TS球体関節人形になった元勇者、元仲間に洗脳された少女だと勘違いされる 作:ギゴン兄弟
ガヤガヤとした喧騒が場所を飲み込んでいた。
ホールで忙しく注文を受ける看板娘と、キッチンでは熟練の店長が必死にフライパンを振っている。
――トカゲのしっぽ。
かつて仲間たちと語らい、笑い合った場所。
今は、あの頃の面影を残しながらも、確かに十年という歳月が流れていた。
看板娘はすっかり大人びて、店長の髪は寂しくなっていた。
変わりゆく世界に、俺だけが取り残されたような感覚が胸を締めつける。それでも、仲間に会える――その事実が、心の奥底に灯をともす。
おそらく今俺の顔を人が見たら、驚くほどニコニコしていて上機嫌だとわかると思う。人形の身体では、そんな細やかな表情がどれほど伝わるのかは分からないけれど。
「みんな、まずは久しぶり。今回集まってもらったのは話したいことがあるからだ」
ソルティアが、テーブルを囲む仲間たちに語りかけた。その声には、どこか抑制された興奮と、微かな緊張が混じっているように聞こえた。
「お久しぶりですわ。あなたから手紙が届くなんて想像もしていませんでした」
そう言って口を開いたのはラフィナだ。
教会の聖職者で、聖女として俺たちをサポートしてくれた。十年という月日は、彼女を可憐な少女から、凛とした大人の女性へと変貌させていた。
この酒場には似つかわしくない、美しい金髪が、彼女のわずかな身動きに合わせて優雅に揺れる。
「ボクはてっきり二度と会えないものと思っていたよ」
水色のロングを指先で軽くいじりながら、レアナはそう言った。その仕草は、昔と変わらない。
「はは、すまない。研究に熱中していてね」
ソルティアは困ったように笑う。
「ま、研究者としてのタチはボクもある程度共感するよ」
その光景を見て、俺はものすごくホッとした。十年という月日が、この仲間たちの関係をどれほど変えたのだろうかと、事実を目の当たりにするのに緊張感もあった。しかし、仲間達は流石に容姿の変化は多少あるものも居たが、それ以外はあまり、変わらないようにみえた。ようやく俺はどこか一呼吸をつけた。体中に張り詰めていた糸が、少しだけ緩んだような気がした。
「それで……」
クロエは腕を組み、じっとソルティアを見据えた。
「私たちを呼び出した理由、そろそろ聞かせてもらえるか?」
剣聖としていつも俺の隣に立っていた彼女は、以前よりも立ち振る舞いに隙が少なくなっていた。
ラフィナがおほん、と咳払いをした。
「早速ですが本題に入りましょう。とはいえ……わたくしたちもソルティアさんに話したいことがあったのでちょうどよいです」
ラフィナたちは穏やかに微笑んだ。その表情からは、少なくとも悪いニュースではないだろうと伝わってくる。
「まあせっかくだから僕の方から……実は、ついに復活したんだ――勇者、セシルが」
「え?」
ソルティアの言葉に、彼女ら三人は顔を見合わせた。その視線が交錯し、一瞬の戸惑いがテーブルを包む。
「奇遇ですね。わたくしたちもちょうど彼の、復活の話をしようと思っていたところですわ」
「なんだって?」
今度はこっちが顔を見合わせる番だった。
俺の復活はまだ誰にも話していないはずでは?というか、いの一番に知らせたいこいつらに、今日、知らせに来たというのに。この不可解な状況に、俺の胸に微かな不安がよぎる。
「すまない、話が見えてこない。というか、彼本人はここにいるんだ。君たちのいう復活した勇者とはなんだ?」
「本人がここにいる?それこそバカげた話だな。ここには私ら勇者パーティーと……おまえの、連れ子か?その少女一人しかいないぞ」
クロエは、その言葉に眉をひそめ、冷たい視線でソルティアを一瞥した。
「いや、
「なに?」
クロエは思わずと言った感じで聞き返した。
話をめんどくさくしないよう黙っていた俺は、口を開く。
「――みんな久しぶり。といっても俺の体感だとちょっと前ぶりなんだが……あまり変わってないようで見て安心したよ」
俺は期待していた。何事もなくみんなと再開を喜べるんじゃないかと。すべての物事がうまくいき、また笑い合えるんじゃないかと。
反応は、無言だった。
俺を偽物だというわけでも、本物だと受け入れるでもなく、何か痛ましいものを見るかのように、ただ静寂とともに見守られた。
「……どうしたんだい?みんな、そうも黙り込んで……」
ソルティアが、絞り出すような声でささやいた。彼の表情にも、明らかに困惑の色が浮かんでいる。
「ソルティア。もういいんだ。もういいんだよ、なあ、お前、研究のし過ぎで疲れてるんだよ」
「……何を言っているかが理解できない。言っているだろう?彼女こそが彼であると」
ソルティアもこの状況に困惑しているようだ。
どういうことだ?なにがあった?
