東方記憶帳~過去を無くした小さな妖怪~   作:ガルナイド.

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一年の休載という失踪フラグをへし折って帰ってまいりました。どうも、ガルナイドです。
今回はあんまり上手く書けなかったかなぁと思っています。相当重要な話なのですが。
あと、あらすじを忘れている方も多そうなので、軽いあらすじを。

目が覚めたら記憶が無い

レティと同居

冬になり、レティが一時期外に出る

博麗神社にて、能力を使用した「食べ物巨大化」の売り込み

香霖堂にて霖さんこと、霖之助と出会う

アリス邸で人形が嫌いなことを思い出す

冬が終わり、レティが帰宅

以上。


chapter2 紅く染まる赤い悪魔
第六頁 湖上の氷精


 魔法の森に建つ、不自然なほど四角い家。

 ここに住むのは二人の妖怪である。一方は冬の妖怪、名をレティ・ホワイトロックという。もう一方は記憶をなくした妖怪、名をメリアルという。

 レティはテーブルに伏せて、窓から外を観ながら、うとうとしていた。ここは魔法の森に囲まれた家だ。窓の景色は、薄暗い森と青い空だけ、美しいと思える景色など何処にもない。しかし、彼女はそれで十分心地よかった。うたた寝をするのに、窓の景色などほんのおまけに過ぎないのだろう。少し暖かな日光があれば、一日のほとんどをこうして過ごす事が多かった。

 レティの向かいで彼女を見つめているのは、もう一方の妖怪、メリアルだ。

 彼女は迷っていた。彼女には言うべき事があったのだ。しかし、言えずにいた。

 もう心は決めた筈だった。

 今日言おう、今日でけりをつけよう、と。

 しかし、覚悟の詰めが甘かったのだろうか。迷いは断ち切れずにいた。

 目を閉じた。そして数秒後、目を開けた彼女にもう迷いは無かった。

 メリアルは告げる。

 

「ねえレティ。話したい事があるんだけど――」

 

 それは余りにも唐突であり、また、ありふれたものだった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 冬が終わり、レティが家に戻ってきた。その日から、私はなるべく、家に居るようにしていた。

 本当は、一回でも多く情報収集をしなければいけないが、これには訳があった。 

 その訳とは、冬の間に起きた事をレティにまだ話していない。という物だ。

 毒キノコに中(あた)り、キノコ嫌いになった。

 博霊神社へ行き、ちょっとした遊び心から商売を始めた。

 香霖堂へ訪問し、霖さんについての記憶を少し取り戻した。

 勘違いからアリスさんに出会い、人形恐怖症が発覚した。

 二日の間に起きた、これだけの事だ。隠すほどの事ではないかもしれない。

 しかし、私は言い出せないでいた。

 レティの居ない、冬に起きた事だ。当然、私の身の回りに起きた事をレティが知っているはずがない。

 レティが冬の終わりに帰ってきた日、彼女はこう言った。

 ――冬の間、どうだった?――

 

 私は迷った。冬の出来事をレティに話すべきなのか。

 今の私であれば勿論、話すだろう。同じ場所で暮らす者に隠し事をすれば、あとが辛くなる。現に私の状況がこれだ。

 その時は考えが違ったのだ。

 冬の間、私としては結構楽しかった。トラブルも起きたが、それ以上に、森を出れた事の感動が大きかった。

 楽しかったのであれば、そう答えれば良い。レティは、話の題を振ってきただけだ。

 いや、レティは冬の間、楽しくなかったのかもしれない。そうであれば楽しかったと伝えるのは、レティにとって不愉快か。

 考える時間はあまりなかった。

 この何気ない質問で返答が遅れれば、不審に思われる気がした。

 私は、中途半端な考えで答えを出した。「まあまあだった」と、言った。

 こう言ったのがダメだった。

 こうして私は、レティに隠し事をしたまま、外出を控える羽目になった。

 頻繁に外出すれば、外出する訳を知らないレティは、私が何故外出するのか疑問に思うだろう。

 レティに冬の出来事を打ち明けなければ、外出してはいけない気がしたのだ。

 しかし、外の友好関係を保つのに、外出は不可欠であろう。故に、時々行っている場所が二ヶ所あった。

 

