魔女集会に行けません。   作:りこぴん

2 / 2
第二話

必死に森の中を駆けていた。しかしその行為を嘲笑うかのように近付いてきた黒い影は、彼女を押し倒し鋭い牙で首元を―――。

 

「きゃああっ!」

「わっ、びっくりしたぁ」

 

弾かれたように飛び起きたリアは荒い息を繰り返す。まるで雨に打たれたかのように、全身は冷たい汗に濡れていた。

 

落ち着かぬままさ迷った視線の先にあったのは、同い年くらいの少女が大きな丸い瞳をさらに丸くしてこちらを見つめている姿だった。

 

「わ、わたし......つっ!」

 

悪夢から現実に戻るより早く、動こうとした彼女は左腕に走った鋭い痛みに顔をしかめる。

 

着いた左腕には包帯がまかれ、僅かに赤色の何かがにじんでいた。

慌ててあの獣が居ないか辺りを見渡すも、そこは危険な森の中とはかけ離れた薬草と燻製の落ち着いた香りの漂う家の中。

座っているのは湿った草ではなく、清潔そうなシーツの敷かれた柔らかいベッドの上。

呆然とするリアに、少女は小さく息を吐くとリアの額に手を当てた。

 

「......おちついた?」

「は、はい。すみません......」

 

少女は小さく息を吐くと彼女の額に手を当て熱を確かめる。されるがままのリアの瞳には、助かったことへの強い安堵が浮かんでいた。

 

「あんまり動かないようにね。傷が開いちゃう」

 

そう言い残した少女はちらりと傷を診ると、手元の水が入った桶を持って席を立った。

 

少しだけ落ち着いたリアは、改めてあたりを見回した。多少、いやかなり散らかっているが、家の中は深い森の色を基調としたシックな雰囲気で、一人で暮らしていくには十分すぎる程の広さ。

壁には一面に見たこともない薬草のようなものが丁寧に干され、ぱちぱちと暖炉が心地よい音を立てている。

 

 

不思議な家。

それがリアの素直な感想だった。家の意匠はどこをとっても街では全く見かけないものばかり。特に大きな丸い窓は、外から見える城でも全く見かけないものだった。その窓から見える、変わらず真っ暗な森の外を眺めていると、反射越しに少女がまた桶を持って戻ってくるのが見えた。

少女は桶をベッド脇の床に置くと、リアを見下ろす。

 

「元気になったみたいだね」

「は、はい!ありがとうございます!あの、私......!」

 

リアが勢い込んで話そうとすると、少女は手のひらを向けて遮った。その動作は、慌てたリアと対照的に緩やかだった。

 

「まってまって、落ち着いて。話はそれから。まずは自己紹介からしようか。私はルル、君の名前は?」

「......リアです」

「リアね、わかった。リアはどうして森の中に居たの?先に言っとくけど、私が通りかからなかったら君は今頃魔物の晩御飯になってたところだったんだからね」

 

同い年に見えるルルに諭されるような口調で言われ、改めて自分が如何に無茶なことをしていたのか思い知らされる。

左腕からは今も鈍い痛みが、あの恐怖と、何が起きたのかをリアに伝え続けていた。

 

 

「助けてくれてありがとう。......私は、コカトリスの涙を取りに来たんです」

「......えぇ?何でそんなものを??」

 

コカトリスの涙。鬱蒼とした日の差さない森の奥深くに自生するといわれる小さな花で、現物を見かけることは殆どないほど希少。

効果は確か......とルルが考えていると、リアは瞳から大粒の涙をこぼし始めた。

 

「妹が石化病に掛かってしまったんです......っ!」

「石化病?......なんだいそれ?」

 

ルルは首を傾げた。その反応は未知の言葉を聞いた時のように、純粋な疑問の調子だった。

 

「身体がだんだん石になってしまう病気です......っ、治す方法は無いといわれていて、一か月もすれば完全に石になって」

「ふむ......?まぁいいや。それでコカトリスの涙を?あれはコカトリスの石化攻撃を受けた時にしか効果がないって、広く知れ渡ってると思ってたけど」

 

リアはしゃくりあげながら、服の中に手を入れる。彼女の細い指先が、首元で服の内側を探った。

絶対に他の人に見せないように、と決めていた秘密だったが、妹の病状と、目の前の少女への藁にもすがる思いが、まだ幼いリアの心を限界まで追い詰めていた。 震える手で取り出されたのは、湿気と古さで黄ばんだ、古ぼけた小さな紙。その表面には、墨か何かで書かれた文字が掠れている。

ルルの目は、その紙の年代と、そこに書かれた文字の書体を確認するように、僅かに細められた。

 

「それは?」

「家の地下室で見つけた、石化病を治す薬のレシピです」

「見てもいいかい?」

 

リアは逡巡したが、ルルの気遣わし気な視線に絆されておずおずと紙を差し出す。

ルルは壊れ物を扱うように紙を開くと、中を見て一度、静止したように目を見開いた。

 

「これは......確かに、コカトリスの涙が必要だと書いてあるね。でもこんな走り書き、君の命を懸ける意味が本当にあるのかい?」

「たった一人の家族なんです!!」

 

リアの大声に、ルルは反射的に後ずさる。

 

「お父さんもお母さんも流行りの病気で死んじゃって......妹だけが、私の家族なんです。それに、死んじゃったお母さんがくれた本......何か困ったことがあったら開くように言われてたその本に挟まってたんです」

「......なるほどね」

 