なぜ誰も信じない?信じようとしない?俺を偽物だと決めつける材料でもあるのか?
レアナはソルティアを少し冷たい目で見つめながら、語りだした。
「ボクたちも話したいことがあるといったね、ソルティア。実は――勇者セシルは復活したんだ。石像から蘇った姿でね。だから、そんな少女に自分の幻想を押し付けるのは、やめるんだ」
「――ッ!幻想じゃない。俺にはお前たちと旅をした記憶がある。最初の四天王と戦う前の夜はラフィナが飯当番だった!それで、作ったシチューをクロエがぶちまけて――」
俺は訴える。かつての仲間との、ささやかな思い出を語り、自分が本物であることを証明しようとした。しかし、ラフィナは俺の言葉を冷ややかに遮った。
「という話を、ソルティアさんから聞いた。もしくはその記憶を植え付けられたか……。ねぇ、あなたの名前を教えてくださいません?」
「何を言ってるんだラフィナ……!俺の名前はセシル。セシル本人だ!」
「では、それ以外の名は?」
「……」
俺の打ちひしがれた沈黙を何と捉えたか、ラフィナは俺の方へと寄り、優しく、しかし有無を言わさぬ力で抱きしめてきた。その腕の温かさは、俺の冷たい人形の身体には、ひどく場違いに感じられた。
「もう、いいんですよ。あなたは勇者セシルとしてではなく、あなた自身として生きて」
展開に頭が全く追い付かない。あまりにも唐突で、あまりにも残酷な現実が、俺に押し付けられようとしていた。
こいつらの言った言葉を飲み込むならば、まず、石像となった俺が蘇った。そのタイミングでソルティアが勇者セシルの魂を宿す子だと俺を紹介した。
あぁ、それでこいつらは、俺という存在を研究のし過ぎで狂気に陥ったソルティアによる洗脳で「勇者セシルだと思い込まされてる少女」という認識になっている、ということか……?
それにしても納得のいかない。石像から俺が復活した?
どういうことだと問いただす意図でソルティアを見つめるも、彼はただ、苦しげに首を横に振るだけだった。
でも、信じてもらわないと始まらない。この状況をどうにかしなければ。
「落ち着いて話を聞いてくれ、ラフィナ。その石像から復活した俺とは話したのか?本当に勇者セシル本人だとわかっているのか?」
「ラフィナ、勇者セシルであることが今の彼女のアイデンティティさ。あまり否定するべきではないよ」
「そう、ですね……」
「おいおい随分信用がないね僕は。同じパーティーメンバーだっただろう?」
ソルティアの問いに、ラフィナが静かに答える。その声には、深い悲しみが込められていた。
「信用を失うに足る行為をした、ということですわ。ソルティアさん、わたくしたちは、セシルを救う方法を研究して、……そして、諦めました。彼を石化から救う方法はないと」
「僕のこの8年の研究よりも、諦めた君たちの結論の方が正しいとでも?」
ソルティアの声には、焦燥と怒りが滲む。
「わたくしたちの判断できる材料からは、あなたを信じることは難しいですわ。まして、石像からセシルが復活したという現状があればこそ」
ソルティアの自信の研究を否定された怒りと、ラフィナとレアナの元パーティーメンバーが、目の前の少女を洗脳しているかもしれないという義憤。
その二つの感情が火花を散らし、テーブルを囲む空気が一気に険悪になった。
重い沈黙が場を支配し、呼吸音すら、ひどく大きく聞こえた。
「……ラフィナ、ソルティア、そこらへんにした方がいいぞ。それ以上は私たちらしくない」
「……」
「私はあまり賢くない。でも、こんな展開あいつが望むはずもないことだけはわかる。ラフィナ、少女の目をみろ」
「――!」
★
――捨てられた、子犬のような目でした。