 一ヶ所目は博霊神社だ。

 ただし、五日に一度には訪問するという、自分が考案した形式は取り下げてもらった。

 霊夢さんには「用事があるので、五日に一度は来るっていうのは取り下げます。不定期で来ますね」と、霊夢さんにとって知ったこっちゃない用事を理由に、不定期訪問を押し付けた。その用事とは勿論、「外出を控えなければいけない問題」だ。長い名前だ。

 霊夢さんには迷惑を掛けるかもしれないが、やむを得ない。代わりに、食べ物を大きくする時のお代を減らした。

 あくまでも、この仕事は趣味半分以上だから、気張る必要がないのだ。損もない。

 まあ、お金が必要ないって訳じゃないんだけどね。私とて、買い物ぐらいはするのだ。

 お客さんが一人だけだから、お金もある程度しか稼げない。稼いだお金のほとんどが博霊神社のお賽銭に消える。そのおかげで、霊夢さんは気を良くする一方だけど。まさにキャッチ&リリース。 

 

 二ヶ所目は香霖堂だ。

 記憶をなくしてから初めて香霖堂に行ったあの日から、もう一度香霖堂を訪れるのは結構渋ったが、結局私はあの日の数日後、香霖堂へ行ったのだ。渋々だ。

 霖さんが私の知り合いであることは確かだ。霖さんは私の名前を知っていた。

 記憶を手繰(たぐ)る手掛かりである霖さんに、記憶を無くしている事を打ち明けない理由は無かった。

 私がそれを告げると、霖さんは驚いた様子もなく、それは大変だったね、と過去形で慰めの言葉をかけてくれた。今も記憶はないんだけどね。

 それはそうと、霖さんは、あの冬の私の失態を特に気にせず、私に接してくれたようだった。霖さんによると、私は数週間に一度、香霖堂に来て、気に入った食器や家具などを見つけると、購入していくそうだ。

 この日以来、私が稼ぐお金の内、一割ほどが香霖堂に使われている。

 博霊神社のお賽銭、香霖堂の買い物、私のお金の使い道はこの二通りだけ。お金は基本的に余らないのは余談だ。

 

 結局の所、何が言いたいのかというと、レティへの隠し事は、記憶を取り戻す事の妨げとなっているのだ。外に出るのをできるだけ避ける、というのは、情報収集ができない事を意味する。

 情報を手繰って有力な情報を引き当る、という方法を取っている私にとって情報収集できなければ、記憶の手がかりにたどり着くことは不可能に等しい。

 悪いのは自分だから、解決も自分でやらなければいけない。そして、この問題を解決する方法は一つだけ。

 冬に起きた事を正直に話すのだ。苦労など無いようにも思えるが、なかなかこれが勇気のいるものなのだ。

 真実を誤魔化した事への罪悪感で、当時はこのまま真実を隠そうとも思った。しかしそれだと、「外出を控えなければいけない問題」は解決した事にならない。それでも私は、告げる事ができなかった。

 隠し事というのは、罪悪感を伴うものだ。その罪悪感から、打ち明けるのに勇気が必要になる。私はこの勇気が出せずにいた。

 こうして真実を打ち明けずに、とうとう春が終わってしまった。

 罪悪感は日々薄れていた。隠すほどの事ではないのではないか、とすら思い始めていた。

 そして、私は腹を決めた。今日で終わらせるのだ。

 

 レティはいつものように、日に当たってうとうとしていた。冬の妖怪が暖かい日に当たっても大丈夫なのか。いつも疑問に思うのだが、本人曰く、気持ち良いから気にしないらしい。

 そんな、気持ち良くうたた寝している時に、起こすのを悪いとは思っているが、決心がついた今がチャンスなのだ。少しばかり会話に付き合ってもらおう。

 しかし、なかなか口が開かなかった。ちゃんと腹は決めた筈だ。真実を隠す意味も無いと、自分を説得した筈だ。何故迷う? 