ルルは紙を丁寧におり戻しベッド横の机へと置くと、何も言わずにくるりとリアに背を向け、暖炉の前に置かれた棚へと向かった。

棚には、数多くの薬草や得体の知れない瓶が並んでいる。ルルはそこから、小さな皮袋を取り出した。

 

「ちょっと待っててね」

 

そう言い残すとルルは立ち上がり、扉を開けて外に出て行った。

しかし数分も経たないうちに、再び扉が開いた。現れたルルの手には、先ほど取り出した皮袋が口が開いた状態で、中には濡れた土と根にまみれた小さな黄金色の花が入っていた。

 

「これが欲しいんでしょ?」

 

ルルは、それをリアの傍らに置いた。

 

「コカトリスの涙......!」

 

リアは信じられない思いでそれを見た。命を懸けて探し、見つけられなかった花が、あっけなく目の前にある。

 

「本当に、ありがとうございます!これさえあれば、妹を...!」

 

リアは勢いよくお礼を言った。しかし、ルルは首を横に振ってその言葉を遮る。

 

「お礼はいいよ、たまたま栽培してただけだし。こんな所まで来た勇気に敬意を表してそれはあげるから、持って帰って治療してあげると良いよ......って言いたいところだけど」

 

続いた言葉に、リアは動きを止めた。

 

「その紙、だいぶ古いね。レシピが掠れてところどころ読めない。それで調合できるの?」

 

「それは......」

 

リアは俯き、自分の無力さに唇を噛みしめた。そんなリアの横から、ルルは身を乗り出すようにして、ベッド脇の机に置かれた紙を再び手に取った。開かれた紙を、暖炉の光に透かし、指先でその表面をなぞるようにして、内容を読み返す。

 

「材料は......一つ消えてそうかな? それに最後の工程が書いてありそうな所が全く読めないね。薬の調合は一つ入れる順番を間違えるだけで、毒になってしまうことだってある。この状態での調合はおすすめできないよ」

 

「で、でも!」

 

焦りばかりが募る中、ルルは紙を軽く折りたたみ、机の上に置き直した。

 

「私なら正確なレシピがわかるよ」

「え......?」

 

リアは、その言葉の意味が理解できず、ルルを見上げる。

 

「私ならレシピがわかるし、調合方法も良くわかってるよ。二日もあれば調合できると思う」

「ほ、本当ですか!?」

「でも条件がある」

 

リアの声に、先ほどの絶望から一転した、切実な光が宿った。

その声を真正面に受け、ルルはリアの瞳を正面から見据え返す。

 

「私をその妹さんの所まで連れて行ってくれる?」

 

リアは、一瞬の逡巡の後、迷いを振り切るように強く頷いた。

 

「わ、わかりました」

 

ルルは満足したように、小さく息を吐いた。その表情には変化がなかったが、その場の空気がわずかに緩んだようにリアには感じられた。

 

「よし、じゃあ交渉成立だ!本当は怪我が治るまで待ちたいけど、時間がない。すぐ出る為に支度してくるよ」

「あ、あの!」

 

足取り軽く出て行こうとしたルルを、リアは躊躇いがちに呼び止める。

 

「ルル様は......もしかして、魔女ですか?」

 

 

呼ばれたルルは歩みを止めて黙り込む。

 

魔女。

かつては畏敬の対象でありながら、今は魔力が高く国家に属さずに独自の生活圏を築いている者達をまとめて呼称する。

王都の歴史書や教会が語る物語においては、その存在は秩序を乱す異端とされ、恐ろしい災いの元凶として描かれることが常だった。

者によっては懸賞金を賭けられている者すらおり、リアも何度か魔女と呼ばれるものが投獄されたという噂を耳にしたことがあった。

沈黙が支配した部屋で、暖炉の燃える音だけがパチパチと響き渡った。

 

「......どうしてそう思うんだい?」

「王都には、この森には魔女が住む』と、昔から言い伝えがあるんです。それに、ルル様は私と同じくらいの歳に見えますが、全くそう感じません」

「そっか」

 

ルルは依然として背中を向けたまま、感情を読み取らせない平坦な声で応じた。リアは不安になりながらも、覚悟を決めてその場に立つ。

 

「魔女だったらどうする?王都では魔女は、厳重な処罰対象だし、懸賞もあるよね。引き摺りだして」

「いいえ」

 

リアは強い口調でルルの言葉を遮った。

 

「私の家には......言い伝えがあるんです。私が10歳の時に、お母さんが教えてくれた言葉......『偉大なる魔女、王都の闇を晴らす。その魔法は王都を守護し、心は国を裁定する』」

「......!」

 

その言葉が響いた瞬間、ルルのローブの端が僅かに揺れる。

 

「私はその魔女様がルル様なんじゃないかって思うんです」

 

 

ルルは動かずに立ち尽くし、やがていくらか柔らかく聞こえる声色で答えた。

 

「ごめんね、私にはわからないや。その言葉は聞いたことがないし」

「あはは......そうですよね。でも、私は魔女に悪いことを思ってないって伝えたかったんです」

「ふーん」

 

ルルは、そこで初めてリアの方へゆっくりと振り返った。その顔は至って真面目な表情だったが、リアには一瞬、その口元が微かに緩んだように見えた。

 

「そう、私は魔女だよ。でも妹の治療はちゃんとやるから安心してよ」

「はい!」

 

 

リアは、安堵と決意を込めて力強く返事をした。

そんなリアの素直な姿を見て、ルルは思わずといった様子で笑うのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。