●惑星フナン・リャオ軍基地近郊の都市:3025年4月14日
先の戦いから既に二ヶ月が経過した。機種転換訓練や消耗品の調達も滞りなく進み、取り敢えず平常を取り戻した感がある。
我々の駐屯地でも冬が終わり、春がやって来た頃、一通の電子メールが届いた。差出人は我が傭兵団の諜報員からだ。どうやら、先日の出撃についての情報が入ったので報告したいとの事である。
私は夕刻までに業務を切り上げると、繁華街へ向かうリャオ軍の軍用車に便乗して街へ向かった。
指定されたバーは、この惑星に赴任してから何時も定時連絡に使っている店だ。繁華街の裏路地にひっそりとたたずんでいるこの店は、密談には丁度良い。
扉を開けると、初老のマスターがグラスを磨きながら「いらっしゃい」と挨拶してくる。
私はマスターに100リャオ・ビル札を数枚握らせる。
「ごゆっくり。先に注文をどうぞ」
と、マスターが言う。
「では、ジン・トニックを」
マスターは無言でカクテルを作りカウンターに置く。それを手に取って私は店の奥の個室に向かった。
「結論から言いますと、あの派兵はニューシルティス公の意向ではありません」
仕事帰りのOLの様な服装をしたアジア系の女性が言う。彼女は我が陳家の郎党であり、れっきとした傭兵団の一員だ。但し、諜報を主任務としているので部隊員でも顔を覚えている者は少ない。
先日の出撃がコムスターの手によるものだと分かった後、私は何らかの動きが恒星連邦側にあったと判断して彼女を派遣していたのだ。
「マイケル・ハセク=ダヴィオンでは無い? とすればハンス・ダヴィオンが直々に?」
「直接の指示では無い様ですが。少なくとも、将来的な領土的野心の下地なのでは無いでしょうか」
「うーむ。あ、煙草吸って良いかい?」
「どうぞ」
「悪いねえ。基地では喫煙所でしか吸えないから、こんな時でも無いと。あ、君も吸うかい?」
「遠慮しておきます」
「そうか……。では戴くとするよ」
ライターを擦り、PXで買った紙煙草に火を付ける。一服吸って、紫煙を吐き出すと何とも言えない気分だ。私もかなり疲れていた様だ。
「話を続けます。隊長はライラ共和国と恒星連邦の秘密協定の噂を聞いたことはありますか?」
「うっすらと。噂レベルだけどね。それに対抗してリャオ・クリタ・マーリックが協定を結んだことも聞いたことがある」
「それでは今後の部隊の契約に役立ててください。3028年、メリッサ・シュタイナーが18歳になった時に恐らくダヴィオンは動きます。そしてこの星系も戦闘に巻き込まれる事は確実でしょう。どう考えてもドラコ方面よりもカペラ方面の方が防御が薄いからです」
「ふむ。有り得ん話じゃ無いね。確か、ライラの次期当主だっけ? 何か掴んだの?」
「どうやら、秘密協定の中に、ハンス・ダヴィオンとメリッサ・シュタイナーの婚約が含まれている模様です。”コムスター”もそれを認めたとか」
「ありゃ。それだとライラとダヴィオンは将来的にくっついちゃうのかな。でも……うーん、二国間を結ぶなら確かにカペラ側を通って行くわなあ……」
「まだ3年……いえ、2年ちょっとあります。確か部隊の契約は一年更新でしたよね」
「そう。基本地球標準時で1月1日から12月31日までだよ」
「逃げるも残るのも隊長の自由です。が、判断材料は多い方が良いでしょう。――差し出がましいようですが」
「分かった。こちらでも分析をしておこう。今日はありがとう」
「いえ、任務ですから。引き続き調査を続けておきます。それと……帰りには充分注意してください。ダヴィオンの諜報員が結構この星に潜入しているようなので」
「うえー、おっかない。私は拳銃を撃つのがやっとなんだけどなあ」
「もうダヴィオンでは隊長の首に賞金が掛かっているので……」
「ありゃ、そうなんだ。私も有名になったものだねえ。忠告痛み入る」
「それでは、任務に戻ります」
そう言い残して彼女は去って行った。
私は煙草をふかしながら今後の対応を考える。とは言え、一人で考えるよりは多人数の方がマシだ。基地に帰って考えよう。灰皿で煙草をもみ消し、店を後にする。
店を出たら雨になっていた。傘の用意まではしていなかった。かと言って基地に迎えを頼むと中島君がうるさいからなあ……。
ジャケットの襟を立てて軒下沿いに繁華街の裏路地を小走りに進む。タクシーでも捕まれば良いんだが。そう思った時、路地裏からこちらへ向かう複数の足音が聞こえた。