 考えてみると、思い当たる節があった。

 責められるのが怖いのか。

 私が隠し事をしていた事を、レティは裏切られたと感じるのではないか。

 これだ。確かに私はそう思っている。しかし、迷いの原因が分かればこちらのものだ。

 私は自分に言い聞かせた。

 ――責められてもいいじゃないか。

 ――どうにでもなればいい。

 ――後悔なんて、失敗してからする物だ。後悔を怖がってどうする。

 そうだ、そうに決まってる。後悔を恐れていては、何もできないだろう。

 そう思うと、不思議と勇気が出てきた。

 失敗をかえりみない、無鉄砲な危ない方法だと、自分でも分かっている。しかし、怖じ気づいた時はこれに限るのだ。

 あれ? これに限るって……この自己暗示は初めて使った筈だ。

 うん、昔の私が編み出したんだね。確かに効果的だ。さて、迷いが復活する前に。

 

「ねえレティ。話したい事があるの」

「……なあに?」

 

 レティは眠そうに、小さい声で聞き返してきた。

 こんな眠りかけじゃあ私の話が頭に入らないでしょ。

 

「聞いてるの?」

「……ちゃんと起きてるわよ……それで、話って?」

 

 レティは体を起こし、目を擦りながら言った。

 やっぱり起こしちゃって悪かったかな。私だって気持ち良く寝てるところ起こされたら嫌だもんね。もし私が誰かに起こされたら、しばらく不機嫌になること間違いなしだ。

 レティは温厚だ。怒ったところや邪険な態度を見たことがない。今だってそうだ。気持ち良く寝てるところを邪魔されているにも関わらず、私の話に耳を傾けようとしている。冬の妖怪なのに、温かい。もしかしたら、そんなレティの温かさに甘えているのかもしれない。

 

「ううん、何でもない寝てていいよ」

 

 ……って馬鹿か私は!? 

 レティに冬の出来事を話して自由になるんでしょうが。今回ばかりはレティに甘えないとどうしようもないでしょうが。

 えぇっと……とにかくとにかくどうにかしないと。

 

「ちょ、ちょっと待って。やっぱり何でもなくなくって。えっと……」

 

 再度テーブルに伏せようとするレティを呼び止め、私はさらに続けた。

 

「冬は私と離ればなれだったでしょ? その時の事を話そうと思って……」

 

 ……言えた。やっと言えた。この一言を言うのにどれだけ掛かっただろう。嗚呼(ああ)、とても簡単だった。何故私はあんなにも迷っていたんだろう。

 余りにも嬉しくてつい、頬が緩んでしまう。

 こんなことに悩んでいた自分が可笑しく思えた。

 今の私は、とても機嫌が良いように見えるだろう。全くそうだ。

 

「私の居ない間、良いことでもあったのかしら?」

「そう、色んな事があったの。例えば、博霊神社っていう所に――」

 

 

 

◎◎◎◎◎◎

 

 

 

<メリアルの日記帳>

 

 今日はレティに冬の事を沢山話した。とても楽しい時間だった。

 毒キノコの事、神社の事、霊夢さんや魔理沙さんの事、霖さんの事、アリスさんの事、人形の事――

 レティはずっと聞いてくれていた。相槌を打ちながら、時折質問もしてくれた。

 何で早く話さなかったんだろう。今日はこればかりだ。

 なんとなく複雑な気分。

 あれ、この一件、全部私の考えすぎじゃない?