わたくしは無意識に己の唇へ手を当てていました。
石になった彼を救おうと、わたくしたち四人が固く決意したのは、もう十年も前のこと。
最初は誰もが必死でした。希望の光を求めて、あらゆる文献を漁り、伝承を調べ上げました。
けれど、半年、一年、三年と、まるで底なし沼に沈むかのように、何の成果も得られない時間が過ぎ去るにつれ、わたくしの心の奥底では、諦めにも似た感情が芽生え始めていたのを、確かに認識していました。
そんな中、熱意を一切変えることなく、たった一人で研究を続けるソルティアさんの姿を見て、エルフ特有の時間間隔だからこそ、これほどまでに集中できるのだと、半ば無理矢理に己を正当化する一方で、なぜか、彼にも現実を見てほしいという、歯がゆさにも似た感情がわたくしの胸に芽生えたのを、今でも鮮明に覚えていますわ。
そして、この前、久々に彼から手紙が来たときは、きっと、彼の研究が終わったんじゃないかと思いました。
成果の出なかったという報告かもしれませんが、セシルはわたくしたちを見守ってくれていると。昨日、セシルが復活したという話を聞くまでは、そう話すつもりでした。
けれど、そんな甘い幻想は、彼と再会した瞬間、音を立てて打ち砕かれましたわ。
初めて見る、作り物のように精巧で、そしてどこか冷たい美しさを持つ少女を連れている彼を見て、わたくしの胸に、言いようのない違和感がこみ上げてきました。服装などは違いますが、どことなく、魔王を討った時に使った人形の面影を感じました。その面影の様なものは、他のメンバーも気づいているでしょう。流石に人形が喋り出す事はないと思うので、お気に入りの人形の面影を感じとったソルティアがこの少女をどういう訳か連れ出したに違いありません。
そして彼に、その少女が「勇者セシルだ」と紹介されたとき――わたくしの中に、抑えきれない怒りがこみ上げてきたのです。
そんなことはありえないです。そう、これは、彼の狂気の産物だと、確信してしまいましたわ。
研究に打ち込む彼の姿に、わたくしは歯がゆさもあったけれど、心のどこかで羨望を抱き、尊敬すらしていましたのに。
それが、無知な少女を洗脳し、己の願望を押し付けるだけの、ただの非道な行いだったのではと分かったとき、わたくしの心に残ったのは、目の前の少女をこの狂気から守らなければという強い思いと、そしてソルティアさんへの深い怒りだけでした。
だから、感情のままに言葉を投げつけてしまった。しかし、そのわたくしの言動が、最も少女を苦しめていると気づいた時、わたくしは茫然と立ち尽くすばかりでした。その見放されたかのような瞳を見たとき、自分の愚かさを、わたくしは悟ったのです。
「セシル、行こう」
ソルティアさんの声は、どこか諦めを含んでいるように聞こえました。
「……あぁ」
「すまない、僕も、君たちも、互いに冷静な話し合いができなさそうだ。今日はいったんこれで去らせてもらう」
そう言って、背を向けて去っていく彼らの姿を、わたくしはただ、呆然と眺めることしかできませんでした。胸の奥に広がるのは、後悔と、そしてどうすることもできない無力感。
「少女をソルティアから離したほうがいいんじゃないのか?」
「んー……精神状態次第じゃないかな。それこそ、ラフィナが結構ぶっさしてたからね」
「申し訳ないですわ……」
「ううん。気持ちはわかるさ」
レアナさんは、優しく笑みを浮かべました。その視線は、遠ざかるソルティアさんと少女の後ろ姿に向けられていました。
「ただ、これからどうなっていくか。長く旅をしたからこそわかるだろう?ソルティアは……そんな、少女を洗脳するようなやつじゃないんじゃないかって」
そう語るレアナさんの横顔は、悲しげでした。