っぽで、魔力の流れを制御できる器。君の魂だけを受け止められるように、最初から設計し直した。……君を守るために」

 

俺は膝の上の球体関節の小さな手を見下ろした。

 

「じゃあせめて……男の人形じゃダメだったのかよ」

 

俺は思わず口を尖らせて言った。

 

ソルティアは少しだけ目を細め、苦笑を浮かべる。

 

「……そう思うのも無理はないね。だけど、どうせなら長持ちする人形を選びたかったんだ」

 

「長持ち……?」

 

「人形といっても、君の器に相応しい物を選ばなきゃいけない。魔力の流れを安定させ、魂を定着させるには、器そのものの格が必要になる。脆い器では、君の魂を長く支えられない」

 

ソルティアはゆっくりとマグを置き、俺を見据えた。

 

「その点、魔王を討つことになった、あの人形は僕が所持している中で最も完成度が高く、最高の傑作と言ってもいい。あの人形に使われている素材は全てが最高級だ。ドラゴンの皮だったりがすり潰して使われていたりするからね。だから、君の魂を受け止める器として相応しいと判断した」

 

ソルティアは少しだけ視線を逸らし、低く付け加える。

 

「……結果として、君が望んだ姿ではなかったかもしれない。だが、君を確実に生かすためには、それが最善だった……」

 

「……はぁ」

 

俺はドデカため息をついた。

人形の身体でもちゃんと、ため息っぽいのが出た。

首を力なく振る。カチカチと音がした。

 

「まぁ、……ありがとな。素直には喜べないけど。俺のためを思ってやってくれたことだ。感謝はするよ」

 

しばらく沈黙が流れた。

マグカップの中の液体はもう冷めかけていたが、部屋の空気は少しだけ柔らかくなっていた。

 

俺は、ふと顔を上げて言った。

 

「なぁ……他の仲間たちは、今どうしてる?」

 

ソルティアは目を細め、少しだけ笑みを漏らした。

 

「君が目覚めたら、きっとそう言うと思ってた。……みんな、元気だよ。バラバラに活動してたけど、皆ちょうどこの時期はこの王都に戻っていたはずだよ」

 

「……こんな姿になっちゃったけど、アイツらとは会いたいな」

 

ソルティアは頷いた。

 

「そうだね。今まで仲間に隠してコソコソと黒魔術をやってきた僕だけど、今日はそのおかげで君が復活した。……仲間も、きっと大目に見てくれるだろうから、会いに行こうとするか」

 

「……本当か!」

 

これに関しては素直にとても嬉しかった。

また全員の仲間と再会できるとは思ってもいなかった。

 

「じゃあ早速、僕らがよく使っていた飲み屋に皆を集めるよ」

 

「お、もしかしてトカゲのしっぽか?10年後の今でも続いていたか。それは良かった。あそこも思い出深い場所だからなぁ。四天王を倒した時や、他の祝いの時だって、みんなでそこで飲んだよな。……じゃあ、頼んだ」

 

「承知したよ。……あ、そうだ。外で目立ちすぎるのも良くないから、人形だと分からなくする為に、球体関節を隠す手袋などがあるだろう、それをつけといてくれ」

 

「おう」

 

俺は空返事をする。

それより、俺の意識は仲間との再会に思いを馳せていた。

 まぁ、今は酒も飲めなさそうだが、再会自体には心躍るのだ。

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