 

 

 明日からは情報収集を再開しようと思う。

 とりあえず博霊神社に行って、幻想郷で情報が飛び交っていそうな所が何処にあるか聞く。まあ、人里だろうけどね。

 レティには、もうその事を理解してもらっている。

 何はともあれ、楽しみだ。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

「霊夢はメリアルに感謝するべきだな」

「はぁ?」

 

 お賽銭の少なさに愚痴をこぼす霊夢に向かって魔理沙は言った。

 

「食い物あんなに大きくしてもらって、しかもタダ同然だろ?」

「何言ってんの、ちゃんとお金は払ってるわよ」

「その金はちゃんと帰ってくるだろ」

「そ、それは……」

 

 反論はできなかった。

 メリアルは商売と言い、物を大きくする際、代金を受け取る。しかし、受け取った代金のほとんどが博霊神社のお賽銭として、霊夢の元へ戻っていた。

 確かに、彼女はメリアルのに厚意を受けているのだろう。

 その事に気づいてなお、考えを変えないほど、霊夢は意固地ではなかった。

 

「分かったわよ。感謝すればいいんでしょ」

「それでいいんだよ。お前は素直じゃないんだよなぁ」

「なによそれ」

「メリアルがやってる事は、貧乏なやつを助けるボランティアみたいな物だからな。ありがとうの一言くらい楽なもんだろ」

 

 魔理沙は、「貧乏」の所を強調して言った。

 

「私だって貧乏になりたくてなってんじゃないの。参拝客が余りにも少なくて……」

 

 霊夢が貧乏であることには、博霊神社の立地と知名度が関係していた。

 博霊神社に向かうには、人里から獣道を通っていく必要があり、獰猛な妖怪に襲われる危険性がある。

 その上、博霊神社のただ一人の巫女である霊夢が、宣伝活動を全く行わない。その為、知名度が低く、どんなご利益があるのかも分からない。これでは、さすがに参拝客も来ないだろう。

 実際、参拝客など滅多に来なく、そのせいでお賽銭難に陥っているのだ。

 メリアルが現れるまでは、ごく少数の参拝客から得られるお賽銭と、霊夢の仕事である、妖怪退治、異変解決によって得られるちょっとした謝礼金が収入源だった。

 

「神社の宣伝をやらないんだから、参拝客が少ないのは当たり前だ」

「宣伝なんかするお金があるなら、お腹いっぱい食べてるわよ」

「宣伝をやらないから、お腹いっぱい食べるお金が入らないんだろ」

 

 霊夢が宣伝をサボり続ければ、何か博霊神社を劇的に有名にする出来事でもない限り、参拝客はさらに減り続けるだろう。

 

「なるべく早くやった方がいいぜ? 宣伝なんて大した苦労じゃ無いだろ。チラシは金がかかるな……そうだ、メリアルに聞いたらどうだ? あいつなら商売やってるんだし、人里で宣伝くらいしたことあるんじゃないか?」

「なんで宣伝する前提で話が進んでんのよ」

 

 魔理沙は霊夢をからかった。霊夢は顔をしかめているが、本当に怒っている訳ではない。

 冗談混じり。果たしてこの二人の関係はこのような物だ。

 

「霊夢さーん! 魔理沙さーん! こんにちはー!」

 

 声のする方を見れば、こちらに向かってくる人影があった。いつも通り、暇潰しを兼ねた訪問だろう。

 

「おっ、噂をすれば、だな」

「ったく……なんで、よりにもよって今来るのよ……」

 

 その人影は、メリアルであった。

 霊夢にとって、このタイミングで彼女が訪れる事に対して、とても良い予感がしなかった。魔理沙の事だ、面白半分で先程の話を彼女に対してするだろう。だとしたら、かなり面倒な事になりそうだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

 

 博霊神社が見えてきた。境内には二つの人影がある。

 もう少し近づくと、人影がはっきりと見えてきた。霊夢さんと魔理沙さんだ。二人は楽しそうに笑いながら、いや違う、魔理沙さんが笑い、霊夢さんが顔をしかめて軽く怒っているようだった。それでも、楽しそうなのに違いはない。

 

「霊夢さーん! 魔理沙さーん! こんにちはー!」

 

 私は遠くから大声で挨拶をした。すると、霊夢さん達は私に気づいたようで、話をやめて私のいる方を向いた。その時、魔理沙さんが何かを言ったようだったが、何を言ったのか聞こえなかった。霊夢さんに言ったのだろう。

 私は急いだ。私がでしゃばって二人の時間を邪魔してしまった事に申し訳なさを感じ、また、待たせては悪いと思ったからだ。

 ふと、いいことを思い付いた。

 ――スピードを出したいなら、風を使えばいいじゃん。

 この考えは結構前に思い付いたのだが、急ぐような状況に遭った事がないので、実用する機会がなかった。

 私の、「大きさを変える程度の能力」とは別の、もう一つの能力。「自然現象を発生させる程度能力」を使うのだ。この能力を使って発生させた風に乗り、より早く飛ぶのだ。

 でもさ、前々から思っていたんだけど、この「自然現象を発生」ってホント何なんだろう。

 いやー、自然現象を発生させるって、正直意味わからんよね。妖力の限り、風だとか、季節だとか、そういうのを発生させて、ある程度なら操れる事ができるのは事実だ。だけど、現象が起きる原因を無視して、いきなり結果だけを作っているように思える。 風を発生させるからって、気圧とか、気流とか、そんな物を操作している訳ではない。それが本当に自然現象と言えるのだろうか

 まあ、能力名は自己申告らしいから、口ではどうとでも言えるだろう。

 本人がどう解釈するのかによって、能力名なんて色んな言い方があるだろうし、見栄を張って、自分を強く見せることもできるだろう。

 私は何故、自分の能力をこの名前にしたんだ……?

 はぁ……思い出せない事を考えても仕方ないか。

 

 私は風を作った。もちろん追い風だ。風に乗り、徐々にスピードを出していく。それに合わせ、風も強くしていく。

 爽快感は半端じゃなかった。体全体に涼しい風を感じる事ができる。博霊神社がどんどん近づいてくる。風の音以外何も聞こえない。

 気づいた時には、神社の境内が目の前にあった。って……止まれない?

 このままじゃ地面にぶつかる。そう考えたときには時すでに遅く、パニクってる間に、地面はすぐそこまで来ていた。

 

「痛ったぁーーっ!」

 

 頭が割れるように痛い……っていうか割れたんじゃないの?

 境内の地面に向かって頭から衝突してしまった。鈍く留まる痛みが強く、私は頭を撫でた。頭は全くいつも通りの形状だ。対して、私の頭とぶつかった地面は、窪んでいた。

 私の頭の方が固いんだね。よしっ勝った。

 

「はぁ……あんた何やってんの……」

「私より少し劣るくらい速かったな」

 

 霊夢さんは呆れたように、魔理沙さんはにやけながら言った。

 魔理沙さんより少し劣るってことは、魔理沙さんはもっと速く飛べるのか……。

 でも、速さ以前にコントロールを上手くできるようにならないと。風の強さによるスピード調整や、ブレーキとかかな。

 それにしても不格好だなぁ、私。

 

「アハハ……練習が必要ですね」

「勝手にやんなさい。で? 今日は何の用?」

「ボランティアだろ? ホントお人好しだよなぁ」

「ボランティア? 何の事ですか?」

 

 ボランティアなど私はしたことがないし、その為に神社に来たのではない。

 私は砂を払って立ち上がった。

 

「何でもないわよ」

「……そう言われると余計気になります」

「別にあんたには関係ない事」

「ふむふむ、そうですか……それじゃあ魔理沙さん」

「分かってるぜ。この霧雨魔理沙が教えてしんぜよう。実はさっき――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――って事だ」

「へぇ……そんな事が……」

 

 ボランティアかぁ……正直、いい響きはしない。そんな風に思われてたなんてね。

 私だってそんなつもりは無かった。確かにこの商売、損がほとんどないから、サービス精神を全面に押し出してやっている。

 それでも、一方的な関係にならないように努めていたつもりだった。

 しかし、少なくとも魔理沙さんには、私が霊夢さんに一方的に良くしているようにみえたようだ。

 

「しょうがない、値上げですね」

「ほら、魔理沙が余計な事を吹き込むから……」

 

 霊夢さんは、やや落ち込み気味に言った。

 ちょっと可哀想に思ってしまったが、ここは踏み留まろう。よし、次は値上げだ。

 しかし、今の話の中に、結構嬉しい内容もあった。

 ――私、頼られてるっぽい?

 今の話に、宣伝という話題があった。宣伝のコツを私に聞きたい、という事だろう。

 宣伝なんてやったことないんだけどね。

 今この時点で、私の商売相手は霊夢さんだけ、それ以上増やそうともしなかった。だから、宣伝どころか人里にも言った事がない。

 あ、今の流れで人里に行くよう促せば、人里で情報収集ができるかもしれない。

 魔理沙さん達は、人里へ宣伝に行きそうな流れなのだ。宣伝に馴れていそうな私を連れていってもらえるかもしれない。

 霊夢さんは少しやる気がなさそうだから、ここは魔理沙さんに頼んで、三人で一緒に人里に行こう。

 そもそも、私は今日、情報収集に来たのだ。濡れ手に粟ってやつに似ている。いや、一石二鳥か? まあ、どっちにしろとても運がいいね。

 

「よし、じゃあ魔理沙さん。人里に行きましょう。宣伝の事は分かりませんが、人手が多い方がいいでしょう」

「おっ、メリアルはやる気だな。よし霊夢。ここは多数決って事でいいんじゃないか?」

「もちろんそうしましょう」

「嫌よ。めんどくさいし」

「参拝客が来なくてもいいのかよ。このまま手を打たないと、その内収入がゼロになるぜ」

「そうですよ、そうですよ」

「宣伝すれば、お賽銭が大量。(ふところ)はいつでも安心」

「いぇーい!」

「喜びで叫びたくなるぜ」

「Yahoooo!」

 

 人里に行くため、私は全力で魔理沙さんを応援した。

 

「妖怪退治してりゃ参拝客なんて勝手に寄ってくるわよ。ほら、丁度そこに妖怪が一匹」

 

 そう言って霊夢さんは私を見た。

 

「ひえっ。……きっと悪い妖怪は人里にいます。私は良い妖怪です。さあ早く人里へ」

「人の嫌がる事を強要する悪い妖怪と悪い魔法使い」

「何言ってる。お前の為だろ」

「私が悪い妖怪だと……!?」

 

 あっやばい。テンションおかしくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、霊夢さんも強情ですねぇ」

「そうだろ? こいつは私の言う事にばっかり歯向かってくるんだぜ?」

「あんたが私の気に入らない事ばっかり言うからよ」

 

 その後、五分くらいかけてやっと二人で霊夢さんを説得し、人里に行くことが決定した。やはり、霊夢さんは渋々、という感じだったが。

 私はしばらくあのテンションが続いていたので。正気に戻った今、相当恥ずかしい思いをしている。思い出すだけでも舌をかみ切りたくなる。

 

 私たちは、空を飛びながら人里へ向かっていた。

 この時ばかりは、霊夢さんが幻想郷のトップレベルである事や、妖怪退治を仕事としている事も忘れ、楽しく駄弁っていた。

 ……今思い出した。幻想郷のトップに対して調子乗ってたなぁ。やばい殺される。

 

「そういや、メリアルって人里に行ったことあるのか?」

「いやいや、用事があって……」

 

 魔理沙さんが、ふと思い出したように、私に尋ねてきた。私は首を横に振って答える。

 情報収集の際、人が集まる所として目をつけてはいたのだが、やはり、レティとの事情で外出を控えていた私には、行けそうもない所だった。

 

「人里に行くのは今回で初めてですから。楽しみなんですよねー」

 

 様々な事において無知な私でも、何故か人里についてはある程度記憶が残っていた。本当に小さな知識程度の物である。

 しかし、人里には重要な何かがあるような気がしてならない。

 記憶をなくした当時、レティの事も思い出せなかった。そんな私が、思い出すことができる物は今まで、割りと重要な物が多い。

 例えば、魔法の森の事、香霖堂の事、博霊神社も行った事があるような気がする。今回も例外ではないと思う。人里に行けば、何かが掴めそうなのだ。私は胸を踊らせていた。

 

 しかし、何故だろうか。人里に近づくにつれて高揚感が収まってくるのだ。うっすらとした抵抗感を覚える程に。

 私はこの感覚に少しイラついていた。思っている事と感情が相違するのだ。

 人形を見た時もそうだった。あの時の私は、小さく可愛い筈のの人形に恐怖心を抱いてしまっっていた。記憶が無いせいで、自分が何故、人形に恐怖を感じるのか分からなかった。

 今、感じているのは人里に対しての抵抗感だ。やはり、原因は分からない。私は人里に入れないのではないかと、その抵抗感は私に思わせた。

 

 初めは楽しげだった雰囲気も、私の暗い様子のせいで静かな、気まずい空気になってしまう。

 

「よ、よし。もうすぐ着くな」

「そうね」

「…………」

 

 魔理沙さんが沈黙を続かせまいと試みているのだろう。しかし、私はどうしても明るい気分になれなかった。不安で仕方が無い。

 本当に嫌だ。こんな自分が。何にも知らない自分が。私が無知だからこんな目に合うんだ。知っていれば。分かっていれば。あの時、知ろうとすれば………………一体何を?

 駄目だ、思い出せない。

 腹が立つ。大事な事なのに。大事なのは分かってるのに思い出せない。

 そもそも、記憶を無くしさえしなければ、こんな事にはならなかった。何故無くしたのか。そんな事すら分からない。記憶を無くした私が悪いのか。何も知らない私が悪いのか。

 気持ちが悪い。周りが暗くなる。

 こんな世界も大嫌いだ。理不尽だ。そう、あんな仕打ちをするこの世界が悪い。私が何をしたのだろうか。 

 

「よーし、ここが人里だ。いつにも増していつも通りだな。っておい、メリアル。大丈夫か? 顔色が悪いぜ」

「本当ね。酔ってるんじゃないの?」

「はぁ、飛行酔いか? 仕方ない、休憩できる所でも探そうか」 

 

 ここが人里か…………。

 ここが………………。

 

 徐々に暗くなっていく視界の中で、何かが見えた。

 ぼんやりとしか見えない。しかしここが何処だか分かった。

 さっきまで自分がいた場所ではなかった。しかし、ここが人里だと分かる。真夜中の人里だ。

 何だろうここは。始めて見る所だ。いや、来た事はあるような気がする。

 頭が痛い。苦しい。

 何かが迫って来る感覚に襲われる。何もかもが良く分からない。

 息ができない。怖い。誰か……。

 痛い。全身が刺されるように痛い。

 もがく。逃げられない。叫ぶ、声は届かない。

 駄目だ、駄目だ。これじゃあ。

 助けて。逃げたい。やめて。

 このっ…………!

 ……。

 ……。

 ……。

 

 …………駄目だ。弱い。力が無い。私じゃ……。

 やっぱり私が…………でも、でもっ…………! 

 怖い、暗い。……誰か、誰か、誰でもいいから。お願い、助けてよ。

 ……もう嫌だ。痛い。苦しい。

 

「っ…………!」

 

 嫌だ。

 何故私がこんな目に、何故私が。何が悪いっていうんだ。

 憎まれる事なんてしてなかった! なのに何故……。

 うぅっ…………分からない、何も分からない。

 くそっ! 

 そうだ、やっぱりアイツらの所為(せい)だ。私は悪くないんだ。

 返せ、返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!

 くっ……どうしようもないのはわかってる。だけど、だけど……!

 …………。

 

 

 

 もう疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——視界が真っ白だ。なんも見えない。

 痛たたた……。頭痛いな。

 ぼんやりと視界が戻ってきた。霊夢さんと魔理沙さんがいる。

 何か言ってるけど、ちょっと聞き取りづらい……。 

 

「うっ…………」

 

 ここに居ると気分が悪くなってくる。

 早くここから離れなきゃ。

 

「……ちょっと…………一人にさせて。……すみません」

 

 私は飛んだ、できるだけ早く。自分でも何処に向かっているかは分からない。

 

 

 前は見なかった。

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

 メリアルが去ってしまった。

 何故、急に飛んで行ってしまったのか。それは誰一人、分からなかった。霊夢や魔理沙だけでなく、本人でさえも。

 

「あいつ、行っちゃったな…………どうするんだ?」

「どうするって?」

「宣伝の事とか、あいつの事とか……」

「飛んでく元気があったんだからほっといても大丈夫よ」

「うぅむ……宣伝はどうするんだ?」

「勝手にやってれば?」

 

 私は関係ない、と言わんばかりの姿勢で霊夢は言った。

 

「よし、分かった。折角人里に来たんだし、宣伝するか」

「あっそ、それなら私は神社でお茶でも飲んでるわね」

「近い内に潰れる神社で、近い内に金欠で飲めなくなるお茶を飲むんだな」

「全く、何を根拠に…………」

 

 霊夢自身、博麗神社の経済状況が悪い事を実感していた。どうにかしようとも思っているが、行動にはなかなか移さない事がほとんどだった。

 しかし、付いていくだけで参拝者が増えるなら、これはいい機会だとも思っていた。

 

「はぁ、分かったわよ。あんたに付いていきゃあ良いんでしょ」

「やっと分かったか。ちゃんと理解しろよ? 神社がなくなったら私の暇が潰せなくなるんだよ」

「どうせそういう事だろうと思ったわ」

 

 こうして二人は人里の中へと入っていった。

 人里は本当にいつも通りだ。

 活気ある出店では、店主の大声に誘われるように客が入っていった。

 道端では、複数の女性が楽しそうに立ち話をしていた。

 空けた所では、子供が走り回り、はしゃいでいた。

 

 危険などない。何かに怯えながら生きる必要はない。

 人里に居れば、妖怪でさえも恐怖の対象にはならない。人里に妖怪が居ない、という訳ではないが、襲ってきはしない。

 今の人里は平和なのだ。

 あの時以来は――

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

 私はどうしたんだろう。

 人里に行って、それで……。

 

 そうだ、悪い夢を見たんだ。

 内容は覚えていない。夢を忘れるというのは、実によくある話だ。

 忘れたいような事かもしれない。そう、悪い夢なんだ。

 忘れたい夢。だけど、忘れちゃいけない夢。思い出さなきゃいけない夢。

 本物の夢なんだ。

 ……私は何をすればいいんだろう。

 目的もなく飛んでいるだけじゃないか。

 自分は何がしたいんだろう。

 

 ……それにしても寒いな。

 なんでだろう、辺りを見ると真っ白だ。霧だろうか。下は水だ。湖か何かだろう。

 どうしよう。どうやってここから出よう。

 陸は見えない。霧の所為で視界が悪い。

 飛んでも飛んでも霧を抜けられない。あれだ、完璧に迷子だ。まさかこんな所で道に迷うとは。きっと妖精の所為だ。……なんで晴れてんのに霧が出てんの?

 うぅむ……。

 霧が晴れるまで待つしかなさそうだ。

 

 やりたい事。やらなきゃいけない事。ただ単に記憶を取り戻したいだけなのだろうか。それもあるけど、やはり何か別の事じゃないのか?

 私は暇つぶしがてら、自分に問いかけた。答えは返ってこない。

 

「暇だなぁー……」

 

 やることが無い。

 霧の中、一人でじっと浮いているだけ。

 

 そんな事を考えていると、突然寒さが増した。今は夏だ。異常気象ではないのか。自然現象を操る私に、異常気象は付き物だとでも? やだ何そのペナルティ。

 どんどん寒さが増していく。まるで、「冷」そのものを具現化したモノが近づいてくるように。

 

「——あたいに近づくとは、よっぽど身の程知らずのようね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半暴走しました(私が)。
さーて、次回は東方界で人気の高い部類に入るあの人が出てきますね。
弾幕ごっこ、開戦。

次回「第七頁 紅い館へいざ潜入」
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